恋愛ドクターの遺産(3)恋愛ドクター

恋愛ドクターの遺産 第一話 第二幕 「恋愛ドクター」

ゆり子は自宅に帰って来た。日頃は気にならないが、よその家・・・実家・・・から帰ると「わが家の匂い」がハッキリと分かる。ゆり子の家はリビングに大きな窓があって太陽が差し込むせいか、布団を太陽に当てて干したときのような、少しほこりっぽいような匂いがした。
ゆり子は、夫がまだ帰宅していないのを確かめると、自分の部屋にこもって例のノート「恋愛ドクターの遺産(レガシー)」を開いた。どうやらこのノートは、予想していた恋愛相談のカルテのようなもの、あるいは勉強のためのテキストのようなものとは違うことが分かった。

(物語なんだ・・・)

全編、小説のように書かれている。これが「恋愛ドクター」のフィクションなのか、それとも、実は小説風に書いてある「カルテ」や「記録」なのか、それは今となっては確かめようもない。そういえばある小説だったかマンガだったかで読んだことがある。錬金術師は、己の秘伝が盗まれないように、自らの実験ノートを、それと分からないように偽装して書くことがあった、と。そもそもその話自体、実話かフィクションかわからないのだが、もしかしておじいちゃんが、恋愛相談の秘伝を隠すために小説風に記録を付けていたら・・・と想像するとついニヤニヤしてしまった。

(おじいちゃん・・・)

今までほとんど実体のない、霧かかすみのような存在だったおじいちゃんが、急にゆり子の心の中で存在感を増してきているのを感じた。

(お父さんも、こんな風におじいちゃん・・・いやお父さんにとってはお父さんか・・・の存在を感じていたんだろうか。)

ゆり子はそんな風に想像してみた。でも、ノートの中に書いてある話を早く読みたい、早く知りたいという衝動が勝ち、お父さんのことより、物語を読む方へと気持ちが向かっていった。

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