正しいだけでは解決しない(12)|恋愛ドクターの遺産第6話

ドクターは再び、二番目の椅子を戻してきて、また元の、壁際に置いた。
「ところでここで、各椅子の、位置づけ、と言いますか、意味づけをしてみたいのですが、いま座っていらっしゃる三番目の椅子は、実際の妙子さんに即して言うと、何でしょう?妙子さんの思考や意思、といったところでしょうかね?」
「はい、そんなところだと思います。」
「では、二番目の椅子は、何でしょう?」
「私の感情、だと思います。」
「なるほど、妙子さんの感情、ですね。実は私もそう思いました。」
「感情を殺せば、楽になるのではないかと思っていたんですが、それは・・・」
「そう、それは、難しいことだし、一般的には、あまりメリットはないと思います。」
「そうなんですね。」
「そして、一番目の・・・」ドクターが言いかけたときに、妙子が割り込むようにして即答した。
「母です。」
「なるほど、お母さま。」
「ええと、このワークは一般的には、クライアントさん・・・今日は妙子さんですが・・・の心の内面を表すワークとして考えていく、解釈していくものなのですが、心の中にあるお母様の幻影、という訳ではなくて、実在のお母さま、という意味でいいのですか?」
「はい。」
「なるほど。その考え方には、私も賛成します。」
「そうなんですね。」
「ええ。妙子さんの人生そのものが、実は他人の存在によって、現在進行形で、歪められている、という構図です。」ドクターがそう言い切った。
その瞬間、妙子の表情が怒りなのか苦痛なのか分からない・・・いや、その両者が混ざった感じかもしれない・・・そんな感じに歪んだ。
「もう、嫌なんです。本当は。干渉されるのも嫌だし、いちいち愚痴を聞かされるのも嫌です。」妙子は今回のセッションでは初めて、かなりの不快感、負の感情を露わにしながら、そう言った。
「そうなんですね。本当は、お母様の機嫌取りをして、自分を押し殺して生きるのは、嫌なのですね。」ドクターが言った。
「・・・そうです。でも、家も母のものだし、私の収入ではひとり暮らしすると言っても生活できるか分からないし、結局母に合わせて生きる方がストレスが少ないから、今みたいになっているんです。生活する力がもっとあったら、実家を出ていると思います。」
「なるほど、そうですか。まあ、私は、まだよく知らない段階で無責任なことは言えませんけど、妙子さんはいずれ、それをする人、それが出来る人だと思っているんですけどね。一般的に、大体、そういうものですから。やればできるものです。」
「では、私に、実家を出た方がいいと・・・?」
「ええと、実は、提案したい方針は、少し違います。長い目で見たら、実家を出て自分の好きなところに、好きな人と住むという方針が、きっと良いと思いますけど、今すぐじゃないです。」
「では、どうしたらいいのでしょうか?」
「そう、そこのところなんですが、こんな方針はいかがでしょう。」
そう言いながらドクターは、ホワイトボードに図を書き始めた。
左上に、「いい出会いがあった」と書いた。そして「これが当面の最終的なゴールとしましょう。」そう言った。
「はい。」
その右隣に「自分らしい生き方をしている」と書いた。そして右から左へと、逆矢印でつないだ。「こうして、結果から、ゴールから発想していくといいんですよ。この矢印は、『そのためには』と読みます。いい出会いがあった。そのためには、自分らしい生き方をしている。」
「なるほど。」
「そのためには、」ドクターはさらに逆矢印を書きながら続けている。「実家を出ている。そのためには、実家を出るだけの収入や仕事の力がついている。そのためには、仕事でチャレンジするための、心のエネルギーが満ちている。まずは、ここまで、いいでしょうか?」
「仕事をもっと増やしたり、収入を上げる自信がありません。」妙子が言った。
「そうでしょうね。段取りを踏んでないですから、今は、そうは思えなくて当然だと思います。ですが、よく見て下さい。『チャレンジするための心のエネルギーが満ちている』と書きました。もし、妙子さんが、これを持っていたとしたら、どうですか?」
「もし、『チャレンジするための心のエネルギー』を持っていたら・・・職場でも、自信がないから辞退した仕事とか、色々ありました。それから、転職を考えたこともあったんですけど、自分にやりきれるかどうか分からなくて、結局今の職場にとどまったんですよね・・・確かにエネルギーがあったら、そういうときに、違う選択をしていたかもしれません。」
「なるほどね。」
「でも、エネルギーがないです。いつも、疲れ切っています。」
「そう、そこなんですよ。」ドクターが言った。そしてさらに逆矢印を書き始めた。「そのために、『母親からのネガティブな影響をブロックできるようになった』こうなったらどうですか?」
なつをの目には、妙子さんの目が一瞬ギラッと鋭くなったような気がした。
「それって、もしできたら、素晴らしいですけど、そんなこと、可能なんですか?そのために、実家を出たいと思ってきたんですけど、でも、出るためには収入が必要で、そのためには心のエネルギーが必要で、今はそれが無い・・・」
「そうですね。表面的には、そういうヴィシャスサークル(悪循環)になっているように見えますよね。だから、このループのどこを断ち切るか、と考えてみたんですが、」ドクターはすでにちょっと楽しそうな言い方になっている。

(つづく)

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正しいだけでは解決しない(12)|恋愛ドクターの遺産第6話」への2件のフィードバック

  1. まき

    初回からとても興味深く拝読させていただいています。それぞれのエピソードが、私や友人に当てはまるものがあり、友達にも紹介しました。

    今回の回、母をネガティブ役割にするという話は、私の母にもとても当てはまります。
    私は大学卒業と同時に家を出て、結婚も出産も仕事もしていますが、私が楽しかったことや仕事で成功したことを話すと、子供がいるのにひどい母親だと責め、悩んでいることを話すと嬉々として助けようとしてくる、、(きっと悪気はないのだと思いますが)
    それを哀しく思っていましたが、諦めて受け入れた方がいいんだなと。(今までも無意識にそうしていましたが)やっと腹に落ちた気がします。

    これからも楽しみにしてます。

    返信
    1. あづま 投稿作成者

      まきさん
       コメントありがとうございます。そんな風に、力を抜いて考え、行動する上でのヒントにして頂けたら、嬉しいです♪ ご紹介もありがとうございます!!!

      返信

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