霞の向こうの神セッション(8)|恋愛ドクターの遺産第7話

「あなたを包み込んでいた感じを、今から表現してみます。」そう言ってドクターは、コートを手に持って広げ、ユミコの頭の上に広がるようにかざした。
「近いかもしれません。こんな感じでした。」ユミコが言った。
「では、」ドクターはそのコートを手際よくたたみ、先ほど差し示した椅子にそっと載せて続けた。「その黒い膜が、いま、話しかけやすいように、こうやって椅子の上に載ったとイメージしてみて下さい。」
「はい。」
「そちらの椅子に座っているユミコさんからは、この膜は、どんな印象がしますか?」
「ええと、何か、生暖かくて、生々しい感じがします。包まれていると安心な感じも少しありますけど、緊張もします。私に何かを迫ってくる感じがあります。」
「夢の中で決断を迫ったような?」
「はい、そんな感じです。」
「この膜に、何か言いたいことはありますか?」
「私、ちゃんとやっているよ、と言いたいです。」
「では、私にではなく」ドクターは胸に右手の手のひらを置いて、自分を指し示しながらそう言い、今度はその手を椅子の上の「膜」(実際はコートだが)を示しながら続けた「こちらの膜に向かって、言って下さい。」
「私、ちゃんとやっているよ。」
「では、今度は、ユミコさん、こちらの椅子に座って、膜そのものになってみて下さい。なった、と想像しながら座れば、それで大丈夫です。」
「はい。」ユミコは席を立ち、向かい側の椅子まできた。そして「先生、このコートを着てもいいですか?」そう尋ねた。
「その方が『膜になった』という感じがするのですか?」
「はい。」
ドクターはなつをの方をちらっと見た。なつをは小さくうなずいた。そもそもなつをのコートである。他人に着せても良いのか、という確認だった。
「では、着てみて下さい。」
ユミコは無言でコートを着て、そして、先ほどまでコートが置いてあったその椅子に座った。
「膜になってみて、どんな感じがしていますか?」
「きちんとやろう。自分のことは自分でしよう。そんな感じです。」
「良い感じですか?やな感じですか?」
「うーん。きちんとしている、という意味では良い感じですし、少し安心感もあります。でも、ちょっと、堅苦しい感じもしますし、疲れる感じもあります。」
「膜の目から世界を見ると、どんな風に見えますか?」
「ええと・・・いいかげんな人間が多いな、と感じます。少しイライラします。」
「膜の目からユミコさんを見ると、」ドクターはそう言いながら向かいの椅子を手のひらで指し示した。「どんな風に見えますか?」
「他の多くの人みたいな、いいかげんでイライラする感じはありません。まあまあ、きちんとやっていると思います。」

(私のコートが、完全にユミコさんの「膜」になっている)なつをは思った。心理セラピーでは、心の内面にある何らかの要素に姿形を与え、それをたとえば今のように椅子の上に座らせて具現化させて(といっても、本当に実体を持つわけではないが)、話しかけてみたり、あるいは今ちょうどやっているように、そのものになってみたとイメージして、どんな感覚があるのか、世界をどんな風に見ているのかを感じてみる、というワークをすることがある。そうやって、心の中の要素に姿を与え、声を与え、どんな動機を持っているのか、どんな意図を持っているのかを読み解いていくのだ。
詳しくは先生の分析と、ユミコさん本人の解釈に委ねていくことになるが、今のところその「膜」は、ユミコさんに、「きちんと行動」させるような意図、動機を持っているように見える。
(黒い、というのがちょっと気になるけどなぁ。なんとなくネガティブな感じがして・・・)根拠はあまりないが、なつをは漠然とそう思った。

「では、」ドクターは続けた。「こちらの中立の位置に立ってみて下さい。」ユミコさんが座っていた椅子と、「膜」が座っている椅子(今現在は「膜」に見立てたコートをユミコが着て座っているが)の中間の位置、ちょうど椅子と合わせて正三角形になるような位置に自ら立って、今度はそこにユミコが来るように促した。
「はい。このコートは・・・」
「もちろん、その「膜」の椅子に置いてきて下さい。」
ユミコはコートを脱ぐと、軽くたたんで始めのように椅子の上に置き、そして、ドクターが先ほどまで立っていた中立の位置まで移動してきた。
「こうして全体を眺めていると、どんな風に感じますか?」ドクターが質問した。
「ええと。先生と優等生、親と子供、みたいな感じかな。」
「なるほど・・・ここから見ていて、そちらの椅子に座っている、ユミコさんに、何か言ってあげたいことはありますか?」ドクターはユミコが座っていた方の椅子を手のひらで指し示しながら言った。
「ちゃんと出来てるよ。」と言ってあげたいです。
「では、もう一度、実際にユミコさんに話しかけると思って、それを言ってあげてください。」
「ユミコ、ちゃんと出来ているよ。」ユミコの椅子(いまは空椅子だが)に向かって、優しく話しかけるような調子で、ユミコは言った。
「今度は、こちらの『膜』に何か言ってあげたいこと、言いたいことがあれば、言ってみて下さい。」
しばらく沈黙があって、ようやくユミコが口を開いた。
「ええと。よく分かりません。」

少し目線を天井に向けて、考えている様子だったが、しばらくしてドクターが言った。「では、今日は、ここまでにしましょうか。」
「はい。」
「ただ、その『膜』については、まだ消化不良の部分が残っている気がします。」
「私もそんな気がします。」
「ですので、今日のセッションの感覚、特にその『膜』になったときの感覚を、ときどき、思い出すようにして生活してみて下さい。何か気づくことがあるかもしれませんので。」
「はい、分かりました。」
「今日はここまでにしましょう。お疲れさまでした。」
「ありがとうございました。」

(つづく)

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