霞の向こうの神セッション(12)|恋愛ドクターの遺産第7話

ドクターは、一旦ゆっくり深呼吸して、それから言葉を発した。
「こういうとき、大事なことは、心の内にどんな動機があるか、それを真っ直ぐに見つめることなんです。」
「はい、お願いします。」
「ユミコさんは、今となってはイライラさせられる彼とつき合うことを選んだわけです。ということは、彼の何かに魅力を感じていた、ということになりますよね? それは何でしょうか?」
「あっ・・・そうですよね。そう、そうなんですよ。出会った頃は、彼のおおらかなところがとても魅力的に感じて・・・私、その頃もアレしなきゃコレしなきゃとテンパっていて、その時に彼が優しく見守ってくれるような気がして、すごく気持ちが楽になったんです。」
「そうですか・・・それは素敵な出会いでしたね。」
「はい・・・でも、ずっとつき合っていくうちに、おおらかと言うより、あまり何も考えていなくて、イイカゲンだと感じるようになってしまいました。」
「なるほど・・・これはよくあるパターンなんですが、彼がイイカゲンだと、色々細かいことを考える役回りが全部こっち側に回ってくる、ということが起きるんですが・・・」
「そう!そうなんです! 二人で出かけるときとか、何かを計画するときとか、全然考えてくれないから、結局直前になって私に負担が回ってくるんです!」今日一番の通る声で、ユミコが力説した。
「なるほどね・・・もしそこで、彼に任せっきりにしてみたら、どうなるんですか?」ドクターはあまり調子を変えず、質問した。
「実は、一度やってみたことがあるんですが、結局計画がズルズルと後回しになっていったりして、あまり楽しくなかったです。」

「そうですか・・・すでにやってみたんですね。では、再度やってみる必要はない気がします。」
「はい・・・。」
「あ、いや、試しに、きちんとした役目を降りてみる、という行動課題をやってみることは、結構あるんですね。それをきっかけに相手が何か考え始めたり、行動を始めたりすれば、もう少し様子見をしながら相手の成長を見守るという方針もアリなのですが、すでに一度やってみてダメだった場合、やり方を工夫するとしても、もう一度やってみて有効である可能性は低いんですよね。」
「私もそう思います。」

「そうするとね、悲しいけれど、今の彼とはお別れする方向で準備していくことになると思うんですよね。」
「やっぱりそうですよね・・・」ユミコの目にうっすら涙が浮かんだ。
「今まで、良い思い出もたくさんくれた彼ですしね。」
「・・・はい。」そう言った瞬間、両目から涙がぽろっとこぼれた。
「今日は、彼から、どんなものを受け取ってきたか、それを話す時間にしましょう。」
「えっ!?」

(出た!先生の十八番だ)私なつをは思った。別れ話の時は、彼の良かったところはどこか、そんな話をすることが先生はとても多い。以前どうしてそういう話をするのか訊いてみたことがある。先生の回答はこうだ。「なつを君、人は何か、今自分の中に足りないものを求めて、誰かに憧れたり惹かれたりするものです。長続きしていく場合は、その、求めた要素が生涯にわたって必要なものだった場合。別れに至る場合は、求めた要素が、かなり欠けていたインナーチャイルド的な課題に関するものだったりして、満たされたら必要なくなってきた場合です。」はあ、とのみ込めずにいた私に先生はさらにこう言った。「たとえば、子供時代に構ってもらえなくて寂しかった女性が、とにかくマメに構ってくれる彼を選んだとしますね。ところが、『構って欲しい』という思いが満たされたら、大抵、女性にマメな男性は・・・まあ同じ調子で何股もかけているプレイボーイの場合もありますが、ここではそうではない、という設定でお話しすると・・・自分の軸がそんなに無いんですね。ここ一番というときに、軸を示してくれない。『君の好きなようにしていいよ』なんて言うわけです。決断する責任が自分・・・つまり女性の側に100%のしかかってくるわけですね。始めは優しいと思ったけれど、長くつき合っていくと疲れる相手だった、と、こうなるわけです。長所だと思ったところが、一番嫌なところになってしまう、というような。」
相変わらず、ぐうの音も出ない論理展開だった・・・そんなことを思い出しているうちに、セッションが進んでいた。

「彼は、おおらかで、小さなことにもキリキリしてしまっていたユミコさんを優しく包んでくれたんですね。」
「はい、当時、そう感じていました。」
「そのおかげで、ユミコさん自身も、少し自分をゆるめることが出来るようになった・・・のですか? あ、勝手に推測してしまいましたが。」
「え、あ、はい。その通りです。彼がいてくれるおかげで、何でもきちんとやり過ぎず、『まいっか』みたいな心を持てるようになったと思います。」

(つづく)

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