月別アーカイブ: 2017年3月

シングルを卒業(4)|恋愛ドクターの遺産第5話

しばらくたって、なつをが淹れたお茶を飲みながら、なつをとドクターの恋愛談義はまだ続いていた。
「あの、私、恋人が出来ないのが三年ぐらい続いているんですけど、どうしてなんですかね?」
「なるほど。なつを君、恋人が出来ない理由を知りたい、と。」
「えぇ。」
「解決したいということですか?」
「そりゃ、もちろん。」
「前の恋人と、何かあったんですか?」
「えぇと・・・別に・・・いや、もちろん、お互いに気持ちがすれ違うようになって別れたわけですけど、暴力を振るわれたとか、浮気をされたとか、そういうことは特になかったんですよね。」
「なつを君は、お別れした後、ちゃんと心の中で『お葬式』をしましたか?」
「はい?」
「いや、だから、彼と別れたことを、しっかり悲しむという儀式をしましたか、という意味です。」
「えっ?・・・そう言われてみると、友達からも『意外と平気そうだね』って言われてましたし、確かに、そんなに泣いたりとか、しなかった気もします。」
「その彼との別れの後、恋愛に対してアクセルを踏まなくなった、そういうことはありますか?」
「ありますね。それまでは・・・というか彼と出会う前は、と言った方が正確ですけど・・・かなり積極的に・・・えぇと、大学時代だったので、コンパとか、出会いのある場に出て行っていました。彼と別れた後は、断ることが多くなった気がします。」
「そう聞くと、お別れがちゃんと済んでいない、という要因は、あるかもしれませんよ。」
「お別れが済んでいない・・・?」
「そう、人は、別れたら心が傷つくものです。その傷を癒すためには、やはり悲しんで涙を流す、そのような儀式が必要なんです。それをせず、気持ちにフタをしたまま先に進もうとすると、傷つきそうな出来事が起こらない方へ、起こらない方へと、守りの行動ばかりしてしまうようになります。」
「・・・あたってるかも。」
「もうひとつ、気になるポイントがあります。」
「はい。」
「そもそも、その彼とは、相性が合っていたのか、という問題です。」
「えっと・・・どう答えたらいいんでしょう?」
「まあ別に、なつを君のカウンセリングをしているわけではないので、答えなくてもいいですし、どう答えてもいいですよ。」
「あぁそうでした。でも、確かに、彼は私のことをよく見ていてくれて、私の変化にすごく気づいてくれる人だったんですが、一方で自分で決めて自分で進むことが出来ない人で、最後の頃はそれが嫌になって、でも言っても変わらないしケンカっぽくなったり険悪な雰囲気になったりするので、あまり言わなくなって、でも結局何だかがまん大会みたいになって、結局別れてしまいました。」
「なるほどね・・・最初のうちは魅力に見えていた、彼の『顔色をうかがう能力』が、あとで、嫌な面としてなつを君の目に映るようになっていった、と。そういうわけですか。」
「なんか、そう聞くと、私がワガママな人間みたいですね。」
「そうですか。そもそも、そういうものじゃないですかね。人間とは。」
なつをは、先生は本当にドライだなぁ、と今日も思った。ドクターは今はカウンセラーをしているが、元々理系の大学を出たそうだ。人間が嫌いというわけでもないし、人の温かさを信じているところもある。でも、何か、ヒューマニズムというか、そういうものをあまり信じていないというか、冷めている。愛情であっても、「所詮、脳内ホルモンの働きと、快楽を司る神経細胞の興奮だろう」と割り切っているところがある。
「なんか、自分にがっかりするじゃないですか、そう言われると。」
「そうですかね? 自分のことを分かってほしい、気にかけてほしい、かまって欲しい、という欲求が自分にある、と自分で気づいていて、さらに、相手に、自分のことは自分で決める程度の自立を求めているんだなぁ、と自分で気づいていれば、それで問題ないと思いますよ。」
なつをは、ドクターの持論を突き付けられて、返す言葉が何も見つからなかった。その通りなのだ。ドクターの持論は、相手に何かを求めるのは自然なこと。それ自体は悪ではない。ただ、無自覚にやっているとトラブルが起こる、というものだった。
たとえば、先ほど話題に上がっていた、なつをの過去の恋愛の話なら、こうなる。
なつをは元々、彼にかまってもらいたい、自分のことを見ていてほしい、その想いが強かったから、それを満たしてくれる彼を選んだのだ。但し、些かバランスを欠いていて、本当は自立していることも、相手に求めていたのだが、そちらの思いは「自分でも気づかず」に、交際を始めたのだった。そして、始めに強かった方の「かまってほしい」は交際の中で満たされ、気づかなかった方の「自立していてほしい」が頭をもたげてきた、と、こういうことだ。
ドクターの持論は常にこうだ。自分自身を知ることがまず大事。そして、極端な不満など、バランスを崩す要因は気づいて恋愛前に対処して、バランスの取れた自分であろうとすること。それが出来ていない状態でパートナーを選ぶから、自分に合わない相手を「好き」と思ってしまうのだ、と。

どうやらいよいよ、今日のクライアント、みさおさんがやって来たようだ。

(つづく)

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シングルを卒業(3)|恋愛ドクターの遺産第5話

「ところで、彼女の『恋人がいない期間』はどのぐらいですか?」
「えぇと、相談申込の時に頂いた情報によると、これまでの人生で一回も恋人ができたことがないそうです。」
「そうですか。これは結構骨が折れる話になるかもしれませんね。」
「えっ? そうなんですね。」
「そうです。美人問題では、三十何年も恋人が出来ない、という問題にはならないですね。せいぜい社会人になってから、ぐらいでしょうか。それでも長いかな。えぇと、みさおさん、でしたっけ・・・逆に彼女の場合、人生で一度も恋人が出来ていないわけですから、おそらくは、何らかの生育歴的なテーマではないでしょうか。」
「恋人がいない期間の長さで、分かるんですか?」
「えぇ、そうですよ。」
「どうして分かるんですか?」
「まあ、いま答えたからといって、なつを君が今すぐ判定できるようになるわけではないと思いますが、考え方として大事なので、覚えておいて下さい。私は、問題の根っこにどんなものがあるかを記憶する際に、その根っこがどのぐらい『重たい』原因なのかも覚えるようにしています。」
「重たい原因、ですか・・・」
「病気にたとえて考えると分かりやすいですね。たとえば、下痢の原因には色々なものがあります。お腹が冷えた、というものから、食中毒、そして、赤痢に感染した、というようなものまで。」
「はい。」
「なつを君が昨日、下痢をしたとします。そして今日はけろっと治ったとしますね。そういうときに『私は赤痢かしら』と考えるでしょうか。」
「いえ、それは考えないと思います。」なつをは、クスッと笑いながら答えた。
「ではなぜ、考えないのですか?」ドクターは、あくまで真面目な質問をしているのだ。
「えぇと・・・それは・・・大げさすぎると思うからです。」
「大げさすぎる・・・」
「はい。赤痢だったら、もっと症状が深刻に出るんじゃないでしょうか。」
「そう!そこなんです!」ドクターは話す声に力が入った。「いいですか、何かの原因と結果を本で読んで勉強した場合、欠けてしまいがちなのは、原因の『重さ』に関する感覚・見識です。」
「はい・・・」
「赤痢がもし原因だとしたら、かなり深刻な症状が出るはずだ、となつを君は考えたわけです。」
「そうですね。」
「しかし、自分の症状は、そこまでじゃなかった。」
「えぇ。」
「したがって、赤痢という線は、除外しても良さそうだと考えた、そういうことですね?」
「そうですね。ハッキリと意識はしていなかったですけど、そういうことになりますね。」
「その逆も言えます。もし、何日も下痢が続くようなら、お腹が冷えただけかな、とは考えないはずです。症状に対して、想定する原因が軽すぎるわけです。」
「そうですね。何かの食中毒とか・・・発症した場所が外国であれば赤痢のような感染症も考えますね。」
「そして、すぐに医者に行こうとするはずです。」
「そうですね。」
「同じ『下痢』という言葉でも、その程度・深刻度には幅があるわけです。そして、症状が深刻である場合、原因もそれに対応した強力なものがあるはず、と考える必要があります。」
「なるほど。」
「心理や恋愛に関する原因と結果も、同じように学ぶ必要があります。インナーチャイルド的な課題が原因で・・・たとえば人間不信で子供の頃から対人恐怖もある、という原因などですが・・・これは比較的『重い』方に入りますが・・・その場合、たとえば、恋人が今までの人生で一回も出来なかった、という症状と、深刻度で考えると釣り合います。一方、ここ3年、恋人が出来ない、という症状に対してインナーチャイルド課題を原因推定したとすると、今度は、症状に対して、原因が重すぎるわけです。」
「なるほど。確かにそう言われてみたら分かりました。」

・・・

しばらくたって、なつをが淹れたお茶を飲みながら、なつをとドクターの恋愛談義はまだ続いていた。
「あの、私、恋人が出来ないのが三年ぐらい続いているんですけど、どうしてなんですかね?」
「なるほど。なつを君、恋人が出来ない理由を知りたい、と。」
「えぇ。」
「解決したいということですか?」
「そりゃ、もちろん。」
「前の恋人と、何かあったんですか?」
「えぇと・・・別に・・・いや、もちろん、お互いに気持ちがすれ違うようになって別れたわけですけど、暴力を振るわれたとか、浮気をされたとか、そういうことは特になかったんですよね。」
「なつを君は、お別れした後、ちゃんと心の中で『お葬式』をしましたか?」

シングルを卒業(2)|恋愛ドクターの遺産第5話

第二幕 恋愛哲学

ゆり子は「恋愛ドクターの遺産(レガシー)」ノートを開いた。このノート、元々はゆり子の祖父の手記である。ノートは父から受け継いだのだが、今は受け継いだまま、段ボール一杯に入っている。いつも、悩んだときはそのうちの一冊を「えいやっ」と抜いて、開くのだった。このやり方も、父から受け継いだ。すると、今悩んでいることと、不思議なぐらい符合する内容が書いてあるのだった。
今回選び出したノートは、他のノートよりいくぶん厚いようだった。「まあいっか。流れに任せるのがこのノートの使い方だったっけ。」ゆり子はつぶやいて、早速ノートを読み始めた。
・・・

「先生、やっぱり頭の悪い女性は嫌いだ、ということなんですか?」なつをが恋愛ドクターに、食ってかかるような調子で質問をしている。もうありふれた日常だ。
「まあ、良い悪いは置いておいて、私は自分が色々考えたことを話して、それが通じるような相手でないと、一緒にいてもがっかりの連続になってしまう。だから、私にとっては知的な女性である、という要素は、はずせないものなんです。」
「なるほどねー、才色兼備な人が良いってことですねー。」なつをはメモを取っている。
「なつを君、そこのメモは必要なんですか?」
「もちろん、大事です。」
「べつになつを君が、私とつき合うわけではないのだから、私の好みを把握しても役に立たないと思いますが。」
「うーん。うまく言えないけど、大事なんです。」

いま、二人は、恋愛談義の真っ最中だ。といっても、議論というよりは、なつをが一方的に恋愛ドクターA(ゆり子の祖父)に、恋愛哲学・・・というよりもっと実用的なもの・・・即ち、長続きするパートナーシップの秘訣を聞いているところだ。なつをの質問責めに対して、ドクターが堂々と持論を展開する、という、おなじみの光景だ。

「先生は、奥さまのどこが気に入って結婚されたんですか?」
「・・・いきなり直球ですね。いろいろありますよ。・・・でも、一番は自己肯定感があって・・・これはつまり、本人が自分を好き、っていう感覚をしっかり持っているということですが・・・基本的にポジティブ、というところだと思いますね。そういう人は、一緒にいて安心感がありますから。」
「なるほど。」
「そこはメモを取っても良いところだと思いますよ。」
「あっ」なつをは慌ててメモを取った。「でも、自己肯定感があってポジティブだったら、誰でも良い、というわけではないと思うんですよね。外見とか、趣味が合うとか、そういう面は関係ないんですか?」
「あぁ、関係あると思いますよ。外見は、人それぞれ好みがあるから、一般化するのは難しいですが、女性は概して、外見に凝り過ぎだとは思います。最新のファッション雑誌に載っているような微妙なニュアンスの差が分かる男性はあまりいません。それこそ10年前のファッション雑誌に載っているような、ちょっと古い、というかトラディショナル、というんでしょうかね、そのぐらいの外見をした方が、男性には通じることが多いと思うんですよね。」
「先生もそうですか?」
「私は、そうですね。ファッションには割と疎い方なので。」
「外見はあまり凝らない方がいい、と。」メモを取りながらなつをはつぶやいた。
「なつを君は、もう少し凝っても大丈夫だと思います。」少しニヤッと笑ったような表情を浮かべながら、ドクターが言った。
「えっ!? あぁ確かに、私、あんまり化粧っ気ないですしね。」なつをはそう言いながら少し頬が赤くなった。そして、ドクターが何か言おうとするのを遮るように質問をかぶせた。「先生、奥さまはわりと可愛らしい雰囲気の方ですが、美人系と可愛い系では可愛い方が好みなんですか?」
やれやれ、といった表情でドクターが答えた。「それを知っても、なつを君の恋愛には役立たないと思いますが・・・どちらの顔立ちのタイプともつき合ったことはあります。基本的に、内面的には気持ちが明るく、見た目的には健康的な美しさがあることは大事かな、とは思いますが、美人系か可愛い系かと言われると・・・そんなに好みに偏りはないですよ。」今度はドクターがみさおの次の質問を封じるかのように、持論をさらに話し始めた。
「基本的に、自分が好き、自分は可愛い、って思っていたら、そのセルフイメージにふさわしくあろうとするものです。無理はせず、自然な感じで可愛らしくするし、必要に応じてお化粧やファッションを活用するはず。逆に、今の自分が嫌い、自信がない、可愛くない、というセルフイメージがあると、自分を塗りつぶして消すためのお化粧をしてしまったり、自分を隠すための服を着てしまったりすると思います。」
「あ、なるほど。分かります。」
「お化粧をするのがいい、しないのがいい、という話ではなくて、自分は可愛いから、その可愛い自分にふさわしい外見で出かけよう、と思うのか、自分は可愛くないから、素の自分を塗りつぶしたり、隠したりして、別の外見を作ろうとしているのか、その違いは大きいと思いますよ。」
「あぁ、なるほど、だから、先生の話の最初に、自己肯定感の話をされたんですね。」
「そういうことです。同じようなメイクやファッションをしていたとしても、自分はこれでいい、という前提を持っているのか、自分はそのままでは全然ダメ、という前提を持っているのかで、違いが出てくると思いますよ。まあ、若い男性などは、最初は外見に騙されますけどね。」
「騙される・・・?」
「そうですね。内面は、確かににじみ出るものですが、ただ、内面的には自己否定が強くても、美しくメイクをしていれば、それを見抜けない男性もいる、ということですね。ちょっと言葉が悪かったかな。」
「先生、私と話していると時々、相談者さんには言わない毒舌、言われますよね?」
「まあそれは、時と場合をわきまえた発言をしている、ということで。」ニヤニヤしながらドクターが言った。

会話はこのあと、少し毒のある雑談の応酬になったが、ほどなくして、なつをが口調を真面目に戻して、言った。
「先生、今日の相談者さんは、みさおさん36歳、恋人が出来ない悩みだそうです。」
「そうですか。」
「そういえば先日、美人なので恋人が出来ない、という方がいらっしゃいましたが、また同じようなお悩みなんでしょうかねぇ・・・」
「それは分かりません。恋人が出来ないという悩みの原因は、本当に千差万別なので、よくよく話を聞いてみるまでは、勝手な判断は禁物です。」
「はい、そうでした。」
「ところで、彼女の『恋人がいない期間』はどのぐらいですか?」
「えぇと、相談申込の時に頂いた情報によると、これまでの人生で一回も恋人ができたことがないそうです。」
「そうですか。これは結構骨が折れる話になるかもしれませんね。」
「えっ? そうなんですね。」

(つづく)

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シングルを卒業(1)|恋愛ドクターの遺産第5話

第一幕 相談

「そんなの昔から、『亭主元気で留守がいい』って言うじゃない。それでいいのよ。大丈夫だって。」香澄が言った。
香澄はゆり子の友達だ。よくランチをしたり、お茶をしたりする仲である。今日は喫茶店に入り、おしゃべりをしているうちに、現在の夫婦仲の悩みを、ゆり子はつい話してしまったのだった。そして、香澄の回答が、それだ。
「そうかなぁ、私はそこまで割り切れないけど。」ゆり子が応えた。
「いつまでも愛が長続きする、って、かなり無理があると思うよ。一緒に住んだら相手に幻滅することもたくさん出てくるし、それを受け入れていかないと、結婚生活は続かないと思う。結婚って結局、がまんの連続だよ。」香澄の持論は強固で、一歩も引く様子はない。
「まあね・・・」ゆり子は、この話題、出さない方が良かったかな、とちらっと思ったが、今さらそれを悔やんでも仕方ない。覆水盆に返らず。もうこの話題を出したことを取り消すことは出来ない。そして「そうかもね・・・」と、お茶を濁した。
ここでこの話題は終わりになる、そう思ってゆり子が安心しかけたとき、「私は違うと思う。」毅然と言い放ったのは順子(よりこ)だ。「私は、相手の話をちゃんと聞くことが大事だと思う。信頼関係があれば、仲良し状態は続くよ。」
この一言が、火に油を注ぐ格好になった。香澄は一段と声のトーンが高くなって、順子に質問を投げた。「順子はさぁ、だんなさんに不満とかないわけ? 相手の話を聞く、って言うけど、順子が話を聞くの?それとも、だんなさんが順子の話を聞くの?」
「えぇと、両方かな。私も話を聞くように心がけてるし、彼も話を聞いてくれるから。不満、というか、その時その時で、相手に言いたいことはあるけど、それはちゃんとお互い伝えているし、確かにお互い欠点はあると思うけど、そんなに気にならないのよね。」
「それって、単に順子が我慢してるのと同じじゃないの?」香澄はあくまで持論に固執している。
「違うと思うけど・・・我慢って言うのは、受け入れていないのを、受け入れたフリするって言うか、不満を溜めたままフタをするっていうか、そういうことでしょ?」
「え!?何? 私が不満を溜めたままフタしているって言いたいわけ?」
「だって、『我慢』しているんでしょう?」
険悪なムードが漂い始めて、ゆり子はこの話題をこの場で出したことを心底後悔した。(あぁ、こんな話になるんだったら、言うんじゃなかった・・・)
「私、そろそろさくらのお迎えだから、行かなくちゃ。」ゆり子はこの場にいるのがあまりに辛くて、本当はあと30分ぐらいは大丈夫だったのだが、そう言って席を立った。

・・・

買い物、お迎え、夕飯、などなど、日々の雑用(ルーティーン)を終えて、ひとりになった。忙しいときは忘れていられたが、全て終わって、夜一人ぼうっとしていると、つい考えてしまう。果たして自分は、夫の幸雄を本当に「受け入れて」いたのだろうか、と。それとも単に「不満を溜めているがフタをしていた」に過ぎなかったのだろうか。もちろん、関係がこじれて、今は一緒にいるのが辛いから、別居しているわけで、今は受け入れているとは言えない。でも、結婚生活を普通に続けていたときも、いや、もっとさかのぼって、交際していたときであっても、本当に彼のことを「受け入れて」いたのだろうか。それとも単に「不満を持っていたが、別れるのが怖くて、フタをしていた」だけなのだろうか。
昼間の香澄と順子の議論は、確かに居心地が悪かったが、今振り返って考えてみると、香澄の持論にも一理あると、ゆり子は思った。香澄はいつも正直で率直だ。「言ってはいけない」というタブーが嫌いで、みんなが遠慮して言わないようなことも、堂々と言う。まあ、どちらかというと、思ったことを我慢できず言ってしまう性格とも言えるのだが。
不満を溜めてしまい、どこかでそれが、修復不可能なレベルに達して、別居や離婚に至る。そうならないために、香澄は「留守がいい」つまり、距離を取ることで壊滅しないようにコントロールしているのだろう。そのやり方を「後ろ向き」と批判する資格は自分にはない、とゆり子は思った。まだ同居している香澄のところと、すでに修復不可能になりかけている自分たち夫婦を比較して、そう考えてしまう。
順子のところは、お互い、話を聞き合うことができていて、きっと、不満をため込まずにいられるのだろう。話をすることが、いいガス抜きになっていることも大事な要因だろうし、順子が「それがうまく行く秘訣」と言うのも嘘ではないと思うけれど、そもそも、二人が一緒にいるときに、いつも楽しそうに見える。元々相性が良いのかもしれないな、と思わずにはいられない。今まであまり考えたことはなかったが、こうして改めて考えてみると、相性がいい相手と結婚することのメリットは計り知れない、と思った。
「相性ってあるのかなぁ。」ゆり子はひとりつぶやいた。「相性ってなんだろう?」

(つづく)

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踊るセラピー(9)|恋愛ドクターの遺産第4話

「やっぱり、ここから先は、自分で考えないといけないんだろうなぁ・・・」ゆり子はつぶやいた。

・・・

それから数週間、ゆり子は苦しんでいた。何に苦しんでいたかというと、自分の感覚を幸雄に理解できるように表現する方法について、である。
そもそも、ゆり子は、多くの人がそうであるように、自分の感覚を言葉にすることをそれほど努力してきていない。だから結局、相手に対する命令みたいになってしまうのだ。
たとえば、ある日、ふたりで食事をする約束があったとする。デートという言葉を使いたくないのは、長いこと、二人の食事が楽しくなかったからだ・・・出会った当初を除いては。それで、約束の時間に、幸雄が仕事で来られないことになった。まあこのぐらいなら、社会人として時々あることだし、がっかりはするが、この程度でいちいち腹を立てたりするゆり子ではない。ところでゆり子は先のことを色々考えて、気を回して、という行動を、女性の平均ぐらいには、する方だ。当然、そのレストランのことも調べてみるし、店の雰囲気に合った服装のことも考えておくし、どんな会話をするのか想像もするし、そして、料理の内容が事前に分かるなら、料理の話題についても、下調べをすることがある。
そして、これは実際にあった話なのだが、幸雄が突然、レストランを代えると言ってきたのだった。少し遅れてしまうので、コース料理が慌ただしく出てきてしまう、ということで、時間に余裕が取れる別のお店に代えると、当日に、言ってきたのだった。幸雄の言うには、「より良い店にしたんだから、問題ないじゃないか。」ということなのだが。肩すかしを食ったゆり子の気持ちは、何とか伝えようとしたのだが、結局話は平行線で、全く伝わらなかった。
その時にゆり子が言ったのは、「急に代えないでよ。」「せっかくそのお店にしたのに。」といった言葉。幸雄は「おまえ別にキャンセル料払ったわけでもないし、意味が分からない。」「遠回しに俺が遅れたことを責めてるのか?」という反応。
たとえばそんなとき、合理的に考えている幸雄と、気持ちの準備をして臨んでいて、その気持ちが肩すかしを食って、もっと高いレストランになるとしても、残念だったり、ため息が出るような気持ちを感じているゆり子の、感覚の違いを伝える言葉は、あるのだろうか。
ゆり子が悩んでいるのは、そういうことだ。本当に難問だ。本当に答えはあるのだろうか。

ここ数日、同じこと、つまり自分の感覚は幸雄さんには感覚が違いすぎて伝わらないのではないか、ということで悩んでいたゆり子は、ふとあることに気づいた。
(私の気持ちを、分かってもらえるかどうか、ということばかりで、悩んでいたなぁ。では私は、幸雄さんの気持ちをちゃんと分かっているのだろうか・・・)そう、あのレストランの一件で、確かにゆり子ががっかりする対応をした幸雄に、一般的な意味で言えば問題はあるだろう。女性の気持ちを分からな過ぎなのだ。でも、ゆり子なこんなことも考えていた。私の方から見て「意味分からない」「なんでそういうことするの?」とは、確かに感じたが、では、一体なぜ、お店を代えることがいいと思ったのだろう。私とは違うどんな感覚で、その選択肢が一番いいと思ったのだろう。逆にゆり子には、その幸雄の感覚が、まったく分からなかった。

(私も、幸雄さんのこと、ちゃんと分かってないんだなぁ・・・)ゆり子はそんなことを漠然と考えていた。

(第4話 終)

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