第6話 正しいだけでは解決しない」カテゴリーアーカイブ

正しいだけでは解決しない(4)|恋愛ドクターの遺産第6話

第二幕 セッション

なつをとドクターのあの議論をさかのぼること数時間、そもそも、ドクターが行ったセッションはこのような流れだった。

ノックの音がして、今日のクライアント、有紀が入ってきた。
「こんにちは。よろしくお願いいたします。」
有紀は仕事帰りらしく、清楚なスーツ姿だ。社長秘書をしているらしく、礼儀正しく、言葉遣いも丁寧で、言葉や動作にも上品さがにじみ出ている。
「有紀さんこんにちは。よろしくお願いいたします。」ドクターも気さくな調子で挨拶をした。

ドクターはひとしきり、有紀さんの悩みを聞いていた。彼女の話は要約するとこういうことだった。その会社はある保険営業の代理店で、そこの社長は仕事も出来るが、人柄もよいので、秘書として努めている有紀は密かに憧れていた。
社長は、女性を貶めたりする人ではないが、女好きで、今までも不倫の噂のある人だった。交際する相手のことは大切にするが、わりと移り気で、有紀が働くようになってからも、どこかの女性に手を出していたという噂があった。有紀が入社して一年ぐらいした頃、有紀の気持ちを察してか、社長からアプローチがあった。話も面白く、遊び上手な人なのだ。とにかく、一緒に食事をしたり観劇をしたり、楽しい時間を過ごすことができて、いけないこととは思っていたが、有紀はついに一線を越えてしまった。
それからは、幸せな時間も多かったが、出張で彼がいなくなるたびに寂しくなったり、彼の一挙手一投足が気になってしまってそわそわしたり、不安定になることも多くなった。何より、自分が彼を「好き」と思う気持ちの重さと、彼が自分を「好き」と思う気持ちの重さを比べたときに、自分ばかり好きになっていて、彼に振り回されている感じがしていた。始めのうちは好きな人がいるだけで幸せだったが、次第に疲れてきて、辛くなってしまった。
社長に奥さまがいることも、不安をかき立てる要素にはなっていた。休日に家で一人になるとき、彼は何をしているんだろうと想像する。秘書という立場もあって、プライベートの予定も、緊急連絡が必要かもしれないという建前で、ある程度知らされていることもよくあったが、それが家族行事だったりすると、有紀は自分だけ仲間はずれにされているような疎外感を味わった。この状況からして他にどうしようもないことは頭では分かっているけれど、どうしても割り切れず、やりきれない気持ちになるのだった。
恋愛そのものも、苦しかったのだが、そこにとどめを刺したのが、社長が出張先でいわゆる「現地妻」のような関係を持っていたことだった。小さい会社なので、秘書といっても、領収書の入力作業など、経理の補助などの事務も兼務している(決算などの重要な会計業務は外部の税理士だ)。ある出張先で常宿にしているホテルの部屋が、いつもダブルベッドの部屋だったことも怪しい。社長は倹約家なので他の出張先では迷わず安いビジネスホテルのシングルの部屋を取るので、その地だけ贅沢なのはいかにも怪しいのだ。そしてレストランの領収書に2名様と書かれていたこと。ビジネスの会合の予定は入っていないので、女性と会っていたことは想像に難くない。有紀はつい過去の帳簿も調べてみたのだが、どうやら5年前ぐらいからその密会は続いているらしいことが分かった。社長が離席している間にこっそりPCをのぞいて、女性との密会の約束のメールを見つけた。
証拠を見つけたからといって、そもそも有紀自身も不倫相手の身。法律的に言えば何か自分に優先権があるわけでもない。あきらめて、身をひくことにした。

・・・というのが、過去の出来事、そしてここに相談に来た経緯だ。

「それで、有紀さんは、社長さんと今後どうしたいのですか?」ドクターが質問した。

(ああ、やっぱり先生はもう一度確認するのだな)なつをは思った。すでに「身をひくことにした」と言っているクライアントに対して、わざわざもう一度質問をしているが、先生の対応はいつも割とこういう感じだ。

「ええと・・・辛いので別れようと思うんですけど、離れるのも苦しくて、どうしていいか分からなくて・・・私、恋愛依存症ではないかと思って・・・それで相談に来たんです。」
「そうでしたか。誰でも恋愛が始まると、相手に対して愛着が生まれ、離れるときには痛みを伴うものです。有紀さんは、その程度が人より大きいようですね。」
「はい、そうだと思います。」
「つらいですね。」
「・・・はい。」有紀の目にうっすらと涙が浮かんだ。
「そして、こうして相談に来て下さって、ありがとうございます。」
「いえ。こちらこそありがとうございます。他に相談できるところがないので、ずっと苦しかったんです。」
ドクターは、ゆっくりとうなずいている。

しばらくして、ドクターが質問した。「ところで、社長さんのどんなところが好きなんですか?」

(つづく)

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正しいだけでは解決しない(3)|恋愛ドクターの遺産第6話

「まあ、ここから、どうやったら、その欠けている経験を補っていけるのか、それはかなり創意工夫が必要な作業になりますから、一意にぱっと決まる、という訳ではないですけどね。」
「そうなんですね。」
「ええ、まあ、なつを君はなつを君のこだわりというか、自分なりのクライアント観を持つようになるべきだと思いますが、今はまず、私が考えていることを一旦受け取ってみて、真似をしてみるところから、始めてみることが良いと思います。」
「守破離の守ですね。」
「そういうことです。私は、一般的に『父親からの愛情が足りない』と言うときの『父親からの愛情』というのは、大きく分けて二つだと思っています。ひとつ目は、家族のために闘ってくれて、家族を守ってくれる、という行動と、そこから来る、守られている安心感。ふたつ目は、単純に男性から好かれているという喜び。」
「ああ、なるほど、そうやって分解して考えてみると、分かりやすいし、納得です。」
「先ほども言いましたが、なつを君は、単に私の真似をしてコピーになるのではなく、自分なりのクライアント観、自分なりの治療観を持ってくださいね。」
「はい、分かってます。でも、今の先生の考え方は、私はまず、取り入れて、そこから考えていきたいと思います。」
「そうですか。」ドクターはちょっとはにかんだような、嬉しそうな表情をして続けた。「まあ、そうやって受け取ってもらえるのは嬉しいですけどね。」
「うふふ。」なつをはつい笑ってしまった。
「ええと・・・そうでした。だから、こうやって定義を丁寧にしてみると、解決の方針も具体的に見えてきます。ひとつは『父親が守ってくれた』経験が足りないわけですから、どこかで、自分が『守ってもらえた』と感じる経験をすることが大事です。その相手は、父親ではなくても、ほとんどの場合、大丈夫です。」
「そうなんですね!」なつをは嬉しそうな声で言った。
「そうですよ。人間の心は意外に柔軟にできているものなんです。だから、父親、父親、って追いかけなくても、解決の道は作れるのです。」
「なるほど!希望があります。」
「もうひとつは、『男性から好かれている』という経験ですね。彼女の場合、こちらの比率の方が大きそうだったのですが・・・」
「あっ!そうか!これも、父親から好かれなかったという経験を、父親本人から取り返すのではなくて、別の男性からでもいい、ってことなんですね!」
「そうです。そういうことなんです。」
「えっ?」なつをは急に何かに気づいて驚いたような表情になり、黙り込んでしまった。そして、しばらくして口を開いた。「ということは、有紀さんが社長と不倫をしていることはつまり、お父さんからもらえなかったものを、社長を父親代わりにしてもらおうとしている、ということなんですね!」
「そういうことです。年上男性との不倫が多い女性の場合、その動機が、父親に愛されたかった、でも愛されなかった。だからそれを今の恋愛で取り戻したい、という動機になっていることは、比較的よくあります。」
「なんか・・・切ないですね。」
「そうですね。本当は自分という個人を作る土台であるべき、親子の絆が希薄だった。それを取り戻したいと渇望する心をずっと抱えて生きている。取り戻せそうな相手が見つかった。但しこのような場合大抵相手は年上の既婚者。その人と恋愛したら、人の道に反していると責められる、とこのような構図ですから、確かに、切ない、やるせないですよね。」ドクターはそう言ってなつをの方を見た。そして、何かに気づいたようだ。
「なつを君、何だか、自分事のように考えていますね?」
「えっ? あ、そ、そうなんです。」なつをは顔が赤くなった。「じ、実は、有紀さんのセッションについて私がついムキになってしまったのは、私と同じだって思ったことが結構あったからなんだ、って気づきました。」
「そうなんですね。」
「それで、私の場合は、せ、先生のことが好きで、それが恋愛感情なのか尊敬なのか、よく分からない気持ちだったんですけど、いま、分かりました。」これを言いながら私は、顔が熱くなり(きっと真っ赤だろう)、体中に変な汗をかいた。
「そうですか。そう思ってくれているとは、光栄ですね。ありがとう。」先生はあくまで優しくそう答えてくれたので、私はものすごく安心して、体中の力が抜けた気がした。
「この際ですから、よい受け取り方と、微妙な受け取り方の違いについて説明しておきましょう。」ドクターはいつもの理知的で鋭い言い方と、先ほどの優しい調子の中間ぐらいの調子でそう言った。「実は、父親からの愛情というのは、別に不倫しなくても補えるんですよ。職場の尊敬できる上司のことを好きでいる、その上司も、一線は越えてこないけれど、親しみを込めて接してくれている、こんな関係をしっかり味わって過ごせば、子供時代に愛情が足りなかった経験も、ちゃんと埋まっていくんですよ。もちろん、本人が自覚して受け取れば、ですけどね。」
「そうなんですね!」
「ええ、そうです。そもそも、父親とはセックスしないでしょう。だから父親からの愛情不足を不倫で補おうとしてしまう、というのは、回路がちょっとズレてつながってしまっている状態なんです。」
「ああ、そう言われてみればそうですね。でも、私、なんとなく分かります。父親からの愛情不足を補う感覚が、なぜか恋愛感情とつながってしまい、不倫に至ってしまうという、その気持ちが。」
「なつを君、なんだかずいぶん、不倫してしまう人の肩を持つようになってきましたね。」
「え?あ、あの、決して自分もしたいとか、しているとか、容認派になったとか、そういうわけではないんですけど。」なつをは焦りを隠せず、しどろもどろになってしまった。
「何か、気づいたり、変化したことがあったんですか?」ドクターはあくまで優しく、しかし鋭い質問を投げてきた。
「あの、さきほど先生が、私が先生のことを好き、ってつい口走ってしまったときに、バカにすることもなく、真っ直ぐ受け止めてくださったことが嬉しくて・・・」そう言いながら涙がぽろぽろっとこぼれた。「それで、なんだか力が抜けた気がします。」

(つづく)

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正しいだけでは解決しない(2)|恋愛ドクターの遺産第6話

「では折角なので、実例に即して、なつを君にも考えてもらいましょう。なつを君なら、彼女に対して、どんな解決策、どんな方針を提示しますか?」
「えっ?」

そうなのだ。カウンセラーは評論家ではいられない。その日のセッションの中で、何かひとつでも、現実が前に進むための提案をしなければならないのだった。(そういうことをしない、ただ受け身のカウンセラーもいるが、先生の価値観では、そういう仕事の仕方は「職業倫理に反する」のだ)
私は焦った。先生の質問を受けて、いざ自分がどういう方針を立てるのか考えてみると、思考停止してしまう。
「ではなつを君、有紀さんが、つらいのに社長との不倫をやめられない原因は何だと思いますか?」
「依存しているから・・・ですか?」
「うーん。それでは、説明になっていません。『依存』とは何でしょう?」
「なぜ、説明になっていないんですか?」なつをはかなり困惑した表情で聞き返した。
「それは、問題解決をする場合、これが『原因だ』と原因推定をしたときに、ではその原因を取り除きましょう、というアクションが容易に取れるようでなければ、本当の意味で原因が分かったとは言えないからです。なつを君は、『依存』が原因だ、と言いましたね。では『依存』を取り除きましょう。さあ、どうすればいいか、分かりましたか?」
「・・・」なつをは黙ってしまった。
「そうです。ほぼ、『不倫をやめましょう』と同義語です。これでは、原因を掘り下げたことにならないし、解決するためのポイントも見えていないのです。原因を推定したと言えるためには、『ではそれを取り除きましょう』と言ったときに、何をすればよいか、明確になっている必要があるのです。」
「はあ・・・おっしゃるとおりです。」なつをは、自分の分析の浅さに自らがっかりした。
「では、もう少し考えてみましょう。」どうやらドクターは、ここでやめる気はないらしい。なつをがこの件について、きちんと考えられるところまで、食いついて離さないようだ。「なつを君、依存についてもう少し掘り下げてみましょう。有紀さんの『依存』とは、彼女が何を渇望していて、社長に依存しているということだと思いますか?」
「ええと・・・彼女の話からすると、子供の頃に、父親が家で暴言を吐く人で、父親からの愛情が足りないのではないでしょうか。」
ドクターは、うなずきながらも、少し頭を横に振った。
「先生、まだダメ、ですか・・・?」
「先ほどよりは、随分良くなりましたよ。」
「・・・」なつをは少し黙っていた。するとドクターは続けて言った。
「なつを君の仮説に基づくと、彼女は『父親からの愛情が足りない状態』にある。だから『父親からの愛情が足りない状態』を取り除くことが解決策。ということですよね?では、何をすることが、その原因を取り除くことになりますか?」
「えっ!?」なつをは固まってしまった。そうなのだ。父親からの愛情が足りない、と問題を定義したなら、父親からの愛情を得る、がシンプルに考えた解決策になる。でもそれができない、それをしてくれない父親だから、今の状態があるわけで、このように問題を定義してしまうと、解決不能になってしまう。
「父親からの愛情、とは心理学的に説明すると何でしょうか?」
「えっ? ええと・・・お父さんが愛してくれること、ですか?」
ドクターは少し困った表情をして、さらに質問を重ねた。「ここでの『愛してくれる』は、具体的には何をしてくれることなのですか?あるいはどんな状態のことなのですか?」
「え、それは・・・」なつをは言葉に詰まった。しかしドクターは続けて質問をしてくる。
「べつに、普遍的哲学的答えを言え、と言っているのではなくて、なつを君がどういう意味を込めて『愛してくれる』という言葉を使ったのか、それを聞いているのです。何かあるでしょう?」
「それは・・・『好きでいてくれること』が大きいと思います。」
「なるほど、つまりなつを君の言う『父親からの愛情不足』というのは、『お父さんが自分のことを好きでいてくれた、という経験が足りない』と、こう言い換えられるわけですね。」
「ああ、そういうことです。」
「その要素は、あると思いますね。私も。」
「そうなんですね!」なつをはドクターが同意してくれたので、嬉しくてつい声が大きくなった。
「しかし、では今から、お父さんに頼んで、『私のことを好きでいてください』ってお願いしますか? これは相手次第になってしまいますから、難しい解決策ですね。」
「・・・そうですね。」なつをは喜んだ気持ちが急にしぼんでしまうのを感じた。
「まあそれでも、先ほどの『依存しているから、依存をやめる』という問題の定義よりは、ずいぶん中身が分かってきているとは言えますね。」ドクターは穏やかな表情でそう言った。
「ありがとうございます。」なつをはそう言ったが、どこかぎこちなかった。
「まあ、ここから、どうやったら、その欠けている経験を補っていけるのか、それはかなり創意工夫が必要な作業になりますから、一意にぱっと決まる、という訳ではないですけどね。」
「そうなんですね。」

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正しいだけでは解決しない(1)|恋愛ドクターの遺産第6話

第一幕 不倫を肯定するなんてダメ!

「はぁ。私がこんな風に夫婦関係、うまく行かないのは、自分のせいでもあるのかなぁ・・・」ゆり子はうつむきながら、力なくつぶやいた。

ゆり子は悩んでいた。先日読んでいた本に「夫婦は合わせ鏡」とか「自分の周りに起きることは自分の心の反映」とか、自分原因説のような話ばかりが書いてあったのだ。以前もそのような本を読むことはあったが、夫婦仲がこじれる前は、正直どこか他人事のように読んでいた。しかし、実際に夫婦関係がこじれてきてから読むと、自分が周りから責められたり、こっそり後ろ指を指されたりしているような気がして、冷静に読めなくなってしまった。
偏った自分原因説の本全般が、現在苦手なゆり子だが、そのような本の中でも自分が原因だという話が、特に強調されている本を読んでしまったのだった。それで、ずいぶん気が滅入っている。
本を読んだせいだ、と、その本のせいにしたいところなのだが、書かれていた内容が、うすうす、自分の責任かもしれない、と感じているポイントだったので、まともにダメージを受けてしまったのだった。

そんなことを悩んでいるうちに、娘のさくらを迎えに行く時間が来てしまった。「今これを考えても仕方ない」そうつぶやいて、ゆり子は幼稚園に向かった。こんな風に夫婦関係で悩んでいるときに、子どもが問題を起こさないのは幸いだった。幼稚園でも友達とうまくやっているようだし、特に病気をするわけでもないし、ゆり子に悩む時間をくれているさくらが、心底ありがたいと思った。
とは言え、子どもを家に連れて返って来てからは、日常業務が始まる。着替えさせて、食事の支度をし、お風呂に入れて・・・とやっているうちに時間が過ぎていく。
ようやくさくらを寝かしつけて、ゆり子は今日も、恋愛ドクターの遺産ノートを開いてみることにした。
・・・

「先生、そんなアドバイスでいいんですか? 『彼の愛を意識してもっと受け取りましょう。』なんて、なんだか、問題を助長しているように感じます。」助手のなつをが恋愛ドクターAに食ってかかっている。おなじみの光景だ。

実はさきほど、ひとつのセッションが終わったのだが、その中でドクターが「彼(不倫相手)からの愛をもっと受け取りましょう。」というアドバイスをしたのが、なつをには気に入らなかったようだ。
今回のクライアントは有紀(29)。社長秘書をしているが、その社長と不倫関係にある。毎日、奥さまにバレるのではないかと不安になるが、社長は「そんなの始めから承知済みのはずだし、お互い五分五分の合意で始めた恋愛でしょう」ぐらいの認識で、もちろん冷たくされるわけではないが、積極的には取り合ってくれない。それに今度、どうやら、出張の多いこの社長、各地に現地妻的な愛人が数人いるらしいことが分かったのだった。
それで、相談に来たのだった。

ドクターと助手の議論はまだ続いている。
「なつを君、私も最終的に彼女が不倫をやめることには賛成です。そのままの関係を続けていても、きっと幸せではないでしょうから。ただ、『やめた方がいい』とか『家族のことを考えろ』といったアドバイスはすでに彼女の頭の中にもあるでしょうし、実際に友人などからも言われた、という話が、セッションの中で出ましたよね?」
「そうですけど・・・」
「つまり、この問題は、彼女自身、自分がやっていることは正しくないし、できれば自分自身でもやめたいと考えているけれど、やめられなくなってしまって、困っている、という問題なのです。そこに、すでに言われたことがあるような説教をしても、ただ彼女を追い詰めるだけになってしまって、よい効果はないのです。」
「それは分かりますけど・・・」なつをは不満そうにお茶菓子を口に入れた。

「なつを君、以前も言いましたが、我々プロカウンセラーは、友達が最初に思いつくようなアドバイスを口にしているようでは仕事にならないのです。なぜなら、そんなことは百も承知のはずだからです。それで解決しないから、相談に来ているのです。」
「それは、分かってますけど・・・」
「では折角なので、実例に即して、なつを君にも考えてもらいましょう。なつを君なら、彼女に対して、どんな解決策、どんな方針を提示しますか?」
「えっ?」

そうなのだ。カウンセラーは評論家ではいられない。その日のセッションの中で、何かひとつでも、現実が前に進むための提案をしなければならないのだった。(そういうことをしない、ただ受け身のカウンセラーもいるが、先生の価値観では、そういう仕事の仕方は「職業倫理に反する」のだ)
私は焦った。先生の質問を受けて、いざ自分がどういう方針を立てるのか考えてみると、思考停止してしまう。

(つづく)

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