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霞の向こうの神セッション(4)|恋愛ドクターの遺産第7話

・・・次の日・・・

「昨日の話ですが」ドクターが切り出した。
「はい。」私ユミコはそう答えたが、少し上の空だった。なぜかというと、実はドクターの服装が気になって仕方ないのだ。ドクターは昨日のような白衣にノーネクタイとは、全く違っていた。しかも、なぜか今日は、ドクターとは面識がないはずの、私の職場の上司がよく着ている紺色のスーツに、黒・・・か、またはかなり深い緑・・・の地に、細かい水玉のネクタイをした出で立ちなのだ。私は、ドクターの質問よりも、服装の方に、だいぶ気を取られていた。
「まだ何か、引っかかるものがあるようですね?」ドクターは相変わらず、私がまだ答えていないことを、先回りして、まるで知っているかのように質問してくる。そもそも、昨日のセッションの最後に私は「結論が出たようですね。」「ああ、そうですね。」と答えているのだ。でも、ドクターは、私が一度も言っていない「引っかかるものがある」という点を的確に突いてきた。実際その通りなのだが。
「・・・はい。」私は少し当惑しつつも、真意を正しく汲み取ってもらえて嬉しくなりつつ返事をした。この人は、こんなにも、私の気持ちを完璧に理解してくれるんだ・・・
「・・・の人はどうなんですか?」
また、声がよく聞き取れない。でも何を訊かれたのかはハッキリ分かっていた。ドクターは、私がコウジではなく、最近は職場の上司に気があるのではないか、と訊いてきたのだ。
「ええと・・・」少し恥ずかしくなりながらも、私は答えた。「はい、なんだか、頼りがいがあるし、コウジにはない、大人の魅力を持っていると感じます。」

私はただ「大人の魅力」と言っただけだが、言った瞬間、私の胸の中から、彼に対して感じている「大人の魅力のエネルギー」が白っぽくて淡い色をした・・・桜のようなごく淡いピンク色のようだった・・・、ふわりとした塊として出て行って、ドクターに届いた。これで、私が何を言いたかったのか、ドクターに伝わったことが、私にはハッキリ分かった。

「なるほど、彼には・・・な魅力を感じているんですね。」ドクターは言った。音声としてはよく聞こえない部分があったが、ドクターが上司の大人の魅力について、全て理解し、全て言語化してくれたことは、私には明確に分かっていた。

ドクターはさらにセッションを進めていく。
「そうですか。では、その、新しい彼と生活しているところを想像してみて下さい。」ドクターが言うと、目の前には、今暮らしているアパートの一室ではなくて、都会的なマンションの一室が現れた。そしてそこには、上司がいた。
ふたりで、ソファに座り、一緒にテレビを見ていると、彼に肩を抱かれた。このまま、なるようになってしまおうかと一瞬思ったけれども、もうあと一歩踏み込んだらキスしそうなところで、理性が戻ってきた。彼には奥さんがいるのだ。
「無理です。」それを言うのが精一杯だった。
すると、少しずつ、マンションの一室が消え始めた。視野の周辺からぼんやりとしてきて、だんだんに部屋が消え、隣に居た彼の姿が消え、最後に彼の「存在感」だけが残った。姿が消えたのに存在感が残るというのは変な表現だが、実際そういう感覚だった。時間が経つにつれ、そこに残っていた彼の存在感も、次第に薄れていった。同時に、周りの世界が徐々に、恋愛ドクターのカウンセリングルームに戻ってきた。隣にいたはずの彼は完全に居なくなり、目の前には、恋愛ドクターがいた。
「あなたの、心の奥底の望みは分かりました。」ドクターがそう言った。
私は、全てを見透かされて、心の奥底までのぞかれているようで、とても恥ずかしかったが、同時に、一番詰まっていたものを出せて、少し安心する感覚もあった。そう、私は心の中では、その上司のことを好きだと思っていたのだった。彼氏と比べる気持ちも、あったかもしれない。そしてまた、妻子持ちの上司との、不適切な関係に踏み込むのが良くないことだし、きっと踏み込んでも幸せになれないと分かってもいた。
「でも、この望みは、叶いません。こんな形で彼と関係を持っても、幸せにはなれないと思います。」
「そうですか・・・そうですよね。では、コウジさんの元に帰りますか?」
「それも、なんだか、無理みたいです。」
「一旦、恋愛を休みますか?」相変わらず恋愛ドクターは、私が思っていることを先取りして的確に指摘してくる。
「あっ、そう、そうかもしれません。今私、それが必要なのかもしれません!」
「なるほどそうですか。結論が出たようですね。今は一旦、恋愛を休む。やってみましょう。」

(つづく)

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霞の向こうの神セッション(3)|恋愛ドクターの遺産第7話

「ママ、ママ!」娘のさくらが起きてきた。
恋愛ドクターの遺産ノートを読んでいたゆり子は、ノートを一旦閉じて、さくらの方を向いた。
「さくら、どうしたの?」
「ママ、眠れないの。」
「そっか・・・目を閉じてたら、眠れるよ。大丈夫。」
そうしたら、さくらは目に涙をためて、言った。「怖い夢みたの。」そしてゆり子にしがみついてきた。
さくらを抱きしめて、背中をトントンしながら、ゆり子は言った。「さくら、大丈夫だよ。大丈夫。ママがいるからね。大丈夫。」
「うん。」
それから、1時間ほど、不安になったさくらに添い寝をして、寝付くまで一緒にいた。ゆり子も一緒にうとうとしてしまった。でも、ノートの続きが気になって目が覚めた。さくらが寝ていることを確認してから、ゆり子はまた、ノートを開いて続きを読み始めた。

ノートを読み始めてすぐに、ゆり子は混乱した。どうも、詳細がハッキリしないのだ。世界がぼんやりしているようだ。ぼんやりしている世界の中で、明確に意識をしているものがたったひとつだけある、そんな感じだ。

いつもの、恋愛ドクターの遺産の世界とは、何かが違う。その違和感は何なのか・・・ゆり子は始め、そんな違和感を感じていた。しかしいつの間にか、いつものように、次第にこの世界に引き込まれていった。

第二幕 霞の向こうの神がかり的セッション
「・・・ですか?」
「はい。」
声がよく聞こえない。目の前にいるはずのカウンセラーの姿も、なんだか霞がかかったようにぼんやりとしていて、ハッキリ見えない。しかし、私(ユミコ)には、何が起きたのか明確に分かっていた。そう、間違えるわけがない。明確に、分かっているのだ。
誰に何を訊かれたのか。それは、恋愛ドクターが私に、コウジ(彼氏だ)のことは好きですかと訊いたのだ。もちろん、つき合っているのだから好きだ。だから「はい。」と答えた。でも、そんな単純にイエス・ノーで表せるほど簡単な気持ちでもない。だから恋愛ドクターに相談しているのだ。
時間がとてもゆっくり進んでいる感覚がある。
ずいぶん間があって、ドクターが次の質問を発した。
「ということは、好きではあるけれど、同時に、つらいということですね。」
「はい。」
ドクターは、私がまだ答えていない質問の答えを、まるですでに知っているかのように、その答えを踏まえて、次の質問を投げかけてくる。テレパシーとも言えるような、そんな状況を、私は全く不思議とも思わず、むしろ当たり前と感じていて、セッションは進んでいく。
時間の流れは、相変わらずゆっくり、いや、むしろ時間の流れという概念がない、と言った方がいいかもしれない。また、しばらく間があって、ドクターが次の質問を発した。
「もっと、頼りがいのある人とつき合えば良かった、ということですね?」ドクターはまた、まだ私が答えていないことをすでに前提として、先回りして質問してくる。
「はい。」私はまた、当然のように、受け入れ、答えている。
少し間があって、ドクターが立ち上がった。「こちらに、彼と別れた後の世界があります。見て下さい。」ドクターが自身の左腕を開いて、手のひらで示しながらそう言うと、そちらに、私が暮らしている町が現れた。町は馴染みの町だが、細かく言えば、その街区は、少し馴染みのないエリアだった。見覚えはあるが、日頃通勤路にもしていないし、商店街というわけでもない、あまり行ったことのない住宅街だった。空は青く、人影はやや少なめでまばら、といった感じだ。「どんな感じがしますか?」ドクターが訊いた。
「清々しい感じです。でも、ちょっと寂しいかもしれません。」
「今度はこちらに、彼と続けたとしたら、という選択の先の世界があります。見て下さい。」今度は右腕(私から向かって左だ)を開いて、同様に示しながら言った。今度は私が生活している現在の部屋の中の様子が見えた。いつも使っているテレビ、壁には彼と写っている写真が額に入っていて、彼にプレゼントされて以来大事にしているクマのぬいぐるみなども見える、私の「居場所」という感じの場所だ。「どんな感じがしますか?」
「慣れ親しんだ、暖かい世界です。でも、なんだか閉塞感があります。ここにいるとイライラします。」

「では、どちらを選びますか?」
「えっ?」そんなに急に迫られても選べない。私が黙っていると、先ほどより大きな声で、エコーがかかったような響きでまた質問された。
「では、どちらを選びますか?」
「え、選べっていっても、そんな、急に・・・」
「では、どちらを選びますか!」ついに大音量で聞こえてきた。
「やめて!」と叫びそうになった瞬間に、ドクターの顔がコウジ(彼氏だ)に変わっているのが見えた。
「ねえ、どっちを選ぶの?ボクを選んでくれるの?」コウジが言った。
「ちょっと待ってよ、こないだも言ったよね。あなたはいい人だけど、頼りないと感じてしまって、これからも一緒に暮らすとか、結婚とか、かなり迷ってる、って。今のままじゃ、絶対に前には進めないから。」私はキッパリ言った。ドクターの顔がコウジに変わるとか、普通じゃありえないことが起きているのに、全く驚かなかったし、むしろそうなってくれることを望んでいた、いや、準備していた気さえする。だからコウジの顔が現れた瞬間に、今まで言いたかったことがすらすらと出てきたのだ。
キッパリ言ったところで、コウジの顔は消えた。そしていつの間にか、また目の前には白衣姿のドクターが座っていた。
「結論が出たようですね。」静かな声で、ドクターが言った。
「えっ? ああ、そうですね。」そうは言ったものの、まだ踏ん切りはつかないと感じていた。

(つづく)

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霞の向こうの神セッション(2)|恋愛ドクターの遺産第7話

「私のところに相談に来たときには、九割方決心が決まっていた感じでしたよね?」
「そうでしたね。おかげで、そのあとの問題解決は早かったなー。」
「ほんとびっくりしましたよ。」
私と先生は、わはは、と大声で笑った。
「なつを君、そういうのを、治療前変化、というのです。」
「はい、よく分かりました。だから、申込の時点の状態を前提にしてはいけない、ということなんですね。私も結構・・・というか激しく変化してから当日を迎えたわけですからね。こういう人、結構いらっしゃるわけですよね。」
「ええ、まあ、激しく変化している人は、10人にひとりぐらいですけどね。半分ぐらいの人は、ほぼ変化なし。あとは、気持ちが少し楽になったとか、セッションで訊かれそうなことを準備してきたとか、これまでの経緯を自分で紙に書いて整理してみたとか、まあそんな感じで、マイルドな変化、という感じです。」
「なるほどー。参考になります。それで、『治療前変化を問う』というのは・・・?」
「ああ、だから、『お申し込みになってから、本日までで、何か変化はありましたか?』といった主旨のことを訊く、ということです。」
「なるほど、単純なんですね。」
「うちの場合、改めて、相談内容を書いてもらったりしていますけどね。」
「そういえば、相談内容、お申し込みの時点で頂いているのに、どうしてもう一度書いてもらうのかなぁ、と、いつも不思議に思っていました。」
「あれは、とりあえず落ち着いて、それからセッションを始めていくという、ある種の儀式的なものでもありますし、もうひとつの重要な意味が、お申し込みの時に頂いた相談内容と、当日書いて下さった内容が同じかどうか見る、というものなんですね。」
「そうなんですね。なんだか、刑事ドラマの取調室で、刑事さんが同じ質問を何度もして、何度聞いても同じ答えになるかどうか確認する、みたいな感じに似ていますね。」
「そうかなぁ。別に疑っているわけではないから・・・似ているのかなぁ。」ドクターは苦笑しながらそう答えた。
「いやー、昨日も刑事ドラマを見ていたので、つい思い出してしまいました。あ、でも、もし、そうやって申込の時からの変化を確認しているのだとすると、家で書いてきたメモを見て記入する方の場合、古い情報を書き込んでいるかもしれない、ということですか?」
「そうなんですよ。できればやめてほしいと思っているんですけどね。」
「だから先生、用紙に記入してもらうときに『今のご気分で』なんて訊かれてますよね?」
「なつを君、よく見ていますね。そうなんですよ。なるべく、今の自分が書く、というのをお願いしたいところではあります。」
「そういうルールにはしないんですか?」
「まあ、メモを持ってくる人の場合、間違えちゃいけない、とか、じっくり考えないと、何か大事なことを落としているかもしれなくて不安、とか、色々考えることがあるわけですよね、きっと。そういうことを心配してメモを持ってきた、というのも、その人の個性を表していて、大事なヒントになりますよね。」
「あ、なるほど。メモを持ってきて、間違いなく書こうとする、ということも、大事な情報なんですね。」
「そういうことです。だから、メモを出した人の場合、そのことが大事な情報です。どうせ過去の気持ちを書き写しているわけですから、書いている内容はほぼ読みません。むしろ、『ああこの人はメモを書き写す人なんだなぁ』という情報の方が、この場合、大事ですね。」
「読まないんですね。」
「だって、申込の時に作ったメモを出して、紙に書き写したら、新しい情報は何も無いじゃないですか。」
「そうですよね・・・その割り切り方が気持ちいいです・・・でも、先生、本当に、色々なことを観察するんですね。」
「当然でしょう。そのぐらい本気で、その人のことを知ろうとしなければ、カウンセリングは成り立ちません。」
「・・・精進します。」
「そして、話を少し戻しますが、メモを出して来て、それを見ながら用紙に記入した人の場合、今の自分の気持ちを書いているのではなくて、メモを作成したときの自分の気持ちを、用紙に書き写している、わけですから、当然、情報が古いだろう、ということを念頭に置いて、セッションを始めます。」
「はー。色々大変なんですね。」
「ちょっと、頼みますよ。私が老いぼれる頃には、なつを君、キミがこのカウンセリングオフィスのエースになっていないと、困るわけですからね。」
「はーい。」
「そのような、メモを書き写すクライアントさんの場合、セッションの中で、『今はどう感じていますか?』などの、今どう感じているか、今どう考えているか、という現在の状態を問う質問を少し増やして、治療前変化がどの程度起こっているのか、見積もりながら進めていきます。」
「なるほどー。治療前変化、結構奥が深いですね。」
「そうですよ。奥が深いのですよ。」
「先生、今までで一番、激しく変化した、治療前変化というのは、私のセッションですか?」
「いや、なつを君、キミのはまあまあ大きな変化ではあったけれど、一番じゃありません。もっとスゴイのがありましたよ。」
「どんなのだったんですか?」

・・・

「ママ、ママ!」娘のさくらが起きてきた。
恋愛ドクターの遺産ノートを読んでいたゆり子は、ノートを一旦閉じて、さくらの方を向いた。
「さくら、どうしたの?」

(つづく)

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霞の向こうの神セッション(1)|恋愛ドクターの遺産第7話

第一幕 変化と覚悟

「要するに、覚悟の問題よねー。」香澄が言った。
今日はゆり子と、順子(よりこ)、そして香澄の三人でランチをしながら話をしている。以前に、ゆり子はついつい自分の悩みを話してしまって、結果、順子と香澄が互いの持論を闘わせる展開になってしまったことを少し後悔したのだったが、一度話してしまったことは消せない。今日は、ゆり子から結婚生活の悩みを話していないのに、いつの間にかその話題になってしまった。
実はゆり子は、離婚したあと仕事はどうするか、子供は預けるのか、など、現実問題の細々したことに頭を悩ませていた。ハローワークにも足を運び、一人娘のさくらを保育園に預けられるかどうか、役所にも聞きに行ったりと、まだ具体的な一歩は踏み出していないものの、少しずつ情報収集を始めていた。それを察したのか、香澄が「最近どうしてるの?離婚に向けて準備してるの?」という形で、話題を振ってきたのだった。
実際、色々調べて、合理的に考えれば、何とかなりそうかな、という気もしているのだが、なかなか一歩が踏み出せない。やはり、不安が先に立つのだ。率直にそんな話をしているうちに、覚悟の問題だ、という話になった、というわけだ。

「覚悟の問題かー。」ゆり子が言った。
「まあ、そういう面はあるよね。」順子も同意した。
つまり、どんな解決策を選ぶか、であるとか、相手とどんなコミュニケーションを取るか、といった側面はあるとしても、結局は、どれだけ腹をくくって、覚悟を決めて前に進むか。そこが決め手になるのではないか。そういう話だ。気の強い香澄がまずその意見を言ったが、比較的穏やかな順子も同意する形になった。
「そういうことなのかなー。私、なかなか覚悟、決められないなー。」
「まあ、自分のペースでやって行けばいいじゃない。」順子が言った。
「私は、早いほうがいいと思うけど。」香澄が言った。

そんな会話があったあと、ランチ会はお開きになった。三人ともそれぞれ、自分の生活に戻っていった。
(まあ、こうして、話を聞いてもらえる相手がいるだけありがたいとは思うけれど・・・)ゆり子はそんなことを考えていた。
家に帰ってくれば、いつものルーティーンワークが待っている。さくら(娘)の幼稚園のお迎えに、ごはんの支度、お風呂、などなど・・・そんな事をしているうちに夜になってしまった。そして、今日もまた、恋愛ドクターの遺産(レガシー)ノートを開いてみるのだった。ノートは相変わらず段ボールに無造作に突っ込んである。父親から受け継いだ状態のままだ。その無造作なノートの束の中から、ゆり子は無造作に一冊を抜き出し、開いてみた。このやり方も、父親から受け継いだ方法だ。(ランダムに一冊抜き出して読むと、そこになぜか必ず、いま必要なヒントが書いてある、と父親は言った。)
・・・
「先生、『治療前変化を問う』ってどういうことですか?」なつをが質問した。
「ああ、『治療前変化』ね。それは、カウンセリングに申し込むときに、大体、どんなテーマで相談をしたいのか、どんな状況なのか、予め提出してもらうことも、よくあるのですが、実際にカウンセリングが始まるときに、申込時点での問題を、前提にしてはいけない、ということです。」
「どうして、申込の時の問題を、前提にしてはいけないのですか?」
「もちろん、参考にはしますよ。ただ、人は、日々、変化して行くものです。」
「ああ、なるほど。」
「特に、カウンセリングというのは、もう、ここから本腰入れて、人生変えるぞ、みたいな覚悟を決めて申し込んだりすることがありますから、そうすると、申し込んだこと自体が変化のきっかけです。そのようなわけで、色々変化が起きるわけです。」
「ああ、それ、分かります。」
「それに、カウンセラーの先生に、いったいどんなことを訊かれるのだろう? などと想像して、その想像上の問いに、自分で答えてみたりして、つまり自分の中で自問自答していくわけですね、そんな事をしているうちに、悩みが色々解消していったりすることも、あるわけです。」
「そんなこと、あるんですか?」
「ええ、ありますよ。そんなに、珍しい事じゃありませんよ。」
「そうなんですね・・・」
「要するに、覚悟の問題、ということかもしれませんね。」
「覚悟の問題、ですか・・・」
「なつを君だって、以前、私のところに相談に来てくれたことがあったでしょう?」
「はい、懐かしいですね。」ちょっと照れた表情になって、なつをは言った。
「そのときに、こんなことを言っていませんでしたか? ・・・確かあれは、そうそう、私に相談を申し込んだあと、今まで迷っていた、転職に向けての行動がなぜか進むようになった、と。」
「そんなこと、ありましたね。」
「そう、相談を申し込んだことで、勇気が出て、転職のための、何でしたっけ、ヘッドハンティングだか職業紹介だかの会社に登録したり、独立開業も視野に入れて色々本を買ったり、何か行動を起こし始めた、という話でしたよね?」
「そうでした。先生のところに相談を申し込んだら急に元気が出て、色々行動して・・・」
「私のところに相談に来たときには、九割方決心が決まっていた感じでしたよね?」
「そうでしたね。おかげで、そのあとの問題解決は早かったなー。」
「ほんとびっくりしましたよ。」
私と先生は、わはは、と大声で笑った。
「なつを君、そういうのを、治療前変化、というのです。」

(つづく)

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