婚難(4)|恋愛ドクターの遺産第3話

「あともうひとつぐらい、大事な理由がありそうです。」ドクターは続けた。
「かおりさんは、自分のことを『男っぽい』と思いますか?」
「え、はい。結構『オッサン』だと思います。」
「なるほど、やっぱり。」

先生、言うことが失礼じゃないか、となつをは思った。クライアントに対して、オッサンだというのが「やっぱり」だとか、そんなこと言っていいのか、なつをが思った瞬間、かおりの反応は意外だった。

「やっぱり先生、見抜いていらしたんですね。そうですよね。私もこの『オッサン』な性格は問題じゃないかと、うすうす思っていたんです。」

ドクターは少し考えている様子で、言葉を選びながら話し始めた。
「確かに、女の中の女、女子の中の女子、みたいな女性の方が、男性から好かれ、選ばれるチャンスの数が多いのは事実です。かおりさんは、おそらく10代から、もしかすると20代前半ぐらいまでは、結構男性が寄ってきてモテたのではないかと思うんですが。」
「はい、自分で言うのもアレなんですが、結構モテました。」
「ですよね。若いときは割と男女共に、ですが、相手を見た目で選ぶ傾向があるのです。」
「わかります。でも、自分に合う人はなかなか居なかったです。」
「以前、私のところに、もう40代ぐらいでしたが、今でもお綺麗な方が相談に見えたことがあります。その人に、若い頃はモテましたよね。でも、自分に合わない人まで来て大変じゃありませんでしたか、と質問したのですが、その答えが面白くて。」
「なんとおっしゃっていたんですか?その方は。」
「『無駄モテって呼んでいました。』と。」
「なるほど、私の場合も、私に合わない人がいっぱい来ていたのは『無駄モテ』だったんですね。」かおりはそう言って笑った。
「そうですね。全然男性が寄ってこない女性から見たら、『無駄モテ』なんて、憤慨したくなる言葉でしょうけどね。」
「そうですね。」そう言いながら、かおりは何だか嬉しそうだ。
「モテる側の悩み、というのもあるんですよ。でも、大体、モテる側は少数派ですから、孤独だし、この悩みを分かってくれる人は、なかなか居ないんです。」
「そう!そうなんですよ!」かおりはひときわ大きい声を出した。

ああ、分かってもらいたいポイントを先生が明確に言葉にしたということなんだな、なつをは思った。先生は若い頃モテたのだろうか、とか、私はあんまりモテなかったなぁ、とか、色々な考えがぐるぐると頭をめぐり始めたが、先生とかおりの会話に興味を引かれ、思考を止められた格好になった。

「先生は、おモテになったのですか?」なつをの訊きたかったことをかおりが質問したのだ。
「いえ、私は、見ての通り平凡な見た目ですし、モテたりはしなかったですね。」
「でも、美人がモテたときのお気持ち、本当に良くお分かりだから・・・」
「ああ、そうですね。その理由については多分今日の話の役に立つはずですから、少しお話ししましょう。」
「興味あります。お願いします。」いつのまにかニコニコしながらかおりはドクターの話を聞き出した。

「実は、大きくアッパークラス問題、と私は括っているんですが、「美人」「できる人」そして「セレブリティー(有名人)」、の問題、というのがあるのです。」

「・・・はい。」
「私はこのとおり、ハンサムな方には入っていないのですが、小さい頃からできる子でした。小学校では一番、みたいな感じで。そうすると、色々嫉妬されたりもしました。単に面白いから一生懸命考えて発言しただけなのに「お前は分かってるからいいけど、少しは周りの気持ちも考えろ」的な反発を受けたことも、多々ありました。そして、当時そういう反応をする周りと、うまくやっていく能力はなくて、絶えずストレスはありましたね。」
「嫉妬されることは、私もありました。」
「そうなんです。美人、出来る人、セレブリティーの問題というのは、表面的には少し違うように見えますが、構図としては似ています。一般的に言って、不細工より美人の方がいい、勉強や仕事はできないよりはできた方がいい、貧乏な家の出より、いいところの生まれの方がいい、というように、アッパークラスに入っているんですね。そして、恋愛の問題として考えた場合、出会いの質が悪くなる。自分に合わない相手が寄ってきたりする、という面で共通点があります。」
「そうなんですね!・・・私の場合はどうなんでしょう?」
「かおりさん、あなたの場合、元が美人。すると、若い頃はたくさんの男性が言い寄ってきます。これはこれで、かなり面倒ですよね?」
「はい。正直に申し上げますと、そう思っていました。」
「すると、自然と男性との距離を取る姿勢が身につきます。」
「わかります。」
「その逆は、男性に親しげにどんどん話しかける、気さくなキャラ、ということになりますが、そっちに行ったら、もっと大変なことになりそうなので、距離を取る、と。」
「はい、やってました。大学時代は『付き合いが悪い』とか言われることが多かったです。でも、そういう意見を取り入れて飲み会に積極的に参加すると、男子の注目を一手に集めてしまって、一部の女子から睨まれたり・・・。」
「そうですか。それは大変でしたね。別に自分の責任でそういう顔になったわけではないのに、なんだか舵取りが難しい立場に置かれる。」
「すごく分かります!確かにそうでした。」
「そして、できる人問題でも、同じようなことが起きます。今度は、みんなが『構えて』しまうんですね。女性の場合とくに、男性が寄りつかなくなります。失礼な話ですけどね。」
「分かります、分かります。でも、私の場合、それで丁度よくなったな、という感覚はあったのですが・・・」

「そこが、もうひとつの罠、なのです。」
「もう何を言われても驚きません。」少し苦笑しながら、かおりは言った。「先生、続けて下さい。」

(つづく)

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