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性癖を直す(10)下|恋愛ドクターの遺産第2話

「あの、先生。」みきさんは少しためらいながら言った。
「実は、いじめは学校の先生が公認していたというか・・・」
「公認!?」
「いえ、もちろん、本当に公認しているわけではないのですが、先生も一緒になって私のことをからかったり、私をからかう生徒を黙認したりしていたんです。」
「なんと。それはつらかったですね。」
「はい。学校に行くのが毎日苦痛でした。」
「そうですか。よく頑張りましたね。そのことはご両親には話したのですか?」
「いえ・・・両親は、別に機能不全家族とか毒親、というわけではなかったのですが、わりと、自分のことは自分で解決しなさい、的な教えの親で、今思うとそのぐらいの出来事であれば相談しても良かったと思うんですが、ひとりで抱えていました。」

「当時の学校のことを思い出すと、どんな感じがしますか?」
「全体的に暗いです。」
「空気の温度とか、何か感じませんか?」
「あ、なんか寒いです。」

得意の質問だ。なつをは思った。先生が空気の温度を聞くのは、当時の孤独感を探るためだ。寒い場合、孤独感があった、ということになる。さびしかったですか、と聞くよりも明確に分かるのだそうだ。

「空気の重さは、どうですか?」
「少しだけ、重いかな・・・?」

「ということは、学校では疎外感を感じていた、という感じでいいのかな?」
「はい!『疎外感』まさにそうです。」

「疎外感の反対ってなんでしょうね?」

来た!なつをは思った。ここで並のカウンセラーなら、疎外感を感じてつらかったですね、と共感しながら話を聞いていくところだが、先生は違う。いきなり「反対って何でしょう?」と訊くことが、かなり多い。

「えっ? 疎外感の反対・・・自分に関心を持ってもらえる、ということでしょうか。あ、笑顔でこっちを見てもらえる、ということかもしれません。」

「人生の中で、笑顔でみきさんを一番見てくれた人、みきさんに一番関心を持ってくれた人は誰ですか?」

みきさんは、はっとした表情になって、そして答えた。
「主人です。」

「なるほど。そうですよね。そうおっしゃると思いました。つまり、疎外感を感じて生きてきたみきさんを、その、寒い世界から救い出してくれたのが、今のご主人さんってことですよね?」

「はい。そうです。」みきさんの目からぽろぽろっと涙がこぼれた。

「だから、色々あっても、ご主人さんのことが大切で、何とか続けていきたい、と思ってきたんですよね?」

「あぁ・・・そうなのかもしれません。」

「素敵な話ですね。」
なつをは、ついもらい泣きをしてしまった。しかしこの結論は予想外だった。みきさんの過去の問題を探っているのかと思ったら、先生は、ご主人さんのまいくんのことを、なぜみきさんはそこまで大事に思っているのか、その理由を見つけるために過去を探っていたのだった。すでに、みきさんは柔らかく、温かい表情に変わっていた。少し涙がにじんでうるうるしている両目も、キラキラ輝いているように見える。以前先生は言っていた。「過去のマイナスを発見することも、とても大事ですが、過去のプラスを発見することは、それ以上に大事です。」と。
「いま、どんな感じですか?」ドクターは尋ねた。
「なんだか、体も心も温かいです。私、自分の言いたいことが言えないから、主人の言いなりになっていたのではなくて・・・あ、少しはそういうところ、あるかもしれないですけど、でもそれ以上に、主人が本当に大切な人だから別れられなかったんだな、ということに気づいて良かったです。」

「そうですね。素敵な話をありがとうございました。」

「いえ・・・あの先生、言いたいことが言えない問題は、どうしたらいいのでしょうか?」

「どうします?」ドクターは笑いながら言った。

「いや、あの、一番気になっていた、キッパリと別れを言えなかったことについて、理由が分かったので・・・」

「そうですよね。そもそも、そこに『言いたいことが言えない問題』があったかどうかも、分からなくなった、ってことですよね? まあ、もしまたいつか、言いたいことが言えない問題がある、って気づいて、治したくなったら、改めていらっしゃったらどうでしょう?」
でた!今日何度目の感動だろう。なつをは感心するばかりだった。先生は以前、こう言っていた「優れたカウンセリングのひとつの形ですが、色々話しているうちに『そこに問題はなかった』と気づくパターン。そういう結論になると、本当に素晴らしい。」いままさに、目の前で「そもそもそこに問題はなかった」という結論が展開したのだった。(いやー、いいもの見せてもらったー)毎度ながら、なつをはそう思った。そして、忘れないように、頭の中でセッションを何度も反芻するのだった。

(つづく)