シングルを卒業(5)|恋愛ドクターの遺産第5話

第三幕 卒業ポイント

「失礼いたします。」
「どうぞ。」

三十代半ばらしい女性が入ってきた。笑顔を作っているがどこかぎこちない印象に見える。緊張しているのかも、となつをは思った。

「おかけになって下さい。」
「はい、ありがとうございます。」
「本日は、ご相談いただき、ありがとうございます。」
「あ、いえ、こちらこそ、こんな悩みの相談で良かったのかどうか・・・」

先生は、相手が緊張しているときは、本当に形式通り、決まり切った始まり方をする。着席を勧め、相手と一緒に座る。これは「ミラーリング」というのだそうで、相手と動作を合わせることで少しでも親近感がわくように、という配慮だそうだ。そのあと、必ず丁寧に、今日来てくれたことへのお礼を言う。いつも、私に対して使う言葉遣いとは全く違う、ともすれば丁寧すぎて嫌味になるのではないかと心配になるほど、丁寧に話す。以前質問したら「とても緊張している相手には、そのぐらいで丁度いいのですよ。」と言っていた。

「えぇと」ドクターが手元の紙を見ながら話し始めた。「みさおさん、でよろしいんですね。」
「はい。」
「このセッションの中では、私は、みさおさん、って呼ばせて頂いて大丈夫ですか?」
「はい。私は、先生、Aさん、えぇと、なんとお呼びしたらよろしいのでしょう?」
「先生でも、Aさんでも、なんでもいいですよ。」
「じゃあ、先生と呼ばせていただきます。」
「はい、お願いします。」

セッションが始まった、今日のセッションは、理想のパートナーを明確にするワークから入るようだ。これは先生の十八番で、このワークをしていると、その人がどんな恋愛パターンをしているのかかなりハッキリ分かるのだそうだ。それも、ワークをしている受け答えとなどの生の様子を見なくても、ワークをした後の記録用紙をちらっと見ただけで、かなり分かるのだそうだ。先生は、以前自信満々にそう言っていた。実際・・・今日は個人セッションだが・・・このワークを中心としたワークショップを開いたとき、先生から席の遠い受講生が書いた用紙を先生がチラッと見て、こういう恋愛が多くないですか?と言い当てていたのを見たことがある。あのときは確か「立派な人だと思ってつき合ったけど、仕事が忙しくてかまってもらえなくて寂しいというパターンありませんか」って聞いていた気がする。とにかく、いきなり恋愛パターンまで当てられたその女性はかなりびっくりしていたし、その後先生の分かりやすい解説の効果もあって、その日の講座では、みんな、真剣に取り組んでいた。今日もそんな「神業」が見られるのか、ワクワクしてきた。

ドクターは白紙の紙の上の方に【私は「彼」に何を求めているのか?】と書いた。

「みさおさんは、この質問、【私は「彼」に何を求めているのか?】と聞かれたら、どんな答えが頭に浮かびますか?」

いよいよ始まった。ベストパートナーを見つける・・・「運命の相手メソッド」と先生は呼んでいるのだが・・・この技法は、かならず今の質問から始まるのだ。シンプルなのに本質を引き出す、極めて有効な質問だ。

「えぇと・・・『優しさ』かな。」
「なるほど・・・優しさ・・・と。」
ドクターは付箋紙に「優しさ」と書いて、紙に貼っている。

「それから、『尊敬できる人』ですね。」
「『尊敬できる人』と。」

こんな風に、しばらくはみさおが答え、その答えをドクターがふせんに書いて紙に貼っていく、という作業が続いた。10項目ぐらいが紙に貼られて、しだいに紙がピンク色のふせんで賑やかになってきた頃、ドクターが一旦流れを止めた。

「なるほど・・・『優しさ』『尊敬できる人』『一緒にふつうのデートができる』『私のひとり時間を大切にしてほしい』『話を聞いてくれる人』『仕事ができる人』『家族を養えるだけの収入』『お金に汚くない人』・・・あとこの『ディバインダンス・アンド・デッドリーデスのライブに一緒にいってくれる人』これは、みさおさんが好きなバンドか何かですか?」
「はい。ロックバンドです。英語でDが続くので『4D』と略して呼ばれるんですが、年に何回もライブに行っているんで、一緒に来てくれる人がいいです。」※架空のバンドです。

ドクターは少し考え込んだ風の表情になって、少し黙っていた。そして、おもむろに質問をした。
「この『優しさ』というのは、もう少し具体的に言うと、どんなことですか?」
「ええと・・・私を安心させてくれる人」です。
「なるほど。私を安心させてくれる人、ね。実はそれでは、相手の説明になっていないんですね。安心感を感じたのは私。で、その私は、どんな相手が目の前にいたら安心するのでしょうか?このワークでは、そこをしっかり言語化することが大事なのです。」
「ええと・・・安心させてくれる人は・・・ええと・・・あの、暴言を吐かない人が良いです。」
「なるほど。暴言を吐かない人。確かに、暴言を吐く人が目の前にいたら、安心できませんからね。」

なつをは、先生の表情が少し曇ったのを見逃さなかった。先生はいま、きっと「卒業ポイントが多そうだなぁ」と感じているに違いない。以前このテーマのワークショップを開催したときに、先生が解説していた。相手に求めるものをリストアップしていくのがこのワークの基本なのだが、その日のワークショップでは「暴力を振るわない人」「暴言を吐かない人」「大声を出さない人」などのネガティブな項目の否定形、「何々しない人」のオンパレードになった受講生がいた。
それに対して先生は、「このように、何々しない人、という否定形でネガティブな項目の否定形ばかり出てくる人は、無意識レベルで、この世界は危険なところで、安全がないと感じています。だから必死でそれを否定しようとして、このような項目が出てくるのです。」と明快な解説をしていた。このようなネガティブな項目のことを先生は「卒業ポイント」と呼んでいる。
なつをが思い出しているうちに、実際のセッションでも、やはり卒業ポイントの列挙が始まった。

「ほかには?」ドクターが尋ねた。
「暴力を振るう人はいやです。」
「なるほど。それはそうですよね。」
「あと、大声を出す人も苦手です。」
「なるほど。『大声を出さない人』と。」ドクターは受け答えをしっかりしながらも、ふせんに項目を手際よく書いている。
「では次に、『尊敬できる人』についても具体的にお聞きします。尊敬できる人と結婚したい、というのは、ある意味当然なのですが、みさおさんは、どんな相手なら『尊敬できる』と感じるのでしょうか?」
「ええと・・・人をバカにしたり、見下したりしない人、ですね。」
「なるほど。人をバカにしたり、見下したりしない人。ほかにも大事な要素はありますか?」
「あと、約束を守る人。」
「なるほど。約束を守る人、と。」
「あ、あと、嘘をつかない人。」
「あぁ、そうですね。嘘をつかない人。嘘つく人は嫌ですよね。」
「はい。そう思います。」

いつもながら見事だ、なつをはそう思い、感心しながら先生のセッションを見ていた。先生は大事なポイントはきちんと書き留めたり、ふせんに書いて似た項目をグループ分けして整理しながら話をきいていく。しかし、だからといって、もしもこのセッションを録音したとしたら、不自然な沈黙などの間は、ほとんどない。話を聞いて受け答えする方の脳味噌と、話の中身を整理していく方の脳味噌、両方を同時に使えるのだろう。すでに、先生が整理している紙の上は、ずいぶん分かりやすくまとまってきている。

ここまで色々質問をしてきたドクターが、ここでハッキリと意見を述べ始めた。
「ええと、みさおさん。」
「はい。」
「少し、残念なお知らせをしなければいけません。」

(つづく)

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