第四幕
次のセッションの日は、すぐにやってきた。
「こんにちは。」
「こんにちは。」
「最近どうですか。」ドクターは尋ねた。
「えーと、まぁいつも通りですが、前回ご相談させていただいたおかげか、気持は少し楽になりました。」
ドクターが何かいいかけたところ、遮るようにかおりが言った。
「そう、前回の課題ですけど、男性って、頼み事をすると結構助けてくださるんですね。なんだか少し申し訳ないような気持ちもしますが、ちょっと嬉しかったりもします。」
「いいですね。そうやって出来事を味わって過ごすことは、とても大切です。すでに、いい流れを作ってるんじゃないかな。」
「ありがとうございます。それで、先生、どうしたら解決するのでしょうか?」
ドクターは腕組みをしながら話を聞いていたが、小さく深呼吸をした。そして腕をほどいて、身振りを交えて説明をし始めた。
「かおりさんの課題について、前回『美人問題』と『出来る人問題』だとお伝えしました。」
「はい。」
「そのせいで、出会いの質が悪くなっているとも、申し上げました。」
「はい、そう理解しています。」
「まず、少し、その本質についてご説明いたします。」
「お願いします。」
「アッパークラス問題というのは・・・」ドクターが説明を始めた。
そう、アッパークラス問題というのは、前回「美人」「できる人」「セレブリティー(有名人)」をまとめて「アッパークラス問題」と呼んだのだった。なつをは思い出していた。普通に考えると、いい思いをたくさんしていそうで、他人からうらやましがられる存在なのだが、アッパークラスにはアッパークラス特有の悩みがあるし、陥りやすい課題もある、先生の話は、そんな話だった。
「つまるところ、相手がファンタジーを持ってこちらのことを見てしまう問題、と言い換えることが出来ます。」
「ファンタジー、ですか。」
「つまり、平たくいえば誤解されやすいということです。」
「あぁ、それ、よく分かります。私、ずっと、本当の私を見てもらえていない、と感じていました。相手が、自分の憧れを私に重ねていたり、何か、見る人にとって都合のいい部分だけを見ているんだな、という風に、感じることが多かったです。」
「でも先生、それって、誰でもそうなんじゃないですか?」なつをが口を挟んだ。
あ、しまった! なつをは思った。またあとで先生に叱られるパターンだ。余計な口を挟んでしまった。
ドクターはなつをの方をちらっと見て、またかおりに向き直って言った。
「確かに、程度の差こそあれ、誰でも私のことを分かってもらえていない、と感じることはあると思うんですが、アッパークラス問題の場合、そもそもマイノリティーなので、その程度が大きいんですよね。しかも、悩むことを許されない空気があるというか。」
「あぁ、分かります。『アンタはいいよね〜』みたいに言われていました。」
「そう、それなんですよ。恵まれているから、悩むなんておかしい、みたいに思われやすい。」
「あぁ、なんか、今日は来てよかったです。こういう気持ち、言ってはいけないことだとずっと思っていました。」
「言う場所、本当に、なかなかないですからね。」
「はい。」かおりは、すっかり楽しげな表情になってきた。
「美人、できる人、セレブリティーの問題がある人の場合、自分と違うカテゴリーでもいいから、このどれかの悩みを持った人とつながる。そして、アッパークラス特有の悩みを、共有する、というのが問題解決に、とても大事な一歩になります。」
「へぇぇ、そうなんですね。」
「今日のこういう会話も、ずいぶん気持ちがほぐれたでしょう?」
「はい!そうですね。そういうことでいいんですね。」
「えぇ、そうです。初めの一歩としては。」
「では、次の一歩もあるんですか?」
かおりさんは、ほんと聡明な人だな、なつをは思った。先生が少し匂わせたことを、ちゃんと拾って会話を続けていく。だから話がブレないし、話の展開も早い。
「そうですね。では次の話をしましょう。」
「お願いします。」
「それは、『オッサン』を出す、ということです。」ドクターは自信満々にそう言った。
「・・・はい?」苦笑いをしながら、かおりが言った。
「まあ聞いてください。前回ご自分でも『オッサン』っぽいとおっしゃいましたよね?」
「はい。」
「それを、出すということです。」
「おっしゃっている意味は、分かりました。でも、それでうまく行かなかったのですが。」
「そう思いたくなるのも、分かります。でも、信じてください。ここからは、オッサンぽい部分も含めた、自分の全部をちゃんと表現して生きていく、それが良い出会いにつながります。」
「そうなんですね。以前やっていたと思うのですが、それは、何がいけなかったんでしょう。」
そう、TシャツにGパンにすっぴん、みたいな服装だったことも前回聞いたし、女性らしさが足りないから、努力して今に至る、という話だったはず。なつをは質問票をもう一度めくって確認しながら、前回のセッションを思い出していた。
「良いポイントです。まさにそこが、理解しにくいし、説明もしにくいところなのですが、実は、個性的な女性の場合、一旦平均的な女性になる努力をして、その後、また自分の個性に戻ってくるという手順が必要なのです。」
「あの・・・」かおりが訊こうとしたのを察して、ドクターが続けて答えた。
「結局戻ってくるなら、最初から自分の個性ではダメなのか、ということですか?」
「はい、そうです。」
「それが、ダメなんですよね。」ドクターはハッキリと言い放った。
かおりは少し残念そうな表情をした。それを察したのか、ドクターは続けた。
「人間、面倒臭くできてますよね。一旦、たとえばかおりさんの場合、女性らしくすること、つまり普通の人の方に合わせてみて、その後また、自分の個性の方に戻ってくることが必要なんです。同じように見えても、違いがあるんですよね。」
「あぁ、少し分かりかけてきました。」
「もし、いま、TシャツとGパンで出かける、ということがあったら、あの当時と何が違いますか?」
「あ、実際そういう格好のこと、結構ありますけど、あの当時は結構汚いスニーカーを履いていました。いまは、Tシャツも可愛いのを選びますし、ハイヒールと合わせたりしますね。」
「それなら十分可愛いし、セクシーですよね。」
「ありがとうございます。」
「そういうことです。」
「あ、なんとなく分かってきました。同じようなTシャツとGパンでも、自分の中で女らしさを禁止している時と、禁止していない時とで、出る雰囲気が違う、という感じですかね。」
「お、さすが、理解が早い。そういうことです。女性らしい服装をする、ということを、自分の世界の外側に置いていると、本当に、そこに近づけない。ところが、一回そっちの経験をしてから戻ってくると、無理のない形で自分のスタイルに取り入れることができる。
だから、最後は自分の個性に戻ってくるのですが、平均的な女性になってみる努力は、一度は必要、ということなのです。」
そこまで聞いて、かおりは少し安心したような表情になり、言った。
「人間、面倒臭くできていますね。」そしてくすっ、と笑った。
「でしょう?」
(つづく)
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