「それから。」ドクターは続けた。「美人問題があると、自然体の自分で居るかどうか、という条件が、より厳しくなります。」
「そうなんですね? 美人って、それほど得していないような・・・」苦笑しながらかおりは言った。
「まあ、苦労もありますよね。ただ、うまく舵取りできれば、印象が何倍にもなる、という特性は、人によっては喉から手が出るほどほしい「素質」になると思います。」
「そうなんですね。私はいままでうまく舵取りできていなかった、ということなんですか?」
「恋愛に関しては、そうだと思います。」
「先生、はっきりおっしゃって下さるところがイイです。」
「はは。ありがとうございます。思っていないことは言えないタチなので。」
ドクターは少しの間黙っていて、そして、もうひとつ質問した。
「ところで、オッサンぽいところは、家に居るときも発揮されていますか?」
「それが、自分ではよく分からないんですが、友達に言わせると、家では意外なほど女性っぽいらしいです。」
「へぇ。それはどんなところを見て、お友達はそうおっしゃるのですか?」
「忙しいときはできないんですが、料理をしたり、家の中をキレイに片付けていたり。豪快な飲みっぷりとは裏腹に部屋が女っぽい、と友達に言われました。」そう言ってかおりはくすっと笑った。
「それも、何かの機会に表現するといいですよ。」ドクターは言って、しばらく考えた後、さらに続けて聞いた。「そう、部屋汚す人、いやでしょ?」
「あぁ、まあ、使えば汚れるものですけど、極端に部屋が汚い人は嫌ですね。自分で使ったものぐらいは自分でゴミ箱に入れられるぐらいでないと・・・」
「そういうことも、話題に出すといいですよ。」
「・・・どんな風に?」
「たとえば、居酒屋でデート、あるいはその前の段階で、何人かで集まって飲み会をしたとしますね。そのときに、『部屋をきれいにするのが趣味で』『趣味の合う人がいい』って言ってみるわけです。」
「私、以前、男の人の部屋を見ないと信用できないとか思って、何かと口実を作って部屋に上がり込んで観察する、ということをしてみたことがあるんですが・・・」
「それ、結構煙たがられたんじゃ?」
「はい。あるとき、相手の男性から『かおりさんは、何だか私のことを見張りにうちに来たみたいです。とても嫌な感じですよ。』とハッキリ言われたことがあって。それで、やめました。」そういいながら、かおりは少し暗い表情になった。
「ですよね。相手を『見よう』『見よう』とすると、パートナー選びの行動パターンが悪趣味になりがちなんですよね。」
「確かに、他人の部屋を勝手に「査定」するために上がり込むなんて、今考えるとかなり失礼な行動だったと思います。」
「そうなんです。だから、相手を見て査定するのではなくて、自分を見てもらう、という姿勢が有効なんです。この場合ですと部屋ですから、部屋を見てもらう、というのが一番直接的ですが、さすがにまだ交際していない男性を家に入れるのは、抵抗があるかと思いますので、飲み会の場で、部屋の写真などを見せて、相手がその話題に食いついてくるかどうかを見る、その方がスマートなやり方です。」
「なるほど・・・」
「たとえて言うなら、『お部屋きれいにする人この指とまれ♪』という風に言って仲間を集めるようなものです。その『指』にとまってくれる人とは、『お部屋をきれいにする』という面では通じ合う可能性が高いです。相手を見よう、見よう、とするよりもよい結果をもたらすと思いますよ。」
「なるほど・・・自分を見てもらうという発想はありませんでした。私、相手を『見よう』『見よう』としていました。」
「ひとつ気づいたわけですから、これからはきっと、パターンが変わっていきますよ。それに、仕事の時、外に出ているときの『オッサン』の部分、男性っぽい部分も正直に出すけれど、家に居るときの女性らしい部分も、正直に出してみると、きっとバランスが取れるし、魅力が増すと思いますよ。」
「ありがとうございます。なんだか、方針を最後まで聞いてみたら、ああ、自分を全部出していけばいいんだ、自然体の自分でいいんだ、って思えて、肩の力が抜けた気がします。」かおりは、くすっと笑った。
(なんか、このセッションの時間の中でも、かおりさん、色っぽく変化したなぁ)なつをは思った。以前、先生から「良いセッションは、セッション後の行動課題などで起きてほしい変化が、セッション中にも起きるものなのです。」と言われたのを思いだした。きっと、かおりさんは、素の自分を出して、現実の出会いにも変化を生み出していくのだろう。
「というわけで」ドクターは続けた。「居酒屋デートにGパンとTシャツで参加する、という「オッサンぽい」ところをアピールする行動課題と、主にそういう場面で、意外に片付いたお部屋の写真を見せるなどして、「家では女性らしい」ところをそっとアピールする、というふたつの、対極の自分を見せるという課題を、今回の課題としたいと思います。」
「はい。よく分かりました。」
かおりさんは、すでに、ニコニコしている。これはきっと、自分で「できる」と思っているんだろうな、なつをはそう感じた。
(つづく)
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