実は、ゆり子はいま、離婚を真剣に考えはじめたところだ。夫はどことなく宇梶剛士似の、とても仕事のできる人で、職場ではとても輝いていたしかっこよかったのだが、つきあい始めてみると、話を聞かない、共感力のない人で、何度も悲しい思いをしてきた。結婚したらよくなるかもと思ってそのまま結婚したが、結婚してもまったく変わらなかった。
たとえば、ゆり子が職場で、わりと有名なトラブルメーカーの男性社員と仕事上の交渉をしなければならなかったとき、相手の理不尽な要求に振り回されて自職場を巻き込んだ大ごとになったことがあった。結局は相手の問題ということで事態は収拾したのだが、その渦中にいるときに、支えてもらいたくて、家に帰って夫にその話をしたら、「お前さぁ、そういうところ、脇が甘いんだよなぁ」のひと言。
確かに、脇は甘かったし、次に同様のことがあったら、もっと気をつけると思う。ただ、ほしかったのは、そういう言葉じゃなかった。ほしかったのは・・・「大変だったな」とか、「お前よく頑張ってるな」とか、そんな共感の言葉だった。一番の味方でいてほしい人から、一番いたわってほしい瞬間にダメ出しの言葉を食らう。大変な痛手だった。今でも、その時のこと・・・職場でのことではなくて、夫の言葉・・・を思い出すと涙がにじんでくる。
夫は、浮気をしたわけでも、ギャンブルにのめり込んだわけでも、アルコール依存なわけでもない。離婚の「一発アウト」の条件に当てはまっているわけでは、ない。だからこそ、ゆり子は今まで何とかなるかも、と思って頑張ってきたのだが、そんな、一発アウト条件には当てはまっていなくても、毎日、共感がなく、愛情を感じられない生活をずーっと続けていくことは、自分の魂がゆっくり死んでいくようなものだった。次第に毎日の生活に喜びが失われていき、見る景色も、不思議なもので本当にモノトーンになっていった・・・
もう無理・・・そう思って、ゆり子は意を決して両親に相談したのだった。両親はゆり子の決意を察したのか「ゆりがそうしたいなら、いつでも戻っておいで」と言ってくれた。ゆり子は、ほっとして、声を上げて泣いてしまった。
そんなことがあって、何度か実家に相談・・・実態は避難かもしれない・・・に来ていたときのことだった。父が例のノート「恋愛ドクターの遺産(レガシー)」とやらを渡してくれたのだった。
ゆり子は実家から自宅へと帰路についた。同じ沿線なのだが、それぞれマイナーな駅で、各駅停車で20分ぐらいの距離にあった。ゆり子は電車の中でノートを開きたい衝動に駆られたが、祖父の個人的な記録でもあるノートを他人に見られるのも嫌だったし、万が一読みながら自分が泣いてしまうようなことがあっても困ると思って、じっとがまんした。
何もすることがないと、電車の中は手持ち無沙汰で退屈だ。向かいに乗っている人たちを観察することにしてみたが、中に、仲の良さそうなカップルがいて、楽しそうに談笑していた。(私もあんな風になっているはずだったのに・・・)見ていると胸の痛みが強くなるような気がして、人間を観察するのはやめた。
ゆり子はさらに気を紛らわそうと、車窓から外を眺めた。夕焼け空に飛行機雲が輝いて見えた。そんなものを改めてまじまじと眺めたのは久しぶりだった。○○駅から××駅までの間が、今日は格別長く感じた。
あずまさん、こんばんは。小説、とても興味深く読ませていただいております。
(みんなが思うことなのかもしれませんが)まるで自分のことが書かれているみたいで息を飲みました。
私も主人公のゆり子さんと同じように「表面的・条件的にはまったく問題はないが、共感する能力が著しく低い主人」との生活にほとほと疲れ、一度はうつ症状まで発症し、薬を飲む生活もしていました。
自分なりにいろいろ調べた結果、夫は軽度のアスペルガーではないかと思っています(夫も自分で自覚があります)そして自分はカサンドラ症候群なのかなーと思ったりしています。
そしてまだ解決策が見つかっていません。
この小説がどんな風に進んでゆくのかとても楽しみにしています。
えみさん コメントありがとうございます。
そうですね。色々気づくことがあったり、ハッとすることがあるのは、単なる解説のメルマガよりも物語の方が優れているかもしれません。
何か気づいてほしいと思って、書いています。解釈が読み手に委ねられてしまうのが不安・・・というのは私の課題かもしれませんが・・・そのへんは少し手放して、思い切って表現していこうと思っています。
書き始めたばかりなので、表現力も拙いと思っていますが、それでも何か伝えられることはあると信じて、書いていきます。
応援ありがとうございます。
ではでは!
あづまさん、お忙しい中お返事ありがとうございます。はい、物語の力とあづまさんの力な相乗効果で、いつものメルマガとは違った気づきがある感じです。
簡単に答えを求めるのではなく、一旦自分の中に取り込んで、抱えて、感じて、というプロセスを踏むからでしょうか。
毎回早く続きが読みたくて、わくわくしています!
ありがとうございます!