恋愛ドクターの遺産(4)

「先生、これって結局、愛情飢餓からくる問題ですよね?」
なつをは言った。なつをは20代後半ぐらいの、細面の女性だ。白衣を着ている。
Aはしばらく黙っていた。このAというのが、恋愛ドクターだ。
Aは少し首をかしげ、しばらくしてから小さい声で答えた。
「君は、見るべきところを見ていないね。」
「だって先生、どう考えても、この症状は、先日のMさんとも一緒ですし、先日先生に勧められて読んだ「恋愛依存症」の本にも、そう書いてありますよ?本を薦めたのは先生じゃないですか!」

Aは黙って席を立とうとした。
「先生!ちょっと!どうなんですか!」
「もう少し落ち着いてくれないか。」
「・・・すみません。」

Aは仕方ないな・・・という様子で、再び革張りの椅子に座り、なつをに説明を始めた。
「君が「愛情飢餓」と判断したとき、君の意識は、どこに向いていた?」
「意識が・・・って・・・ここにありますけど。」
「君がそこに居るのは分かってるよ。そうではなくて、自分の意識を、どこに向けていたか、ということを聞いているんです。」
「意識をどこに向けるか・・・考えたことありませんでした・・・あ、でも、昨日読んだ本のことを思い出していました。」
「そう、それが間違っている、と言っているんだ。」
「本を読んではいけないということですか?先生が読めとおっしゃっ・・・」

Aはややいらだったような早口でかぶせるように言った。
「読むことはいいことだ。ただ、診断を下すときに、君は本のことばかり考えて、目の前のクライアントから意識がそれている、と言っているんだ。」

「えっ・・・!?」
それまで強い口調でドクターにくってかかっていた助手のなつをが、ここで急に黙り込んだ。

なつをはドクターAの助手だ。ホームズとワトソンのように、一緒に事件・・・この場合は男女問題だが・・・の解決に当たっている。
この日は、通称「こばやん」というクライアントが相談に来ていた。関西出身で苗字が小林、先生は親しげに呼ぶのが好きで、このクライアントのことは「こばやん」と呼んでいた。先生自身は関東の出身なのだが。
こばやんは30代後半の男性で、妻から離婚を突き付けられて、「離婚したくない」「なんとか修復したい」と相談に来たのだった。

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