次のこばやんのセッションは、劇的だった。
「先生、報告があります!」こばやんが開口一番、これまでで一番大きな声を出して言った。
「どうしました?」ドクターはいつも通りの調子だ。
「カミサンが帰ってきました!やり直そう、いうことになってます!」
「おー、それはおめでとうございます・・・というか、多分色々あったと思うんですが・・・頑張りましたね。」
「えぇ、ほぼ先生の予言通りでした。」
予言通り、と言われて、ドクターは少し得意げな表情うかべた。
しかし、すぐに優しげな表情に変わって、こう続けた。
「常に、現場で頑張る人が一番大変です。こばやん、これは、あなたが起こした奇跡ですし、あなたの成果です。胸を張って、人生の貴重な「武勇伝」にできます・・・あ、言い過ぎですかね?」
こばやんとドクターはふたりでわはは、と笑った。
「でも先生、ようやく再びスタートラインに立ったぐらいじゃないかと思うのですが。」こばやんが真顔に戻って言った。
「そうですね。でもまずは、ちゃんとスタートラインに戻って、再出発の準備が出来たことを喜びましょうよ。」
「賛成。」
「何が効果的でした?ちょっとその、成功の秘訣を教えてくださいよ!」
先生は無邪気な子どものように、興味津々、という雰囲気で尋ね始めた。
なつをは以前、先生のこの、「興味津々モード」について質問したことがある。先生はときどき、子どもみたいに興味津々で色々質問をすることがあるけれど、それは、興味本位なのか、それとも演技なのか、と。先生の答えはこうだった。まあ、ある程度自分が興味を持つ範囲をセッションの時には決めている、と。クライアントの問題解決に役立つことに興味を持つように、自分自身を持っていく、とかそんな感じだった。ということは、ある意味演技とも言えるのかな、となつをは解釈していたのだが、こうして無邪気に尋ねる先生を見ていると、とても演技には見えなかった。
(これを天職というのかもしれない・・・)
なつをはそう思った。
こばやんは、しばらく考えて、こう答えた。
「いや、ほんま、先生に言われた通りですわ。サンドバッグになる、いうイメージを持て、て言わはったんで、その通りにしました。」
「やってみて、何か気づいたことはありましたか?」
「そうですね。今までは、自分が責められてる、自分が悪いと言われてる、と、そこしか考えられへんかったんです。せやけど、サンドバッグになってカミサンの話を聞いてみたら、なんだか、怒っている、私を責めているというより、救いを求めているように見えたんです。」
ドクターは深く二度うなずいた。
「そうですか。」
あぁ、もう、卒業だな、となつをは思った。目の鋭さが消えていたからだ。先生が「これから解決してやるぞ」と、心の腕まくりをしているときは・・・「心の腕まくり」とは本人が時々実際に使う言葉だ・・・優しい口調、優しい表情をしているときでも、独特の鋭い眼光がある。心の奥底まで見透かすような、洞察眼だ。でも今の先生は、本当にリラックスしているように見えた。
「たぶん、もう解決に向かっていくとは思うのですが。」ドクターは続けた。
「念のため、より確実にするための行動課題を提案させて頂きたいんですが。」
「いいですよ。でも、その前に、ええ話ですんで、ぜひ先生にも聞いて頂きたいんです。」
「それは失礼しました。ぜひどうぞ。お願いします。」
「実はカミサンから、こんなことを言われたんですわ。『私は子供時代から、不安で、私を愛してくれる人はいない、と感じて育った。でもゆうさん(こばやんは奥さまからそう呼ばれている)と出会って変わった。でも、仕事が忙しくなったりして、どうしても「ゆうさんも私を見放すのか!」って想いが強くなって、家で一人で考えていると、どんどんそう考えていって、自分でも止めようがなくなってしまった。ゆうさんに当たるのはお門違いって分かっていても、止められなかった。ゆうさんが怒鳴ったとき、もうあとは絶望しかない、私の人生は、って思ってしまった。こんな自分が嫌いだ。』と、こんな感じの話でした。」
「なるほど・・・奥さまも、感情的になるのを抑えられない自分自身を、自己嫌悪されていたのですね。」
「そのようでした。でも、そうやって話を聞いていたら、突然抱きつかれたんですわ。」
「おぉ!それはおめでとうございます。」
なんて脳天気なんだ、となつをは思った。奥さんが苦しんでるのに、抱きつかれておめでとう、って。
しかし、こばやんには響いたようだ。
(つづく)