脱オレサマを目指す女子(2)|恋愛ドクターの遺産第8話

その晩、ゆり子はまた「恋愛ドクターの遺産」ノートに頼ってみることにした。

ノートは段ボールに無造作に突っ込んである。父親から受け継いだ状態のままだ。その無造作なノートの束の中から、ゆり子は無造作に一冊を抜き出し、開いてみた。このやり方も、父親から受け継いだ方法だ。(ランダムに一冊抜き出して読むと、そこになぜか必ず、いま必要なヒントが書いてある、と父親は言った。)

 

第二幕 振り回された日々

 

「こんにちは。」ノックの音がして、声があった。
「はい、どうぞ。」なつをが応えて、ドアを開けた。

入ってきたのは淑恵(としえ)。名前通りしとやかな立ち居振る舞いの女性だ。丁寧にお辞儀をして入ってきた。

 

「なつをさん・・・ですか? よろしくお願いいたします。」淑恵は丁寧な物腰で挨拶をした。

「はい。なつをです。よろしくお願いいたします。本日はドクターが留守にしておりまして、まずは基本的なカウンセリングと、色々な質問をしておくように言われております。今日と、もしかすると次回ぐらいまで私が担当させていただくかもしれません。」

「はい、なつをさんは先生の右腕でいらっしゃるのですよね? どうぞ、よろしくお願いいたします。」

「あ、いや、右腕と言いますか・・・まだまだよく叱られています。精一杯やらせていただきますので、こちらこそ、どうぞ、よろしくお願いいたします。」

 

ふたりは着席し、少し沈黙があったあと、なつをが切り出した。

「あの、ご相談内容は、恋愛において、高圧的で命令調の男性とばかり付き合ってしまう、というお話でしたね。」

「はい・・・そういう人は苦手なので、毎回高圧的で命令調の人は嫌だ、って思っているのですが、つき合ってみると結局そういう人なので・・・」

「なるほど・・・ドクターから、少し事実を聞いておくように言われておりまして、大体何人ぐらい連続して、そのようなタイプの男性と交際されましたか?」

「ええと・・・いまもう別れかけている人がひとり居るのですが・・・あ、あの、『別れない』と言い張られているので、うまい別れ方も教えて頂けると助かるのですが・・・」

「そうなんですね!いま別れたいけど別れられずにいる方がいらっしゃるのですね!大変ですね。色々気疲れしますよね。」

「・・・はい。先日も夜中に電話をしてきて、どうして別れるんだ、オレたちうまくやってきたじゃないか、って説得されました。それで、別れることは一旦保留にしたんですけど・・・いつまた電話がかかってくるか分からないので、毎日とても疲れます。」

「そうですか・・・それは大変ですね。別れ方ですね・・・ええと・・・」

 

私なつをはここで、固まってしまった。

うまく別れる方法は、先生から教わっていない。以前質問したときには、結構高度なので、まずは基本のカウンセリングスキルを身につけなさいと言われたっきりで、そういえばまだ、ちゃんと教えてもらっていなかった。

 

一瞬頭の中が真っ白になりかけたが、そのとき、先生から言われていたことを思い出した。

「なつを君、話を聴いていて、どうしていいか分からなくなったときは、この紙を見て、自分自身を立て直して、臨んで下さいね。」

 

なつをは紙を見た。

その紙には、まずこう書いてある。

・自分自身は冷静か? クライアントの話に呑み込まれていないか?

 

はっとした。完全に呑み込まれていた。一旦深呼吸して、まず落ち着こう、そう思い、実際に深呼吸をした。

 

次の行にはこう書いてある。

・会話の目的を忘れずに。今日の話の目的は何か、そこに立ち返りましょう。

そう、今日の話の目的は、淑恵さんから事実を聞き、確認すること。今日一日で解決まで行かないであろうことは、先生からすでに、申込時に淑恵さんに伝えてある。つまり、今日解決まで無理してたどり着こうとしなくてよいのだ。先生に言われたとおり、今日は事実をきちんと聞き出して、整理することが目的なのだ。

これも、忘れていた。つまりは、クライアントの話に呑み込まれていた、ということだ。いつもブレずに話を聴ける先生はスゴイ、と改めて思った。

ちなみに、事実を聞く、というのは単純なことのようで、意外と注意して聞かないとできないことでもある。なぜなら、クライアントの話ーーに限らず人の話ーーというのは、本人が事実と思って話していても、事実ではなくて「解釈」であることも、多々あるからだ。たとえば「Aさんはいつも私を小馬鹿にするんです」という発言は事実として鵜呑みにして受け取ってはいけない。なぜなら、話の調子や内容から「きっと心の中で小馬鹿にしているに違いない」という推測ーーつまり解釈だーーをすでに含んでいるからである。もちろん、クライアントの解釈は全て所詮は思い込み、などと解釈を軽く扱うわけでもない。大事なことは、何が客観的事実で、何が解釈なのか混同しないように受け取ること。解釈は解釈で、大切に扱うのだ。

このことは、私が先生からカウンセリングのイロハをたたき込まれたときに、かなり厳しく指導された。元々論理的で、事実と解釈を明確に分けて受け取ることが得意な先生と比べて、私はそのあたりが曖昧で、始めは毎回叱られていた。おかげでレベルアップして今がある。今となっては良い思い出だ。

先生は、今日は「事実を聞く」ことをきちんとやってほしい、ということをメモにして渡してくれたのだった。

しかし先生が残していったメモに、早速救われるとは・・・
なつをは心の中で苦笑した。顔に出ないように努力しながら・・・

(つづく)

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