呪い(20)|流れを読む|恋愛ドクターの遺産第9話

第五幕 告知 つづき

・・・場面は戻って、合宿の会場・・・
「というわけでした。長ったらしい説明とか、怪しみたくなるほどの真剣さなどが一切なく、クライアントも説明をすっと受け入れていましたよね?そして結局、頭痛薬を飲ませることにも成功しています。」
「私も当時、先生が『呪い』という見立てのまま、解決策を提案して、そのままセッションを終わらせてしまったことにびっくりしました。」と湯水ちゃん。
しばらく全員沈黙していた。全員今の話を頭の中で振り返っていた。先ほどセラピストチームになっていた三名は特に、自分たちのレベルと、恋愛ドクターのレベルにこれほどまでの差があることに愕然としていた。
「では。」湯水ちゃんが改まった調子で言った。「セラピストチームが先ほど打ち出した『正直に伝える』という方針と、先生が実際に行った『呪いということにしておく』という方針について、メリット、デメリットなどを議論してみたいと思います。」
「まず、先生の方針は、説得力があったよね。クライアントが喜んで頭痛薬を飲む気になったじゃない。呪いに対抗するための『秘策』というか『白魔術』みたいな感じで、僕も聞いていてわくわくしてきたし、試してみよう、という気になったよ。」てっちゃんが少し興奮気味に言った。
「何が一番の違いだったと思いますか?」湯水ちゃんが司会進行をしている。
「ええと・・・」なつをが口を開いた。「私はクライアントに流されてしまったんですが、先生は終始話をリードされていました。」
「話をリードできたポイントはどこにあったと思いますか?」湯水ちゃんがさらに突っ込んだ質問をした。
「うまいストーリーを作って、提案したから・・・ですか?」なつをは自信なさげに言った。
ここでドクターが割って入ってきた。「うまいストーリーにするという考え方は悪くないですが、セラピストチームの皆さんも、うまいストーリーになっていると考えて、その提案をまとめたのではありませんか?」
「確かにそうね。」ナタリーが認めた。
「でも、実際にクライアントに告げたら、説得することにかなりエネルギーを使うことになってしまって、自分たちが考えたストーリーが、絵に描いた餅だったと判明してしまったという感じだった。」てっちゃんが付け加えた。
「そうですね。実は、事前に考えたロジック、筋道は、実際に提案してみると、思わぬ反発を受けたり、説明を理解してもらうのに時間がかかったりと、思い通りに行かないことが結構あるのです。現場では、説得の手間とか、クライアントが受け入れるかどうか、ということも考慮に入れる必要があるのです。」ドクターが説明した。
「そう考えると、コンサルの世界では案を複数考えていく、ということになるのですが、カウンセリングでそこまでやるというのは・・・どうなんだろうか・・・」てっちゃんが独り言のように言った。
そこでドクターが視点を変える質問をした。「私は、最初、クライアントに対して、なんと言っていましたか?」
「呪いだと・・・」なつをが言いかけたところに、ナタリーがかぶせてきた。
「いや、呪いとは言ってないよね。頭痛の線を考えた。でも呪いの線も否定しきれない、と。両睨みで考える、みたいなことをおっしゃってましたよね、先生?」ナタリーが言った。
「両方の提案をする・・・ということですか?」私なつをは混乱してきた。
「ではまあ、ここで、ひとつのテクニックを解説しましょう。実は、最初に頭痛説を出して、呪い説も出して、とやったくだりがありましたね。あれは、提案に見せかけて、実はどちらに納得するか、クライアントの反応を確かめていたのです。」ドクターが言った。
「反応を・・・確かめる・・・?」なつをがつぶやくように訊いた。
「そうです。今回のケースでは、のりこさんは呪い説の方に納得している様子でした。そこで、呪いという考えはそのままにしておこう、『呪いではない』という説をぶつけることはしないでおこう、と決めたわけです。」
「先生、その場でお決めになるの?」ナタリーが訊いた。
「そうですね。その場でどういう話にまとめるか、考えています。」
少しため息が漏れた。即興であの提案を作った、というわけなのだ。
しばらく沈黙があったあと、なつをが口を開いた。「あの・・・もし私が、あのような提案をクライアントにするとなったら、呪いと信じていないのに、呪いを前提に提案を組み立てる・・・嘘をついているようでうしろめたい気持ちになります。先生は平気なのですか?」
「ほう、私が嘘つきだと。」面白がっているような調子でドクターは言った。
「いや、そういう訳じゃ・・・」
「いやいや、ごめんごめん、別に怒っているわけじゃないし。実は、今の質問はとても大事なことを訊いてくれたと思います。なつを君、良い質問です!」
ドクターは椅子に座り直して、姿勢を正してから続きを話し始めた。
「私があのセッションで使っていた『その呪い』という言葉、どんな意味を込めて使っていたか、分かりますか?」

(つづく)

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