呪い(21・終)|恋愛ドクターの遺産第9話

第五幕 告知 つづき

ドクターは椅子に座り直して、姿勢を正してから続きを話し始めた。
「私があのセッションで使っていた『その呪い』という言葉、どんな意味を込めて使っていたか、分かりますか?」
「伯母様の家に行くと、そのあとで、紫色のぐるぐるが出て、そのあとで頭痛と吐き気がするという・・・」なつをが自信なさげに言った。
「そうです!それです!その症状イコール『その呪い』なのです。これが、本物の呪いかどうか、あるいは、ここで使っている『呪い』という言葉が辞書に載っている『呪い』とピッタリ同じかどうか、ということは、よく考えてみると、どっちでもいいことじゃありませんか?」
「辞書に載っている意味と違ってもいいってことですか?」
「まあ、極論すればそういうことです。もし彼女が『本物の呪い』と信じていて、逆に私が『彼女はそういうけれど、本物じゃないに違いない。でもその困った症状は実在する。とりあえず会話の中ではそれを呪いと呼んでおけ』という位置づけで『その呪い』という言葉を使ったとしますね。二人の会話は、噛み合うでしょうか?」
「ええと・・・本当の呪いかどうか、超自然的なエネルギーがあるかどうか、みたいな話になってくると噛み合わないと思いますけど・・・その症状をどう改善するか・・・特に頭痛薬みたいな解決策を使う限りは、お互いにズレた認識であっても、話は通じると思います。」
「実際に、通じてましたしね。それに、彼女が本物の呪いと信じていたとしても、解決の妨げにはならないでしょうから。」
「はぁ・・・」私なつをは思わずため息をついた。
「こういう仕事をする上で必要な資質のひとつが、言葉の意味を、辞書に載っている意味ひとつだと考えるのではなくて、人によって同じ言葉にも少しずつ違った意味を載せている、ということきちんと分かることだと思います。今回は『呪い』という言葉が、私は症状のことだと限定して使っていましたし、彼女は本当に本物の呪いがあるのかも、と思って使っていましたね。恋愛の相談などでは『愛している』なんて言葉、人によっては『あなたがいないと困る。必要』というどちらかと言うと依存的な『好き』の意味だったり、別の人では『自分の利益より、相手の利益を先に考えること』という利他の心、の意味だったりしますし。それを同じ『愛』という同じ言葉で表現していたりするわけですよ。だから、単語を聞いて分かった気にならないで、その奥にある真意をくみ取る努力を、常にする必要があります。そして、今回のように、あえて、辞書的な意味から少し外れた言葉の使い方もできるようになると、かなりの上級者だと思いますよ。
そして、自分がいつも使っている言葉のこだわりに気づき、自分自身がそのこだわりを手放して、相手のこだわりを理解することに努めたり、時には相手の使っている言葉の使い方に寄り添ったりすることも大事だと思います。」

ドクターの、言葉の使い方に関する深い見識に触れて、会場にいた参加者たちは、深くうなずいていた。

 

第六幕

ゆりこはノートを閉じた。
「言葉の使い方かぁ、そう言えば幸雄さんとは、些細な言葉尻を捉えてケンカになったりしていたなぁ・・・私も恋愛ドクターみたいに、言葉の使い方に対してこだわりを手放したり、相手のこだわりに寄り添ったりできたら、夫婦仲も今とは違っていたのかなぁ・・・」
呪いのことでノートを開いたはずだったのが、むしろ言葉のこだわりについての学びが、心に残った。

言葉に対する細かいこだわり・・・たとえば、幸雄さんはいつだったか「おまえ鈍感だなぁ」と言っていた。「鈍感とは何よ!」と口論になってしまったのだったが、もしかすると・・・と今となっては思う。鈍感というのもひとつの能力、と幸雄さんは考えていたのかもしれない。あのとき(いつも基本的にぶっきらぼうなのだけど)、とくに不機嫌だったとか、とくに責める調子だったとか、そういうことはなかったように思えた。その瞬間に気づいていれば、もっと良い対応が出来たかもしれないのに、今頃になって気づいても、言い返してしまった言葉は、もう元へは戻せない。
恋愛ドクターが、言葉を自由自在に使っているのが、うらやましく思えた。自分ももう少し、ひとつの言葉に対して「私はこういう意味で使う」「あの人はそういう意味で使う」というように、幅の広い理解が出来るようになれたらなぁ。ゆり子はそんなことを思った。
そして、閉じたノートを、別の段ボールに入れた。
そう、同じノートをもう一度開いてしまわないように、ゆり子は、父から言われたやり方とは少し違っているが、抜き出したノートは元の箱には戻さず、別の箱に入れている。こうすることで、毎回新しい学びが得られる。今回はまさか、呪いの話が出てくるとは思わなかった。あまりにピッタリだったし、テーマがテーマなだけに、ちょっと背筋が寒くなり、怖くなったのだった。読み終えた今となっては、どこかほんわかした気持ちになっている。色々な問題があっても、解決策がきちんと見えているというのは、安心感につながるのだな、とゆり子は改めて納得したのだった。

(つづく)

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