月別アーカイブ: 2017年12月

なつをの夏の物語(19)|恋愛ドクターの遺産第10話

「ええ。まず、なぜ恥ずかしくなってしまうか、というところなのですが、無意識に、相手に全てをさらけ出して絆を作っていきたいと思っているからですよね?」
なつをは質問されてしばらく考えていた。今まで考えたこともないことを聞かれると、急には返答できないものだ。しばらく間があって、答えた。「そう・・・かもしれません。確かに、友達に『手、握ってみればいいじゃん』って言われたとき、彼との関係を想像して、その先のことにすごく期待したんです。彼と、お互いに分かり合って、分かち合って、素の自分で居られるような、素敵な関係でいたい。そんなことを想像しました。でも、実際に彼の前に出たら、すごく戸惑ってしまって、全然手が動きませんでした。」
かわいい孫を見守るような優しい目になって、ドクターが言った。「彼と、お互いに素の自分を出し合って絆を築く。そんなイメージを持てるぐらいまで、なつをさんの男女関係のイメージは良くなっているんですよ。まずは、それが大事な進歩です。そして、その先の展開が素敵なものであればあるほど、緊張したり怖くなったりするものです。これも、自然な反応です。」
「そうなんですね!いいことなのに怖いなんておかしいな、と思って相談に来たのですが。」なつをは驚いて少し早口になった。
「意外ではないですよ。人間の普通の反応です。いきなり想像もしていなかった幸せが降りかかってきた場合、実は怖くなったりするものなのです。」ドクターは落ち着き払ってそう言った。
「でも・・・どうしたら・・・」
「そう、そこなんですよ。問題はない、でも、前に進めてもいない。じゃあ、どうしたらいい?そこですよね。」
「はい。」
「頑張りましょう。」
「へっ?」
さきほどの頑張りましょう、へっ、のやりとりが再度繰り返された。しばらくして、なつをが何かに気づいたような、はっとした表情を見せた。
「先生、勇気を出して、頑張って進んでみよう、という話なのですか?」
「はい、正解です。」
そう言われてなつをは、脱力した表情でドクターを見た。
「まあ、」ドクターは続けた。「勇気を出してやってみよう、という方針は基本で、もちろん大事なのですが、ちょっとしたコツがあります。」
「お願いします。」
「ポイントは、『やる』のではなく『やってみようとする』というところにあります。」
「やるのと、やってみようとするのは、違うのですか?」
「そう、ちがいます。たとえば、『彼の手を握る』という課題を作ったとします。ある日、やろうとして、できなかった。がっかりしますね。次の機会でも、やろうとして、できなかった。そろそろ『無理です』とか言いそうじゃないですかね?」
「そうですね。そうなりそうな気がします。」
「一方、『彼の手を握ってみようとする』という課題ですが、これも、もしうまく行ったら実際に握ってみるわけですから、そこは大きく差がないのですが、まあ、ある日、やろうとして、できなかったとしますね。がっかりするかもしれません。でも、考えてみて下さい。『彼の手を握ってみようとする』という課題は、実際に握れなくても、心の中でチャレンジしようとした時点で、課題成功なのです。実際にできなくても、成功、ではある。大成功ではないかも知れないけど。」
「あ、なるほど。」
「そうしたら、次の機会でも、また、握ってみようとするわけです。実際に行動は起こせないかも知れない。でも、少なくとも心の中でチャレンジしようとした。また、課題成功です。さあ、三回目、どうでしょう。まだチャレンジする気持ちは湧いてきますかね?」
「そうですね。握ってみようとするところまでなら、まだ何回もやれそうです。」
「ね?だいぶ、心が折れるまでの期間が違うんですよ。」
「なるほど・・・」
ここで、湯水ちゃんが口を挟んだ。「先生、確かに、チャレンジの回数は増やせますけど、それで、前に進むのでしょうか。単に、手を握ることを想像して、そこでやめる、ということを繰り返しているだけになってしまわないかと・・・」
「確かに、そう心配したくなる気持ちは分かります。」ドクターも、湯水ちゃんの懸念がよく分かるようで、深く数回うなずきながらそう言った。「とは言え、実は十分意味があるのです。」
「・・・そうなんですね?」なつをも、やってみようとするだけで、実際に行動しないという課題に、本当に意味があるのか、半信半疑だ。
「ええ、実際やってみたら分かりますよ。実は、心の中で『やってみようとする』ことで、少しだけ変化が起きています。

(つづく)

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なつをの夏の物語(18)|恋愛ドクターの遺産第10話

「・・・なるほど。怪我が治ったあと、体の動きを取り戻すためのリハビリが必要、みたいなことですか?」
「まあそんな風に考えても、大体良いと思います。そして、恋愛の場合、結構大事なポイントがあって、幼少期の安全の欲求や、所属の欲求が十分に満たされて、子供としての愛を十分受け取ったと感じて初めて、大人の恋愛・・・つまり性的な関係も含めた男女関係を受け入れられるようになるのです。」
「あ、なるほど、そうなんですね。とても納得です。」
「あの、先生。」湯水ちゃんがここで割って入ってきた。「私の場合も、幼少期の安全の欲求が十分に満たされていなかった時期がありましたよね?でも、むしろ辛い恋愛にどっぷりはまる、みたいな感じだったんですけど。それに、なつをさんも、失礼ながら」ここまで言って湯水ちゃんはなつをにぺこっと一礼した。「以前先生に相談に見えたときは、かなりのオレサマとつき合ったりと、むしろ恋愛にどっぷりだったのでは?」
「まあここは、説明の仕方が難しいところですが、どっぷりはまっている恋愛というのは、真の愛情から相手と関係を築いているわけではないと思いますよ。安全の欲求が満たされていなくて、必死でしがみつく相手を探していたりするものですから。」
「そうですよね。」なつをは納得しているようだ。
「でも、そのときも、好き、って気持ち自体は、ありますよ。それは愛情ではないんですか?」湯水ちゃんは納得していないようだ。
ふう。ドクターは軽くため息をついてから言った。「クライアントのなつをさんの方が、よっぽど落ち着いていますね。湯水ちゃん、あとでじっくり説明してあげますから。落ち着いて下さい。」
「あ、すみません。」湯水ちゃんは今度は先生にぺこりと頭を下げた。
「くすっ」なつをは思わず笑った。
「とは言え、」ドクターは構わず続けた。「いまの湯水ちゃんの指摘も、いい学びになると思いますので、軽く説明したいと思います。」
「お願いします。」なつをと湯水ちゃんが同時に言った。
「まず、恋愛感情そのものは、人間も動物ですから、ある種の発情反応みたいなもので、喜びの脳内回路が反応するわけです。こうしたスイッチが入りやすいかどうかは、性ホルモンのレベルなど、体質によって決まっていると言えます。特に10代後半から20代前半は、こうした性のスイッチが入りやすい状態にあります。だから、小さなきっかけで誰かを好きになってしまうわけです。これを『恋してる状態』と今は呼ぶことにします。」
「なるほど。恋してる状態ですね。」
「それで、誰かと愛情を交換し、絆を結ぶというのは、自分を率直にさらけ出し、同じように素の自分を出してくれた相手を受け入れる、ということなのですが、これができていなくても、『恋してる状態』になることはできるものなのです。」
「それでは、長続きしないような気がします。」なつをが言った。
「その通りです。実際、『恋してる』けれど『愛情関係は結べていない』カップルは多いです。当然、恋愛感情が冷める3年ぐらいを目処に、関係が難しくなってしまいます。」
「どうしたらいいんですか?」なつをが質問した。
「うーん。迷える全てのカップルをどうやったら救えるか、という問題は、私には難しすぎて分かりません。ですが、なつをさんの場合、既に光が見えていると思います。」
「そうなんですか?」
「ええ。まず、なぜ恥ずかしくなってしまうか、というところなのですが、無意識に、相手に全てをさらけ出して絆を作っていきたいと思っているからですよね?」
なつをは質問されてしばらく考えていた。今まで考えたこともないことを聞かれると、急には返答できないものだ。しばらく間があって、答えた。「そう・・・かもしれません。確かに、友達に『手、握ってみればいいじゃん』って言われたとき、彼との関係を想像して、その先のことにすごく期待したんです。彼と、お互いに分かり合って、分かち合って、素の自分で居られるような、素敵な関係でいたい。そんなことを想像しました。でも、実際に彼の前に出たら、すごく戸惑ってしまって、全然手が動きませんでした。」

(つづく)

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なつをの夏の物語(17)|恋愛ドクターの遺産第10話

第六幕 最後は勇気

ドクターとなつをのセッションは続いている。(2年前のセッションの話は終わり、現在のセッション。といってももちろんノートの中の「現在」だ)
「そういえば、彼のお名前を伺っていませんでした。差し支えなければ。」ドクターが改まった調子で聞いた。
「はい。彼はユウジ、と言います。悠々の悠に、仁という字を書いて、悠仁。」
「なるほど。悠仁さんね。お名前の印象は、穏やかそうな感じですね。」
「あ、はい。実際穏やかな人だと思います。」
「いかにも、進展しなそうな感じですね。」少し苦笑しながら、ドクターが言った。
「あの・・・そうなんですか?」なつをは心配そうだ。
「先生!そんな直球! ごめんなさいねなつをさん。」慌てて湯水ちゃんがフォローした。
「いえ・・・いいんです。実際そう感じていましたから。」なつをは淡々と受け止めた。
一般的に、周りが勝手に心配することは多いものだが、当事者は覚悟が決まっていて落ち着いている、ということはよくあるものだ。なつをは、以前もドクターの元におとずれ、相談をした経験があることもあってか、多少のことでは動じない落ち着きを持っている。

「それで、なつをさん。彼とは例えば、中華料理屋さんに行っても、お互いに出方をうかがい合ってしまって注文を決めるのにも時間がかかる、そんな関係、そんな状態なのでしたね?」
「はい。本当に、気を遣い合ったり、出方をうかがい合ってしまって、なかなか決められないんですよね。」
「頑張りましょう。」
「へっ?」
ドクターの言葉に、なつをは変な声を上げてしまった。大体、何を意図して言った言葉なのか分からない。
「先生、ちゃんと説明してあげましょうよ。私も分からないですから。」湯水ちゃんが割って入った。
「あ、すみません。つい先走って結論だけ言ってしまうことがあるもので・・・今から説明しますね。」ドクターは苦笑しながらそう言った。
「お願いします。」
「あの、以前に来て下さったときは、トラウマを扱ったり、色々深い部分のテーマを解決する部分をメインにしましたよね?」
「はい。そうでした。」
「それで、今のなつをさんの印象を言うと、そういう深い部分の癒しは、大体終わっているのではないか、ということなんです。」
「そうなんですか?」
「ええ。それでも、恥ずかしいとか、色々な感情があって、彼に対して積極的になりきれていない。」
「・・・はい。そうです。」
「まあそれは、ようやく、そういう段階まで来た、ということだと考えています。」
「ようやくそういう段階・・・ですか?」
「ええ。」ここでドクターはホワイトボードの前に移動して、板書しながら説明を始めた。「トラウマがあると、そこに関係した心の部分というのは、成長が止まってしまいます。しかし、成長が止まったかどうかは、あまり意識されません。なぜなら、成長云々よりも、トラウマ反応・・・たとえば男性が怖いとか、緊張感を感じるとか、そういう強い反応・・・の方をより強く自覚することになるからです。以前のなつをさんはそういう状態でした。」
「そうだったと思います。」
「トラウマが解消すると、では、問題は全て解決するか、というと、実はトラウマを受けた時点からの成長が遅れていたりするので、成長を追いつかせる、という別のテーマが残るわけです。」
「・・・なるほど。怪我が治ったあと、体の動きを取り戻すためのリハビリが必要、みたいなことですか?」
「まあそんな風に考えても、大体良いと思います。そして、恋愛の場合、結構大事なポイントがあって、幼少期の安全の欲求や、所属の欲求が十分に満たされて、子供としての愛を十分受け取ったと感じて初めて、大人の恋愛・・・つまり性的な関係も含めた男女関係を受け入れられるようになるのです。」
「あ、なるほど、そうなんですね。とても納得です。」

(つづく)

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なつをの夏の物語(16)|恋愛ドクターの遺産第10話

「いまやってみたのが、その三点セットです。私から意外な方針を提示された。これが体験。そのあと、色々頭の中で考えた。そして感情が出てきた。今回の場合不安や落ち着かない感じでしたね。」
「はい。」
「こういうことを、日頃から自覚するようにすると、自分のことがよく分かるようになります。そして、自分で自分のことが分かっていると、他人に説明するのが上手になります。そして、うまく説明できると、他人も、結構話を聞いてくれるものなんです。」
「それがね、引き寄せのコツなんだって。」湯水ちゃんが楽しそうに言った。
なつをは、まだ不安そうだ。
「まあ、急に他人に上手く説明するところまでやらなくて大丈夫です。まずは、『体験した出来事』『自分の考えや解釈』そして『出てきた感情』の三点セットを意識して過ごすようにしてみてください。」
「慣れないうちは、紙に書いてみるのもいいよ。私はそうやって練習したから。」湯水ちゃんが補足した。
先輩がいるのは頼もしい。なつをは見習おうかな、と考えた。「はい。初めはそうやって見たいと思います。」

こうして、2年前のセッションは終わった。
その後、なつをは、自分の気持ちを表現することを大事にして過ごすようになり、以前よりも「好き」「嫌い」を表明するように行動を変えた。
そのことで、長らく付き合いのあった友達の何人かは「あんた最近ワガママになったね」と去って行きそうになり、焦って引き留めそうになった。そのときにドクターから「人間関係のデトックス」が起こるということを思い出したのだった。そうかこれが、話に聞いていた人間関係のデトックスか。なつをは他人事のようにそう捉えていた。ドクターからの助言・・・というより予言・・・を予め受けていたので、なつをはパニックになることもなく、自分の元から友達・・・いや、友達と思い込んでいた他人・・・が去って行くのを、落ち着いて見送ることができたのだった。

人間関係のデトックスが済んだあとは、空いたスペースに、また新しい人間関係が入ってくる、とドクターからは聞いていたのだが、そうなるまでは少し時間がかかった。半年ぐらいして徐々に新しい友達もでき、新たな人間関係を築いていった。

そんなある日、古くからの男友達から飲み会のお誘いがあり、行ってみることにしたのだった。その飲み会の席で話が合う男性と出会い、連絡先交換から現在の比較的親しい関係にまで至ったのは、既にドクターに語ったとおりだ。但し、どことなく彼との距離があって縮まらず、そこがこれからの課題なのだが。

なお、その飲み会を企画してくれた男性に、なつをがあとから聞いた話だが、以前のなつをはどことなく警戒心が強くて自分を開かないように見えていたとのこと。それは、頑なに見えるとか、人を寄せ付けない感じというのとは違っていて、相手に従うし、上手く合わせるけれど、本心からそうしたいと思ってしているのか、そこが分からない。つまり本心が見えない、というような感じだったそうだ。それで、あまり飲み会のメンバーには誘わなかったのだが、久しぶりに会ったときにずいぶん自分を開くようになったと感じて、今ならいい出会いが作れるかも知れないし、カップル成立となったら相手の男性もきっと幸せだろうと思って、初めて飲み会に誘ったのだそうだ。そんなことまで考えて飲み会のメンバーを集めている彼もなかなかのやり手(?)だと思うが、彼の思惑通り、その飲み会でいい相手を引き寄せたなつをも、「分かりやすい」キャラだ。

そして、そんな経緯でいわゆる「友達以上恋人未満」ぐらいの距離まで接近したなつをだったが、どうにもそこから進まず、戸惑っている。そして、取り返しが付かないことになる前に(というのは少し心配性が過ぎるのだが)相談に来たのであった。

(つづく)

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なつをの夏の物語(15)|恋愛ドクターの遺産第10話

「理論的には、あとで先生に解説してほしいんだけど、私の実体験をお話ししますね。私の場合、男性の話を色々聞いてあげることをしていたら、自分の話ばかりしたい男性が集まってしまったの。本当は私も、自分の話をしたいのに、男性との関係では、なぜか、聞き役ばかりになってしまって。それがとてもストレスで。でも何でそうなってしまうのか全然分からなかった。男って所詮そんなものかな、ってずっと思ってたんだけど、恋愛がうまく行っている友達の話とか聞くと、彼氏が話を聞いてくれるって言うし、なんで私だけこうなってしまうんだろうって。それで、私も以前、先生に相談したんだけど、そこで言われたのがさっきの話なのね。話を聞いてほしいのに、まず自分が相手の話を聞く、という関わり方をすると、こと男女関係においては、オレの話をしたい、という男性が寄ってきてしまうわけ。」
「えーっ」なつをは力なくそう言った。
「それで、私も、先生に教わって、やり方を変えたんだけど、話を聞いてほしいときは、まず、自分で自分の心の声をしっかり聴くんだよね。本当はどう考えているのか、本当はどんな気持ちなのか。そして、それを勇気を出して相手に伝える。そういうコミュニケーションを続けていると、段々に、私の話をちゃんと聞いてくれる人が周りに増えていったの。」
「そうなんだ・・・」
「なつをさん、今は急に受け入れられないかも知れないけど、きっと大丈夫。私も変われたから。結果的に、人間関係も良くなったし。」
「あの・・・」なつをが不安そうに言った。やはり、自分のこれまでのパターンを変えることは、勇気が必要なのだろう。「私が自分の気持ちを話すようになったら、いま、私の周りにいる人たちも、私の話を聞いてくれるように変わる・・・って、ちょっと信じられないのですが。」
「あのね・・・」湯水ちゃんが言いかけたとき、ドクターが割って入った。
「では、ここからは、私が説明したいと思います。」
「先生、お願いします。」湯水ちゃんは、お役御免で、ちょっとほっとした様子だ。
「実は、なつをさんが行動を変えても、相手が変わってくれるとは限りません。残念ながら。」
「えっ?そうなんですか?でもさっき・・・」
「ええ、さきほど、周りとの関係が変わっていくという話をしたばかりですよね。そこは、ちょっとからくりがあるんですよね。実は、相手が『変わる』場合ばかりではなくて、相手が『代わる』つまり、今までいた人たちが離れていって、新しい行動を身につけたなつをさんにふさわしい、別の人たちが、周りに集まってくる、ということが起こる場合も多いのです。」
なつをはちょっとびっくりして、言葉が出ない。
「これを、人間関係のデトックスと呼んでいます。」
「あの・・・一応、お話は分かりました。具体的には、何をしたら良いのでしょうか。」
「そうですね。具体的には、自分が『何を見て・体験して』、『何を考えて』、『何を感じた』のか、その三点セットを、まず自分で日頃から自覚するようにすることです。自分の内側をちゃんと見て、自分を理解する、ということですね。そして、できれば、その三点セットを、できる範囲で、他人にも話すようにすることですね。何を見て、どう考えて、どんな気持ちになったのか、の三点セットですよ。」
「なるほど・・・」なつをは急に言われて、まだ、完全にはのみ込めていないようだ。
「では、一度ここで、練習してみましょう。」
「あ、はい。お願いします。」
「今の話自体を、例にとってやってみましょうか。」
「・・・はい。」
「さきほど、私は、行動を変えても、相手が変わってくれるとは限らない、という話をしました。そして、相手が変わるかわりに、居なくなる、つまり『代わる』こともあり得るという話をしましたね。」
「はい。」
「それを聞いた、というのが、『体験』になります。」
「えっ? あ、はい。」
「その体験をして、何を考えましたか?」
「ええと・・・あ、今、まあまあ親しくしているA子とかB子とか、確かに自分の話ばかりする子なんですけど、私が自分の話をするようになったら、どんな反応をするんだろう、聞いてくれるのかな、それとも、去って行くのかな、とか・・・」
「なるほど、そんな風に、色々なことを考えたわけですね。」
「はい。」
「そして、その時に、どんな気持ちになりましたか?」
ドクターの質問から少し間があって、ゆっくりとなつをは口を開いた。「なんか、不安というか、落ち着かない感じです。」
「なるほど、不安というか落ち着かない感じ。」
「はい。」
「はい、よくできました。」ドクターはニコニコしている。
「・・・はい。」
「いまやってみたのが、その三点セットです。私から意外な方針を提示された。これが体験。そのあと、色々頭の中で考えた。そして感情が出てきた。今回の場合不安や落ち着かない感じでしたね。」
「はい。」

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