シングルを卒業(3)|恋愛ドクターの遺産第5話

「ところで、彼女の『恋人がいない期間』はどのぐらいですか?」
「えぇと、相談申込の時に頂いた情報によると、これまでの人生で一回も恋人ができたことがないそうです。」
「そうですか。これは結構骨が折れる話になるかもしれませんね。」
「えっ? そうなんですね。」
「そうです。美人問題では、三十何年も恋人が出来ない、という問題にはならないですね。せいぜい社会人になってから、ぐらいでしょうか。それでも長いかな。えぇと、みさおさん、でしたっけ・・・逆に彼女の場合、人生で一度も恋人が出来ていないわけですから、おそらくは、何らかの生育歴的なテーマではないでしょうか。」
「恋人がいない期間の長さで、分かるんですか?」
「えぇ、そうですよ。」
「どうして分かるんですか?」
「まあ、いま答えたからといって、なつを君が今すぐ判定できるようになるわけではないと思いますが、考え方として大事なので、覚えておいて下さい。私は、問題の根っこにどんなものがあるかを記憶する際に、その根っこがどのぐらい『重たい』原因なのかも覚えるようにしています。」
「重たい原因、ですか・・・」
「病気にたとえて考えると分かりやすいですね。たとえば、下痢の原因には色々なものがあります。お腹が冷えた、というものから、食中毒、そして、赤痢に感染した、というようなものまで。」
「はい。」
「なつを君が昨日、下痢をしたとします。そして今日はけろっと治ったとしますね。そういうときに『私は赤痢かしら』と考えるでしょうか。」
「いえ、それは考えないと思います。」なつをは、クスッと笑いながら答えた。
「ではなぜ、考えないのですか?」ドクターは、あくまで真面目な質問をしているのだ。
「えぇと・・・それは・・・大げさすぎると思うからです。」
「大げさすぎる・・・」
「はい。赤痢だったら、もっと症状が深刻に出るんじゃないでしょうか。」
「そう!そこなんです!」ドクターは話す声に力が入った。「いいですか、何かの原因と結果を本で読んで勉強した場合、欠けてしまいがちなのは、原因の『重さ』に関する感覚・見識です。」
「はい・・・」
「赤痢がもし原因だとしたら、かなり深刻な症状が出るはずだ、となつを君は考えたわけです。」
「そうですね。」
「しかし、自分の症状は、そこまでじゃなかった。」
「えぇ。」
「したがって、赤痢という線は、除外しても良さそうだと考えた、そういうことですね?」
「そうですね。ハッキリと意識はしていなかったですけど、そういうことになりますね。」
「その逆も言えます。もし、何日も下痢が続くようなら、お腹が冷えただけかな、とは考えないはずです。症状に対して、想定する原因が軽すぎるわけです。」
「そうですね。何かの食中毒とか・・・発症した場所が外国であれば赤痢のような感染症も考えますね。」
「そして、すぐに医者に行こうとするはずです。」
「そうですね。」
「同じ『下痢』という言葉でも、その程度・深刻度には幅があるわけです。そして、症状が深刻である場合、原因もそれに対応した強力なものがあるはず、と考える必要があります。」
「なるほど。」
「心理や恋愛に関する原因と結果も、同じように学ぶ必要があります。インナーチャイルド的な課題が原因で・・・たとえば人間不信で子供の頃から対人恐怖もある、という原因などですが・・・これは比較的『重い』方に入りますが・・・その場合、たとえば、恋人が今までの人生で一回も出来なかった、という症状と、深刻度で考えると釣り合います。一方、ここ3年、恋人が出来ない、という症状に対してインナーチャイルド課題を原因推定したとすると、今度は、症状に対して、原因が重すぎるわけです。」
「なるほど。確かにそう言われてみたら分かりました。」

・・・

しばらくたって、なつをが淹れたお茶を飲みながら、なつをとドクターの恋愛談義はまだ続いていた。
「あの、私、恋人が出来ないのが三年ぐらい続いているんですけど、どうしてなんですかね?」
「なるほど。なつを君、恋人が出来ない理由を知りたい、と。」
「えぇ。」
「解決したいということですか?」
「そりゃ、もちろん。」
「前の恋人と、何かあったんですか?」
「えぇと・・・別に・・・いや、もちろん、お互いに気持ちがすれ違うようになって別れたわけですけど、暴力を振るわれたとか、浮気をされたとか、そういうことは特になかったんですよね。」
「なつを君は、お別れした後、ちゃんと心の中で『お葬式』をしましたか?」

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