さらに、次の行にはこう書いてある。
・クライアントの弱さも大切に受け止めるが、それ以上にどこに強さがあるのか、それをしっかり見ましょう。
そして最後に、こう書いてあった。
・なつを君、君はカウンセラーに必要な能力をもうすでに持っています。意識的にそれを使えるようになれば、良いカウンセラーになれます。自分を信じて進んで下さい。
先生からの力強く、なおかつ、人を甘やかさないエールだった。少し目頭が熱くなったが、一旦深呼吸して、今日のクライアント、淑恵に向き直った。
「あの、淑恵さん。今日はドクターから、過去の恋愛にどんなパターンがあるのか、そのあたりを知るための基礎データとして、過去の恋愛に関する事実関係を色々質問しておくように言われておりまして・・・」
「はい、先生からもそう伺っております。よろしくお願いします。」
「それで、話を過去の恋愛に戻しますが、今の彼の前に交際されていた方も、同じタイプだったのでしょうか?」
「はい。今の彼よりも少し物腰は穏やかだったように思いますが、やはり最後は私に対して命令調になり、辛くなって別れました。」
「詳しいお話は追い追い聞かせて頂くとして、もうひとり前の彼も、同じタイプでしたか?」
「はい。その人は一番辛かったです。始めから上から目線で、命令調で、私にあれこれ指示してくる人でした。別れるときも『こんなことで別れるなんておかしい』と説得されて、別れるのに何ヶ月もかかりました。その時の怖さが、今回の彼に対してよみがえってきてしまっているので、とても怖くて、辛いのです。」
「なるほど、それはお辛い経験でしたね。良く頑張ってきましたね。」
「・・・ありがとうございます。」淑恵は少し目を潤ませてそう答えた。
「少しメモを取らせて下さいね。」なつをは言った。
「あ、はい。」
なつをは、前の彼もオレサマタイプであったこと、さらにその前の彼は特に顕著で、その時の思い出が今回の彼との関係でよみがえってきてしまったことなどをメモした。このように過去の思い出がダブってしまう症状には先生は敏感だ。先生もきっと、このポイントは重視するだろう。そんなことを考えながら、なつをはメモを取り、ペンを置いて、再び淑恵に向き直った。
「あの、今日は、今までの恋愛がどんな傾向だったのか、それも伺うことになっているんですが、今まで、淑恵さんがこの問題を何とか解決しようとして取り組んでみたことも、聞くことになっています。」
「取り組んでみたこと・・・ですか・・・」
「はい。そうです。」
「あまりうまく行かなかったと思うんですが・・・」怪訝そうな表情と声で、淑恵が言った。
「ええ。まだうまく行っていなくても大丈夫です。そういうことも含めて、大切な情報になりますので。」
「そうなんですか・・・」淑恵はまだ半信半疑のようだ。
「始めの、その・・・今回思い出してしまった元カレさん・・・あ、そうですね。区別しやすいようにイニシャルか番号か・・・あ、番号とか変ですよね元カレさんを区別するのに・・・」なつをはそう言って苦笑した。
「えっ!? あ、でも、番号でいいと思います。オレサマ1号とか。」
「お、おれさまいちごう!」なつをは驚いた声を上げてしまった。
その言い方がよほど面白かったのか、淑恵が吹き出した。そしてふたりでわははと笑った。
「あの・・・実は、ここへ来る前に、一ヶ月ほど友達に相談していて、その友達の持論が、『別れた彼は、どーでもいい奴だった、ってことにすればいい。』というものなんです。それで、私の元カレにも、『オレサマ1号』『オレサマ2号』『オレサマ3号』っていう呼び名を付けてくれた・・・というか、付けてしまったんです。」少し苦笑しながら、淑恵は言った。
「ああなるほど。あ、でも、淑恵さん思いの、いいお友達ですね。」なつをは言った。
「はい。ありがたい友達で、彼女とはもう10年ぐらいの付き合いになります。」
(つづく)
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