「ええと・・・」なつをは椅子に座り直し、姿勢を正して言った。「では、『オレサマ1号』『2号』『3号』で行きたいと思います。」
「はい、お願いします。」淑恵はすっかり笑顔になっている。
「では淑恵さんが『1号』と別れたあと、当然、『もうこんな経験は嫌だ』と思ったと思うんですよね。次につき合うときに、何か自分でやってみた対策や、友達に聞いて取り入れた対策などはありますか?」
「はい・・・実際のところ効果はあまりなかった気がするのですが・・・」淑恵はなつをの表情を伺うような様子でそう言った。
「ええ大丈夫です。すでにやった対策を、ドクターがまた提案しないように、うまく行かなかったことも含めて、お聞きしているのです。」
「ああなるほど、そうなんですか。」
(実は、本当は少し違うんだけど・・・)なつをは心の中でそう思っていた。どんな対策をしたかを聞くのは、クライアントがどんな対策を思いつきやすい人なのか、どんな対策に頼りがちな人なのか、その偏り・クセを知るためなのだ。
人はワンパターン化した、偏った対策を使い回す傾向がある。それでうまく行っているうちは、同じパターンで対応できるわけだからある意味効率がいいのだが、うまく行かなくなっても、同じパターンを繰り返してしまうことがあるのだ。その傾向は、自分では気づきにくい。だから第三者が客観的な視点で見てみることに、意味があるわけなのだ。でも、今の時点でそれを説明してもさらに意味が分からないだろう。だから先生からこうして「事実を聞いておいてくれ」「どんな対策をしてみたかを聞いておいてくれ」と頼まれたときには「先生が同じ提案をしてしまわないように」という方便を使うことにしている。これは間違いではないが、一番本質を突いた表現でもない。昔はこういう方便が、不正直な気がして本当に苦手だった。最近は、全てを正しく表現しようとすることだけが、誠実というわけでもない、ぼかしたり、方便をうまく使うことも、相手のためになるのだ、ということを少しずつ学んだ。私も大人になったなぁ、と、時々思う。
「さて、どんな対策をしてみたんですか?」なつをは訊いた。
「まず、よく見るようにしました。」
「なるほど。よく見るようにした、と。たとえばどんなところを見るようにしたんですか?」
「ええと。私と一緒にいないときの様子も観察するようにしました。」
「と言いますと?」
「たとえば、『オレサマ2号』とは職場で出会ったんですが、職場で高圧的な物言いをする人は避けるとか、そんな風に、自分以外の人への接し方も、よく観察するようにしました。」
「ああなるほどね。これからモノにできるかもしれない女性の前では、紳士に振る舞っていても、素の自分を出しているときには、オレサマかもしれない。それをチェックしよう、というわけですね?」
「はい。でも結局『2号』もオレサマで、彼とはすぐ別れてしまったんですが、このやり方はあまり有効とは言えないと思いました。」
「なるほどなるほど・・・」なつをはメモをしながら話を聞いている。
なつをはここで、先生の教えを思い出していた。以前、こんなことを言われたのだ。
「なつを君、相手の話のどこが『事実』で、どこが本人の『解釈』なのか、それを整理しながら聞いて下さい。解釈が多い人の話の場合、『具体的にどんなことが起きたんですか?』などと聞いて事実を聞き出すようにします。逆に、自分の解釈を述べる自信がない人の場合など、延々と事実を事細かく話す人もいます。そういう場合は『それであなたは、そのことについてどう思ったんですか?』など本人の解釈もきいてください。」
要するに、事実と解釈と、きちんと分けた上で、どちらも大切にする、ということだ。このことは何度も何度も言われて、先生から叩き込まれた、話の聴き方の基礎だ。それで、この場合は、どっちだろう。一瞬考えて、具体的なこと、つまり事実をもう少し聞いておくことにした。
「あの、淑恵さん。『2号』さんは、職場で、そして、淑恵さんに近づいてきたときに、どんな態度だったんですか?」
「はい。すごく親切にしてくれました。色々やってくれて、デートも計画してくれて、ごちそうしてくれて・・・ただ、今思うと、ですけど、初めて『あれっ?』って思ったのは、ある日、行く予定だったお店・・・それは露店だったんで定休日とか事前に分からなかったんですね。そのお店がお休みだったんです。そうしたらみるみる表情がこわばっていったことが心に引っかかりました。そのときは結局何もなかったので、そのまま交際することになったんですけど、彼は計画がちょっとでも狂うと、いきなり表情がこわばる人でした。」
「なるほど。そうだったんですね。いわゆる完璧主義、という感じですかね?」
「うーん。分かりません。デートの計画に関してはそうだったかもしれません。」
こんな調子でしばらくなつをが話を聞き、大事だと思う部分はメモを取って記録を残し、という形で淑恵への事前カウンセリングは終了した。
「淑恵さん、」なつをは言った。
「はい。」
「次回はドクターが帰ってくることになっています。ただ、時間的に微妙だと言っていたので、間に合わないかもしれません。その場合、もう一度、今回の内容を踏まえて、私がセッションを担当させて頂きます。」
「はい、分かりました。」
「今日はありがとうございました。」
「ありがとうございました。」
(つづく)
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