第四幕 恋人が出来ない問題〜ドクターとなつをの議論
「先生、みさおさんの『彼氏ができない問題』の原因は、彼女の生育歴にある、と、そういう解釈なのですね?」
「そうですね。今のところ私は、そう捉えています。」
控え室では、恒例の、恋愛ドクターと、助手のなつをの議論が始まっていた。今日の議題は、「彼氏ができない問題では、どのような場合に、原因がインナーチャイルド課題と考えるのか」というテーマだ。なつをにとっては、先日来訪した女性に対してはドクターはインナーチャイルド課題を一切取り扱わず、「美人問題」と言い切って対応した。それに対して、いま通ってくれているみさおさんについては、ドクターはインナーチャイルド課題と決め打ちして、対応しているように見える。
ドクターの中では確信を持っているであろう、この判断の分かれ目について、なつをはとても興味をそそられて、そして、例のごとく質問責めにしているのだった。
「先生、どうして先日の方はインナーチャイルド課題にほとんど触れずに、『美人問題』のような個性の問題を中心に扱うカウンセリングをして、みさおさんは逆に、迷わずインナーチャイルド課題だと分かったのですか? ほとんど試行錯誤もせずに、真っ直ぐに問題に向かっていった感じがしたのですが?それと、『暴言を吐かない人』『暴力を振るわない人』のような『卒業ポイント』ばかり多く出てくる人の場合、頭の中で『暴言を吐く人』『暴力を振るう人』をイメージしている、とのことでした。イメージするものを変えてみる、という方法ではダメなんですか?」なつをは息をつく暇もないぐらい次々と質問を投げかけた。
「ええと、質問は一度に一つにしてください。」ドクターは笑いながら答えた。
「はい、すみません。つい・・・」
「では、後者の方から答えますかね。ええと、卒業ポイントが多く出てくる人は、頭の中でネガティブな男性イメージを持っている。だから、イメージをポジティブに変えれば解決するのではないか。と、こういうことですね?」
「はい。」
「考え方としては、シンプルで良いと思います。何の経験もなく、何の事前知識もなかったら、一度は試してみたい考え方ですよね。」
「そうなんですね。」
「まあ、そうですね。ただ、経験上、あまりうまく行かないと思います。」
「それは、なぜなんですか?」
「よく『考え方を変える』『ビリーフを変える』などのセッションを行うセラピストがいますが、実は、これは、言うほど簡単なことではありません。」
「そうなんですね。」
「はい。そもそも、例えば彼女の場合、現状では、人一倍『怖い!』と感じるわけです。だから、男性を怖いものと見なして、自分が傷つかないために警戒しながら生きているわけです。ここで、無理やり『怖くない』ということにして、警戒心を解いたら、問題は解決するのでしょうか?」
「あ、そうか、良いときもあると思いますけど、もし本当に『暴言を吐く人』や『暴力を振るう人』に出会ってしまったら、気を許している分だけ、衝撃を受けるかもしれませんね。」
「そういうことです。つまり、人一倍『怖い!』と感じる、『感じ方』を直してから、そのあと、ネガティブな考え方の方を直していく、という順番が必要なんです。考え方を直したら簡単に解決する、なんてことは、そうそうありません。」
「なるほど。では、『感じ方』を直すにはどうしたらいいんですか?」なつをはさらに質問を重ねている。
「なつを君、自分で少し考え・・・」ドクターが少しあきれたという表情で言いかけたとき、なつをが言った。
「あ、そうですね。つまり、怖い感情は、幼児期の経験から来ているから、それを癒せば、怖さが薄れる。そうなれば、そのあとは考え方をポジティブに変えることも容易になる、と、そういうことなのですね。」
「そういうことです。そして、もうひとつの質問の方ですが、確か、なぜ一直線にインナーチャイルド課題だと決め打ちしたような方針で進んだか、というような質問でしたね?」
「はい。」
「なるほど、なつを君にはそう見えたのですね。これは『運命の相手メソッド』を数多く手がけてきた私にはほとんど直感的に分かることなのですが・・・メソッドの中で、相手に求めるものをリストアップしていきましたね。」
「はい。」
「その、個々の項目を見るのではなく、全体的にどんな傾向があるかを見ます。」
「はい・・・」
「みさおさんの場合、全体的に、男性が近づいてくることに対して警戒している感じがしました。」
「はい。」
「いや、『はい』じゃなくてなつを君はどう感じたのですか?」
「あ、はい、確かに、みさおさんが持っている男性のイメージがネガティブだな、と感じました。」
「その感覚が大事なんです。ある項目があった、とかなかった、とか、機械的に判定できるようなポイントがあるわけではないです。全体を眺めて、どんな傾向があるか、どんな印象を持つか。それを判断するのがカウンセラー・心理コンサルタントの大事な役割なのです。簡単なコンピュータプログラムで判定出来るような、機械的な判定基準ではなく、経験を積んだ人間が見るからこその、全体的な印象、全てを俯瞰した視点からの判断が大事になるのです。」
「・・・まだまだ私には難しいです。」
「精進してください。」
「・・・はい。」
「とは言え、いくつか判断のポイントはあります。たとえば、相手に求めている要素を聞いたとき、すぐに具体的な項目が出てきませんでした。」
「そういえばそうでした。」
「たとえば『優しさ』や『尊敬できる人』みたいな、あまりに一般的な、漠然とし過ぎている言い方をしていました。」
「そうでしたね。でもそれがインナーチャイルド課題があることの証拠になるんですか?」
「わりと、そうです。もちろん、そのことだけで、機械的に判断してはいけません。でも、今まで何度か恋愛をしてきて、どんな人が自分は好きなのか、逆にどんな人は嫌なのか、色々経験して、自分の頭で考えたことがある人なら、もっと具体的に答えられると思いませんか?」
「そうですね。」
「試しにひとつ聞いてみましょう。なつを君は、『あなたは【彼】に何を求めていますか?』と聞かれたら、たとえばどんなことが浮かんできますか?」
「私は、わりと、ひとりで落ち込んだりすることが多いので、そういうときに、いい距離感で話しかけてくれたり、話を聞いてくれたり、でも、私がそれ以上入ってきてほしくないときには、それを察して、根掘り葉掘り聞かないでそっとしておいてくれたり、そんな風に扱ってくれる人・・・ほかにもありますけど、これがとても大事な気がします。」
「ありがとう。一個あげただけで、みさおさんの挙げた項目と、具体性が格段に違うの、分かりますよね?」
「あっ!そうですね!私がいま言ったこと、すごく具体的です。ちょっと詳細すぎて元カレがどんな人だったのか詮索されそうで恥ずかしくなります。」なつをはそう言って少し顔を赤らめた。
「そういうことです。」
「なるほど・・・確かによく分かりました。」先生すごい、今の質問と説明でものすごくよく分かった、となつをは思った。そして深くうなずいた。
考えている様子で黙っていたが、一、二分たっただろうか。なつをはゆっくりと口を開いた。「そうやって考えてみると、具体性がない、ということよりも、具体性がない、ということは、今まで男性と近い距離で過ごしたことがない、ということは、男性と心の距離が遠いのではないか、という推測の方がピッタリくる感じがしてきました。」
「そう!そこなんですよ。こうして、相手がどんな人生を歩んできて、だから、どんな感じ方をしていて、だから、どういう発言をするのか。そこまで感じ取れるようになれば、機械的に判断するレベルを卒業して、全体感に基づいて直感で見抜くことが出来る領域に進歩できます。」
「いやいや・・・長い道のりです、まだまだ。」
「そうですかね。今の理解は、なかなかでしたよ。今後はもっと、クライアントのことを理解できるようになっていると思いますよ。」
「先生・・・ありがとうございます。」
「さて、今日はもう遅くなってきましたから、そろそろ帰りましょうか。」
「はい。」
「たまにはご飯でも食べて帰りますか?」
「先生、奥さまは大丈夫なのですか?」
「ははは。別になつを君とどうこうなろうという訳ではないですから、大丈夫ですよ。家内は、いちいち詮索することはしないし、私も公明正大、堂々といつ誰とどこに行く、と言っていますので。心配はご無用です。」
「では、お言葉に甘えて。」
「それでは、ちょっと待って下さい。家に電話入れておきますので。」
(つづく)
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