小説 恋愛ドクターの遺産」カテゴリーアーカイブ

踊るセラピー(6)|恋愛ドクターの遺産第4話

第四幕 躍る文字

「失礼します。」前回よりもずっとカジュアルに、Gパンとサーモンピンクのカットソーを着て、英子が入ってきた。ダンスで鍛えているからか、スタイルの良い英子にはシンプルな服もよく似合う。

今日は、英子のセッションの日。たしか前回は、彼に対して言いたいことを「踊って伝える」という課題で終わったのだった。

「それで、その後どうですか?」ドクターが尋ねる。
「そう、先生、それで、彼に踊って伝えてみたんですよ。」
「お、やりましたね!どうなりました?」
「私自身のことを言えば、今まで言えなかったのが、とにかく表現できたことは大きかったと思います。とにかく、踊れば伝えられる、ということが分かりました。」
「それはよかった。」
「ただ・・・」
「ただ・・・?」
「彼は『なんとなく言いたいことは分かる』って言ってはくれたんですけど、そんなにピンと来てはいないようでした。」

「なーるほど。じゃあ、今回は、そのあたりを、もっとうまく伝えていく方法を一緒に考えていきましょう。」
「はい!お願いします!」

「ところで、彼の口ぐせって、何かありますか?」
「口ぐせ?」
「そうです。口ぐせです。」
「えぇと・・・」英子は考え始めた。しばらく沈黙があったが、不思議と前回のような重苦しさはない。
「そういえば、彼にはよく『お前は物事が俯瞰できていない』と怒られます。」
「なるほど、『俯瞰』ですね。」そう言いながら、ドクターはホワイトボードに『俯瞰』という文字を書いた。「『俯瞰』という字は、なかなか難しいですね。」
「そうですね。」
「ほかには、ありますか?」
「あ、彼が何かに気づいたとき、ひらめいたときよく『見えた!』って言います。」
「なーるほど。」ドクターは、ははあ分かったぞ、という得意げな表情になってそう言った。
「彼は読書は早いほうですかね?」
「はい。」
「話すのも早いほうかな?」
「はい。彼はとても頭の回転が早くて、話すのも早いですね。」
「彼が、見た目を気にするのはどんなことですか?自分の見た目という意味意外にも、カバンは機能性より見た目で選ぶとか、どんなことでも。」
「えぇと、彼はコーヒーカップをデザインで選ぶことが多いです。取っ手が持ちにくいとか言いながらも、この絵柄が気に入ってるんだよね、みたいなことを言って、結局使っています。」

「あの・・・」なつをが口を挟んだ。あとで怒られるかな、とは思ったが、どうしてもこの会話が脱線した雑談にしか聞こえなかったのた。「この話と、英子さんの悩みと、どう関係しているのでしょうか?」

「そうそう、そうでした。」ドクターは機嫌がいいままだ。なつをは少しほっとした。「説明していませんでしたね。失礼しました。」英子の方を向いてドクターは言った。「実は、英子さんは前回のセッションでVAKで言うとKのタイプだと分かったんですが、彼がどのタイプなのかを知りたかったんです。」
「Kのタイプ・・・?」
「VはVisual 視覚です。AはAuditory 聴覚。そしてKはKinesthetic 体感覚と訳しますが、運動の感覚や触覚のことです。」
「はい・・・」
「人によって、どの感覚が鋭敏か、違っているんですね。そして、違っていると、コミュニケーションが取りづらいことが多いのです。」
「あぁなるほど!分かってきました。ええと・・・K・・・なんでしたっけ?」
「体感覚ね。」
「あ、体感覚の私に対して、彼はつまり、視覚、ということですね?」
「そうそう。そういうことです。」
「確かに彼は、いつも視覚的だと思います。俯瞰とか見通しとか『見えた!』とか、視覚的に物事を捉えていると思います。頭のいい人はみんなそうなのですか?」
「いや、頭の良し悪しとは、直接関係ないはずですよ。ただ、学校の勉強は視覚的に学ぶことが多いですから、視覚派の人の方が学校での成績は良いことが多いみたいですけどね。」
「なるほど・・・それで、私は、体感覚の人、ということですね。」
「そうですね。ダンスやヨガが好きな人は、体感覚派のことが多いです。そして、今日着ていらっしゃる服も、ビジュアル的なデザインよりも、おそらく体にフィットしているかどうかとか、着心地とか、触覚的な基準で選んでいらっしゃるのではないかと思うのですが。」
「あ、はい、着心地100%で選んでいます。」

「さてそろそろ、話の核心に戻りたいのですが、」
「はい、お願いします!」
「英子さんと、彼氏さんの間で、話が通じにくい理由ですが、前回は英子さんがかなり体感覚優位の人なので、その豊かな感覚・感情を、うまく言葉に出来ない。そこで、言葉にはせず、体の動きで、そう、感覚は感覚のまま表現してみよう、という方針を立てました。」
「そうですね。ありがとうございました。」
「今回は、少し上級編になりますが、彼の感覚が視覚なので、英子さんも少し頑張って、視覚的に表現することにチャレンジしてみましょう、という方針を考えています。」
「あぁ、なるほど。彼に伝わるように・・・ええと、話す?いや、踊る?どうやって伝えるのでしょうか?」
「そう、そこがポイントなんですよね。どうやって伝えるか。それは今日ここで、一緒に考えていこうと思っていまして、私もまだ、決めているわけではありません。どうやって視覚派の彼に、分かりやすく伝えていきますかね?」
「えぇと・・・どうすればいいのでしょう?」
「一般的には、図を書いて視覚的に説明する、話し始める前にきちんと箇条書きにして整理しておく、といったことが、視覚派の人に何かを伝えようとするときには有効です。」
「なるほど・・・踊って伝えるのと混ぜてもいいですか?」
「たぶん、大丈夫です。どうやるんですか?」
すると、英子は、ドクターからペンを借りてホワイトボードに絵を描き始めた。いや、絵なのか字なのか分からない。ドクターは嬉しそうにニコニコしながらそれを見ている。

以下、英子が書いた・・・いや、描いた文章はこうだ。英子が読み上げる。
「和義さん、最近、私達が以前より『こんな感じ』で過ごすことが増えてきたと思います。」英子は「こんな感じ」と読んだが、ホワイトボードの該当する位置には、針金人間が二人書かれていて、目は点、口は真一文字、そして吹き出しが書かれていて、その中は「・・・」だ。一目見て、気まずい沈黙、険悪な空気、的な表現だと分かる。

「私はあなたの、正義感が強いところや、問題を放置せずきちんと対応するところは、尊敬しています。ただ、ときどき、そのことで『こんな感じ』に感じることがあるのです。」
今度の「こんな感じ」の部分は、やはり針金人間が書かれている。今度は一人だ。英子自身を描いたのだろう。気をつけをしていて、いかにも緊張しているように見える。

「二人の関係が、もう少し『こんな風に』なったらいいな、と思っています。そうしたら楽しく、長続きする関係になると思います。英子より。」
この「こんな風に」のところには、二人の針金人間が描かれていて、手足が波打っている。見ているだけでも吹き出してしまいそうだが、描かれている本人(?)もいかにも楽しそうだ。ふたりのコンニャクたこ踊りをしている針金人間。

「いいじゃないですか。私も視覚派の人間ですが、何が言いたいのかものすごくよく伝わってきますよ。」ドクターが言った。
(つづく)

この物語はまぐまぐから配信の無料メールマガジン「女と男の心のヘルスー癒しの心理学」で(少し)先行して配信しています。また独自配信(無料)の「ココヘル+」では物語の裏側、心理学的側面を解説しています。合わせて御覧頂くと、より理解が深まります。登録はいずれもこちらのページから行えます。(無料メルマガですので、すでにお支払いになっている、インターネット接続料金・通信料以外の料金は一切かかりません。)

女と男の心のヘルス(ココヘル)
心のコンサルタント|恋愛セラピスト あづまやすしの
個人セッション: http://bit.ly/2b8aThM
セミナー:    http://bit.ly/nvKmNj
メールマガジン: http://bit.ly/mtvxYW
自習型教材:   http://bit.ly/lZp3b0

踊るセラピー(5)|恋愛ドクターの遺産第4話

「なつを君、なぜ踊ってもらったか、それは分かりますか?」
「えっ!? そこに目的というか、意図なんてあったんですか?」
「ありますよ。もちろん。」
「お願いします。教えてください。」

やはり、先生には意図があったのだ。踊るという方向に持っていった意図が。なつをはまた、自分と先生の経験の深さに、あまりに大きな隔たりがあることを感じ、愕然としていた。

そんななつをの様子にはお構いなしに、ドクターは語り始めた。

「なつを君、VAKって知っていますか?」
「はい。人には得意なチャンネルがある。VがVisual、視覚。AがAuditory、聴覚。Kがキネ・・・なんでしたっけ?」
「KはKinesthetic、通常は『体感覚』と訳しますが、触覚や運動の感覚のことです。」
「あぁ、そうでした。」
「英子さんは、ヨガやダンスをしているとのことでした。このような、体を使う趣味を持っている人は、大抵、VAKのK、体感覚が優位のことが多いのです。」
「そうなんですね!」
「えぇ。そして、体感覚派の人は、自分の感情を体の感覚として感じてみる、といったときに、非常に豊かな感覚を持っているわけです。」
「なるほど・・・」
「そして、一方で、その豊かな感覚を、十分に言葉で表現できるか、といったら、必ずしもそうではない。」
「英子さんは、言葉による表現は苦手、ということなんですね。」
「いや、そのニュアンスは、少し違います。」
「えっ・・・?」なつをはだんだん分からなくなってきた。いま先生は、英子さんはVAKのKだと言った。一方でそれを十分に言葉で表現できない、とも言った。だがしかし、言葉による表現は苦手、ではないと言う。禅問答のようだ。
ドクターは続けた。「言葉による表現は『苦手』なのではなく『人並み』なのだと、私は思いますよ。但し、感情の感じ方、体の感覚の感じ方が、人一倍繊細で豊かなので、その豊かな感覚を表現するには、語彙が足りない、ということが起こるのではないかと思います。」
「あぁなるほど、体感覚が豊かすぎるから言葉に出来ない、ということなのですね。」
「えぇ、そうだと考えました。」

「それで・・・?」なつをは先が知りたかった。
「そう、それで、踊って表現してもらおうというのは、私のその場の思いつきなんですが、」ドクターはさらりと言いのけた。
(えっ!あんな大事な展開が「その場の思いつき」とは・・・この人、真面目なんだかイイカゲンなんだか、理詰めで考える人なんだか、直感で突っ走る人なんだか・・・分からなくなってきた)
なつをが当惑するのをよそに、ドクターは話を続けた。「実際にダンスをやったりして、自分で表現をしているわけです。英子さんは。だったら、その、いつも使っている『ダンス』というチャンネルを使って、表現してもらったら、何か面白い表現が出てくるかもしれない、まあそう考えたわけです。」

なるほど、聞いてみれば納得の説明だ。なつをは思った。それにしても先生、それをその場で思いついて実践できるのがスゴイ。

そういえば、なつをはもうひとつ思い出していることがあった。何年か前、先生が「自分の感情が分からない」と主張するクライアントのセッションをしているときだった。そのクライアントは公認会計士で、日頃は企業の「健康」を会計の数字で診断していく、そんな仕事をしている人だった。頭に偏った仕事をしているからなのか、自分の気持ちを感じる、ということについては、からっきし苦手なクライアントだった。そして、やや無理をして元気を取り繕う、そんな傾向があった。
そのクライアントに対して先生は、「自己資本比率ってありますよね?」と切り出したのだった。当然相手は企業会計の超専門家、知らないはずはない。釈迦に説法のような話を始めて大丈夫なのかとなつをがヒヤヒヤしながら聞いていると、先生は平然とこう続けた。
「それと同じように、『自己元気比率』を考えてみてはいかがでしょう。いま、あなたが表面的に持っている元気が、資産の部だと思って下さい。企業会計でも、流動資産・固定資産、と表面的に持っている資産がありますよね。そして、一方で、負債の部もありますね。短期借入金があって、長期借入金があって、そして本当に自分の持ち物になっている分が、資本ですよね・・・と、会計の細かい話はいいんですが、それと同じように、今アナタが表面的に持っている元気を、借入金みたいな「カラ元気」と、資本に相当する「自己元気」に分けてみて下さい。直感で、このぐらいかなぁ、と判定すればそれでOKです。」
「なるほど。自分がいま持っている元気を、仮の、いや、借りの元気と、自己資本の元気に分けて考えてみる、ということですね。企業会計で、自己資本比率を月次でチェックするように、自分の元気を・・・」
「毎日チェックして下さい。」
「なるほど、毎日ですね。」
なつをには、会計の話はイマイチピンと来なかったが、そのクライアントには響いたようだった。そして、数回のセッションの後、そのクライアントは自分の気持ちをちゃんと感じる習慣を身につけたのだった!

そのとき先生はこう言っていた。「彼は、日頃から企業会計について考えるという頭の使い方をしています。自分の気持ちを探る、という頭の使い方には、慣れていないのです。慣れていないことを『とにかくやれ』とやらせるのも、ひとつの考え方ですし、それが間違っているとは思いません。ただ、彼が日頃から「会計頭」を使っているのなら、同じ「会計頭」を自分の気持ちを探るためにうまく活用できれば、少ない労力で、今直面している問題を解決できるのです。」
「そういうものですか?」なつをはあまりに明確な方針を先生が立て、堂々と語るので、圧倒されてしまった。

その当時から、先生の方針は一貫している。相談者の持っているものを如何に上手に引き出して問題解決に当たるか。使えるものは何でも使う、という方針だ。ただ、踊るセラピーはインパクトがありすぎた。なつをは「このセッションは一生忘れないだろうな」と思った。

(つづく)

この物語はまぐまぐから配信の無料メールマガジン「女と男の心のヘルスー癒しの心理学」で(少し)先行して配信しています。また独自配信(無料)の「ココヘル+」では物語の裏側、心理学的側面を解説しています。合わせて御覧頂くと、より理解が深まります。登録はいずれもこちらのページから行えます。(無料メルマガですので、すでにお支払いになっている、インターネット接続料金・通信料以外の料金は一切かかりません。)

女と男の心のヘルス(ココヘル)
心のコンサルタント|恋愛セラピスト あづまやすしの
個人セッション: http://bit.ly/2b8aThM
セミナー:    http://bit.ly/nvKmNj
メールマガジン: http://bit.ly/mtvxYW
自習型教材:   http://bit.ly/lZp3b0

踊るセラピー(4)|恋愛ドクターの遺産第4話

「なるほどね。では、ちょっとセッションのやり方を変えてみましょう。」
「はい・・・」
「私は、先ほどと同じ質問をします。でも、英子さん、あなたは、言葉で答える代わりに、答えを体の動きで表現してください。」
「えっ!? あ、はい、分かりました。」

「では行きますよ。今の彼との関係を、どう感じていますか? 体の動きで表現してください。」
「はい。」
英子は椅子から立ち上がり、直立不動、かなり力の入った「気をつけ」の姿勢になった。
「ああなるほど、こうね。」ドクターも、着席したままだったが、「気をつけ」の真似をして体に力を入れた。「なんか、とても緊張して、苦しい感じが伝わってきますね。」
「そう!そうです!緊張するんです!」英子は今日一番大きな声を出してそう答えた。声も先ほどよりずいぶん明るい。

「では、彼との関係が、どうなったらいいと思いますか? また、体の動きで表現してください。」
「はい。こんな感じに。」
今度は、英子は体の力を抜き、腕をだらんと下げ、そして体を左右にぐにゃりぐにゃりと曲げた。
「なるほど、ナイスなたこ踊りだ。」ドクターは笑いながらそう言い、今度は椅子から立ち上がって、自らも同じ「たこ踊り」を踊った。
「あははは、そう、そういう感じです!」
「あはははは、こういう感じですね!よく分かりますよ!」
なつをもつられて笑ってしまった。

「もう一回やってみましょう。こんな感じ!」ドクターは、今度は自らたこ踊りを踊った。
「あははははは、こんな感じです!」英子も踊った。
「あははははは」なつをもつられて、大笑いしてしまった。

「はい、では、なつをさんもやってください!こうです!」ドクターは今度は、なつをにもたこ踊りをやるよう指示した。
「はい。」なつをは少し遠慮がちに体を左右に揺すった。
「いや、まだまだです。こうです!」ドクターはさらに大げさに体を左右に揺すって、ぐにゃりぐにゃりとたこ踊りを踊った。
「えーっ!」そう言いながらも、なつをは今度は思い切って、ぐにゃりぐにゃりと体をくねらせて、今日一番のたこ踊りを踊った。
「わははははは。」
「わははははは。」
「わははははは。」
三人とも、腹の底から笑った。

「さて。」少し落ち着いてきて、着席しながらドクターが言った。「つまり、力が抜けて、自然体の自分で居られるようになりたい、そういうことですね?」
「はい!そう、そうなんです!その言葉が出てきませんでした。私、英語の先生なのに、うまく言葉が出てこないんですよ。」
「そうなんですね。楽しい先生ですね。」
「えっ?そうですか?」
「いいじゃないですか。体で表現すれば。生徒もついてきますって。」
「あ、そうですね。そういえば、それ、よくやっています。」
「でしょう? では、本題に戻りますが、さっきやった、こんな感じ」そう言いながら、ドクターは少し体を左右に揺すって、続けた「その感じになるには、具体的には、彼との関係で、何が出来たらいいですか? あるいはどうなったらいいですか?」

「そうですね・・・思っていること、言いたいことが言えたらいいな、と思います。」
「あぁなるほどね。もしかして、今日この場で起きたみたいな、言えなくて沈黙、みたいなことが、彼との間でも起こることがある、ということですか?」
「そう!そうなんです!」

「じゃあ簡単だ。彼にも、踊って伝えればいいんですよ。」
英子となつをは同時に吹き出してしまった。

その後、このセッションでは、英子が彼に自分の気持ちを伝える際、踊って伝えてみるという行動課題が設定され、とくに、今日話した「今の二人の関係は息苦しい」「自然体になりたい」というポイントを(もちろん踊って)伝えることにチャレンジする、という重点課題も決まった。

「重点課題を決める」と言いながら、完全に楽しそうに作戦会議をしている英子とドクターを見て、なつをも一緒に楽しい気分になった。そして、自分が学んだ「カウンセリングの基礎」などの真面目な方法論が、カウンセリングのほんの入口に過ぎないことを改めて痛感したのだった。

(奥が深いなぁ)なつをは心の中でそう言った。

・・・

例によって控え室では、なつをがまた、ドクターを質問責めにしていた。
「先生、なんでセッションの時間に、踊るみたいなことを始めたんですか?」
「え? まあ、それで先に進んだじゃないですか。何か問題でも?」

「いや、先に進んだという点では、異論はありませんけど・・・でも、そんなの、カウンセリングの教科書にも書いてないし、あまりに変じゃないですか?」
「あぁ、確かに『あまりに変』ですね。」ドクターはニヤニヤしながら答えている。「でも、『あまりに変』なやりかたが、結果的に停滞していたセッションを動かしたのですから、結果オーライじゃないですかね?」

なつをは、自分の「常識」からあまりにかけ離れたセッションで「うまくやった」ドクターに対して、何と説明していいか分からない、混乱した気持ちを持っていた。だから、質問も的を射ていない。

「なつを君、なぜ踊ってもらったか、それは分かりますか?」
「えっ!? そこに目的というか、意図なんてあったんですか?」
「ありますよ。もちろん。」
「お願いします。教えてください。」

やはり、先生には意図があったのだ。踊るという方向に持っていった意図が。なつをはまた、自分と先生の経験の深さに、あまりに大きな隔たりがあることを感じ、愕然としていた。

そんななつをの様子にはお構いなしに、ドクターは語り始めた。
(つづく)

この物語はまぐまぐから配信の無料メールマガジン「女と男の心のヘルスー癒しの心理学」で(少し)先行して配信しています。また独自配信(無料)の「ココヘル+」では物語の裏側、心理学的側面を解説しています。合わせて御覧頂くと、より理解が深まります。登録はいずれもこちらのページから行えます。(無料メルマガですので、すでにお支払いになっている、インターネット接続料金・通信料以外の料金は一切かかりません。)

女と男の心のヘルス(ココヘル)
心のコンサルタント|恋愛セラピスト あづまやすしの
個人セッション: http://bit.ly/2b8aThM
セミナー:    http://bit.ly/nvKmNj
メールマガジン: http://bit.ly/mtvxYW
自習型教材:   http://bit.ly/lZp3b0

踊るセラピー(3)|恋愛ドクターの遺産第4話

(ああ、先生もうやめて!)心の中でなつをは叫んでいた。でも、この重苦しい沈黙を、自らが声を上げて破る勇気もまた、なかった。

もう、先生が何を質問したかも、いま、クライアントが何を答えるべきなのかも、なつをの頭の中からは、完全に飛んでいた。早くこの沈黙を終わらせてほしい。早く解放してほしい・・・解放してほしいのが誰なのか・・・クライアントを解放してほしいのか、私なつをを解放してほしいのかも、もう分からなくなっていた。

なつをが、もう耐えられない。先生もうやめてください、と言おうと思ったその時、ドクターが口を開いた。
「一旦休憩を挟みましょう。」
・・・

「先生! これではクライアントがかわいそうです!詰問になっているじゃないですか!」
なつをはドクターに食ってかかった。

沈黙が続き、セッションが進まないという判断から、今日のセッションは異例の「中断」となったのだった。そして、クライアントの英子はいま暫く休憩中、恋愛ドクターと助手のなつをは、恒例の、控え室での大議論を演じているのだった。

「そうですね。私もそう思ったから、一旦休憩を入れたんですが。ここまで言葉が出てこない方だとは想像していませんでした。」
「今まで、こんな方は、いらっしゃらなかったんですか?」
「そうですね・・・始めは、緊張などでなかなか言葉が出ないのかな、と思っていたんですが・・・そういうクライアントさんは時々いらっしゃるので。ただ、ここまで時間が経っても、やはり言葉が出ないというのは、クライアントの個性、というか現状というか、とにかく、時間をかければなんとかなる、ということではないのは確かだと思います。」

「でも、セッション自体がクライアントのストレスになってしまってますよ!先生。」
「なつを君、キミは何か勘違いをしているようですが、セッションが何のストレスにもならないのであれば、毒にも薬にもならない、ということです。何か感情が動くときは、必ずストレスもかかるものなのです。優れた傾聴のカウンセラーは、お互いじっと黙っているようなセッションであっても、クライアントの心の中で何かが動いているなら、じっと待つことが出来ます。沈黙に耐えられるのも、カウンセラーとしての重要な資質です。」

なつをは「沈黙に耐えられない」とは自分のことを言われたような気がしてどきりとした。ただ実際、クライアントに多大なるストレスがかかっていたのもまた、事実ではあったので、どうしても自分の意見はゆずれなかった。そしてまたドクターに反論をするのだった。

「そう、そうですけど・・・でも・・・」
「セッションがストレスを生んだら即ダメ、沈黙していて言葉が出なければ即ダメ、という単純な判断はおかしい、ということが言いたかっただけです。今回のことに関しては、私も、このまま進んでも、実りは多くないと判断しました。」
ドクターも今回のセッションは、このまま押していってもいい結果にはならないという点で、なつをと同意見なのだった。

「では、どうするんですか?」
「そうですね。少し、周りから攻めてみますかね。」

「周りから・・・?」
「まあ、見ていてください。このぐらいでいちいちへこたれてたら、カウンセラーはやっていけませんよ。」

第三幕 踊るセラピー

30分弱の中断後、再びセッション再開。
ドクターは、質問の焦点を少し変えたようだ。

「ところで、英子さんは、オフの日はどんなことをして過ごされるのですか?」
「えぇと、映画を見たりとか。最近はダンスを習っています。」
「なるほど。ヨガとかは?」
「あ、ヨガもときどき、全然熱心じゃないですけど、やっています。」
「マッサージとか、好きですか?」
「えぇと・・・まあ好きかと聞かれたら好きな方かな、とは思います。以前はよくマッサージをしてもらいに行っていましたが・・・最近はそれほど行かなくなりました。」

やっぱり先生、行き詰まったのかな。完全に違う話題だし、脱線だよね、なつをはそう思った。ただ、脱線に見えて核心を突いていることが、これまでも時々あったから、そう決めつけてはいけないな、なつをはそう思い直した。

「なるほどね。では、ちょっとセッションのやり方を変えてみましょう。」
「はい・・・」
「私は、先ほどと同じ質問をします。でも、英子さん、あなたは、言葉で答える代わりに、答えを体の動きで表現してください。」
「えっ!? あ、はい、分かりました。」
(つづく)

この物語はまぐまぐから配信の無料メールマガジン「女と男の心のヘルスー癒しの心理学」で(少し)先行して配信しています。また独自配信(無料)の「ココヘル+」では物語の裏側、心理学的側面を解説しています。合わせて御覧頂くと、より理解が深まります。登録はいずれもこちらのページから行えます。(無料メルマガですので、すでにお支払いになっている、インターネット接続料金・通信料以外の料金は一切かかりません。)

女と男の心のヘルス(ココヘル)
心のコンサルタント|恋愛セラピスト あづまやすしの
個人セッション: http://bit.ly/2b8aThM
セミナー:    http://bit.ly/nvKmNj
メールマガジン: http://bit.ly/mtvxYW
自習型教材:   http://bit.ly/lZp3b0

踊るセラピー(2)|恋愛ドクターの遺産第4話

「で、おまえは、どうしたいの?」早速「基本方針」の確認をしてくる幸雄。しかし、会社の事業計画じゃあるまいし、こんな突き放した言い方をされて、まともな答えが言えるわけがない。
(あぁ、やっぱり今まで通り。そもそも「話し合い」のやり方自体が、関係を悪くしている気がする)ゆり子はそう思ったが、それを言ったらさらにこじれそうで言えなかった。
「私は、もっと、通じ合って、安心できる関係ができたらな、って思うんだけど。」
「オレに、何をしろ、と言っているのか、ハッキリ言ってくれ。」
(はぁ・・・またこの展開・・・)ゆり子はさらに暗い気分になってきた。
「あのね、私の気持ちを分かってもらえない、といつも感じていて、それをあなたは、自分は悪くないみたいに言うから、ますます言えなくなって・・・」
「あのさあ、オレの質問に対して、ちゃんと答えてないよね? 『何をしてほしいか』の質問の答えは、『何々をしてほしい』でしょうが。おまえこそ、オレの話をちゃんと分かっていないんじゃないか? こっちのセリフだよ。『分かってもらえない』てのは。」
「あのね、そういうことじゃなくて・・・」
幸雄がイライラしているように、ゆり子には見えた。そして、それ以上何も言えなくなってしまった。

結局その日の「話し合い」は、幸雄の「お前は結局離婚したいのか?」という質問責めに対して、ゆり子がかろうじて「結論を保留する」ことで終わった。
帰りの電車の中で、精神的な疲労なのか、ゆり子は、全身が震えて止まらなかった。
・・・

帰宅後、ゆり子は、また例のノート「恋愛ドクターの遺産」に頼ってみることにした。これまで何度も、このノートが、友達に相談するよりも、本を読むよりも、良いアドバイスをくれた。ゆり子の父が言った「適当に一冊選ぶんだ。すると、なぜか、その時に一番必要なアドバイスが書いてある。」という言葉を、ゆり子も信じるようになっていた。

「えいっ」ノートは、段ボール箱に入っている。その中から一冊を、ランダムに抜き出した。そして、またノートを開いて読み始めた。

・・・

第二幕 沈黙のセラピー

もう5分ぐらい沈黙が続いている。ドクターは落ち着いた表情でじっと待っている。相談者の女性も、考え込んだふうで、黙ったまま時間だけが過ぎていく。

「はぁ。」女性がため息をついた。「うーん、うまく言葉にできません。」

今日の相談者は小宮山英子。彼氏との関係が息苦しい、と相談に来た。

(別に皮肉を言うわけじゃないけど、彼氏との関係より、このセッションの方が息苦しい)なつをはそんなことを思った。とにかく、このセッションは沈黙が重たいのだ。先生がいつも通り、大事なポイントを掘り起こす質問を投げると、いつも通りクライアントが何か大事な答えを返す、のではなく、沈黙したまま場が固まってしまう。ずっとその繰り返しだ。

「なんだか、うまく言葉に出来ないようですね。」ドクターが言った。
「はい。すみません。」英子が答えた。
「いや、気にすることはありません。すんなり答えられるようなら、それほど大きな悩みではないということですから。『答えに詰まる』というのも、ひとつのヒントです。こちらはそうやって受け取っていますので、私に気を使う必要は、全くありませんよ。」
「ありがとうございます。」英子はそう言ったが、恐縮、いやむしろ、いくぶん萎縮しているようにも見えた。

「でも、もう一度質問してみますね。『今の彼との関係を、どう感じていますか?』」
英子は視線を下に落として考えている・・・考えている・・・のだろうか? ただ黙ったまま、静かに時間が過ぎていく。

一分ほどたって、ようやく彼女が口を開いた。「苦しいです。」

苦しいのは今の気持ちだろうか、それとも、彼との関係が苦しいと言ったのだろうか、なつをは思った。しかし、先生はそんなことお構いなしのようだ。

「苦しいのですね。」
「はい。」

「では、その関係が、どうなったらいいと思いますか?」

再び場の空気が重くなる。英子は視線を下に落とし、再び沈黙し始めた。十秒、二十秒、三十秒・・・一分、こんどは一分ほど経っても、返答はなかった。
ドクターが何か言おうとするようなそぶりで息を吸ったとき、ようやく英子が口を開いたのだが、その言葉は「うまく言えません。」だった。

「なるほど。やっぱりなかなか言葉に出来ないようですね。」ドクターは言った。
「すみません。」

なつをは、この展開にやきもきし、口を挟みたくて仕方がなくなった。先生の質問にクライアントがうまく答えられない、もどかしさ。にもかかわらず、質問を引っ込めない先生。まるで意地の張り合いみたいだ。なつをはこういう展開が苦手だ。
(ああ、先生もうやめて!)心の中でなつをは叫んでいた。でも、この重苦しい沈黙を、自らが声を上げて破る勇気もまた、なかった。

(つづく)

この物語はまぐまぐから配信の無料メールマガジン「女と男の心のヘルスー癒しの心理学」で(少し)先行して配信しています。また独自配信(無料)の「ココヘル+」では物語の裏側、心理学的側面を解説しています。合わせて御覧頂くと、より理解が深まります。登録はいずれもこちらのページから行えます。(無料メルマガですので、すでにお支払いになっている、インターネット接続料金・通信料以外の料金は一切かかりません。)

女と男の心のヘルス(ココヘル)
心のコンサルタント|恋愛セラピスト あづまやすしの
個人セッション: http://bit.ly/2b8aThM
セミナー:    http://bit.ly/nvKmNj
メールマガジン: http://bit.ly/mtvxYW
自習型教材:   http://bit.ly/lZp3b0

踊るセラピー(1)|恋愛ドクターの遺産第4話

今日から新しいシリーズです。題して「踊るセラピー」。「踊る」とは何なのか?一体恋愛ドクターは何をするのか?そのあたりは読んでみてのお楽しみ・・・

【登場人物】
(現在の人物)
ゆり子 父からノートをもらった。離婚するかどうか悩んでいる
幸雄 ゆり子の夫。 仕事はできるが共感力のない人。
(ノートの中の人物)
恋愛ドクターA ゆり子の祖父(故人) ノートを書いた本人
なつを ドクターの助手

小宮山英子 彼との関係で苦しい 言葉が出ないクライアント
高田和義 英子の恋人。義務感が強く「べき」で英子を縛る傾向がある。

 

第一幕

(どうして幸雄さんとは通じ合えないのだろう。)ゆり子は、まだ悩んでいた。
これまで、色々悩んで、本も読んで、そして、「恋愛ドクターの遺産」のノートも読んで、色々勉強になったし、色々気づきもあった。けれど、やっぱり、問題が解決するようには思えなかった。
(とにかく、話が通じないんだけどなぁ)ゆり子はそんなことを考えていた。
心理学系の本を読むと、アダルトチルドレンの夫、みたいな話が書いてあったりする。確かに、彼の実家の様子を見ると、少し「私は私、あなたはあなた」的な空気を感じて、それと、夫の個人主義的なものの考え方は、関係あるようには思う。
ただ、子供時代に、のびのびと子どもらしく過ごすことができなくて、周りに気を使いすぎる心理的傾向のまま、大人になってしまって、という説明には、相当の違和感があった。
(むしろ、相手の気持ちを考えない、悪い意味での子供っぽさを持ったまま、大人になってしまったように思えるんだけどなぁ)ゆり子はいつも、そう思うのだった。

現在別居中の夫と、今日は久しぶりに「話し合い」のために会うことになっていた。
お互い、感情的にならないため、という理由で、外で話し合うことにしている。今日はファミレスだ。ファミレスなんて、まわりの人の耳があるから、大事な話が出来ないと思うかもしれないが、一度やってみて分かった。周りの人の耳が一切ない「密室」で話すより、よほどマシだと。
ゆり子は、一度誰かの講座で聞いたことがあった。その講師はこんな風に言っていた。
「夫婦関係がこじれたときは、少し距離のある『他人』が聞いている、そんな場所で話し合うといいですよ。人は、誰も見張っていないと思うと、傍若無人になるものです。感情的になったり、自分の主張ばかり押しつけて、相手の立場に一切立たない、などの行動に出たり。」
その意見を思い出して、話し合いの場所をファミレスに決めたのだった。そして、その講師はこうも言っていた。
「本来、人は生きる上で、自分の中に、たとえ誰かに見張られていなくても、曲がったことはしない、というような正義感、もう少し大げさに言うならば心の中に『神』を持って生きるべきだと思います。その『神』は、自分にだけ都合が良いルールを作ったりもせず、逆に、他人にだけ都合が良いルールを作って自己卑下したりもせず、上から、公平に人を見ている。そんな感覚であるべきです。しかし、そういう『神』を持っている同士が夫婦になったのだったら、自分のことも、相手のことも公平に見ているわけですから、お互いに不満があることは、当然あるでしょうが、話し合いがこじれるほどにはならないはずです。つまり、こじれた夫婦の場合、自らを律することができない、そう考えて、対応策を考えるべきなのです。」
そうなのだ。私にも反省すべき点はあるけれど、幸雄さんは、かなり独善的で、彼に都合が良いルールを押しつけてくることが多かった。あの講師の先生の言葉を借りて言うならば、「自分の中に公平な『神』が育っていない」ということになる。もちろん、その先生は、こうも言って釘を刺していた。「この話を聞いて、あなたの夫(または妻)が、自分の中に公平な『神』を育てていない人だと感じた方も、多いと思います。しかし、その結論を出すのは、完全に夫婦修復、または離婚のどちらかが成立して、1年以上たってからにしてください。」
どうしてですか、という受講生の質問に対してさらに「それは、そのような『話の通じない夫』も、職場ではしっかりコミュニケーションが取れていて、仕事はきちんとこなしている、というケースもよくありますし、一方的に相手だけの問題、というよりは、二人で問題を作っている、という要素が、かなり大きいことが分かっているからです。」そう答えていた。質問者はぐうの音も出ない感じだったのを、ゆり子は今でも鮮明に覚えている。もう2、3年も前に受講した講座のことなのに。

・・・

ゆり子は約束の時間よりも10分ほど早くファミレスに着いていた。席に着き、おかわり自由のコーヒーを注文してから、周りを見ると、20代前半ぐらいの恋人同士、作業服を着た仕事の休憩時間と見受けられる数人の男性、小さい子どもを連れた母親、女性の数人のグループ、という感じに、様々な人が利用している。幸いすぐ隣のボックス席には誰も居ない。
(今日はちゃんと「話し合い」になるのかな・・・)ゆり子はそんなことを漠然と心配しながらコーヒーをすすった。あまり味がしなかった。そんなことをしているうちに、幸雄がやってきた。

「おう。元気だったか。」幸雄は相変わらず、感情のこもっていない挨拶をした。
「まあ、ふつう。」ゆり子は、あのお馴染みの、気持ちがしぼんでいくような感覚を感じながら淡々と答えた。

この日の話し合いは、それぞれが離婚に向けて動きたいのか、それとも、修復に向けて動きたいのか、そんな、これからの「基本方針」について話す、ということになっていた。この「基本方針」という言葉は幸雄が言った言葉だ。
「で、おまえは、どうしたいの?」早速「基本方針」の確認をしてくる幸雄。しかし、会社の事業計画じゃあるまいし、こんな突き放した言い方をされて、まともな答えが言えるわけがない。
(つづく)

この物語はまぐまぐから配信の無料メールマガジン「女と男の心のヘルスー癒しの心理学」で(少し)先行して配信しています。また独自配信(無料)の「ココヘル+」では物語の裏側、心理学的側面を解説しています。合わせて御覧頂くと、より理解が深まります。登録はいずれもこちらのページから行えます。(無料メルマガですので、すでにお支払いになっている、インターネット接続料金・通信料以外の料金は一切かかりません。)

女と男の心のヘルス(ココヘル)
心のコンサルタント|恋愛セラピスト あづまやすしの
個人セッション: http://bit.ly/2b8aThM
セミナー:    http://bit.ly/nvKmNj
メールマガジン: http://bit.ly/mtvxYW
自習型教材:   http://bit.ly/lZp3b0

婚難(10)|恋愛ドクターの遺産第3話

第六幕

「なつを君、かおりさんからメールが来ていますよ。」
「えっ!? 何ておっしゃっているんですか?」
「恋人候補が現れたそうです。」
「えーっ!すごい!どんな人なんですか?」
「読んでみてください。」

なつをは文面を読んだ。かなり長く、詳しく書いてある。
曰く、あのあと、ラフな服装で、気楽な居酒屋飲み会に参加するということを数回行ったのだそうだ。飲みものも食事も安いお店での飲み会なので、参加する男性も、今まで出会うタイプとはだいぶ違う人が混ざっていた。その中に、イラストレーターをしている、という男性がいた。収入の波があるので、良いときはいいが、底の時が大変だと。だから自分の仕事に必要なものにはお金を掛けるが、飲み会も含め、生活は質素にしている、と。
正直、彼以外の参加者男性には興味が湧かなかった。彼は自分の意思で居酒屋を選んでいるが、他の男性たちは、言葉は悪いが、仕方なくそのランクのお店に行っている感じだった。もう少し別の言葉で言うと、彼は自分の仕事に誇りを持っていた。私は彼のそういうところに惹かれた、ということだった。
まだ、交際には至っていないそうだ。ただ、出会いの流れが良くなったのは確かなようだ。かおりさんが、その彼と結ばれるのか、それとも、また別のご縁を引き寄せるのか、それはまだ分からない。でも、いずれにしても、幸せに向かいそうな雰囲気がすごく感じられた。

「先生、すごいですね!」
「何が?」
「何が、って、先生のセッションの効果ですよ!」
「あぁ、まあ、かおりさんがちゃんと行動した結果ですよ。」
「そうですけど・・・今までずっと恋人ができなかったのに、一気に可能性が拓けた感じですよ?」
「そうですね。こういう展開は面白いですね。」

でた!「面白い」発言。先生がよく言う言葉だ。先生の言う「面白い」には明確な定義がある。会話で使う言葉に、定義があるというのもヘンな言い方だが、とにかく、定義があるのだ。それで、その「面白い」の定義だが、それは(1)問題が目の前にある (2)それを解決する力(や環境)がある この(1)(2)の両方が揃っていることを「面白い」と言うのだそうだ。
(1)が足りない場合は、解決力はあるのに問題がなくて「退屈」になるし、(2)が足りない場合は、問題があるのに解決力がなくて「苦しい」となる。目の前に問題があり、その問題をちょうど解決できるほどの、問題解決力、問題への対応力を持っている。それが先生の言う「面白い」の定義だそうだ。確かに、かおりさんなら、この問題もじきに解決してしまうだろう。
・・・

ゆり子はノートを閉じた。
はぁ、とため息が出た。
(私は、幸雄さんとの問題を解決する「解決力」が足りないのかな・・・今目の前に横たわっている問題が解決できなくて「苦しい」もの・・・)

ゆり子は考えていた。私は本当に、相手のコックピットに座るように、相手の体験を想像できていただろうか、と。私は結局なつをさんのように、相手の「立場」には立ったが、自分の感じ方で理解したつもりになっていたのではないか。
「でも、幸雄さんを理解することなんて、できるのかな・・・」

セットしていたアラームが鳴った。ぐるぐる思考タイムに、ゴングが鳴って終了、といった感じにはなったが、そのまま続けていても生産的ではなかっただろうから、丁度良かった。幼稚園のお迎え、夕食の支度など、忙しく過ごすうちに、ノートのことはゆり子の意識の端に追いやられていった。
・・・

(あ、この人、過剰に相手のコックピットに座ってしまう人なんだ)ゆり子はそう思った。テレビを見ていたら、匿名で、姿も隠してDV経験者という女性がインタビューに答えていたのだが、それを何気なく眺めていたら、そんな風に思ったのだ。
相手が暴力を振るうときの、その相手の苦しい気持ちに共感してしまうので「やめて」「つらい」という、自分の側の気持ちと一緒に居られなかったのだと、その女性は語っていた。解説役の心理カウンセラーが「ここまで自分の気持ちや、自分の傾向を客観的に語ることができるようになったからこそ、彼女はDVを抜け出せたのです。渦中にいるときは相手の気持ちしか考えず、自分の気持ちを感じることができなかった」と説明していた。

彼女の話を聴きながら、ゆり子はぼんやりと、幸雄のことを思い出していた。共感力のない会話、そしてときに「キレる」とも言える言葉。確かにゆり子にとっては辛いことばかりだったが、そのときに幸雄はどんな気持ち、どんな感覚でいたのだろう?とゆり子は想像していた。

(・・・なんだか、苦しそう・・・)ゆり子は思った。思い出してみると、声を荒げたり、無視するような冷たい態度を取るときの幸雄は大抵、苦虫をかみつぶしたような、渋い顔をしていることが多かった。おまけに・・・これは考えすぎかもしれないが・・・長年そういう心を持ち続けて生きてきたために、渋い顔をするときの、顔のしわが、顔に刻まれて消えなくなっているようにも思えた。
そんな幸雄の、心のコックピットに座るように想像してみると、自分が何かすると、妻(つまりゆり子だ)からダメ出しをされ、本当は愛されたいのに、そして愛したいのに、どうしていいか分からない。自分なりに工夫をしてみると、裏目に出る。その無力感、悔しさ、寂しさ、悲しみが、自分事のようにありありと感じられた。

(あぁ、これが、相手のコックピットに座る、ということなのね)ゆり子は思った。相手の立場に自分を置いてみただけだったら、「私ならそういう行動はしない」と思うだけで終わりだっただろう。事実、ゆり子は共感力のある方だし、滅多に声を荒げたりしない。ゆり子の思考回路・行動パターンからすれば、幸雄は「理解不能」だったのだ。いま初めて、幸雄の気持ちの中に入れた気がした。理解不能な夫が、少し理解できた・・・気がした。

「でもやっぱり、一緒にやっていく自信はないなぁ・・・」
ゆり子はつぶやいた。
(つづく)

この物語はまぐまぐから配信の無料メールマガジン「女と男の心のヘルスー癒しの心理学」で(少し)先行して配信しています。また独自配信(無料)の「ココヘル+」では物語の裏側、心理学的側面を解説しています。合わせて御覧頂くと、より理解が深まります。登録はいずれもこちらのページから行えます。(無料メルマガですので、すでにお支払いになっている、インターネット接続料金・通信料以外の料金は一切かかりません。)

女と男の心のヘルス(ココヘル)
心のコンサルタント|恋愛セラピスト あづまやすしの
個人セッション: http://bit.ly/2b8aThM
セミナー:    http://bit.ly/nvKmNj
メールマガジン: http://bit.ly/mtvxYW
自習型教材:   http://bit.ly/lZp3b0

婚難(9)|恋愛ドクターの遺産第3話

第五幕

セッションが終わって、なつをはひとりで、セッションを振り返っていた。
(先生は、かおりさんと、あっという間に打ち解けていた。先生がかおりさんに無理して合わせたという感じはなかった。私は少し無理して合わせていたのに・・・)なつをは、そんな風に振り返っていた。

そして、以前先生が言っていた「他人のコックピットに座る」という話を思い出していた。かおりさんはきっと、先生が自分の立場に立って一緒に考えてくれているという安心感を感じていたに違いない。その大事な秘訣が、他人のコックピットに座る、ということなのだ。

以前のセッションで、こんなことがあった。
その相談者は、変わった性癖の持ち主だったので、なぜそこにそれほど執着するのか、自分の感覚を基準に考えたら、なつをにはまったく分からなかった。しかし、先生は、その相談者に寄り添い、相談者の感覚を少しずつ理解していった。

セッションが終わったあと、なつをは先生に質問した。
「そんなものに執着しても、男女関係が面倒になるだけですよね? なぜ、そんなにこだわるのでしょうか?」
「なつを君、君は、自分の感覚を基準に相談者を見ていませんか?」

「えっ?」なつをは、何を言われているのか、よく分からなかった。「先生、私は彼の立場に立って見て、そして、自分だったらどう考えるか、想像してみたのですが、それではダメだということでしょうか?」

「では少し、基本から説明しましょう。」先生はそう言って、基本から教えてくれたのだった。「まず、彼の立場に立たずに、『奥さんがいるのに、そこに興奮するからと言って、別の女性に手を出したらダメでしょう。』なんて言うようでは、これは、カウンセラーとして完全にアウト。これでは、相談者はお金を払って、自分のことを全く分かってくれない人に話をしに来てしまった、こんなところに来るんじゃなかった、と思って、もう、セッションの信頼関係はおしまいです。」
「それは分かります。」
「次の段階として、彼の立場に立ってみる、というのがあります。私も、このポジションから話をすることは、よくあります。だから、彼の立場に立ってみて『私だったら、そこに執着しても、男女関係が面倒になるだけ、と感じました。』と発言してみるのは、これは、カウンセリングとして、アリだと思います。」
「なるほど。先ほどの私の意見は、アリなんですね?」

先生は少し天井を見るように目を動かして、それからこう言った。「但し、その場合、あくまで『私は』という言葉を入れて、私の感じ方、私の価値観で言えば、ということを明確にすることが前提です。なつを君がもし、私は、という言葉を入れずに『そこに執着しても、男女関係が面倒になるだけですよね。』と言えば、それは、一般論として、という意味になります。相談者よりも偉いカウンセラーの私が、世界を代表してものを言います、というニュアンスになる危険性があるのです。」
「そうなんですか?」
「それはそうでしょう。だって、ご本人だって、どこか、その性癖を恥じていらっしゃったりして、そこに傷口に塩を塗られるように否定されたら、どう思うのか、想像すれば分かるじゃないですか。」
「あぁ、そうか。そうですね。」でも私は、まだ釈然としないものを感じていた。
それを察したのか、先生は、続けて次のことを言った。
「もしここに、繊細なA子さんと、剛胆なB男君が居たとします。ふたりは道を歩いていました。目の前に、ちょっと気持ち悪い何かの動物の死骸があったとします。それはちょうどA子さんの真ん前にありました。で、A子さんは『ぎゃっ』といって飛び退くわけです。」
「・・・はあ、なるほど。」
「それに対して、B男君が、『A子さんの立場に立って』『自分のことのように』想像してみたとします。B男君、ちょっと頑張りました。」
「はい。」
「しかし、B男君は、A子さんほど敏感でも繊細でもないので、そんなに驚かないわけです。『あ、ちょっとびっくりするよね。』ぐらいの感じでしょうか。」
「そうでしょうね。」
「では、これで、B男君は、A子さんの体験を理解したことになるでしょうか?」
「あぁ、A子さんの身に起きた『出来事』は理解したことになると思います。」
「そうですね。A子さんの身に起きた、外側の出来事は、理解しました。でも、A子さんの内側で起きた反応、ものすごくびっくりした感情の動きなどは、B男さんは体験していないことになります。」
「それは、仕方ないことなんじゃないですか?」
「もちろん、その相手に、完全になることは無理ですから、仕方ないと言えば仕方ないことです。でも、『立場に立つ』だけでは、不十分だということは、分かりますか?」
「・・・分かります。でも、では、どうやって・・・」
「それが、私が言っている『相手のコックピットに座る』想像をする、ということなのです。相手がどんなところで反応し、どんなことを喜び、どんなことに恐怖し、何を不満に思うのか。そういうことを色々聞いていくうちに、ある程度までは、相手の感情的な反応まで、想像することが可能になります。」
「そんなものですか・・・」
「たとえば、剛胆なB男君も、あるとき、自動車を運転していて『あわや大惨事』という場面に遭遇して肝を冷やした経験があった、とします。さすがのB男君も、ちょっと怖かったわけです。」
「・・・はい・・・?」
「そういう経験を思い出してみて、『あぁ、A子さんは、動物の死骸を見ただけでも、自分が事故のニアミスを経験したときぐらいの衝撃を受けるのかもしれないな。』と想像することは、できるはずです。自分より何倍も感情の振れ幅が大きいと想定すればいいわけですから。」
「あぁ!なるほど!じゃあ、私の場合、剛胆な人の『コックピットに座る』場合、自分より何分の一しか、感情が振れないと想像してみればいいわけですね?」
「そういうこと。」

そう、先生は、こんな風に、相手の内面で起きている事も含めて、できるだけ理解するように努めることが大事、ということをいつも教えてくれた。
そしてそれを「他人のコックピットに座る」と表現していた。
それをなぜか、私なつをは思い出していた。きっと、私にとって、感じ方や考え方がずいぶん違うと感じる、かおりさんのセッションを理解するに当たって、「かおりさんのコックピットに座る」想像が必要だったからだろう。ほんと、カウンセリングは脳味噌フル回転だなあ、なつをはいつもながら、そう思った。

(つづく)
この物語はまぐまぐから配信の無料メールマガジン「女と男の心のヘルスー癒しの心理学」で(少し)先行して配信しています。また独自配信(無料)の「ココヘル+」では物語の裏側、心理学的側面を解説しています。合わせて御覧頂くと、より理解が深まります。登録はいずれもこちらのページから行えます。(無料メルマガですので、すでにお支払いになっている、インターネット接続料金・通信料以外の料金は一切かかりません。)

女と男の心のヘルス(ココヘル)
心のコンサルタント|恋愛セラピスト あづまやすしの
個人セッション: http://bit.ly/2b8aThM
セミナー:    http://bit.ly/nvKmNj
メールマガジン: http://bit.ly/mtvxYW
自習型教材:   http://bit.ly/lZp3b0

婚難(8)|恋愛ドクターの遺産第3話

「それから。」ドクターは続けた。「美人問題があると、自然体の自分で居るかどうか、という条件が、より厳しくなります。」
「そうなんですね? 美人って、それほど得していないような・・・」苦笑しながらかおりは言った。
「まあ、苦労もありますよね。ただ、うまく舵取りできれば、印象が何倍にもなる、という特性は、人によっては喉から手が出るほどほしい「素質」になると思います。」
「そうなんですね。私はいままでうまく舵取りできていなかった、ということなんですか?」
「恋愛に関しては、そうだと思います。」
「先生、はっきりおっしゃって下さるところがイイです。」
「はは。ありがとうございます。思っていないことは言えないタチなので。」

ドクターは少しの間黙っていて、そして、もうひとつ質問した。
「ところで、オッサンぽいところは、家に居るときも発揮されていますか?」
「それが、自分ではよく分からないんですが、友達に言わせると、家では意外なほど女性っぽいらしいです。」
「へぇ。それはどんなところを見て、お友達はそうおっしゃるのですか?」
「忙しいときはできないんですが、料理をしたり、家の中をキレイに片付けていたり。豪快な飲みっぷりとは裏腹に部屋が女っぽい、と友達に言われました。」そう言ってかおりはくすっと笑った。
「それも、何かの機会に表現するといいですよ。」ドクターは言って、しばらく考えた後、さらに続けて聞いた。「そう、部屋汚す人、いやでしょ?」
「あぁ、まあ、使えば汚れるものですけど、極端に部屋が汚い人は嫌ですね。自分で使ったものぐらいは自分でゴミ箱に入れられるぐらいでないと・・・」
「そういうことも、話題に出すといいですよ。」
「・・・どんな風に?」
「たとえば、居酒屋でデート、あるいはその前の段階で、何人かで集まって飲み会をしたとしますね。そのときに、『部屋をきれいにするのが趣味で』『趣味の合う人がいい』って言ってみるわけです。」

「私、以前、男の人の部屋を見ないと信用できないとか思って、何かと口実を作って部屋に上がり込んで観察する、ということをしてみたことがあるんですが・・・」
「それ、結構煙たがられたんじゃ?」
続きを読む

婚難(7)|恋愛ドクターの遺産第3話

セッションは進み、終了時刻が迫ってきた。そろそろ今日の行動課題を出して、まとめる段階だ。

「では、行動課題を考えましょう。」ドクターが言った。
「はい。」

「かおりさん、あなたの『オッサン』的な部分を、『恋人と出会う可能性のある場所で』積極的に出してみよう、というのが、今回の課題です。」
「少し抵抗ありますね。」かおりが苦笑しながら言った。
「ところで、『オッサン』ぽい、とは、たとえばどんなことでしょう?」
「えぇと、たとえば、おしゃれなフレンチレストランよりも居酒屋で日本酒にスルメ、みたいな飲み方が好き、とかですかね。」
「なるほど。居酒屋好き、と。ほかにはどんなところがありますか?」
「服装や、小物、文房具などを選ぶときに、周りの女性は「カワイイ」という基準で選んだりするみたいですが、私は機能重視。カワイイは二の次、という基準ですね。服装は最近は少し女性らしいのを選ぶようにしていますが、他は相変わらずです。女性と文房具を買いに行ったりすると、選ぶ基準の違いにびっくりします。」
「なるほど。カワイイ、という選択基準があまりない、と。もうひとつぐらい行ってみましょう。」
「あの・・・これは、ちょっとヘンな言い方かもしれませんが、私、体を触られることにあまり抵抗がないんです。」
「ほう、なるほど。触られることにあまり抵抗がないと。」
「はい。同僚の女性が、飲み会の席でひざ、というかももに手を置かれて、とても嫌がっていました。実は私も、そういうことがあったのですが、意外にも平気だったんですよね。同僚として普通に仲良くしているぐらいの男性だったら、そんなに気にならないというか。かといって、その人と深い仲になろうと思うわけではないんですけど。」
「確かに、感覚的には、男性っぽい感じがしますね。」

ドクターは続けた。
「さて、色々な点を挙げてくださいましたが、今おっしゃった中で、一番気になっているところ、一番自分の『オッサンぽさ』を際立たせているところはどれか、と考えてみると、どれですか?」
「やっぱり居酒屋にスルメ、ですかね。」
「なるほど。それですか。なら、行動課題は、それをオープンにする、ということですね。」
「オープンに・・・みんなに言う、ということですか? それならもう、職場中に知れ渡っていますけど・・・」

続きを読む