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シングルを卒業(7)|恋愛ドクターの遺産第5話

「安全の感覚が育ってくると、『アレが好き』『これが嫌い』『アレはやりたい』『コレはやりたくない』といった、自分本来の好き嫌いの感情が自由に出るようになってきます。」ドクターは先ほど書いた「安全の感覚を・・・」の方に①と番号を振り、その下に「②好き嫌いの感情に敏感になる」と書き、矢印で①→②とつないだ。
「へええ、そうなんですか?」
「今はまだ、自分の中にある、とくに『好き』『やりたい』の気持ちの方は、なかなか感じられないのではないかと思うのですが、」
「はい、4D(ロックバンド)の音楽以外は、なかなか『好き』や『楽しい』を感じられないです。あと、人に嫌なことを言われても、その場ではよく分からず、あとになって嫌味を言われたと気づいたりして激しく腹が立つことがあります。友達からは『鈍いねアンタ』と言われたこともあります。」
「そうですね。そういう、自分の好き嫌いに敏感になっていくこと。」これが次のステップでの課題になります。
「ああ、そうなんですね。でも、そうなると私、結構他人に対して怒ってしまうと思うんです。」
「そうですね。人は、自分が安全でないと感じているときは、他人に対して怒ったりできないものですからね。結構ため込んでいるかもしれません。」
「はい。ためていると思います。」
「この、ためている怒りをしっかり吐き出して整理していくのも、好き嫌いに敏感になっていくステップでは、必須です。」そう言いながらドクターは②の下に「ネガティブな感情(怒りなど)を吐き出し、整理することも大事」と書いた。
「ゆるすとかではなく、怒りを吐き出すことが大事なのですか?」
「おそらく。」
気が重い、という表情をしているみさおに対して、ドクターは言葉を足した。
「まあ、その時が来たらきっと、怒りを出したら楽に、スッキリすると思いますよ。それに、むしろ『怒りを出したい』って思うようになっていると思いますよ。今は想像できなくても、変化のタイミングが来たときは、自分の衝動も変化するものですから。」
「そうなんですか?」
「ええ。だから、あまり先のことを考えすぎないことが大事です。今日帰ってからやってもらう課題の目的は『安全の感覚を育てていくこと』なのですよ。」
「そうでした。」

そうなのだ。ここが先生のすごいところだと思う。なつをは思った。先生は相談者に対してかなり先のこと・・・たとえば半年先とか一年以上先とか・・・まで計画を提示することがよくある。「相談者にとっては、先の計画は知りたいところでもあり、しかし本当に出来るのだろうかと不安になるところでもあるのです。」以前先生は言っていた。実際その通りだと思う。以前、少し自慢も込めてだったと思うが、「並のカウンセラーの場合、ここで、目先の行動課題だけ提示してお茶を濁すことが多いわけです。」と言っていた。ちなみに逆はないそうだ。相談者を不安にさせてでも未来の計画をバッチリ提示するというカウンセラーはお客が寄りつかなくなるから廃業につながるらしい。本当に「解決する」という信念に従えば客離れのリスクと直面し、お客さんの安心を優先すれば、目先のことだけ言うカウンセラーになってしまう。商売として成り立たせながら、大事な仕事を行っていく。もうそれだけでかなり難しいことなのだと、なつをはその時思ったのだった。
ただ、先生はそれほど難しそうな顔をしていなかった。「そのために、図で書くんです。」と楽しそうに語っていた。「いま問題で行き詰まっている人ほど、目の前の人、たとえばカウンセラーに『今言われたこと』に囚われてしまう傾向があります。つまり一年先の計画をこちらは話しているつもりでも、聞いている方は『今すぐその課題をしなくてはいけないのか。自分にはとてもできない』と暗い気持ちになってしまう、ということです。」どうすればいいんですか、と聞いたなつをに先生は「だから、図にして、いま全体の中のどこを話しているのか目で見て分かるように説明することが大事なのです」と答えた。
なつをはその時、こんなことも質問したのだった。「そもそもだいぶ先の計画を、なぜ言う必要があるのですか?」先生の答えはこうだった。「なぜって、それは、相談者を否定しないためですよ。たとえば、彼氏ができないという相談にいらっしゃったとします。こちらとしてはたとえば『運命の相手メソッド』とか、直接出会いにアプローチする方法論は持っているわけですが、話を聞いていくと、どうも今はまだ、この人は、それにチャレンジするには心が十分回復していない、と感じたとします。たとえば目先の解決策として、話を聞いてもらい、フォーカシングをして自分の心を回復させる取り組みが、今は大事、ということを提案することは、必要としても、そういうとき、なつを君なら、始めにクライアントが望んでいた『いい出会いを作るにはどうしたらいいか』という相談内容は、どうするのですか? それは今のあなたには無理だからやめたほうがいい、って言いますか? それとも、完全にその話題はタブーにして話さないことにする?」そうなのだ、クライアントが自ら求めているからこそ、それは今はやらない方がいい、このような手順でそこまでたどり着きましょう、という全体計画を言う必要があるのだった。
このようなジレンマの中、先生が試行錯誤の末、編み出したのが「図解すれば、いま不安な相談者も、意外と冷静に未来の計画を聞くことができる」という法則なのだった。これは心理学の教科書や心理カウンセリングの講座ではほぼ教えてもらえない現場の知恵だ。

なつをの気が散って、先生との過去の会話を回想している間に、セッションは進んでいた。

「そして、自分の好き嫌いに対して敏感になってきたら、もう一度今日行った『運命の相手メソッド』を実践していきましょう。」
「先は長いですね。」
「確かに、長いですね。だから、全体像は一度ざっと把握したら、あとは、目の前の課題に集中すること。これが継続するコツです。」
「・・・はい。分かりました。」

(つづく)

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シングルを卒業(6)|恋愛ドクターの遺産第5話

ここまで色々質問をしてきたドクターが、ここでハッキリと意見を述べ始めた。
「ええと、みさおさん。」
「はい。」
「少し、残念なお知らせをしなければいけません。」
「恋人、できなさそうな人、てことですよね?実際そうですから、覚悟は出来ています。」
「まあ、広く捉えれば、そういうことになりますが、もう少し細かく見てポイントをお伝えしようと思っています。」
「あ、失礼しました。お願いします。」
「ここで、『優しい人』を具体的にどんな人か言葉を足してもらったら『暴言を吐かない人』『暴力を振るわない人』『大声を出さない人』と、ネガティブな項目の否定形が並びました。」
「あ、そうですよね。」
「これを、我々は『卒業ポイント』と呼んでいます。こういうネガティブなイメージは卒業すべき、という意味を込めて、そう呼んでいます。」
「友達にも言われました。ポジティブに考えることが大事だ、って。」
「ポジティブに考える、といういわゆるポジティブシンキングは、お勧めしません。」
「え、そうなんですか?」
「ちょっと説明が難しいのですが、ポジティブシンキングというのはポジティブな方に『意識』を向ける、というような取り組みのことです。しかし、恋愛が絡むときは『表層意識』ではなく『潜在意識』がどちらを向いているかが大事になります。」
「潜在意識、ですか。」
「平たく言えば、『男性をイメージしてください』とだけ言われたときに、温かい感覚と共に男性を想像するのか、それとも何か冷たい印象や、怖い印象と共に想像してしまうのか。どちらの印象が自動的に出てきやすいのか、というような部分です。」
「あ、私はネガティブな方ですね。怖いイメージが出てきます。」
「そう、その、自動的に想像するイメージこそが『潜在意識』レベルで、みさおさんが持っている男性のイメージです。」
「先生、私のこの、ネガティブな男性イメージが、これまでずっと、恋人が出来なかった原因、ということですか?」
「ええ。その原因だけ、かどうかはまだ分かりませんが、かなり重要な要因になっていることは、間違いないと思います。」
「こうなってしまったのは、父親の影響だと思うのですが、それって治せるんでしょうか?」
「えぇ、治せますよ。」

相変わらず、問題解決力には自信がある受け答えだ。なつをはこういうときの先生の、軽く「できますよ」と言ってしまうときの口調が好きだ。重いテーマなのだが、軽く言われる事でかえって希望が湧いてくる。

「どうやって・・・」
「まあ、どうやって取り組むかは、あとでじっくり考えたいのですが、もう少し質問させてください。」
「あ、はい、すみません。」
「『尊敬できる人』を詳しく説明してもらったときに出た項目も、『人をバカにしたり見下したりしない人』という『何々でない人』になっていますが、これもお父様みたいな人は嫌だ、という感じなのですか?」
「はい。父は人のことをバカにした発言が多い人で、いつも私や母、あと、弟もいるのですが、家族のことを見下した発言が多かったです。だから、つき合うならそういう人だけは絶対に嫌だ、と思っているんです。」
「なるほどね。お父様は約束をよく破る人だったんですか?」
「はい。その場の気分だけで約束をして、結局守ってくれないことが、しょっちゅうありました。どこどこに連れて行ってくれる、と約束しては、結局なんだかんだ言って行かなかったり、買ってくれる約束をしたものも、買ってもらえなかったことの方が多かったです。そのくせ、次は本当に買ってくれるの?みたいに言うと起こるので、嘘でも喜ばなければならないのが、いつも辛かったです。」
「なるほどね。嘘が嫌なのに、自分の気持ちには嘘をつかなければならない。これは苦しいですね。」

そう言われたとき、みさおの両目からは、大粒の涙がぽろぽろっとこぼれた。

「五分ぐらい休憩を入れましょう」ドクターが提案した。「なつを君、すみませんが、お茶を淹れてくれますか?」

お茶を淹れたあと、なつをは考えていた。このまま「運命の相手メソッド」を実践していっても、ネガティブな影響を受けすぎていて、まだ十分癒されていないみさおさんは、理想のパートナーを見つける行動にまで進むのは難しいだろう。先生もきっと、そう考えているに違いないけれど、どこでそのような提案をするのだろう、そして、先生は一体、どんな解決策を提示するのだろうか。

なつをがふと先生の方を見ると、先生はただ、お茶を味わっているだけで、ぼうっとしていて何も考えていないように見えた。

・・・

「そろそろ、再開しましょうか。」ドクターが提案した。
「はい、お願いします。」

「さて、少し提案があるのですが。」
「はい。」
「先ほどまでのワークで、卒業ポイントがとても多いことが分かりました。」
「はい、私にもよく分かりました。」
「休憩前にはあまり話しませんでしたが、ほかにも『私のひとり時間を大切にしてくれる人』という項目があります。これは、ひとりの方が安全、と感じている人がよく出す項目なのです。」
「確かに、そうですね。同じ部屋に男性と一緒にいたら、いつも邪魔される、というような感覚があります。」
「そうですよね。その感覚を潜在意識が持っているうちは、恋人を作る取り組みがうまく行かないと思います。」
「・・・先生、ハッキリおっしゃいますね。」
「ええ、私は事実はハッキリ言うべきだと思っていますので。」
「その感覚を潜在意識が持っているうちは、ということは、その感覚を潜在意識が持たなくなったら・・・」
「そう、持たなくなったら・・・つまり、卒業できたら、その時は、理想のパートナーを見つける行動を起こす時だ、という意味です。」
「どうやったら、卒業できるのでしょうか。」

「そうですね。そろそろ、今必要な取り組みについて話し、決めていきましょうか。」
「はい、お願いします。」
「まず、現状の分析ですが、みさおさんは、自分がこの世界で『安全ではない』と感じていらっしゃる。」
「はい、とても不安です。」
「自分の中に、安全の感覚を育てていくことを、最優先課題として取り組みましょう。」
「はい・・・どうすればよいのでしょうか?」
「具体的な方法の前に、ちょっと取り組みの全体像を説明させてください。」
「あ、はい、お願いします。」
「まずは、安全の感覚を心の中に育てる。」ドクターはホワイトボードに板書しながら説明していく。
「はい。」
「安全の感覚が育ってくると、『アレが好き』『これが嫌い』『アレはやりたい』『コレはやりたくない』といった、自分本来の好き嫌いの感情が自由に出るようになってきます。」ドクターは先ほど書いた「安全の感覚を・・・」の方に①と番号を振り、その下に「②好き嫌いの感情に敏感になる」と書き、矢印で①→②とつないだ。
「へええ、そうなんですか?」

(つづく)

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シングルを卒業(5)|恋愛ドクターの遺産第5話

第三幕 卒業ポイント

「失礼いたします。」
「どうぞ。」

三十代半ばらしい女性が入ってきた。笑顔を作っているがどこかぎこちない印象に見える。緊張しているのかも、となつをは思った。

「おかけになって下さい。」
「はい、ありがとうございます。」
「本日は、ご相談いただき、ありがとうございます。」
「あ、いえ、こちらこそ、こんな悩みの相談で良かったのかどうか・・・」

先生は、相手が緊張しているときは、本当に形式通り、決まり切った始まり方をする。着席を勧め、相手と一緒に座る。これは「ミラーリング」というのだそうで、相手と動作を合わせることで少しでも親近感がわくように、という配慮だそうだ。そのあと、必ず丁寧に、今日来てくれたことへのお礼を言う。いつも、私に対して使う言葉遣いとは全く違う、ともすれば丁寧すぎて嫌味になるのではないかと心配になるほど、丁寧に話す。以前質問したら「とても緊張している相手には、そのぐらいで丁度いいのですよ。」と言っていた。

「えぇと」ドクターが手元の紙を見ながら話し始めた。「みさおさん、でよろしいんですね。」
「はい。」
「このセッションの中では、私は、みさおさん、って呼ばせて頂いて大丈夫ですか?」
「はい。私は、先生、Aさん、えぇと、なんとお呼びしたらよろしいのでしょう?」
「先生でも、Aさんでも、なんでもいいですよ。」
「じゃあ、先生と呼ばせていただきます。」
「はい、お願いします。」

セッションが始まった、今日のセッションは、理想のパートナーを明確にするワークから入るようだ。これは先生の十八番で、このワークをしていると、その人がどんな恋愛パターンをしているのかかなりハッキリ分かるのだそうだ。それも、ワークをしている受け答えとなどの生の様子を見なくても、ワークをした後の記録用紙をちらっと見ただけで、かなり分かるのだそうだ。先生は、以前自信満々にそう言っていた。実際・・・今日は個人セッションだが・・・このワークを中心としたワークショップを開いたとき、先生から席の遠い受講生が書いた用紙を先生がチラッと見て、こういう恋愛が多くないですか?と言い当てていたのを見たことがある。あのときは確か「立派な人だと思ってつき合ったけど、仕事が忙しくてかまってもらえなくて寂しいというパターンありませんか」って聞いていた気がする。とにかく、いきなり恋愛パターンまで当てられたその女性はかなりびっくりしていたし、その後先生の分かりやすい解説の効果もあって、その日の講座では、みんな、真剣に取り組んでいた。今日もそんな「神業」が見られるのか、ワクワクしてきた。

ドクターは白紙の紙の上の方に【私は「彼」に何を求めているのか?】と書いた。

「みさおさんは、この質問、【私は「彼」に何を求めているのか?】と聞かれたら、どんな答えが頭に浮かびますか?」

いよいよ始まった。ベストパートナーを見つける・・・「運命の相手メソッド」と先生は呼んでいるのだが・・・この技法は、かならず今の質問から始まるのだ。シンプルなのに本質を引き出す、極めて有効な質問だ。

「えぇと・・・『優しさ』かな。」
「なるほど・・・優しさ・・・と。」
ドクターは付箋紙に「優しさ」と書いて、紙に貼っている。

「それから、『尊敬できる人』ですね。」
「『尊敬できる人』と。」

こんな風に、しばらくはみさおが答え、その答えをドクターがふせんに書いて紙に貼っていく、という作業が続いた。10項目ぐらいが紙に貼られて、しだいに紙がピンク色のふせんで賑やかになってきた頃、ドクターが一旦流れを止めた。

「なるほど・・・『優しさ』『尊敬できる人』『一緒にふつうのデートができる』『私のひとり時間を大切にしてほしい』『話を聞いてくれる人』『仕事ができる人』『家族を養えるだけの収入』『お金に汚くない人』・・・あとこの『ディバインダンス・アンド・デッドリーデスのライブに一緒にいってくれる人』これは、みさおさんが好きなバンドか何かですか?」
「はい。ロックバンドです。英語でDが続くので『4D』と略して呼ばれるんですが、年に何回もライブに行っているんで、一緒に来てくれる人がいいです。」※架空のバンドです。

ドクターは少し考え込んだ風の表情になって、少し黙っていた。そして、おもむろに質問をした。
「この『優しさ』というのは、もう少し具体的に言うと、どんなことですか?」
「ええと・・・私を安心させてくれる人」です。
「なるほど。私を安心させてくれる人、ね。実はそれでは、相手の説明になっていないんですね。安心感を感じたのは私。で、その私は、どんな相手が目の前にいたら安心するのでしょうか?このワークでは、そこをしっかり言語化することが大事なのです。」
「ええと・・・安心させてくれる人は・・・ええと・・・あの、暴言を吐かない人が良いです。」
「なるほど。暴言を吐かない人。確かに、暴言を吐く人が目の前にいたら、安心できませんからね。」

なつをは、先生の表情が少し曇ったのを見逃さなかった。先生はいま、きっと「卒業ポイントが多そうだなぁ」と感じているに違いない。以前このテーマのワークショップを開催したときに、先生が解説していた。相手に求めるものをリストアップしていくのがこのワークの基本なのだが、その日のワークショップでは「暴力を振るわない人」「暴言を吐かない人」「大声を出さない人」などのネガティブな項目の否定形、「何々しない人」のオンパレードになった受講生がいた。
それに対して先生は、「このように、何々しない人、という否定形でネガティブな項目の否定形ばかり出てくる人は、無意識レベルで、この世界は危険なところで、安全がないと感じています。だから必死でそれを否定しようとして、このような項目が出てくるのです。」と明快な解説をしていた。このようなネガティブな項目のことを先生は「卒業ポイント」と呼んでいる。
なつをが思い出しているうちに、実際のセッションでも、やはり卒業ポイントの列挙が始まった。

「ほかには?」ドクターが尋ねた。
「暴力を振るう人はいやです。」
「なるほど。それはそうですよね。」
「あと、大声を出す人も苦手です。」
「なるほど。『大声を出さない人』と。」ドクターは受け答えをしっかりしながらも、ふせんに項目を手際よく書いている。
「では次に、『尊敬できる人』についても具体的にお聞きします。尊敬できる人と結婚したい、というのは、ある意味当然なのですが、みさおさんは、どんな相手なら『尊敬できる』と感じるのでしょうか?」
「ええと・・・人をバカにしたり、見下したりしない人、ですね。」
「なるほど。人をバカにしたり、見下したりしない人。ほかにも大事な要素はありますか?」
「あと、約束を守る人。」
「なるほど。約束を守る人、と。」
「あ、あと、嘘をつかない人。」
「あぁ、そうですね。嘘をつかない人。嘘つく人は嫌ですよね。」
「はい。そう思います。」

いつもながら見事だ、なつをはそう思い、感心しながら先生のセッションを見ていた。先生は大事なポイントはきちんと書き留めたり、ふせんに書いて似た項目をグループ分けして整理しながら話をきいていく。しかし、だからといって、もしもこのセッションを録音したとしたら、不自然な沈黙などの間は、ほとんどない。話を聞いて受け答えする方の脳味噌と、話の中身を整理していく方の脳味噌、両方を同時に使えるのだろう。すでに、先生が整理している紙の上は、ずいぶん分かりやすくまとまってきている。

ここまで色々質問をしてきたドクターが、ここでハッキリと意見を述べ始めた。
「ええと、みさおさん。」
「はい。」
「少し、残念なお知らせをしなければいけません。」

(つづく)

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