「おめでとう!!!きゃー、なんか私までドキドキして来ちゃった。」湯水ちゃんがかなり興奮している様子で言った。
セッションの時なら「落ち着いて下さい」とドクターにたしなめられるところだが、今日は仕事ではない。ドクターもニコニコして湯水ちゃんを見ている。とは言え、ドクターは冷静だ。「ということは、合計で大体10回ぐらいのチャレンジの後、手を握ることができた、ということだったわけですね。」話を興味本位で聞いていた割には、ちゃんと計算している。
「あ、そうですね。こうしてまとめてみると、確かに、『手を握ってみる』という課題だから10回もできたのかもしれません。『手を握る』だったら10回ほど失敗して・・・いや、そこまで行く前に既に気持ちが重たくなって、折れてしまったかもしれません。」
「そういうことです。『手を握れた』のは今回の立派な成果ですが、ある意味1回限りのことです。一方、『手を握る』という行動課題と『手を握ろうとする』という行動課題の違いを理解したことは、今後、心理的抵抗があったり、必ずしも成功するとは限らない課題にチャレンジし続けるような、難しい局面で踏ん張る必要があったりするときに、ずっと使える経験知です。こちらを得たことも、なつをさんの立派な成果、成長の結果と言えると思います。」
ドクターにほめられ、なつをは少し頬が赤くなった。「先生、ありがとうございます。なんかとても嬉しいし、誇らしい気持ちです。」
「それで、なつをちゃんさぁ、彼とは結局つき合ってるの?」湯水ちゃんはそっちの結果が気になっているらしい。
「はい。」恥ずかしそうに小声でなつをが言った。「手を握った、その日のデートの最後に、彼が告白してくれて、そこから、お付き合いすることになりました。」
「やったじゃん!え?てことは今日は先生のおごりですよね?」湯水ちゃんはどうやら、先生と賭けをしていたらしい。詳細は不明だが、とにかく、なつをが彼と交際に至っていたら、全員の分のカフェ代が先生のおごり、ということだったらしい。カフェだが三人ともケーキのドリンクの、と結構食べていたので軽い夕食ぐらいにはなっている。
「はいはい、分かってますよ。とにかく、なつをさん、おめでとう。」ドクターが愛情深い目でなつをを見ながらそう言った。
・・・
ノートはここで終わっている。ゆり子はノートを閉じた。閉じてみて改めて眺めていると、この、一番古ぼけたノートは、なつをさんの大切な思い出が詰まっているように感じて、とても愛おしくなった。他のノートにもなつをは独特の存在感で登場しているが、このノートはなつをがまだ助手ではなく、クライアントとしてドクターに相談に行ったときのもので、それ故に、他のノートとは違った、特別な雰囲気、特別な空気感を感じるのだ。
「そっか。何か、1回では難しいテーマに取り組むときは、『やる』という決意ではなく『やってみようとする』という決意が大事なんだ・・・そうすれば何度も試みて・・・試みた時点で『成功』なのだから気持ちが重くならない。だから心が折れない。だから継続できて、結果的には実際に行動を起こせる。そんな考え方、誰も教えてくれなかったなぁ・・・やっぱりおじいちゃんすごい・・・」ゆり子はこのノートから学んだ一番大事なことを、自分の心に染みこませるようにつぶやきながら振り返った。そして、ゆり子はこの大切なノートを、かつて赤ん坊だった娘のさくらを抱いたときと同じくらい愛おしい気持ちを感じながら、両手で胸に抱いたのだった。
(つづく)
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