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踊るセラピー(3)|恋愛ドクターの遺産第4話

(ああ、先生もうやめて!)心の中でなつをは叫んでいた。でも、この重苦しい沈黙を、自らが声を上げて破る勇気もまた、なかった。

もう、先生が何を質問したかも、いま、クライアントが何を答えるべきなのかも、なつをの頭の中からは、完全に飛んでいた。早くこの沈黙を終わらせてほしい。早く解放してほしい・・・解放してほしいのが誰なのか・・・クライアントを解放してほしいのか、私なつをを解放してほしいのかも、もう分からなくなっていた。

なつをが、もう耐えられない。先生もうやめてください、と言おうと思ったその時、ドクターが口を開いた。
「一旦休憩を挟みましょう。」
・・・

「先生! これではクライアントがかわいそうです!詰問になっているじゃないですか!」
なつをはドクターに食ってかかった。

沈黙が続き、セッションが進まないという判断から、今日のセッションは異例の「中断」となったのだった。そして、クライアントの英子はいま暫く休憩中、恋愛ドクターと助手のなつをは、恒例の、控え室での大議論を演じているのだった。

「そうですね。私もそう思ったから、一旦休憩を入れたんですが。ここまで言葉が出てこない方だとは想像していませんでした。」
「今まで、こんな方は、いらっしゃらなかったんですか?」
「そうですね・・・始めは、緊張などでなかなか言葉が出ないのかな、と思っていたんですが・・・そういうクライアントさんは時々いらっしゃるので。ただ、ここまで時間が経っても、やはり言葉が出ないというのは、クライアントの個性、というか現状というか、とにかく、時間をかければなんとかなる、ということではないのは確かだと思います。」

「でも、セッション自体がクライアントのストレスになってしまってますよ!先生。」
「なつを君、キミは何か勘違いをしているようですが、セッションが何のストレスにもならないのであれば、毒にも薬にもならない、ということです。何か感情が動くときは、必ずストレスもかかるものなのです。優れた傾聴のカウンセラーは、お互いじっと黙っているようなセッションであっても、クライアントの心の中で何かが動いているなら、じっと待つことが出来ます。沈黙に耐えられるのも、カウンセラーとしての重要な資質です。」

なつをは「沈黙に耐えられない」とは自分のことを言われたような気がしてどきりとした。ただ実際、クライアントに多大なるストレスがかかっていたのもまた、事実ではあったので、どうしても自分の意見はゆずれなかった。そしてまたドクターに反論をするのだった。

「そう、そうですけど・・・でも・・・」
「セッションがストレスを生んだら即ダメ、沈黙していて言葉が出なければ即ダメ、という単純な判断はおかしい、ということが言いたかっただけです。今回のことに関しては、私も、このまま進んでも、実りは多くないと判断しました。」
ドクターも今回のセッションは、このまま押していってもいい結果にはならないという点で、なつをと同意見なのだった。

「では、どうするんですか?」
「そうですね。少し、周りから攻めてみますかね。」

「周りから・・・?」
「まあ、見ていてください。このぐらいでいちいちへこたれてたら、カウンセラーはやっていけませんよ。」

第三幕 踊るセラピー

30分弱の中断後、再びセッション再開。
ドクターは、質問の焦点を少し変えたようだ。

「ところで、英子さんは、オフの日はどんなことをして過ごされるのですか?」
「えぇと、映画を見たりとか。最近はダンスを習っています。」
「なるほど。ヨガとかは?」
「あ、ヨガもときどき、全然熱心じゃないですけど、やっています。」
「マッサージとか、好きですか?」
「えぇと・・・まあ好きかと聞かれたら好きな方かな、とは思います。以前はよくマッサージをしてもらいに行っていましたが・・・最近はそれほど行かなくなりました。」

やっぱり先生、行き詰まったのかな。完全に違う話題だし、脱線だよね、なつをはそう思った。ただ、脱線に見えて核心を突いていることが、これまでも時々あったから、そう決めつけてはいけないな、なつをはそう思い直した。

「なるほどね。では、ちょっとセッションのやり方を変えてみましょう。」
「はい・・・」
「私は、先ほどと同じ質問をします。でも、英子さん、あなたは、言葉で答える代わりに、答えを体の動きで表現してください。」
「えっ!? あ、はい、分かりました。」
(つづく)

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踊るセラピー(2)|恋愛ドクターの遺産第4話

「で、おまえは、どうしたいの?」早速「基本方針」の確認をしてくる幸雄。しかし、会社の事業計画じゃあるまいし、こんな突き放した言い方をされて、まともな答えが言えるわけがない。
(あぁ、やっぱり今まで通り。そもそも「話し合い」のやり方自体が、関係を悪くしている気がする)ゆり子はそう思ったが、それを言ったらさらにこじれそうで言えなかった。
「私は、もっと、通じ合って、安心できる関係ができたらな、って思うんだけど。」
「オレに、何をしろ、と言っているのか、ハッキリ言ってくれ。」
(はぁ・・・またこの展開・・・)ゆり子はさらに暗い気分になってきた。
「あのね、私の気持ちを分かってもらえない、といつも感じていて、それをあなたは、自分は悪くないみたいに言うから、ますます言えなくなって・・・」
「あのさあ、オレの質問に対して、ちゃんと答えてないよね? 『何をしてほしいか』の質問の答えは、『何々をしてほしい』でしょうが。おまえこそ、オレの話をちゃんと分かっていないんじゃないか? こっちのセリフだよ。『分かってもらえない』てのは。」
「あのね、そういうことじゃなくて・・・」
幸雄がイライラしているように、ゆり子には見えた。そして、それ以上何も言えなくなってしまった。

結局その日の「話し合い」は、幸雄の「お前は結局離婚したいのか?」という質問責めに対して、ゆり子がかろうじて「結論を保留する」ことで終わった。
帰りの電車の中で、精神的な疲労なのか、ゆり子は、全身が震えて止まらなかった。
・・・

帰宅後、ゆり子は、また例のノート「恋愛ドクターの遺産」に頼ってみることにした。これまで何度も、このノートが、友達に相談するよりも、本を読むよりも、良いアドバイスをくれた。ゆり子の父が言った「適当に一冊選ぶんだ。すると、なぜか、その時に一番必要なアドバイスが書いてある。」という言葉を、ゆり子も信じるようになっていた。

「えいっ」ノートは、段ボール箱に入っている。その中から一冊を、ランダムに抜き出した。そして、またノートを開いて読み始めた。

・・・

第二幕 沈黙のセラピー

もう5分ぐらい沈黙が続いている。ドクターは落ち着いた表情でじっと待っている。相談者の女性も、考え込んだふうで、黙ったまま時間だけが過ぎていく。

「はぁ。」女性がため息をついた。「うーん、うまく言葉にできません。」

今日の相談者は小宮山英子。彼氏との関係が息苦しい、と相談に来た。

(別に皮肉を言うわけじゃないけど、彼氏との関係より、このセッションの方が息苦しい)なつをはそんなことを思った。とにかく、このセッションは沈黙が重たいのだ。先生がいつも通り、大事なポイントを掘り起こす質問を投げると、いつも通りクライアントが何か大事な答えを返す、のではなく、沈黙したまま場が固まってしまう。ずっとその繰り返しだ。

「なんだか、うまく言葉に出来ないようですね。」ドクターが言った。
「はい。すみません。」英子が答えた。
「いや、気にすることはありません。すんなり答えられるようなら、それほど大きな悩みではないということですから。『答えに詰まる』というのも、ひとつのヒントです。こちらはそうやって受け取っていますので、私に気を使う必要は、全くありませんよ。」
「ありがとうございます。」英子はそう言ったが、恐縮、いやむしろ、いくぶん萎縮しているようにも見えた。

「でも、もう一度質問してみますね。『今の彼との関係を、どう感じていますか?』」
英子は視線を下に落として考えている・・・考えている・・・のだろうか? ただ黙ったまま、静かに時間が過ぎていく。

一分ほどたって、ようやく彼女が口を開いた。「苦しいです。」

苦しいのは今の気持ちだろうか、それとも、彼との関係が苦しいと言ったのだろうか、なつをは思った。しかし、先生はそんなことお構いなしのようだ。

「苦しいのですね。」
「はい。」

「では、その関係が、どうなったらいいと思いますか?」

再び場の空気が重くなる。英子は視線を下に落とし、再び沈黙し始めた。十秒、二十秒、三十秒・・・一分、こんどは一分ほど経っても、返答はなかった。
ドクターが何か言おうとするようなそぶりで息を吸ったとき、ようやく英子が口を開いたのだが、その言葉は「うまく言えません。」だった。

「なるほど。やっぱりなかなか言葉に出来ないようですね。」ドクターは言った。
「すみません。」

なつをは、この展開にやきもきし、口を挟みたくて仕方がなくなった。先生の質問にクライアントがうまく答えられない、もどかしさ。にもかかわらず、質問を引っ込めない先生。まるで意地の張り合いみたいだ。なつをはこういう展開が苦手だ。
(ああ、先生もうやめて!)心の中でなつをは叫んでいた。でも、この重苦しい沈黙を、自らが声を上げて破る勇気もまた、なかった。

(つづく)

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踊るセラピー(1)|恋愛ドクターの遺産第4話

今日から新しいシリーズです。題して「踊るセラピー」。「踊る」とは何なのか?一体恋愛ドクターは何をするのか?そのあたりは読んでみてのお楽しみ・・・

【登場人物】
(現在の人物)
ゆり子 父からノートをもらった。離婚するかどうか悩んでいる
幸雄 ゆり子の夫。 仕事はできるが共感力のない人。
(ノートの中の人物)
恋愛ドクターA ゆり子の祖父(故人) ノートを書いた本人
なつを ドクターの助手

小宮山英子 彼との関係で苦しい 言葉が出ないクライアント
高田和義 英子の恋人。義務感が強く「べき」で英子を縛る傾向がある。

 

第一幕

(どうして幸雄さんとは通じ合えないのだろう。)ゆり子は、まだ悩んでいた。
これまで、色々悩んで、本も読んで、そして、「恋愛ドクターの遺産」のノートも読んで、色々勉強になったし、色々気づきもあった。けれど、やっぱり、問題が解決するようには思えなかった。
(とにかく、話が通じないんだけどなぁ)ゆり子はそんなことを考えていた。
心理学系の本を読むと、アダルトチルドレンの夫、みたいな話が書いてあったりする。確かに、彼の実家の様子を見ると、少し「私は私、あなたはあなた」的な空気を感じて、それと、夫の個人主義的なものの考え方は、関係あるようには思う。
ただ、子供時代に、のびのびと子どもらしく過ごすことができなくて、周りに気を使いすぎる心理的傾向のまま、大人になってしまって、という説明には、相当の違和感があった。
(むしろ、相手の気持ちを考えない、悪い意味での子供っぽさを持ったまま、大人になってしまったように思えるんだけどなぁ)ゆり子はいつも、そう思うのだった。

現在別居中の夫と、今日は久しぶりに「話し合い」のために会うことになっていた。
お互い、感情的にならないため、という理由で、外で話し合うことにしている。今日はファミレスだ。ファミレスなんて、まわりの人の耳があるから、大事な話が出来ないと思うかもしれないが、一度やってみて分かった。周りの人の耳が一切ない「密室」で話すより、よほどマシだと。
ゆり子は、一度誰かの講座で聞いたことがあった。その講師はこんな風に言っていた。
「夫婦関係がこじれたときは、少し距離のある『他人』が聞いている、そんな場所で話し合うといいですよ。人は、誰も見張っていないと思うと、傍若無人になるものです。感情的になったり、自分の主張ばかり押しつけて、相手の立場に一切立たない、などの行動に出たり。」
その意見を思い出して、話し合いの場所をファミレスに決めたのだった。そして、その講師はこうも言っていた。
「本来、人は生きる上で、自分の中に、たとえ誰かに見張られていなくても、曲がったことはしない、というような正義感、もう少し大げさに言うならば心の中に『神』を持って生きるべきだと思います。その『神』は、自分にだけ都合が良いルールを作ったりもせず、逆に、他人にだけ都合が良いルールを作って自己卑下したりもせず、上から、公平に人を見ている。そんな感覚であるべきです。しかし、そういう『神』を持っている同士が夫婦になったのだったら、自分のことも、相手のことも公平に見ているわけですから、お互いに不満があることは、当然あるでしょうが、話し合いがこじれるほどにはならないはずです。つまり、こじれた夫婦の場合、自らを律することができない、そう考えて、対応策を考えるべきなのです。」
そうなのだ。私にも反省すべき点はあるけれど、幸雄さんは、かなり独善的で、彼に都合が良いルールを押しつけてくることが多かった。あの講師の先生の言葉を借りて言うならば、「自分の中に公平な『神』が育っていない」ということになる。もちろん、その先生は、こうも言って釘を刺していた。「この話を聞いて、あなたの夫(または妻)が、自分の中に公平な『神』を育てていない人だと感じた方も、多いと思います。しかし、その結論を出すのは、完全に夫婦修復、または離婚のどちらかが成立して、1年以上たってからにしてください。」
どうしてですか、という受講生の質問に対してさらに「それは、そのような『話の通じない夫』も、職場ではしっかりコミュニケーションが取れていて、仕事はきちんとこなしている、というケースもよくありますし、一方的に相手だけの問題、というよりは、二人で問題を作っている、という要素が、かなり大きいことが分かっているからです。」そう答えていた。質問者はぐうの音も出ない感じだったのを、ゆり子は今でも鮮明に覚えている。もう2、3年も前に受講した講座のことなのに。

・・・

ゆり子は約束の時間よりも10分ほど早くファミレスに着いていた。席に着き、おかわり自由のコーヒーを注文してから、周りを見ると、20代前半ぐらいの恋人同士、作業服を着た仕事の休憩時間と見受けられる数人の男性、小さい子どもを連れた母親、女性の数人のグループ、という感じに、様々な人が利用している。幸いすぐ隣のボックス席には誰も居ない。
(今日はちゃんと「話し合い」になるのかな・・・)ゆり子はそんなことを漠然と心配しながらコーヒーをすすった。あまり味がしなかった。そんなことをしているうちに、幸雄がやってきた。

「おう。元気だったか。」幸雄は相変わらず、感情のこもっていない挨拶をした。
「まあ、ふつう。」ゆり子は、あのお馴染みの、気持ちがしぼんでいくような感覚を感じながら淡々と答えた。

この日の話し合いは、それぞれが離婚に向けて動きたいのか、それとも、修復に向けて動きたいのか、そんな、これからの「基本方針」について話す、ということになっていた。この「基本方針」という言葉は幸雄が言った言葉だ。
「で、おまえは、どうしたいの?」早速「基本方針」の確認をしてくる幸雄。しかし、会社の事業計画じゃあるまいし、こんな突き放した言い方をされて、まともな答えが言えるわけがない。
(つづく)

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