婚難(7)|恋愛ドクターの遺産第3話

セッションは進み、終了時刻が迫ってきた。そろそろ今日の行動課題を出して、まとめる段階だ。

「では、行動課題を考えましょう。」ドクターが言った。
「はい。」

「かおりさん、あなたの『オッサン』的な部分を、『恋人と出会う可能性のある場所で』積極的に出してみよう、というのが、今回の課題です。」
「少し抵抗ありますね。」かおりが苦笑しながら言った。
「ところで、『オッサン』ぽい、とは、たとえばどんなことでしょう?」
「えぇと、たとえば、おしゃれなフレンチレストランよりも居酒屋で日本酒にスルメ、みたいな飲み方が好き、とかですかね。」
「なるほど。居酒屋好き、と。ほかにはどんなところがありますか?」
「服装や、小物、文房具などを選ぶときに、周りの女性は「カワイイ」という基準で選んだりするみたいですが、私は機能重視。カワイイは二の次、という基準ですね。服装は最近は少し女性らしいのを選ぶようにしていますが、他は相変わらずです。女性と文房具を買いに行ったりすると、選ぶ基準の違いにびっくりします。」
「なるほど。カワイイ、という選択基準があまりない、と。もうひとつぐらい行ってみましょう。」
「あの・・・これは、ちょっとヘンな言い方かもしれませんが、私、体を触られることにあまり抵抗がないんです。」
「ほう、なるほど。触られることにあまり抵抗がないと。」
「はい。同僚の女性が、飲み会の席でひざ、というかももに手を置かれて、とても嫌がっていました。実は私も、そういうことがあったのですが、意外にも平気だったんですよね。同僚として普通に仲良くしているぐらいの男性だったら、そんなに気にならないというか。かといって、その人と深い仲になろうと思うわけではないんですけど。」
「確かに、感覚的には、男性っぽい感じがしますね。」

ドクターは続けた。
「さて、色々な点を挙げてくださいましたが、今おっしゃった中で、一番気になっているところ、一番自分の『オッサンぽさ』を際立たせているところはどれか、と考えてみると、どれですか?」
「やっぱり居酒屋にスルメ、ですかね。」
「なるほど。それですか。なら、行動課題は、それをオープンにする、ということですね。」
「オープンに・・・みんなに言う、ということですか? それならもう、職場中に知れ渡っていますけど・・・」

「職場には、恋人になる可能性のある出会いはありますか?」ドクターは尋ねた。
その瞬間、あっ、と言って、かおりははっとした表情になった。

やっぱり先生は、言葉の使い方が厳密だ。なつをは思った。さきほど先生はなんと言ったか。それは「出会いの可能性のある場所で」「オッサンを出す」と言ったのだ。出会いの可能性が薄い場所でどんなにオッサンしても、この行動課題は意味がないのだ。そのあたり、かなりよく理解し、深く読んで、言葉を発している。

かおりはしばらく考えて、言った。「いや、職場は年配の男性が多くて、私の結婚相手、という意味ではあまり出会いはないですね。」
「そうですか。では、職場以外で、出会いの可能性のある場所・・・というか今回の場合場所は居酒屋になりそうなので・・・出会いの可能性のある人間関係で、オッサンを出す、というのをやってみたいんですけどね。そういう機会、作れますか?」

「居酒屋で適齢期の男女が集まって飲み会、みたいなことですかね?」
「まあ、そういう感じ、そういう方向性でしょうね。」
「そういえば、学生時代とか、まだ「普通の女性になる努力」をする前には、よく居酒屋で飲んだりしていましたが、その後、出会いを求めるときはおしゃれなお店で、出会いを求めないときは、たとえば職場のおじさんたちと居酒屋、みたいな感じになっていましたね。」
「それを、ちょっと変えてみる。居酒屋でデート、という方向で。服装はTシャツとGパンでもいいけど、Tシャツはちょっとカワイイとか、脱いだ靴が実はセクシーなハイヒールだったとか、女性らしさも入ってる、というような感じでいくのが大事です。」

「あぁ、想像してみて、何となく分かってきました。私が、自分らしく居る、ということなんですね?」
「そう、そうなんです。そこなんです。一度、男性受けする、平均的な女性像を目指してみて、その要素をそれなりに身につけたら、もう一度戻ってきて、自然体の自分で居るようにする。これがコツです。」

「私、こうして色々話をして、よく考えるまでは、何が自分にとって自然体の自分なのか、よく分からなかったんだと思います。」
「そうですね。人は、少しずつ、周りの期待に合わせて自分を作っているものだと思います。そして、それが空気のようになっていて、実は少し無理して合わせていたのか、それとも、実はそれが自然体の自分なのか、なかなか分からないこと、あると思います。」
「そうですよね。私も分かっていませんでした。」

「それから。」ドクターは続けた。「美人問題があると、自然体の自分で居るかどうか、という条件が、より厳しくなります。」

(つづく)

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