性癖を直す(4)下|恋愛ドクターの遺産第2話

休憩時間は、皆、無言だった。なつをが持ってきた温かい麦茶をすする音だけが聞こえていた。
休憩後、再びセッションが始まった。ここでなつをは、なぜ休憩を挟んだのか、その意味がよく分かった。やはり先生はクライアントの負担を考えたのだ。

「あの、先ほどのお話の中で思ったんですが、ほくろのある女性を『好き』というのとは、何か違うな・・・と感じたんですよね・・・」

「えぇ、言われてみるとそうかもしれません。ステキだな、好きだな、という感覚とは、確かに違っています。なんと言うか・・・引き込まれる、吸い込まれる、あ、そうそう、視界が狭くなる感じもあります。」
「へぇ、そこに引き込まれて、吸い込まれて、視界が狭くなる・・・と。」
「はい。」

まいくんは、しばらく天井の方に目を向けていた。そして、こう言った。
「カミサンと出会ったときも、少しだけそういう感覚がありました。今関係を持って・・・いや、今はもう別れているんですが・・・その女性との時は、この感覚です。かなり吸い込まれる感じでした。」

「何か気になりますね、その感覚。」

そう言いながらドクターは、ホワイトボードに一コママンガを描いた。マンガ、というには絵は下手だったが、セッション用に使う分には十分分かりやすかった。そして、説明と質問を始めた。
「ここに、先ほどの、まいくんが居ると思って下さい。」てるてる坊主のような形の線画で「人」を描き、それを指さしながらドクターは言った。
「そして、目の前には」と言いながら同様の「人」を描いた。こちらの人は女性らしく、髪の毛が簡単に描かれた。そして、肩のしたのあたりに、点も描かれた。ほくろらしい。
「鎖骨のあたりにほくろがある女性がいます。このとき、まいくんは、どんな気持ちになるでしょうか。どんな心の声が湧いてくるでしょうか。このほわっほわっほわっ、と広がる、心の声の吹き出しの中に、ピッタリの言葉を入れるとしたら、どんな言葉が入りますか?」
ドクターはそう言いながら、心の声を表す、丸い吹き出しを図に書き加えた。

「えぇと・・・」まいくんは口ごもり、深刻なまなざしでドクターの描いた図をじっと見続けていた。
「『わぁ』でも『うぉー』でも、何でもいいので、何か言葉にしてみましょう。」ドクターが促した。

「あぁ、そうですね。『うぉー』とか。」
ドクターは自分の描いたマンガの吹き出しの中に「うぉー」と書き加えた。
「あ、ちょっと違いますね。『うぉー』というよりも、『うわー』かもしれません。」まいくんが訂正した。
「なるほど、『うわー』ですね。」ドクターは先ほどの言葉を消して、「うわー」と書き直し、そして、続けて言った。
「『うわー』ですと、内なる衝動の言葉というよりは、何だか、外敵がやってきてびっくりしているというか、むしろ逃げたい感じに聞こえますね。では、ほくろを前にしているところを想像しながら『うわー』と言ってみて下さい。」

「うわー」
「もう一度、『うわー』」
「うわー」

その瞬間、まいくんの表情が急にゆがんだ。
「あぁ、逃げたい、逃げたい、うわー!」

ドクターは落ち着き払って、さらに続けて質問をしていく。
「何が思い浮かんだんですか? 何から逃げたい?」

まいくんは、ハッと我に返って、「あぁ、すみません」とひと言謝った。そして続けた。
「実は、私の初めての女性体験というか、実際、性行為までしたわけではないんですけど、その体験がよみがえってきました。」
「そうですか。なにか、現在の悩みと、重要な関係がありそうですね。」

ついに先生が「食いついた」なつをは思った。どうやら先生は、この瞬間にまいくんが思い出した過去の出来事が、まいくんのほくろフェチと深く関係があるに違いないと睨んでいるようだ。(しかし、いったいどんな体験なのだろう?)なつをは興味を持った。大体、先生はいつも、クライアントの過去の体験の詳細を聞く前に、その体験が「重要である」ことを知っている。これがいつも神がかっているように感じる理由だ。
いったいなぜ、先生は、体験の具体的な内容を聴く前に、その体験が現在の悩みと深く関係していることを見抜くのだろう・・・しかも今まで、先生の直感は、ほぼ外していないのだ。

「その体験は、今この場で話せますか?大丈夫ですか?」
「えぇ、大丈夫だと思います。」

(つづく)

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