踊るセラピー(5)|恋愛ドクターの遺産第4話

「なつを君、なぜ踊ってもらったか、それは分かりますか?」
「えっ!? そこに目的というか、意図なんてあったんですか?」
「ありますよ。もちろん。」
「お願いします。教えてください。」

やはり、先生には意図があったのだ。踊るという方向に持っていった意図が。なつをはまた、自分と先生の経験の深さに、あまりに大きな隔たりがあることを感じ、愕然としていた。

そんななつをの様子にはお構いなしに、ドクターは語り始めた。

「なつを君、VAKって知っていますか?」
「はい。人には得意なチャンネルがある。VがVisual、視覚。AがAuditory、聴覚。Kがキネ・・・なんでしたっけ?」
「KはKinesthetic、通常は『体感覚』と訳しますが、触覚や運動の感覚のことです。」
「あぁ、そうでした。」
「英子さんは、ヨガやダンスをしているとのことでした。このような、体を使う趣味を持っている人は、大抵、VAKのK、体感覚が優位のことが多いのです。」
「そうなんですね!」
「えぇ。そして、体感覚派の人は、自分の感情を体の感覚として感じてみる、といったときに、非常に豊かな感覚を持っているわけです。」
「なるほど・・・」
「そして、一方で、その豊かな感覚を、十分に言葉で表現できるか、といったら、必ずしもそうではない。」
「英子さんは、言葉による表現は苦手、ということなんですね。」
「いや、そのニュアンスは、少し違います。」
「えっ・・・?」なつをはだんだん分からなくなってきた。いま先生は、英子さんはVAKのKだと言った。一方でそれを十分に言葉で表現できない、とも言った。だがしかし、言葉による表現は苦手、ではないと言う。禅問答のようだ。
ドクターは続けた。「言葉による表現は『苦手』なのではなく『人並み』なのだと、私は思いますよ。但し、感情の感じ方、体の感覚の感じ方が、人一倍繊細で豊かなので、その豊かな感覚を表現するには、語彙が足りない、ということが起こるのではないかと思います。」
「あぁなるほど、体感覚が豊かすぎるから言葉に出来ない、ということなのですね。」
「えぇ、そうだと考えました。」

「それで・・・?」なつをは先が知りたかった。
「そう、それで、踊って表現してもらおうというのは、私のその場の思いつきなんですが、」ドクターはさらりと言いのけた。
(えっ!あんな大事な展開が「その場の思いつき」とは・・・この人、真面目なんだかイイカゲンなんだか、理詰めで考える人なんだか、直感で突っ走る人なんだか・・・分からなくなってきた)
なつをが当惑するのをよそに、ドクターは話を続けた。「実際にダンスをやったりして、自分で表現をしているわけです。英子さんは。だったら、その、いつも使っている『ダンス』というチャンネルを使って、表現してもらったら、何か面白い表現が出てくるかもしれない、まあそう考えたわけです。」

なるほど、聞いてみれば納得の説明だ。なつをは思った。それにしても先生、それをその場で思いついて実践できるのがスゴイ。

そういえば、なつをはもうひとつ思い出していることがあった。何年か前、先生が「自分の感情が分からない」と主張するクライアントのセッションをしているときだった。そのクライアントは公認会計士で、日頃は企業の「健康」を会計の数字で診断していく、そんな仕事をしている人だった。頭に偏った仕事をしているからなのか、自分の気持ちを感じる、ということについては、からっきし苦手なクライアントだった。そして、やや無理をして元気を取り繕う、そんな傾向があった。
そのクライアントに対して先生は、「自己資本比率ってありますよね?」と切り出したのだった。当然相手は企業会計の超専門家、知らないはずはない。釈迦に説法のような話を始めて大丈夫なのかとなつをがヒヤヒヤしながら聞いていると、先生は平然とこう続けた。
「それと同じように、『自己元気比率』を考えてみてはいかがでしょう。いま、あなたが表面的に持っている元気が、資産の部だと思って下さい。企業会計でも、流動資産・固定資産、と表面的に持っている資産がありますよね。そして、一方で、負債の部もありますね。短期借入金があって、長期借入金があって、そして本当に自分の持ち物になっている分が、資本ですよね・・・と、会計の細かい話はいいんですが、それと同じように、今アナタが表面的に持っている元気を、借入金みたいな「カラ元気」と、資本に相当する「自己元気」に分けてみて下さい。直感で、このぐらいかなぁ、と判定すればそれでOKです。」
「なるほど。自分がいま持っている元気を、仮の、いや、借りの元気と、自己資本の元気に分けて考えてみる、ということですね。企業会計で、自己資本比率を月次でチェックするように、自分の元気を・・・」
「毎日チェックして下さい。」
「なるほど、毎日ですね。」
なつをには、会計の話はイマイチピンと来なかったが、そのクライアントには響いたようだった。そして、数回のセッションの後、そのクライアントは自分の気持ちをちゃんと感じる習慣を身につけたのだった!

そのとき先生はこう言っていた。「彼は、日頃から企業会計について考えるという頭の使い方をしています。自分の気持ちを探る、という頭の使い方には、慣れていないのです。慣れていないことを『とにかくやれ』とやらせるのも、ひとつの考え方ですし、それが間違っているとは思いません。ただ、彼が日頃から「会計頭」を使っているのなら、同じ「会計頭」を自分の気持ちを探るためにうまく活用できれば、少ない労力で、今直面している問題を解決できるのです。」
「そういうものですか?」なつをはあまりに明確な方針を先生が立て、堂々と語るので、圧倒されてしまった。

その当時から、先生の方針は一貫している。相談者の持っているものを如何に上手に引き出して問題解決に当たるか。使えるものは何でも使う、という方針だ。ただ、踊るセラピーはインパクトがありすぎた。なつをは「このセッションは一生忘れないだろうな」と思った。

(つづく)

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