脱オレサマを目指す女子(13)|恋愛ドクターの遺産第8話

第五幕 テーブルの上に載せるもの

前回のセッションから数週間経った頃、今日も淑恵のセッションの日がやって来た。ドクターの意向で、しばらくひとりで他人とのコミュニケーションを取ってみる方針だった。特に、前回のセッションでテーマになった「他人が目の前にいると、目の前の人のことばかりに意識が向く」という傾向を、少し直して、「他人が目の前にいるときにも、自分の感情に一定の意識を向ける」という方向に努力する、という課題をやることが、主題であった。

「先生、そろそろ淑恵さんがいらっしゃる頃です。」なつをが言った。
「ああそうか。ありがとう。」ドクターは椅子に真っ直ぐ座り直しながら答えた。

ノックの音がして、淑恵が入ってきた。
「こんにちは、先生。」
「こんにちは。淑恵さん。なんだか、活き活きしているように見えますね。」ドクターは早速コメントした。
「あ、ありがとうございます。友達にもそう言われました。あ、なつをさん、こんにちは!」
「こんにちは。今日もありがとうございます。」なつをは丁寧にお辞儀をして答えた。

「どうそ、おかけになってください。」ドクターが自分の席に着席しながら言った。「さて、なんとなくそのご様子から、問題はずいぶん解決に向かっていそうな感じがするのですが・・・」
「はい、そうなんです!」

「・・・では、今日は、どのようなテーマでお話しすればよろしいのでしょうか?」ドクターは丁寧に質問した。
(始まりは丁寧だなぁ)なつをは思った。話が始まるとざっくばらんに語ることの多い先生だが、セッションの始まりは丁寧に、というのは大事な基本方針なのだ。私も先生からそうするように指導されている。

「あの・・・今まではわりと仲のいい友達からも、『よく我慢できるよね〜』みたいに言われることが多かったんですね。忍耐強い、我慢強いと思われていたみたいです。」
「なるほど。」
「でも、先生に頂いた課題を実践するようになったら、友達から『分かりやすくなった』と言われました。今までは、友達も私が何を考えているのかよく分からなかったみたいです。」
「なるほどそうですか。それは納得です。」

「そこが、私はなんだかよく分からなくて。だって別に、相手に要求を伝えたわけでもないし、取り組んだのは、相手が目の前にいるときに、自分の気持ちをちゃんと感じるようにした、ということだけです。実際、感じただけで、伝えてもいないんですよ。」
「それなのに、『分かりやすくなった』と言われたと。」
「はい。そういうものなんですか?」

「そういう場合もあるし、そううまくは行かないこともあります。ただ、お友達は、相手の気持ちを察するのが上手な人なのでしょう。だから、淑恵さんの変化にすぐ気づいたのだと思いますよ。」
「あ、そうです!すごくよく気がつく友達なんです。でも今まで、私は本当は我慢したくなんかないのに、『我慢強い』とか『よく我慢できるね』とか言われるのが、なんだか釈然としなかったんですが・・・」淑恵は考え込んでいるような表情でそう言った。

ドクターはにっこりして、ゆっくり口を開いた。「では、少しそのへんの仕組みを説明しましょうか。」
「はい、お願いします。」
「それは、今まで淑恵さんはそれだけ『分かりにくかった』ということなんだと思います。」
「そうなんですね・・・」
「だって、自分でも、自分の感情を感じていないわけでしょう? よほど鋭い人じゃない限り、本人がまだちゃんと感じることができていない感情を、先取りして感じるなんてできませんから。」
「・・・ですよね・・・そう言われてみれば・・・」
「私も、こういう職業をしていますが、そしてカウンセリングの時には、クライアントの感情に集中しています。それでも、本人がまだ感じていない感情を先取りできるかと言うと、まあ、五分五分ぐらいですね。」
「なるほど・・・そうですよね・・・」
「私も、仕事以外の時はそこまで相手の感情に意識を集中していませんから、そうなると、ほぼ分かりません。」
「先生でもそうなんですか?」
「私を超能力者か何かと? 私は普通の人間ですよ。知識と経験は少しはあると思いますが。」ドクターは笑いながらそう言った。「そもそも感情というのは、自分の中で起きている事を、相手に分かりやすく伝えるためのメッセージのようなものです。感情があるから、『ああ今、この人は喜んでいるのだな』とか『これは嫌なんだな』とか、相手に分かる訳です。」
「なるほど・・・」
「だから、相手に言葉で助けを求めるとか、頼み事をするとか、そういう目に見える行動をする前に、『自分の感情を感じている』という状態がまず大事なんです。」

「あのあと、仲のいい職場の友達は、私が困っていると助けてくれることが多くなりました。何か頼んだわけではないのに、向こうから助けてくれるんです。」淑恵は少し目を潤ませながら言った。
「そうですか。それは良かったですね。」

(つづく)

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