呪い(5)|恋愛ドクターの遺産第9話

ノッて来たのか、ドクターは缶ビールを一気に飲み干した。

「支配されにくい人、それは、自分が相手の考えを取り入れるかどうか決める際に、『自分はどう考えるのか』『自分はどう感じるのか』と、きちんと自分の側の考え、そして気持ちを明確にしてから、取り入れるかどうか決める人です。」
「ええと・・・心の実況中継をする人・・・でいいんでしょうか?」湯水ちゃんが訊いた。
「そうですね、基本的には。但し、支配を狙ってくる人は、相手の動揺を誘ったり、色々な手を使ってくることがあります。だから、家でひとりでいるときなら実況中継できるけれど、誰かが目の前にいると苦手、というぐらいのレベルだと、彼の術中にハマってしまう危険性がまだあります。少しぐらい動揺しても、その動揺を自己観察できるぐらいに、心の実況中継のレベルが上がっている人は、彼の支配戦略など、受け付けないでしょう。」

「なるほど。」心の実況中継は、こんなところでも役立つのだ・・・私なつをは改めて感心した。

「それで、A子さんはどうやってこの支配から抜け出したんですか?」湯水ちゃんが、早く先を聞きたい、と言いたげな、早口で質問した。
「そうですね。この問題はA子さんの話と、彼をチーム戦でうまく排除する話と、両方の取り組みで解決したのですが、全体像をお話しするのは今日は時間が足りないかな。それに私も少しアルコールが回ってきてうまく説明できない気がします。なので、A子さんがどうやって支配を抜け出したのか、その点のみ、今日はお話しします。」
「お願いします!」湯水ちゃんは真剣だ。
「先ほどお話ししたとおり、心の実況中継のレベルを上げて、相手にその場で言われたことを、その場で吟味できるようにトレーニングしていきました。相手から何かを言われたときに鵜呑みにするのではなく、自分はどう考えるのか、自分はどう感じるのかという、自分の側の意見と照らして、それから相手の意見を取り入れるのか捨てるのか、そういったことをしっかり判断できるような自我を作ることを目的として、カウンセリングをしていきました。」ドクターは話を続けていく。
「具体的には、目の前に人がいる状態で自分の意識が何に向かっているのか、それを自覚するところから始めました。まずはカウンセリングルームの中で。そして、そのあと、家族や、職場の人といるときに意識はどこに向かっているか感じる練習をしてもらいました。」
「はじめは、どこに向いていたんですか?」湯水ちゃんが質問した。
「うん。始めは実は、相手の機嫌を取ることにエネルギーのかなりの割合を使っていました。相手の考えを察すること、相手の表情を読み取ること、相手の感情を先取りすること。そんなことに意識の9割以上を使っていましたね。」
「それは、疲れますね。」と湯水ちゃん。
「でも、湯水ちゃんも昔はそうじゃなかったっけ?」
「あ、そうだったかもしれません。でも先生、私の時はそういう指導はして下さらなかった気がするのですが。」
「そうですね。以前はあまり、意識の使い方、という捉え方をしていなかったと思います。最近は、そこにしっかり注目していくと、人間関係の問題の起こり方がうまく説明できるし、解決の糸口も見つけやすいので、こんな風に考えてセッションをすることが多くなってますね・・・それで、話を戻すと・・・彼女は意識の9割ぐらいは相手の機嫌を取り、相手の考えを察することに使っていたわけです。それを、自分の感情を感じ、自分の考えはどうなのかを意識する方に、意識を取り戻すトレーニングをしたわけです。」
「意識の使い方、というと瞑想するとか、そういう取り組みなのかと思ったんですが・・・」ナタリーが割って入った。
「ええ、実際、心の実況中継をしっかり練習してもらうのと、瞑想に取り組んでもらうのと、彼女には両方をやってもらいました。」
「その結果?」湯水ちゃんはどうなったのかとても知りたいらしい。
「その結果ですが、以前彼女は、相手に何かを言われたときに何でも『そうなのかなぁ・・・』と影響を受けていたのですが、それが『いや、(目の前の人は)自信満々にそう言っているけど、やっぱり言っていることがおかしい』とか『その考えは受け入れられない』というように、『自分はどう思うのか』『自分はどう考えるのか』も大事にしながら、相手の意見を取り入れるかどうか決められるようになっていきました。」
「頑張りましたね、彼女。」私なつをはつい彼女に感情移入してしまった。
「いや、ほんと、良く頑張ったと思いますよ。その結果、支配的な夫の精神的なコントロールから脱することができるようになったし、K子に対しても『K子、あなたと私との関係は、ずいぶん長いよね。K子が私のことより、大して付き合いも深くない、口だけうまいうちの夫の言葉を信じるなんて、とても残念だし、悲しい。』というようなことをしっかりと伝えることができるようになったんですね。それでK子さんも再びA子さんの方を信じてくれるようになり、A子の夫が作り上げようとしていた包囲網は、最後は脆く崩れ去った、という訳だったんです。」
ふと見ると湯水ちゃんは目に涙をいっぱいためて話を聞いていた。

まだ今日は合宿の初日で、交流目的でゲームをしたり、簡単な勉強会をしたり、そして夜は交流を深めるために飲みながら話をしていたのだったが、もうすでにいきなり深い話になってしまった。いつもながら先生の話は深い。
このあとは、軽い話あり、笑い話ありで和やかに会は進み、日付が変わるよりは少し前にお開きになった。

(つづく)

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