なつをの夏の物語(5)|恋愛ドクターの遺産第10話

なつをが恋愛ドクターのことを知るきっかけになったのが、この一件だった。暴君のような彼氏との交際で、日々心労が溜まり、どんどん生気が失われていくなつをを心配してくれた友達に、つい実情を話してしまったのだ。

「あのね、恭子」
「うん」
「私ね、彼に会うのが怖い。」
「どうしたの?なつを。」
「・・・・・怖い。」
なつをはただ涙をぽろぽろこぼすだけで、言葉が出て来なかった。

「あのね・・・」しばらくしてなつをは彼との間の出来事を訥々(とつとつ)と語り始めた。「この前彼からきつく責められたの・・・原因は私が始めの約束と違うことをしたからなんだけど・・・」
「うん、何をしたの?」恭子は尋ねた。
「デートの日に、私が知っているお店を予約する、ってことになってて、先に言ってあったお店が、予約がいっぱいで、それで別のお店にしたんだけど・・・」
「うん、そうしたら?」
「そうしたら『何で勝手に変えるわけ?何で勝手に決めるわけ?』って怒り始めて・・・」
「それ、おかしいよ。なつをに任せたんでしょ?それなのにそうやって怒るなんて、それなら自分でお店ぐらい予約すれば良いのに。」恭子はかなりイラッときたので、つい声が大きくなった。
「でも、先に彼に言えば良かったの。私が言わなかったから、勝手にお店を変えたから、怒られたの。」

なつをはこのあと、彼に延々一時間ほど説教された話、街に出て1日過ごし、夜になってから午前中の些細な出来事について怒られた話、待ち合わせに1分遅れて激怒された話など、彼からひどく怒られ、攻撃された話を次々と恭子に話した。ため込んでいた気持ちを一気に吐き出したので、話し終わった後は、放心状態だった。

この一件があって、心配した友達数人が、デートの尾行を決行。なつをにも内緒だったが、このままではなつをが心労から病気で倒れてしまいそうだったから、「あとでなつをに恨まれてもいい」と皆で覚悟を決めて、尾行したのだった。いや、尾行というよりは監視と言った方が適切だ。

尾行したデートでも、彼はなつをに対して些細なことで責めることを繰り返していた。一部録音することも成功し、そうでない部分も気づかれないように少し離れた場所から聞き取れた部分をメモして、必要な証拠は集めてから、捜査陣は彼に対峙した。
もちろん彼は普通のデートだと主張。なつをを責めたという事実はどこにもない。とシラを切った。これは捜査陣にとっては想定の範囲内であった。彼の主張を全部聞いてから、証拠の録音を出し、これでも責めた証拠はないと言い張るのか?認めないのなら、まだあるぞと脅しをかけたところ、分が悪いことを悟った彼はなつをから退散した(つまりはさっさと逃げて、なつをの元から去ったということだ)。
高圧的でひどい男であったとは言え、彼氏を失ったなつをはしばらく不安定だったので、友達みんなで、毎日交代で電話をかけた。もちろん、なつをからの恨み節もたくさん出た。
「その都度、『本当にごめんね。どうしても見ていられなかったから。』と自分たちの勝手な判断でやったことにして、一切感謝されなくてもいい、悪者扱いでいい、という姿勢で接するしかなかったのが苦しかった。」とは恭子の弁だ。

そして、友達みんなでなつをを支えることと合わせて、恋愛依存だろうということで専門家を紹介したのだった。それが恋愛ドクターA。なつをはそれでも、しばらくは他人に相談する気になれなかったようで、ドクターのセッションを受けることを躊躇していた。半年ぐらいして、だいぶ落ち着いてきて、友達が主催する飲み会(男女ともに参加するタイプの)に、顔を出せるぐらいに回復してきて、そしてようやく、ドクターに相談、という流れだった。

(つづく)

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