なつをの夏の物語(20)|恋愛ドクターの遺産第10話

「・・・そうなんですね?」なつをも、やってみようとするだけで、実際に行動しないという課題に、本当に意味があるのか、半信半疑だ。
「ええ、実際やってみたら分かりますよ。実は、心の中で『やってみようとする』ことで、少しだけ変化が起きています。」ドクターは自信たっぷりにそう言った。
しばらく沈黙があって、そのあと、なつをが口を開いた。「あの・・・なんとなく思ったんですけど、やってみようと思うだけで心の中では色々考えます。もし手を握ったらそのあとどうなるのか、とか、どんな風にきっかけを作ったらいいのかとか。そうやってイメージトレーニングをすることになるので、『意味がある』のでしょうか?」
「それもあります。なつをさん、中々勘がいいですね。まあ大きくは間違ってないです。結局色々想像することで、心の中で変化が起きていくんですよ。」ドクターは穏やかな笑みを浮かべながら答えた。このあと、なつをはドクターの助手になっていくわけだが、この時点で既に、ドクターはなつをの自己観察能力の高さ、セラピーに関する勘の良さを高く評価していたようだった。もちろんこの時点では助手にしようと考えていたわけではなく、あくまで優秀なクライアントとして認めていた、ということだったのだが。
ドクターは話を続けている。「イメージトレーニングというのは、外側から見て見える『行動』のトレーニングのことを指すことが多いのですが、行動に対する心理的抵抗を取り払う、解消するという意味では、必ずしも行動のトレーニングばかりが大事だ、というわけでもないのです。」
「と、言いますと・・・他にも大事なことがあるということでしょうか。」相変わらずなつをの質問は的を射ている。
「そうです。なつをさんは勘がいいので、そろそろなんとなく気づいているかも知れません。先ほど『やってみようとする』話をしたときに、何か心の中で変化が起きませんでしたか?」ドクターは説明するかわりに質問をした。実はいい質問をするというのは、相手を信頼しているからこそできる行為だ。ドクターの質問は、基本的に相手に「何を答えてもよい権利」を与えている。自分の側の都合を一旦脇に置き、相手に何でも答えてよい、と委ねることは、相手に対する全幅の信頼がないとできないことだ。これがない状態で質問をすると、どうしても「この答えは言ってよいが、実は言ってはいけない答えがある」というような、地雷質問とも言うべき、重たい質問になる。地雷質問という言葉はドクターが使っている用語だが、言ってはいけない地雷のような答えが埋まっている質問のことだ。世の中の多くの人は、無自覚に地雷質問をしてしまい、相手との関係を壊していることが、多々ある。以前ドクターは「質問を相手に投げる際は、相手がどんな答えをしても受け止める覚悟があるのか、自問してから投げるべき」と言っていたことがある。他人にそうアドバイスするだけでなく、ドクター自身も自らその「理想的な質問」を実践している。つまりドクターの質問は、なつをに対する全幅の信頼に基づいていて、きっとなつをが答える答えが、正解であろうという、潔く委ねる姿勢に貫かれているのだ。
「はい。先生。」人は信頼されると良い答えができるものだが、なつをはその信頼に応えるように、素直に答え始めた。「始め、想像したとき、すごく恥ずかしい気持ちになりました。とても居心地が悪いというか。」そう言いながらなつをはもじもじした様子を見せた。
「なつをさん、もじもじしてますね。居心地が悪いと、体を動かしたくなるものなんですが・・・」ドクターはなつをの様子を積極的に肯定するのでもなく、からかったり否定したりするのでもなく、ただ、真っ直ぐ受け止めながら話を続けている。
「はい、先生。居心地が悪いと体を動かしたくなります・・・でもこうやってもじもじすると、少し居心地の悪い感じ、恥ずかしい感じが和らぐ気がします。」なつをは目線を始め右上に、その後、右下に移してそう答えた。
「そう、そこなんです。なつをさん。実は、一番大事なところは、既になつをさんが言葉にしてくれた、そこにあります。イメージすることは、大事なことの一部ではありますが、それだけでは十分ではありません。イメージしたときに感じる色々な感情、恥ずかしさや居心地の悪さなどをしっかり感じること。感じることで、実際には行動を起こしていなくても、感情が軽くなっていきます。これがとても大事です。そして、体を動かすこと・・・いまはもじもじしていましたが・・・そうすることで、居心地の悪い感情が消えて行くのを加速することができます。」
「そうなんですね!」なつをが嬉しそうな声を上げた。「確かに、やってみてから、少し気持ちが軽くなったように思います。こうして少しずつでも変化が起これば、近いうちに行動を起こせそうな気がします。」
ドクターは何も言わず、穏やかな笑みを浮かべてうなずいていた。
しばらく沈黙があったが、やがてなつをが口を開いた。「先生、勇気を出す、というのは、無理して進むという意味ではないのですね。この方法なら私、『勇気を出す』ことができそうです。」
「そうですね。この、一番大事なポイントを理解して下さったので、いま私はなつをさんに対して、とても安心しています。きっと、自ら可能性を切り開いていけるだろうと感じています。」

(つづく)

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