「まいくんが、鎖骨のほくろに興奮するときの感覚を、できるだけ詳しく、言葉にしてみてほしいんです。」
ドクターは言った。
「えぇと・・・」五十代半ばのまいくんが、少し恥ずかしそうにした。
ドクターはその変化を見逃さず、すかさずこう付け加えた。
「もし・・・不倫相手とか、そうですね、一般的には不適切な関係のことをどうしても扱わなければならない場合でも、この場では「何を言ってもいい」というルールでやりますし、守秘義務は守りますので、ぜひ、心に一番正直になって、話して下さい。」
「はい。実は、そうなんです。最近ほくろに興奮したのが、その相手なので・・・」
「このセッションの中では、何さんとお呼びすればよいですか? イニシャルなどでも構いませんが。」
「みちこ・・・なのでMでお願いします。」
「では、Mさんですね。いままいくんは何を思い浮かべていましたか?Mさんの鎖骨のあたり?」
「はい。そうです。そこにほくろがあって・・・手を触れて・・・」
「そう、そのときに、どんな感覚がありますか? 今度はまいくん自身の感覚を探って下さい。」
まいくんは、目を閉じて、自分の感覚を探っているようだった。
「まず、意識がほくろのところに『ぎゅーっ』と吸い込まれるような、引き込まれるような感じです。そこに吸い付きたくて、食いつきたくて、居ても立ってもいられないような感じ・・・あ、この感じは、遠足の前の日にそわそわしてしまうときの感じを100倍ぐらいにしたみたいな感じです。」
「その、そわそわする感じは、体のどの辺で一番強く感じますか?」
「ええと・・・胸のあたりかな・・・ですね。あっ、それと、腰のあたりというか下腹というか、この骨盤の中のあたりなんですけど、じわーっと、独特の気持ちよさというか温かさを感じます。言うのはお恥ずかしいですが『勃ってくる』ときに感じる感覚と言いますか・・・」
「なるほど。結構頑張りましたね。なかなか、上手に表現したと思いますよ。」
「ありがとうございます。」
(でも結局、ほくろに興奮する、という話じゃないの)なつをは思った。ほくろに興奮するのが彼の性癖なのだったら、もうそれは、変えられないものではないのか。先生は細かく色々訊いているけれど、それを訊いたからといって、何かが解決できるとは思えなかった。でも、先生が考えている道筋は、今まで、大抵の場合正しかった。つまり今も、先生は何か考えているはずなのだ。それが何なのか、なつをには想像もつかなかった。自分と先生の観察力、洞察力の差があまりに大きいことに、なつを愕然とした。
「ちょっと5分ぐらい休憩しましょう。」ドクターが言った。
珍しいな。なつをは思った。セッション中に先生が休憩を提案することは珍しい。先生は思考能力が高い人だし、根性も持続力もある。先生自身が疲れて休憩する、ということは見たことがない。(もしかすると、クライアントの負担を考えたのかもしれない)なつをはそう思った。
(つづく)