「さて、そろそろ、最初から気になっていたことを質問しますね。実は、私の目には、妙子さんは結婚したくないんじゃないか、そんな風に見えるんですよ。あるいは、結婚に向かおうとすると、とても重たい気持ちや嫌な気持ちを感じて、強烈なブレーキがかかる、みたいな感じかな。そんな印象を受けているんですよね。」
妙子は、ゆっくりと目を閉じ、再び目を開けた。天井を見回すように目を上に向け、少し左右に視線を泳がせた。そして、静かにため息をついて、それから話し始めた。
「あの・・・今日ここへ来たのは、母にいつも『早く結婚しろ』って言われるからなんです。でも、結婚のことを考えると、結局足が前に進まなくなる・・・行動できなくなるので、それで困っているんです。」
「なるほどそうでしたか。じゃあ、結婚したくない、ということですよね? 少なくとも今は?」
はぁ、とため息をついてから、妙子は答えた。「そうかもしれません。でも、このままずっとひとりも嫌だと思っています。それは本心だと思います。」
「なるほど。結婚は嫌だ、でも、ひとりも嫌だ、と。」
「なんか、私、ワガママばっかり言っているみたいですよね?」
「ええと、別にそうは思いませんけど。そもそも人間は、感情は徹底的に自分都合でできているものですし、自然な反応だとは思いますよ。」
(先生さすがだ)私なつをは思った。相手の行動を批判する内容を伝えるのは、とても難しい。しかし先生は、さらっと言い放っている。いつもそうだ。そして、相手を傷つけない言い方をしている。あまりに自然なので、多くの人は違和感を感じないだろう。しかし、【違和感を感じさせないぐらい自然に、相手を傷つけない言い方で、相手の行動を批判する内容を言う】というのは、極めて高度なコミュニケーション能力が必要なのだ。
私は、あることを思い出していた。それは、先生に以前相手を傷つけずに批判的なことを言うコツを質問したときのことだ。ちょうどやはり、結婚したいけれど行動が伴っていない人が相談に来ていて、私なつをは、やはり今回と同じようにイライラしながら話を聞いていた。セッション中は何とか我慢して黙っていたが、一回目のセッションが終わったあと、先生にその気持ちをぶつけてしまったのだった。
その時先生に言われたのは「ではなつを君、キミならどう言うのですか?まさか『アナタ、結婚したいと言っているけど、行動が伴っていませんよね?』なんて言うつもりではないですよね?」ということだった。その流れで、結局伝え方の練習をさせられたのだったが、始めに私がひねり出した言い方は「私には、○○さん(クライアントの名前)は、結婚するつもりがないように見えます。」だった。先生の前で緊張していたこともあり、表情も口調も固かったので、かなりの「詰問調」に聞こえた。実はそのとき先生は私の言葉を録音していて、再生して聞かせてくれたのだった。もう、穴があったら入りたいとはまさにこのことだった。そんな言い方されたら、私だって傷つく、というようなキツイ口調だった。何度か練習したが、未だに相手の行動を批判する内容を直球で投げるのは、苦手だ。
一方、先生は先ほど、「実は、私の目には、妙子さんは結婚したくないんじゃないか、そんな風に見えるんですよ。」と言った。文字にしてみても、ソフトな言い方だ。そしてさらに、口調も柔らかいし、責めるような調子が一切感じられない。妙子さんはきっと、このテーマに関してはデリケートなところを持っている人で、詰問調(かつての私なつをの言い方だ)で言われたら傷ついて、心を閉じてしまうかもしれない人だと思う。でもそこを、先生は巧みに開かせて、語らせている。もう、見事としか言いようがない。今この場にいるのは私と先生と妙子さんだけだ。だから、この見事さに感動しているのは私ひとりなのだが・・・本当に、ひとりだけしかこの感動を味わっている人間がいないのは、もったいない。心底そう思った。
私がそんなことを考えている間に、セッションは進んでいた。
しばらく沈黙があって、先に口を開いたのはドクターだった。
「いま、三人のプレイヤーが登場したことに、気づいていますか?」
「えっ!? 三人の・・・なんですか?」
「プレイヤーと、一応言いましたが、「役割」「役」みたいなものです。」
(つづく)
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