正しいだけでは解決しない(11)|恋愛ドクターの遺産第6話

「では、まずは、順番に座ってみましょう。一番目の椅子に座り『Pさん』になったと想像してみて下さい。」
「はい。」妙子は真ん中に置いた「Pさん」の椅子に座った。この椅子はちょうど二番目の椅子の方を向いている。こちらは、相手の方を向いているが、相手(つまり二番目の椅子だ)は、こちらに背中を向けている格好だ。

(なんだか、Pさんがたえちゃん・・・私は心の中ではそう呼んでしまうことにした・・・に睨みを利かせている感じがするなぁ)なつをはそう思った。

このあとドクターは、なりきるためにいくつか誘導をし、質問をいくつか投げて、そして、次に移った。
「では、次に、二番目の椅子に移ってください。」
「・・・はい。」少し沈黙があったあとに、小声で妙子が答えた。
妙子は、誰が見ても明らかなほど重い足取りで、二番目の椅子に向かった。そして、ゆっくりと椅子に座った。壁の方を向いていて、ドクターにも、少し斜めに背中を向けている角度だ。背中がとても寂しく、悲しそうな感じに見える。
「その椅子に座っていると、どんな感じがしますか?」ドクターは質問した。
「とても息苦しいです。重いです。ここに居たくありません。」妙子はそう答えた。
「ちなみに、なぜこちらを向かないのでしょう。壁の方を向いているのはどうしてですか?」ドクターは質問した。
「・・・」沈黙して、答えが返ってこない。
「では、こちらを・・・正確には『Pさんの方を』向こうとしてみて下さい。どんな感じがしますか?」
妙子は体を動かして、こちらを向こうとして、すぐに、元の向きに戻った。そして言った。「そちらには、向きたくありません。」
「なるほど・・・こちらを向こうとしたら、どんな感覚がありましたか?」
「・・・重いというか、痛いというか、とにかく触れたくない感じがあります。」今までで一番動揺した声で、妙子が答えた。
「なるほど、何か、大事なポイントにさしかかっているようです。」

先生は、こういうとき、本当に頼りになる、なつをはそう思った。確かにクライアントは動揺しているし、あまり心地よくない状態なのは明らかだ。普通に、友達同士の会話なら、こういう空気になったら話題を変えるだろう。でも、これは茶飲み話ではなく、カウンセリングだ。感情がむき出しになってきた瞬間こそ、変化が起きる可能性があるチャンスでもある。もちろん、舵取りを間違えればクライアントを傷つけてしまう可能性もあり、注意が必要な場面ではある。こういうデリケートな局面に来たときに、落ち着き払っているように見える先生が、本当にスゴイ、となつをはいつも思うのだった。

「ではここで、」ドクターは続けた。「三番目の椅子に移動してみましょうか。」
「はい。」妙子はドクターの隣まで移動してきたが、そのとき、なつをの目にもハッキリと、彼女の色白の肌が、首のあたりを中心に赤く染まっていたのが見えた。きっとドクターも見逃してはいないだろう。妙子はゆっくりと、三番目の椅子に座った。
「では、『妙子さん』になってみて下さい。」
「はい。」
「そして、この状況を、客観的に見て、何を考えたか、何を感じたかを、言葉にしてみましょう。」
しばらく考えていた様子だったが、やがて妙子は言った。「あの、二番目の椅子がとても嫌な感じです。」
「なるほど。二番目の椅子がね・・・どうしたいですか?」
「なくしてしまいたいです。」
「なるほど。あれがなくなれば・・・どうなるんですか?」
「気持ちが楽になると思います。」
「なるほどそうですか。」

私なつをは、大変な違和感を感じていた、どう考えても、二番目の椅子が、フロイト流の心理学で言えば「エス」、交流分析で言えば「FC」で、彼女本人の感情、大切な感覚を表しているのは間違いないのに、彼女自身がそれを「なくしてしまいたい」と言い、先生もそれを「はいそうですか」とばかりに受け入れている。私が口を挟みそうになった瞬間、それを察したのか先生が私の方を向いた。そして強い目線で私を見すえて(睨まれた、と感じた)、無言で首を小さく横に振った。
(先生は何か意図があってこの流れを作っているのかもしれない)私はそう感じた。それで、しばらく、この違和感と戦いながらも、黙っていることにした。

ドクターは、淡々とした調子で、その二番目の椅子をワークをしているエリアから片付けてしまった。そして元の位置に戻ってきて、妙子に質問した。
「いま、お望み通り、二番目の椅子をなくしました。これで、いま、どんな感じがしますか? もしこうなったら、妙子さんの人生や、感情の状態は、良くなりますか?」
「なにか、とても空虚なものを感じます。生きている意味が全部なくなってしまうような、空虚で、無意味な感じがします。」
「そうですか。なくしたいとさっきは思ったけれど、なくしてみたら、空虚で無意味な感じになってしまった、と。そういうことですね?」
「はい。そうです。」

(つづく)

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