霞の向こうの神セッション(7)|恋愛ドクターの遺産第7話

「そう言えば。」ドクターは切り出した。
「はい。」
「彼との関係を切る方向に進もうと思いながらも、それを切り出して、なおかつ、しばらくはこの家に置いてくれ、と彼に頼むことに対して、良心の呵責を感じているような話が、夢の中に出てきた私のせりふとして、あったみたいですが。」
「そうなんです!夢の中で先生が、このポイントを明確にしてくださったんです。ありがとうございます。」
「いえいえ。私はいびきをかいて寝ていただけですから。」

「先生、いびきをおかきになるんですか?」あ、しまった。私なつをはついまた、余計なところで口を挟んでしまった。
「なつを君、それはどっちでもいいことでしょう。よく寝ていた、ということを例えて言っただけですから。もう少し大事なところに食いついてほしいなぁ。」
「すみません。」先生の言うとおりだった。

「失礼しました。」ドクターは、ユミコの方に向き直って言った。「せっかくですから、夢の続きを見てみませんか?」
「えっ?」
「いや、失礼。実は心理セラピーには、夢判断のワークがあるんですよ。今回の場合、かなりリアリティーのある夢を、覚えていらっしゃる。しかも、明らかに、今の悩みと関係ある内容の夢ですよね?」
「そうですね・・・それで・・・?」
「夢判断というと、フロイト流の、縦に屹立しているものはペニスの象徴で、それが出てくるということは性的エネルギーの抑圧で・・・みたいな、型にはめた分析が有名ではありますが、私が大事にしているのはそれとは違うやり方のものです。」
「違うやり方・・・ですか?」
「夢の中に出てきた要素、つまり人物、場合によっては場面・・・部屋そのものとか・・・になってみるんですね。なってみて、どんな感じがするか、どんな言葉を言いたくなるか、登場する要素を擬人化してみて、セリフを言わせてみる・・・というか、自分でそれになるわけですから、セリフを『言ってみる』の方が正確かな・・・というわけです。」
「それで、何が分かるのでしょうか?」
「何が分かるかは、やってみるまで分かりません。ただ一般的に、色々気づきがあることが多いものなんです。これは、ゲシュタルト療法というセラピーの分野では、基本的な技法として知られています。」
「へぇ・・・」まだ半信半疑のユミコに対して、ドクターはもう、そのワークをやると完全に決め込んでいるようだった。

「まあその前に、方針の確認をさせて下さい。夢の中でそう決めた、というお話は伺ったわけですが、本当に夢の中で決めた方針通りで良いのか、やっぱりしらふの時に確認した方がいいですよね。」
「はい。」
「しらふ、ってのもヘンな言い方ですけどね。」
ドクターとユミコはクスッと笑った。
そのあと、ドクターは、ユミコが夢の中で決めた方針、つまり、(1)コウジとは別れる方向で検討する、(2)確かに今気になっているのは職場の上司だが、不倫になるような関係は選ばない、結果しばらく「恋愛を休む」方向で考える (3)コウジと同棲を解消するには少し準備が必要で時間がかかりそうなので、できればしばらく別れた後も同居するという方向が可能ならそうしたいが、色々微妙な要素をはらむ選択ではあるので、その部分こそ、このセッションの中でしっかり考えて結論を出す。まあそんな方針を確認した。

「まあ、夢の中で決めたことは、割と合理的でしたね。今考えても、結論がほとんど変わらないようですね。」
「はい、そうみたいです。」

「ではいよいよ、先ほどお伝えした、夢判断のワークに入っていきたいと思いますが・・・ユミコさんの三日間の夢の中で、一番印象に残っている要素は、何でしょうか?」
「ええと・・・三日とも、先生が最後に私に決断を迫りましたよね?なんか、それがとても印象に残っています。」
「そうですね。そうおっしゃると思いました。」

(やっぱり。)私なつをも、そう思った。夢の中の「先生」は、実在の先生と比べて押しが強く、決断を迫ったり、どこか違和感があった。もちろん、夢の中の人物は、ユミコさんの心の一部が形を持って具現化したものである。だから、実在の先生と違っていて当たり前なのだが。そして、私も、そこが気になった。その「押しの強い先生」は、ユミコさんの心の中の、何が現れたものなのだろう。
また、こんな感じで、自分の世界に浸って考え事をしているうちに、セッションが進んでいく。

「それを、こちらの椅子の上に載せてみてほしいのですが、夢の中の印象をなるべくそのまま表現するとしたら、どんな姿形で、ここに載せるとぴったりする気がしますか?」
「ええと、その椅子じゃなくて、もっと、この部屋全体というか、大きいもののような感じがします。私を包み込んでいる黒い膜・・・コウモリの羽根のような黒い膜状のもの・・・という感じです。」
「なるほど。」ドクターはそう言って、なつをの方を向いた。「なつを君、キミのコートを借りたいのですが。」
「え、あっ、はい。」なつをは部屋を出て、黒いコートを持って戻ってきた。
「ありがとう。」ドクターはコートを受け取って、ユミコの方に向き直った。「このコートを、その、夢の中に出てきた黒い膜だと思って下さい。」
「はい。」
「あなたを包み込んでいた感じを、今から表現してみます。」そう言ってドクターは、コートを手に持って広げ、ユミコの頭の上に広がるようにかざした。
「近いかもしれません。こんな感じでした。」ユミコが言った。
「では、」ドクターはそのコートを手際よくたたみ、先ほど差し示した椅子にそっと載せて続けた。「その黒い膜が、いま、話しかけやすいように、こうやって椅子の上に載ったとイメージしてみて下さい。」
「はい。」
「そちらの椅子に座っているユミコさんからは、この膜は、どんな印象がしますか?」
「ええと、何か、生暖かくて、生々しい感じがします。包まれていると安心な感じも少しありますけど、緊張もします。私に何かを迫ってくる感じがあります。」

(つづく)

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