「相手をよく観察するのは、意味があると思います。」ドクターはハッキリとした調子でそう言った。
「そうなんですね!」淑恵は一瞬嬉しそうな声で返答したが、すぐに元の調子に戻って言った。「でも実際解決していないので、だめですよね・・・」
「ええと。そうなんです。相手をよく見るだけでは、引き寄せの改善には不十分なんですね。でも、意味はありますから、そこは大事にしてくださいね。やめる必要はありません。」
「はい・・・」
「こうやって、解決のために試行錯誤するという姿勢は、とても素晴らしいと思います。今まで、よく頑張って来ましたね。」
「ありがとうございます。」そう言ったとき、心なしか、淑恵の、相手に向けている集中力がゆるんだような気がした。
「ところで淑恵さんは、」ドクターは話題を変えるらしい。
「はい。」淑恵はとにかくレスポンスが早い。相手が何かを言い出したら、すぐに反応する。しかも、相手に合わせているから、相手の話の邪魔は一切しない。
「会社では、上司や・・・あるいはもっと上の、社長さんとか、そういう人から気に入られることが多いですか?」ドクターが意外なことを聞き始めた。
「えっ!? あ、はい。そうですね。確かに、社長さんに気に入ってもらったり、目上の人から可愛がられることは割と多かったと思います。」
「なるほどね・・・」ドクターは、何か、分かったぞ、という表情をしながら何度かうなずいた。
ドクターはしばらく天井を見上げるようなしぐさをして考えていたが、やがて提案した。
「では、少し、あるワークをやりたいと思います。ネタバレすると意味がないので、意図は言いません。まあとにかく、ある会話をみんなでしてみましょう。」
「ある会話・・・?」淑恵が尋ねた。
「会話のテーマには特に意味がないのですが・・・たとえば、『街で見かけたマナーの悪い食べ方』なんてのはいかがでしょうか。」
「はぁ・・・」
「なつを君も、入ってくださいね。」
「えっ!? は、はい。」
「では私から行きますね。先日居酒屋に行って皆で呑んでいたとき、少し離れた席のお客さんの一団が、結構賑やかだったんですね。いや、賑やかと言うより怒鳴り声も聞こえたりしていたんですが・・・まあそれは、人間関係色々あるでしょうからまあいいんですが、そのお客さんの二人ぐらいが、立て膝をして、その膝がテーブル・・・というか座卓ですが・・・の上に見えていたんですよね。あれれー、いい大人がそんな初歩的なことを、と思ったのをよく覚えていますね。はい、では、次、なつを君!」
「えっ!? は、はい!」私は急に話を振られてあたふたしてしまった。