脱オレサマを目指す女子(12)|恋愛ドクターの遺産第8話

「あの・・・先生が『焼肉』とおっしゃったので、もう『ああ焼肉を食べたいんだな』『お腹が空いているのかな』と、目の前の相手の考えにしか、意識が向かなくなっていました。二回目の方は、先生が目で合図して下さったのもあって、そのときに、自分の胸のあたりがすごく悲しくてきゅーんって感じでしぼむような感じになっていたことに気づきました。」
「そう、私はそこに気づくところまでを課題として出したのですが、結果的に、気づいたら『焼肉と聞いてがっかりしています』としっかり伝えるところまで出来ていましたね!」
「そうなんです!自分でもびっくりしました!」
「つまり、今まで、自分の感情に意識を向けないように、向けないようにしてきた、ということなのかもしれませんね。だから今後、意識の使い方を、自分の体の感覚にも意識を向ける、という風に変えていくと、今みたいに自分の利益についても、ちゃんと言えるようになりそうですよ。」
「ありがとうございます!そうですね。実は、アサーティブとか、自己主張のトレーニングを受けたことはあったのです。」
「おっ!そうなんですね!そういう努力、素晴らしいと思います!」
「ありがとうございます・・・でも、結局ちゃんと言えるようにならなくて、何でダメなんだろう、ってずっと思っていました。」
「ああなるほどね。そもそも感じてないんじゃ、伝えようがないですからね。」
「そうそう!そうなんです!今日やっと、大事なポイントが分かりました!先生、ありがとうございます!」
「いえいえ。どういたしまして。ちなみに、自己主張のトレーニングをしたことは無駄ではなかったと思いますよ。」
「えっ?そうなんですか?」
「そう思います。だからこそ、伝えるべき感情が自覚出来た瞬間に、ちゃんと言えたのだと思います。」
「あっ、そうか。そうですね!無駄ではなかったということですね。安心しました。」

 

「さて、コツが分かったところで、では、実際の生活や仕事の中で、今の取り組みをどうやって行っていくか、その辺りを考えておきましょうか。」
「あ、はい。お願いします。」
「では、比較的今の取り組みがやりやすい相手、というのは誰ですか?」
「よく休日にランチに行くお友達のS子ちゃんです。」
「なるほど。ではまず、その子の前で実践する、というのを最初のステップにしましょう。自分の気持ちを伝えるところまで、もし出来なければ、それはそれでOKとしましょう。」
「まずは、感じてみるところまで、ですね?」
「そうです。それなら出来そうですよね?」
「はい、出来ると思います。」
「そして、次のステップとしては、職場の中で、やりやすい相手はいますか?」
「ええと。割と面倒見が良くて、色々こちらの意見を聞いてくれたり、希望を聞いてくれるちょっと年配の女性の方がいらっしゃるんですけど、その方の前ならたぶんできると思います。」
「おお、いいですね!次のステップとしてはそんな感じで行きましょう。」
「はい。」
「で、もし、結構簡単だな、と思えたら、もう少し緊張する相手の前でどこまでできるかとか、それほど親しくない人と会話しているときにも、どこまで自分の体の感覚を意識出来るかとか、ちょっとずつチャレンジしてみて下さい。」
「はい。相手に伝えることは、しなくていいのですか?」
「うーん。なんとなく、どっちでもいい気がしているのですが・・・あ、すいません。なんか無責任なことを言っているように聞こえますよね? ええと、今日も、自分の気持ちが分かった途端、ちゃんと言えたじゃない? だから、言えそうな気もするし・・・なので、まずは、感じるトレーニングだけしてみて、それでもしも、言うところがすごく抵抗があって大変そうなら、その時にまた、対策を考えればいいかな、なんて思っているんです。」
「あ、なるほど。そうですね。取り越し苦労しても仕方ないですね。」
「そういうこと。」

少し沈黙があったあと、ドクターが言った。「では、今日はここまで、ということで。」
「はい、ありがとうございました。」
「ありがとうございました。」

(つづく)

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