シングルを卒業(14)下|恋愛ドクターの遺産第5話

セッションが終わったあと、なつをは課題設定したときのことを振り返っていた。今回は先生の采配も見事だったが、課題設定がスムーズに行った。これは大事なことだ。
実は、多くの人は自分の現在の状態を肯定できていないのだ。今の等身大の自分を肯定できていないから、「そのレベルであるべき」自分を基準に考える。別の言葉で言うと「自分の現状に見栄を張って」自分を見るのだ。たとえば、学校の勉強を考えればよく分かる。みんなは数学で因数分解がそれなりにできるようになった。自分はからっきしダメだ。そんなとき、因数分解の基礎の基礎から練習する本を買ってきて学ぶのは勇気がいる。みんなの平均ぐらいに合わせた本を買ってしまう。もっと悪いパターンだと、一発大逆転を狙って上級向けの本を買ってしまうことさえあるだろう。でもそれでは、かえってうまく行かないのだ。
たとえ劣等感を抱くようなレベルの自分であろうとも、たとえみんなから置いて行かれてビリの自分であろうとも、今現在の自分を肯定し、それを認めて、そこをスタート地点として、ちょっと背伸びをする課題に取り組む。これが成長のコツなのだ。多くの人は、自分に見栄を張りすぎている。思えば私なつを自身もそうだった。大学受験では第一志望は落ちている。ここのカウンセリングルームで働く際、先生から直接面接をしてもらって、その関係でその後も色々勉強のことを話す機会に恵まれた。
先生は小さい頃から勉強が出来たらしい。だからかえって、劣等感とは無縁の生き方をしていて、自分が苦手な教科は自分の出来る範囲に絞って勉強していたらしい。高校生でそこまで考えていたのは、さすがとしか言いようがないが・・・結局その結果として、苦手だった教科もそれなりに伸びたそうだ。そんな会話をしていた際、先生に言われたのは「なつを君、キミは今の自分自身ではなく、理想の自分しか見ていない。そのやり方だと返って失敗を招きますよ。」ということだった。厳しいひと言で、言われたときはショックであったが、今となっては、愛のある言葉だったと、感謝の気持ちが湧いてくる。
ここのカウンセリングルームでも、多くの「無理をしている」「背伸びどころかジャンプしても届かない課題に取り組みすぎて疲れ切っている」相談者をたくさん見てきた。そして、彼らに対して、先生は淡々と現状を客観的に見て、そして、今の現状から失敗なく踏み出せる小さな一歩を的確に提案する。他人だから客観的になれる部分もあるかもしれないが、高校生の頃の先生の勉強のエピソードを聞く限り、先生は自分を客観的に見る能力が非常に高いと思う。
無意味に自己卑下もしないし、逆に自分の能力に見栄も張らない。真っ直ぐに見ている。本当に素晴らしい客観視のお手本だ。でも、身近にいいお手本があるにもかかわらず、いつも自分のこととなると難しいなぁ。なつをはそう思った。

先生のお気に入りの質問は「スケーリングクエスチョン」と言う。つい先ほどみさおさんに対して使っていた。「どん底を0点、何もかもよくなった状態を100点としたとき、今何点ですか?」と聞くのだ。
次に、「何が『ある』からその点なのですか?」と尋ねる。そうやって加点法で考えるクセをつけてもらうという意図もありつつ・・・今日一番大事だったのは最後だ。「あと10点上がったら何がどうなっていると思いますか?」と聞くのだ。それで、小さな一歩を踏み出して、現状が少し変化したときの未来が想像できる。
人は、問題の渦中にいるとき、何もかもよくなった後の未來など現在とかけ離れすぎていて想像できないのだ。少なくとも私はそうだ。いや、中には創造力が豊かな人もいて、一度も体験したことがなく、かつ、現状の辛い状態からかけ離れているのに、幸せな未来が創造できて、いつかそれを実現させてしまうような、イメージ力の強い人もいるらしい。先生はそう言っていたが、なつをは自分も含めて、そのような人にはまだ会ったことがない。
だから、何もかもよくなった未來を想像させることを無理して一生懸命やるよりも、現状から一歩だけ進んで、ちょっとだけよくなった未来を想像してもらう方がスムーズに出来るのだ。
但し、想像したことはすぐに実現してしまう訳なので、このタイプの「近い未来」を想像するセッションを行う場合は、繰り返し繰り返し、少し進んだらまた未来をイメージし、また少し進んだら・・・とやっていくことが大事になる。カウンセラーの側も、根気強さが求められるのだ。
色々面倒ではあるし、効果も短期的に見たら地味だ。しかし、コツコツ積み上げていく結果を甘く見てはいけない。長い目で見ると、こうやって積み上げたことは、大きな違いとなってゆく。そうやって人生が大きく好転したクライアントを、なつをは何人も見てきた。きっと、みさおさんも、異性の友達を作るという課題で一歩踏み出したら、そこからまた、次の一歩を考えて、と、着実な歩みを進めていくことだろう。

「なつを君、そろそろ帰りますよ。」ドクターの呼ぶ声がした。
「あ、はーい。私も帰ります。」

今日はオフィスを最後に出るのが二人同時だった。最寄り駅まで雑談をして、そこで別々の方面の電車に乗って別れた。

(つづく)

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