「でも、エネルギーがないです。いつも、疲れ切っています。」
「そう、そこなんですよ。」ドクターが言った。そしてさらに逆矢印を書き始めた。「そのために、『母親からのネガティブな影響をブロックできるようになった』こうなったらどうですか?」
なつをの目には、妙子さんの目が一瞬ギラッと鋭くなったような気がした。
「それって、もしできたら、素晴らしいですけど、そんなこと、可能なんですか?そのために、実家を出たいと思ってきたんですけど、でも、出るためには収入が必要で、そのためには心のエネルギーが必要で、今はそれが無い・・・」
「そうですね。表面的には、そういうヴィシャスサークル(悪循環)になっているように見えますよね。だから、このループのどこを断ち切るか、と考えてみたんですが、」ドクターはすでにちょっと楽しそうな言い方になっている。
「はい。断ち切れるんですか?」少し驚いた調子で、妙子が応じた。
「ええ。では、具体的な提案ですが、」そう言いながらドクターはさらに逆矢印を続けていく、「そのために、『明るいことを共有する仲間を見つける。同時に、母親には暗い話担当をしてもらう。』これはどうですか?」すでにドクターはニコニコしている。
くすっ。妙子が笑った。「あの、私、母はどうしてこんなに、暗い話担当なんだろう、っていつも思ってました。先生が私が使っている言葉と同じ表現で書かれたので、つい面白くなってしまいました。」
「そうでしたか。なら、説明は不要ですね。愚痴とか、嫌だったことの話だけを、お母様にする。そして、楽しいことを共有するのは、楽しいことが好きな、別の相手としましょう。ここへ来て話して下さってもいいですよ。でも、楽しい話を共有できる相手は、比較的見つかりやすいものですから、まあ、相手にはそれほど困らないと思いますけどね。」
「そうですね。見つけてみます。」
「でも、どうして、担当を分けるといいんですか?」
「先生、私も知りたいです。」思わずなつをも割って入ってしまった。
「そうですね。心理学の教科書に、こんなことは別に書いてないのですが、以前、新聞の人生相談のコーナーで、こういう『生きる知恵』が提案されていたことがありましたね。私も、当時まだ経験が浅かったんですが、直感で、似たような提案をしていたことがあって、なんだか、有名な先生からお墨付きをもらったような気がしたのを覚えています。」
「へぇぇ」妙子が行った。
「一応、心理学的な説明をつけてみるとすると、これは『ペーシング』ということになると思います。平たく言うと相手とノリを合わせる、ということです。怒っている人にのーんびり受け答えするとますます火に油を注ぐことがあります。むしろこちらも下腹に力を入れて、拳をぎゅっと握って、力強く受け答えした方が、相手もクールダウンしやすいんですね。他にも、柔らかい調子の人に、大声で応じたら嫌がられますよねきっと。こんな風に、相手の表面的なノリに合わせて応対する、というのはコミュニケーションの基本として、大事なことなんですね。」
「それで、ネガティブな人には、ネガティブなことばっかりこちらも言う・・・ということなんですか?」私なつをは、ついつい、また、口を挟んでしまった。
「そういうことです。まあ、これをしても、お母様のネガティブは直らないと思いますけどね。でも、妙子さんの貴重な心のエネルギーを、お母様のネガティブをなんとかしようと不毛にもがくことに使うのは、かなりもったいない。エネルギーロスだと思います。だから、こうして割り切ってしまう方が、私はいいと思いますね。」
「あ、確かに、そうです。私、母が変わってくれることを望んで、それで、そのために、母の機嫌を取ることを、ずっとやっていた気がします。母が変わってくれたら、私も楽になると思って・・・でも、逆なのですね?」
「そうですね。逆ですね。」
「先生、もうちょっと優しい言い方をしても・・・」なつをは言った。
「おっと、失礼。別に強く批判するつもりは、ないのですが。まあ、このような、不毛なパターンにはまり込んでしまう理由というか、性質が人間にはあるんですよ。」
「聞きたいです。」妙子となつをが同時に言った。
「それは、始めのうちは、うまく行っていたからです。」
「えっ?」
(つづく)
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