第9話 呪い」カテゴリーアーカイブ

呪い(21・終)|恋愛ドクターの遺産第9話

第五幕 告知 つづき

ドクターは椅子に座り直して、姿勢を正してから続きを話し始めた。
「私があのセッションで使っていた『その呪い』という言葉、どんな意味を込めて使っていたか、分かりますか?」
「伯母様の家に行くと、そのあとで、紫色のぐるぐるが出て、そのあとで頭痛と吐き気がするという・・・」なつをが自信なさげに言った。
「そうです!それです!その症状イコール『その呪い』なのです。これが、本物の呪いかどうか、あるいは、ここで使っている『呪い』という言葉が辞書に載っている『呪い』とピッタリ同じかどうか、ということは、よく考えてみると、どっちでもいいことじゃありませんか?」
「辞書に載っている意味と違ってもいいってことですか?」
「まあ、極論すればそういうことです。もし彼女が『本物の呪い』と信じていて、逆に私が『彼女はそういうけれど、本物じゃないに違いない。でもその困った症状は実在する。とりあえず会話の中ではそれを呪いと呼んでおけ』という位置づけで『その呪い』という言葉を使ったとしますね。二人の会話は、噛み合うでしょうか?」
「ええと・・・本当の呪いかどうか、超自然的なエネルギーがあるかどうか、みたいな話になってくると噛み合わないと思いますけど・・・その症状をどう改善するか・・・特に頭痛薬みたいな解決策を使う限りは、お互いにズレた認識であっても、話は通じると思います。」
「実際に、通じてましたしね。それに、彼女が本物の呪いと信じていたとしても、解決の妨げにはならないでしょうから。」
「はぁ・・・」私なつをは思わずため息をついた。
「こういう仕事をする上で必要な資質のひとつが、言葉の意味を、辞書に載っている意味ひとつだと考えるのではなくて、人によって同じ言葉にも少しずつ違った意味を載せている、ということきちんと分かることだと思います。今回は『呪い』という言葉が、私は症状のことだと限定して使っていましたし、彼女は本当に本物の呪いがあるのかも、と思って使っていましたね。恋愛の相談などでは『愛している』なんて言葉、人によっては『あなたがいないと困る。必要』というどちらかと言うと依存的な『好き』の意味だったり、別の人では『自分の利益より、相手の利益を先に考えること』という利他の心、の意味だったりしますし。それを同じ『愛』という同じ言葉で表現していたりするわけですよ。だから、単語を聞いて分かった気にならないで、その奥にある真意をくみ取る努力を、常にする必要があります。そして、今回のように、あえて、辞書的な意味から少し外れた言葉の使い方もできるようになると、かなりの上級者だと思いますよ。
そして、自分がいつも使っている言葉のこだわりに気づき、自分自身がそのこだわりを手放して、相手のこだわりを理解することに努めたり、時には相手の使っている言葉の使い方に寄り添ったりすることも大事だと思います。」

ドクターの、言葉の使い方に関する深い見識に触れて、会場にいた参加者たちは、深くうなずいていた。

 

第六幕

ゆりこはノートを閉じた。
「言葉の使い方かぁ、そう言えば幸雄さんとは、些細な言葉尻を捉えてケンカになったりしていたなぁ・・・私も恋愛ドクターみたいに、言葉の使い方に対してこだわりを手放したり、相手のこだわりに寄り添ったりできたら、夫婦仲も今とは違っていたのかなぁ・・・」
呪いのことでノートを開いたはずだったのが、むしろ言葉のこだわりについての学びが、心に残った。

言葉に対する細かいこだわり・・・たとえば、幸雄さんはいつだったか「おまえ鈍感だなぁ」と言っていた。「鈍感とは何よ!」と口論になってしまったのだったが、もしかすると・・・と今となっては思う。鈍感というのもひとつの能力、と幸雄さんは考えていたのかもしれない。あのとき(いつも基本的にぶっきらぼうなのだけど)、とくに不機嫌だったとか、とくに責める調子だったとか、そういうことはなかったように思えた。その瞬間に気づいていれば、もっと良い対応が出来たかもしれないのに、今頃になって気づいても、言い返してしまった言葉は、もう元へは戻せない。
恋愛ドクターが、言葉を自由自在に使っているのが、うらやましく思えた。自分ももう少し、ひとつの言葉に対して「私はこういう意味で使う」「あの人はそういう意味で使う」というように、幅の広い理解が出来るようになれたらなぁ。ゆり子はそんなことを思った。
そして、閉じたノートを、別の段ボールに入れた。
そう、同じノートをもう一度開いてしまわないように、ゆり子は、父から言われたやり方とは少し違っているが、抜き出したノートは元の箱には戻さず、別の箱に入れている。こうすることで、毎回新しい学びが得られる。今回はまさか、呪いの話が出てくるとは思わなかった。あまりにピッタリだったし、テーマがテーマなだけに、ちょっと背筋が寒くなり、怖くなったのだった。読み終えた今となっては、どこかほんわかした気持ちになっている。色々な問題があっても、解決策がきちんと見えているというのは、安心感につながるのだな、とゆり子は改めて納得したのだった。

(つづく)

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呪い(20)|流れを読む|恋愛ドクターの遺産第9話

第五幕 告知 つづき

・・・場面は戻って、合宿の会場・・・
「というわけでした。長ったらしい説明とか、怪しみたくなるほどの真剣さなどが一切なく、クライアントも説明をすっと受け入れていましたよね?そして結局、頭痛薬を飲ませることにも成功しています。」
「私も当時、先生が『呪い』という見立てのまま、解決策を提案して、そのままセッションを終わらせてしまったことにびっくりしました。」と湯水ちゃん。
しばらく全員沈黙していた。全員今の話を頭の中で振り返っていた。先ほどセラピストチームになっていた三名は特に、自分たちのレベルと、恋愛ドクターのレベルにこれほどまでの差があることに愕然としていた。
「では。」湯水ちゃんが改まった調子で言った。「セラピストチームが先ほど打ち出した『正直に伝える』という方針と、先生が実際に行った『呪いということにしておく』という方針について、メリット、デメリットなどを議論してみたいと思います。」
「まず、先生の方針は、説得力があったよね。クライアントが喜んで頭痛薬を飲む気になったじゃない。呪いに対抗するための『秘策』というか『白魔術』みたいな感じで、僕も聞いていてわくわくしてきたし、試してみよう、という気になったよ。」てっちゃんが少し興奮気味に言った。
「何が一番の違いだったと思いますか?」湯水ちゃんが司会進行をしている。
「ええと・・・」なつをが口を開いた。「私はクライアントに流されてしまったんですが、先生は終始話をリードされていました。」
「話をリードできたポイントはどこにあったと思いますか?」湯水ちゃんがさらに突っ込んだ質問をした。
「うまいストーリーを作って、提案したから・・・ですか?」なつをは自信なさげに言った。
ここでドクターが割って入ってきた。「うまいストーリーにするという考え方は悪くないですが、セラピストチームの皆さんも、うまいストーリーになっていると考えて、その提案をまとめたのではありませんか?」
「確かにそうね。」ナタリーが認めた。
「でも、実際にクライアントに告げたら、説得することにかなりエネルギーを使うことになってしまって、自分たちが考えたストーリーが、絵に描いた餅だったと判明してしまったという感じだった。」てっちゃんが付け加えた。
「そうですね。実は、事前に考えたロジック、筋道は、実際に提案してみると、思わぬ反発を受けたり、説明を理解してもらうのに時間がかかったりと、思い通りに行かないことが結構あるのです。現場では、説得の手間とか、クライアントが受け入れるかどうか、ということも考慮に入れる必要があるのです。」ドクターが説明した。
「そう考えると、コンサルの世界では案を複数考えていく、ということになるのですが、カウンセリングでそこまでやるというのは・・・どうなんだろうか・・・」てっちゃんが独り言のように言った。
そこでドクターが視点を変える質問をした。「私は、最初、クライアントに対して、なんと言っていましたか?」
「呪いだと・・・」なつをが言いかけたところに、ナタリーがかぶせてきた。
「いや、呪いとは言ってないよね。頭痛の線を考えた。でも呪いの線も否定しきれない、と。両睨みで考える、みたいなことをおっしゃってましたよね、先生?」ナタリーが言った。
「両方の提案をする・・・ということですか?」私なつをは混乱してきた。
「ではまあ、ここで、ひとつのテクニックを解説しましょう。実は、最初に頭痛説を出して、呪い説も出して、とやったくだりがありましたね。あれは、提案に見せかけて、実はどちらに納得するか、クライアントの反応を確かめていたのです。」ドクターが言った。
「反応を・・・確かめる・・・?」なつをがつぶやくように訊いた。
「そうです。今回のケースでは、のりこさんは呪い説の方に納得している様子でした。そこで、呪いという考えはそのままにしておこう、『呪いではない』という説をぶつけることはしないでおこう、と決めたわけです。」
「先生、その場でお決めになるの?」ナタリーが訊いた。
「そうですね。その場でどういう話にまとめるか、考えています。」
少しため息が漏れた。即興であの提案を作った、というわけなのだ。
しばらく沈黙があったあと、なつをが口を開いた。「あの・・・もし私が、あのような提案をクライアントにするとなったら、呪いと信じていないのに、呪いを前提に提案を組み立てる・・・嘘をついているようでうしろめたい気持ちになります。先生は平気なのですか?」
「ほう、私が嘘つきだと。」面白がっているような調子でドクターは言った。
「いや、そういう訳じゃ・・・」
「いやいや、ごめんごめん、別に怒っているわけじゃないし。実は、今の質問はとても大事なことを訊いてくれたと思います。なつを君、良い質問です!」
ドクターは椅子に座り直して、姿勢を正してから続きを話し始めた。
「私があのセッションで使っていた『その呪い』という言葉、どんな意味を込めて使っていたか、分かりますか?」

(つづく)

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呪い(19)|恋愛ドクターの遺産第9話

「さて、ではここで、」改まった調子でドクターが言った。「本当のセッションでは、私はクライアントに推定原因として、何と伝えたかを発表したいと思います。それは・・・」
一同固唾を呑んで、発表を待った。

「それは、『呪い』です。」

「えっ?」
「えぇっ!?」
「ええええええええーーーーーーっ!?」
セラピストチームのメンバーはそれぞれに声を上げてしまった。最後に一番大きな声を上げたのはなつをだ。湯水ちゃんはおかしそうにクスクス笑っている。
ドクターは平然と話を続けていく。「ところで湯水ちゃん、のりこさんとして提案を訊いていましたよね。どう感じましたか?」
「ええと、やっぱり、呪いだと思ってきたのに、『偏頭痛』とか普通のことを言われて、自分の悩みを『大したことない』って言われたように感じました。」
「なるほどね。」
「あとは、解決方法が『頭痛薬を飲む』ということだったのですが、たったそれだけ?と感じました。呪いを解く方法を思いつかなかったので、仕方なく対症療法的に頭痛薬を飲むしかないよ、と言われているように感じました。」湯水ちゃんは、先ほどまで一生懸命セラピストを務めたなつをのほうをちらっと見ながらそう言った。
「なるほど・・・確かに、頭痛薬という提案が名案のようには聞こえなかったですね。」ドクターも意見に同調した。
「それと、色々質問するたびに、必死に答えてくれるのですが、一生懸命だからなのか、それとも何かを必死にごまかしているからなのか分からないな、と感じました。まあ、クライアントとの信頼関係が出来ていれば一生懸命だと解釈してもらえるとは思いますけど、必死な感じが出ているのは、あまりプラスにはならないと思いました。」
「だってそれは・・・」私なつをがそう言いかけたとき、ドクターが割って入ってきた。
「なつを君、伝える立場としては、どうでしたか?」
「ええと、とにかく緊張しました。呪いだと信じてきたクライアントに、違うと伝えなければならないので。それに、説明しなければならない内容がたくさんあって、間違えずに伝えなければ、というプレッシャーが非常に大きかったです。本当に汗びっしょりでした。」
「今回、セラピストチームは、原因として偏頭痛、そして呪いの症状と思われていた『紫色のぐるぐる』も『閃輝暗点』という偏頭痛の前兆として説明可能である、と推論したわけです。また、クライアントにも真実を告げるという方針で臨みましたね。」
「はい。結構大変でした。」
「では、私がセッションを実際に行ったときには、どんな風に進めたか、それを説明したいと思います。」

 

第五幕 告知

・・・5年前のドクターのオフィスにて・・・
「先生、こんにちは。」心なしか、前回より少し元気な様子で、のりこが入ってきた。
「のりこさん、こんにちは。今日もよろしくお願いします。」
「よろしくお願いいたします。」
のりこが着席すると、早速ドクターは本題に入った。
「実は、原因は頭痛ではないか、という線で調べていたのですが、その可能性もありそうではあるのですが、本当の呪いであるという可能性も、否定できなかったんですよね。」
「はぁ・・・やっぱりそうなのですか。」のりこはがっかりしつつも、どこか納得したような表情をしている。
「ですので、解決の方針も、両睨みで行きたいと思います。」
「両睨み・・・と言いますと・・・」
「ええ、つまり、もし、原因が頭痛であっても、呪いであっても、どちらでも通用する解決策、ということです。」
「そんな解決策、あるのですか?」のりこは驚いた様子だ。
「ええ、ありますよ。」ドクターは、突拍子もない提案をするときにはいつも、とても軽い調子で言う。今回もそうだった。まるでとても簡単であるかのような調子で言った。
しばらく沈黙があって、ドクターが口を開いた。「実は、頭痛や吐き気といった、身体症状が出てしまうと、精神力が弱ります。これは、身に覚えがありますね?」
「はい。なんだか伯母の呪いの力に入り込まれてしまうような感覚になります。」
「そうですよね。呪いと言っても、人間が起こすもの、そして受ける側も人間です。だから、精神状態をしっかり整えておくと、呪いの影響を軽くすることができるのです。」
「その方法を教えて下さい!」
「ええ、簡単です。予防的に頭痛薬を飲む。これだけです。」
「えっ?頭痛薬、ですか?飲んだことあるのですが、あまり効かなかったのです。」
「ええ、そうおっしゃると思いました。『予防的に飲む』ということが大事なのです。」
「予防的に・・・というのは、どういうことでしょうか?」
「頭痛が出る前に飲む、ということです。」
「でも、いつ出るかなんて・・・」そう言いかけてのりこは「あっ」と声を上げた。
「そう、いつ出るかなんて、前兆のない頭痛なら、分かりませんよね。でも、その『呪い』の症状があるおかげで、頭痛が来る前に知ることが出来ていますよね?」
「そうですね!」のりこは何だか嬉しそうに、力強く答えた。
「そうすると、予防的な頭痛薬の飲み方が出来ます。すると、呪いの攻撃の後、頭痛になって、さらに伯母様の負のエネルギーに入り込まれる、ということをブロックしやすくなります。」
「なるほど・・・呪いを頭痛の前触れとして利用するわけですね。なんだか面白くなってきました。」
「それに加えて、前回から使っている『けのろい』を活用して、実際の伯母様から受ける精神的ストレスを減らす、ということができれば、今ののりこさんでも、伯母様の呪いを跳ね返すだけの心の強さを持つことが出来ると思います。」
「はい、何だか希望が出てきました。予防的な頭痛薬、飲んで伯母に負けないようにします!」

 

・・・場面は戻って、合宿の会場・・・
「というわけでした。長ったらしい説明とか、怪しみたくなるほどの真剣さなどが一切なく、クライアントも説明をすっと受け入れていましたよね?そして結局、頭痛薬を飲ませることにも成功しています。」

(つづく)

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呪い(18)|恋愛ドクターの遺産第9話

結局私なつをが代表として、クライアントに方針を告げる役割をすることになった。しばらく三人で方針を打ち合わせた後、いざ、実践の時が来た。なんだか体中に変な汗をかいている。のりこ役の湯水ちゃんを目の前にして、いよいよ、方針の提案だ。
「あの、のりこさん。『呪い』とのことでしたが、こちらでよく調べて、検討した結果、やはりそれは偏頭痛ではないか、という結論になりました。偏頭痛はストレスがかかったときや、あるいは、そのストレスからの緊張がほぐれたときに症状として出やすいため、のりこさんのケースにはよく当てはまります。」
「はぁ・・・偏頭痛ですか・・・でも頭の全体が痛いのですが。それに吐き気もするし。」のりこ役の湯水ちゃんも名演技だ。説明の、論理の穴を見事に突いている。
「はい、確かに偏頭痛は頭の一部に痛みが出ることが多いため、そのような名前が付いていますが、定義としては、緊張がゆるんだりしたときに、脳の血管が拡張して起こる頭痛、なのです。だから、全体に起こることもあるのです。」一生懸命説明するのが、大変な緊張だ。実は間違えないように、紙を見ながら伝えている。
「あの・・・では、紫色の渦を巻いた、あれは何ですか?頭痛で説明できるんですか?まさか先生は、私の思い込みだとか言うんですか?」
「ええと、すみません。あの・・・もし気分を害したらごめんなさい。でも、偏頭痛の症状に『閃輝暗点』というものがありまして、頭痛の前兆として光の点が見えたりすることがあります。これも、偏頭痛の症状のひとつとして、説明可能なのです。」
「なるほど・・・そうなのですか。でも、頭痛薬は効かなかったのですが、頭痛だとしたらどうやって治すのですか?」のりこ役の湯水ちゃんは次第に演技に熱が入ってきた。なんだか、本当のクライアントが、自分で一旦否定した原因をカウンセラーから言われて、十分納得できなくてイライラしている、という様子がリアルに伝わってくる。
「あの、気分を害されたら本当にごめんなさい。でも、偏頭痛には頭痛薬が効きにくいことがあるのです。その場合でも、早めに飲むと、効果が出ることがあります。だから、その『呪いの症状』とおっしゃっている、紫色の渦が見えたときに、頭痛薬を飲むというのを、解決策として提案したいと思います。」全身に汗をびっしょりかきながら、ようやくこれだけのことを伝えることが出来た。

ここで、ドクターが終了の宣言をした。「良く頑張りました。セラピストチームの皆さん。そして、最後、なつを君、よく頑張りましたね。この課題はここまでにしたいと思います。お疲れさまでした。」
「お疲れさまでした。」湯水ちゃんも、演技を終えていつもの穏やかな笑顔に戻った。
「さて、ではここで、」改まった調子でドクターが言った。「本当のセッションでは、私はクライアントに推定原因として、何と伝えたかを発表したいと思います。それは・・・」
一同固唾を呑んで、発表を待った。

「それは、『呪い』です。」

「えっ?」
「えぇっ!?」
「ええええええええーーーーーーっ!?」
セラピストチームのメンバーはそれぞれに声を上げてしまった。最後に一番大きな声を上げたのはなつをだ。湯水ちゃんはおかしそうにクスクス笑っている。

(つづく)

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呪い(17)|恋愛ドクターの遺産第9話

・・・そして5分後・・・
最初に戻ってきたのはナタリーだ。なんだか目が輝いている。続いててっちゃん、そして、重苦しい空気をまとって最後に戻ってきたのがなつをだ。
「あのね、あのね、やっぱり頭痛だと思うの。」ナタリーが興奮気味の声で言った。
「何が分かったの?」てっちゃんが訊いた。
「まず、緊張が高まって、それが少しゆるんだときに、偏頭痛が出やすいらしいのね。偏頭痛は脳の血流が増えることによって起こるらしいので、緊張がゆるんで、血管が拡張して、それで起きることは多いらしいの。」
それを訊いて私なつをはほっとした。やっと原因が分かった、と。やっぱり頭痛なんだ。
「へぇー。で、紫色のぐるぐるはどう説明するの?」てっちゃんが訊いた。
あ、そうだ、それは説明できていないじゃない。なつをはまた不安になった。
「えーとねー。メモしてきたんだけど、『閃輝暗点(せんきあんてん)』という症状があるらしいのね。偏頭痛の前兆みたいな症状で、光の点などが見えたりするらしいの。紫色のぐるぐるとして表れるのは彼女の特徴だと思うけど、伯母さん家に行くとストレスがかかって、その頃から閃輝暗点が出て、緊張が解ける頃に、頭痛と吐き気が襲ってくる、と考えると、わりと説明が付くと思うんだけど。」
最も感覚派だと思っていたナタリーが、最も論理的に症状を説明したのが意外だったが、完全に辻褄が合っているし、それで、私なつをもてっちゃんも、深く感心して、しばらく言葉が出なかった。
「どうやら、頭痛説で全部説明が付きそうだね。」てっちゃんが言った。
「正確には、偏頭痛ね。閃輝暗点付きの。」ナタリーが得意げに付け加えた。

「コーヒー入ったよ。」ドクターと湯水ちゃんが戻ってきた。
議論に使った紙を一瞥してドクターが言った。「お、何か結論が出たみたいですね。発表はコーヒーでも飲みながら聞きましょうかね。」
セラピストチームの三人は、閃輝暗点が出て、そのあとに頭痛と吐き気がするという、偏頭痛の症状で全て説明が付くこと、その症状が伯母の家に行くというストレスが引き金になって起きていること、緊張のピークの少し後、少しゆるんだときに症状が出る点もよく合っていることなどを説明した。
「では、頭痛薬が効かなかったことは、どう説明するのでしょうか?」ドクターが訊いた。
私なつをは、はっとした。まだ見落としていたのか・・・
「ええと、偏頭痛の場合、前兆の段階で薬を飲んだ方が効くことが多いんです。私も以前頭痛持ちで、薬を飲んでいたことがあったんですが、頭痛が激しくなってからだと、効きが悪いんですよね。」ナタリーが言った。今回ナタリーが最も原因究明に力を発揮した。
「なるほど、うまく説明できていますね。」ドクターはゆっくりと数回うなずいた。「では、どういう解決策を提示しますか?そして、推定原因と合わせて、クライアントののりこさんに、なんと言って説明しますか?湯水ちゃんを前にして、どう伝えるのか、それを実践してみましょう。相談タイムを20分差し上げます。」

「あたしなら、『あたしも頭痛持ちだったから、ほんと、おんなじ症状が出たことあるよ』ってストレートに言っちゃうかな。それで・・・早めに頭痛薬を飲むように言うのと、やっぱり伯母様の家にはなるべく行かなくて済むように作戦を考えるかな・・・えっと、先生が使われていた『けのろい』を使い続けるとか。」ナタリーが言った。ナタリーは正直で率直だ。
一方、クライアントに正直に言いすぎて契約を切られた経験があるコンサルタントのてっちゃんは、真実を告げることに対して慎重だ。「ただ、彼女の場合それが『呪い』だと信じているわけですよね。頭痛薬もあまり効かなくて、だから『一般的な頭痛ではない』と信じている。彼女の信念を覆して、頭痛だと説得しなければいけないのは、やりづらいですね。」
「なつをちゃんは、どう思うのさ。」ナタリーが訊いた。
「ええと・・・私は・・・その・・・真実を告げるべきだとは思うんですが、ちゃんと受け止めてくれるかどうか分からないし、また地雷を踏むことになるかもしれないし・・・その・・・」なつをはしどろもどろになってしまった。
「いいじゃん、言えば。そんなこと気にしてたら、何も言えないよ?」ナタリーはあくまで思ったことは言う、を貫く方針らしい。
ここでチーム外から湯水ちゃんが横やりを入れた。「ナタリーはさ、占い師じゃん?結構叱ってほしい女子、よく来るでしょ?ズバッと言ってほしい、という人が多いんだよね。占い師の先生のところって。ナタリーもビシッと言ってくれる先生、てことで定評を得ているしさ。だから、ナタリーが、いつもの感じで、占い師としてこの問題に関わったら、そのままストレートに言う、が正解だよね。一方、コンサルタントの場合、割と信念を持ったら中々曲げないような頑固な社長さんも相手にして仕事をするから、真実を告げるというよりは、少しずつ情報提供して、クライアントに気づいてもらう、クライアントに結論を出してもらう方がソフトでスムーズですよね。だから、てっちゃんの慎重に言う、もコンサルタントとしては正解だよね。で、なつをは、どういう姿勢でクライアントに向き合うの?自分の姿勢を決めないと、方針決めれないよ?」
その時ドクターは「その通り」と言うかのように、深く数回うなずいた。

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呪い(16)|恋愛ドクターの遺産第9話

「バラバラに生じているのではなくて、人間が起こす問題の場合、何か一貫した傾向があるはずだ、と考えることが大事です。」ドクターが念を押すように言った。
「でも、分かっても解決は簡単ではないですよね。だって、自己否定傾向が直ったとしても、夫や姑の性格は簡単には変わらないですよね。職場での仕事の引き受け方は変わってきそうですけど・・・」なつをが言った。
「そうですね。原因を推定するときは、解決の容易さを一旦脇に置いて考えることが大事だと思います。但し、本質的な原因が分かったら、それは、後々ずっと役に立つのです。たとえば、自己否定を治して、夫が変わるわけではない、としても、今まで責任転嫁型の夫や姑に合わせてきたから、彼女は苦しいけれどなんとか関係を保ってきたわけですね。でもそれをやめるということは、すぐには解決に至らないとは思いますし、いろいろ波風が立って大変な時期を経験するかもしれませんが、結果的にはいつか離婚になるでしょう。そして次に誰か大切な人を見つける・・・かどうかは彼女次第ですが・・・もし見つけるとしたら、そのときは、以前夫を引き寄せた自分とは違う傾向を持った人間として、相手を引き寄せるわけですから、少なくとも未来の夫の責任転嫁の度合いは、今の夫よりは少ないでしょう。今よりいい人を引き寄せられる可能性は高くなりますよね。逆にここでもしも、手をつけやすい解決策ばっかり考えたら、たとえば夫に色々要求してみようとか、断ることを覚えましょうとか、ですが・・・彼女は自己否定傾向をずっと抱えたまま、無理をしてその行動をすることになります。これでは中々解決しないでしょう。根本的なことを考えずに、やれそうなことだけやる・・・これ、ダメ社員の典型みたいな感じですが・・・それでは、長い目で見たときに、クライアントが救われないのです。」
「はぁ・・・」私なつをは深くため息をついた。その通りなのだ。やれそうなことを、何か提案しなくては、何か、何か、何か、と焦って、深く考えることを避けてしまう。そういうことが、今までも結構あったので、反省させられた。

「はい、では、ひとつの共通した根っこを見つける、という方向で、のりこさんのケースの原因を推定して下さい。セラピストチームの皆さん、20分差し上げますので、その時間内で、チームとしての結論をまとめて下さい。」ドクターはしっかりした調子でそう言ったあと、「では湯水ちゃん、私たちはコーヒーでも淹れてきましょうか。」そう言って、湯水ちゃんと二人で部屋を出て行った。

「20分で原因が分かる気がしない・・・」なつをがいきなり弱気な発言をした。
「まあ、やれるだけやってみましょう。」てっちゃんは達観している様子だ。
「頭痛だと思うけどねー。」ナタリーはマイペースだ。

5分ほどあれこれ議論になったが、結局結論は出そうになかった。
そこで、てっちゃんが提案した。「少し、何が起きているか、パターンを整理してみませんか?」コンサルタントだけあって、こういう難解なテーマを整理するのは得意なようだ。
みんなで意見を出し合い、結局まとまったのはこういうことだった。
・伯母の家に行くことが症状の引き金になっている
・緊張が最も高まるのはどうやら伯母の家に行く直前〜伯母の機嫌が判明するまで
・症状が出るのは、むしろ緊張のピークの後(帰宅後のこともある)
・症状は前兆の「紫のぐるぐる」+その後の「頭痛」「吐き気」がセットになっている
・頭痛薬は飲んだがあまり効かなくてやめた

「これらの症状を、うまく説明できる、単一の原因を探すことにしよう。」てっちゃんは言った。
実はこの合宿所には、心理学関係の本や、医学関係の本が色々置いてあったりして、調べ物をするには十分な環境だ。
「では、5分後に集合で。」てっちゃんが言った。
「5分か〜自信ないし〜」なつをが泣きそうな調子で言った。
「私は頭痛を調べるからね!」ナタリーはマイペースだが、一貫して頭痛を主張している。

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呪い(15)|恋愛ドクターの遺産第9話

迷走気味の議論を見て、ドクターが割って入った。「ええと、ある症状が発生している場合、あるいは複数の症状が同時期に発生している場合、その根本原因は、まずは一個と考える、というのが問題解決の基本です。」

「一個、なのですか?」なつをが訊いた。
「なつを君は、答えを聞こうとしているのですか?」
「あ、いやいや、そうじゃなくて、一個と考えるのが基本、ということを確認したかったのですが。」
「ええ、基本は一個と考えます。そして、一個で説明が付かないときに初めて、二個であると考えて推論します。」

私なつをは混乱した。幻覚を見ている、そして、頭痛に襲われる。吐き気がする。原因が一個だ、と言われると、分からなくなってしまった。

「ここで少し、考え方の基本を整理しておきたいと思います。」ドクターが言った。「彼女の症状に似ている例を使うとネタバレ、というか答えが分かってしまうかもしれないので、全然違う例を挙げて説明しますね。ある女性が、(1)やらなければいけない仕事が多すぎる。(2)家に帰っても非協力的な夫や高圧的な姑がいる(3)毎日がもうイヤになって死にたくなる、というみっつの症状・・・人間関係の問題も含めて「症状」・・・に悩まされているとします。それぞれの症状に対してバラバラに原因を考えるのではなく、同じひとつの根っこから、一見バラバラに見える複数の症状が現れているとしたら、根本は何だろう、と考える、ということを、まず最初にやるべきだ、と言っているのです。」

「つい、それぞれについて、ありそうな原因を考えてしまいますね。」なつをがつぶやいた。
「そうですね。でも、始めにすべきことは、共通の根っこが何かあるのではないか、と考えることなのです。ちなみにこのケースは架空のケースですが、この女性が『自己否定的な考え方をしている』というのが根っこになります。」
「自己否定的だと、どうしてそうなるのですか?」なつをが訊いた。
「まず、死にたくなる、という症状が出る場合には、大抵自己否定があります。問題が起きた時に他人のせいにしている場合は、余計な行動をとって周りを混乱させることはあっても、自分を消そう、そこしか逃げ場がない、という風にはなりにくいものです。やらなければいけない仕事、というのも、職場で『断れない』あるいは『誰もやろうとしないが、誰かがやらなければいけない仕事を自らやってしまう』などの形で、無意識に引き受けている仕事が多いんですね。責任感が強い人に多いのですが、責任感は罪悪感の裏返しです。罪悪感は、そう、ある種の自己否定ですよね。また、このような自己否定的な思考の人は割と、他者否定、つまり他人に責任転嫁して、仕事を押しつけるようなタイプの人とカップルになりやすいのですが、こうして非協力的な夫を引き寄せた可能性は非常に高いですね。」
「なるほどー。」ナタリーが一段と高い声で言った。

(つづく)

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呪い(14)|恋愛ドクターの遺産第9話

「ええと・・・呪いが原因とのことですから、あくまで対症療法になりますが、頭が痛くなったとき、頭痛薬をお飲みになったことはありますか?」
模擬セッションが再びスタートした。
「はい。呪いに襲われた後、どうしても辛くて頭痛薬を飲んだことはあります。なんとなく頭がぼうっとする感じがして、少しは痛みが軽くなる気がしたのですが、治ったとは言えないような感じでした。量を増やしたりするのも怖かったので、何度か飲んでみた後、やめて、それ以後は呪いを解く方法を探したり、そういうことをしてくれる先生を探したりしていました。」
「もうひとつ教えてほしいのですが。」さきほど地雷を踏んだからか、慎重な調子でなつをが質問した。
「はい。」
「おばさまの家に行ったとき、呪いの症状が強く出たり、あまり出なかったり、などの違いはありましたか?」
「はい。伯母の家に居るときからあの渦巻きに襲われることもあれば、そういうことはなくて、全て終わって家のベッドに横になったときに呪いがやってくることもありました。」
なつをは焦った。うまく質問できない。本当は、何が原因でその違いが生まれるのですか、と訊きたいのだ。だが、それが分からないから相談に来ているのであって、分からないことを訊いても何にもならない。
と、ここでてっちゃんが助け船を出した。「おばさまの家に行く日に、こういうことがあると、呪いの症状が強く出る、あるいは、こういうことがあると症状が弱い、など、呪いに影響しそうな要因で、何か気づいたことはありますか?」
そう、そう言いたかったのだ。なつをは思った。すらすらと言葉が出て来ない自分がもどかしい。
「あの・・・役に立つか分かりませんが、伯母の機嫌が悪いときの方が、あとで呪いの症状が強く出るように思います。ただ、不機嫌な伯母に会っても、帰宅後小さい渦が見えて、軽い頭痛だけだったこともありましたし、ハッキリとは分かりません。」
「呪いが強く出るときは、お母様に頼まれたお使いの内容が大変、とか、そういうことはありますか? あとそれと、お使いに行くときの気分と、呪いが出てくるときの気分を教えて下さい。」ナタリーが質問した。ナタリーはロジカルと言うより感覚派だ。
「ええと・・・母にお使いを頼まれたときの気分は、なんか、重い感じ。胸の辺りがずーんと重たい感じです。重いときの方が呪いの症状は強く出るような気もしますが、大抵いつも重いので、正直よく分かりません。呪いが出てくるときには、この重い感じは、なくなってる気がします。あ、でも、伯母の家に近づいて、呪いの前兆みたいなのを感じるときには、あります。この胸の重い感じは。」

こんな風にして、しばらく湯水ちゃん扮するのりこ役に対して、三人のセラピストが次々質問をする展開になった。ある程度質問が出尽くしたところで、ドクターが次の指示を出した。

「では、そうですね。そろそろ原因を考えるのに十分な情報が出たと思いますので、ここで三人で相談して、何が原因だと思うか、それをまとめて下さい。」

クライアント役をするのは神経を使う。あまりに意地悪をして真実を隠してしまうと模擬セッションが迷走してしまうし、逆に答えをばーっとぶちまけてしまうほどのバカ正直さでは、学びにならない。不注意から余計なことを言ってしまっても、ケーススタディーを台無しにしてしまう危険性があるし、かと言ってあまりに神経質になると、その緊張が前面に出てしまって、セラピストがクライアントの感情を読み取る部分に、かなりの悪影響が出る。
お役目が終わって、ほっとした表情の湯水ちゃん。一息ついているドクター。
そして、これから難題に取り組もうとしている、重苦しい空気のセラピスト担当の三人、と明らかに明暗が分かれた。

「私ね、やっぱり頭痛だと思うの。」ナタリーが言った。「私もストレスで頭痛が出ることがあるし、彼女相当のストレス下におかれているでしょう?頭痛ぐらい出ると思うのよね。」
「でも、頭痛薬はあまり効かなかったみたいですけど。」なつをが言った。
「そうなんだよね・・・僕も始めは偏頭痛とか、そういう生理的なものかな、と思ったけど。ストレスから頭痛が出てもおかしくはないと思うから。でも頭痛薬、効かなかったんだよね。」と、てっちゃん。
「でも、あの『呪いの症状』と言っていた、紫色の渦は、何なんでしょうかね?幻覚が見えたとか?幻覚なら、統合失調症があるとか、何か説明が必要ですよね?」なつをの表情は固い。
「統合失調症で、頭痛持ち、か。大変よね、彼女。」ナタリーはどんなときも脱力系の話し方だ。
「ちょっと待って、そう決めつけてはいけないんじゃないの?」てっちゃんが諫めた。

迷走気味の議論を見て、ドクターが割って入った。「ええと、ある症状が発生している場合、あるいは複数の症状が同時期に発生している場合、その根本原因は、まずは一個と考える、というのが問題解決の基本です。」

(つづく)

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呪い(13)|恋愛ドクターの遺産第9話

「ほう、なつを君、積極的ですね。では他のお二方も、協力してこの課題に取り組んで下さい。」

ここまでで、担当と課題がこう決まった。

担当
恋愛ドクターA 司会進行役 (事情を知っている)
湯川みずほ(湯水ちゃん) クライアント役 (事情を知っている)

なつを メインセラピスト (事情は知らない)
ナタリー サポートセラピスト (事情は知らない)
清水哲男(てっちゃん) サポートセラピスト (事情は知らない)

課題
「呪われている」という相談 5年ほど前の事例
本当のクライアント のりこ(この場には来ていない。湯水ちゃんが代役)

 

「では、始めて下さい。」ドクターが形式張った調子でそう言って、課題が開始された。

「あの・・・頭痛や吐き気が出るということですから、頭痛薬を飲まれたことはありますか?」なつをが質問した。
「はい。呪いに襲われた後、どうしても辛くて頭痛薬を飲んだことはあります。なんとなく頭がぼうっとする感じがして、少しは痛みが軽くなる気がしたのですが、治ったとは言えないような感じでした。量を増やしたりするのも怖かったので、何度か飲んでみた後、やめて、それ以後は呪いを解く方法を探したり、そういうことをしてくれる先生を探したりしていました・・・あの先生、先生も私の『思い込み』とか言うんじゃないでしょうね!」湯水ちゃん扮するのりこはリアリティーたっぷりの名演技だ。
「えと・・・あの・・・決してそういうわけでは・・・」なつをは開始早々しどろもどろになってしまった。

ここでドクターが、ストップをかけた。ドクターストップだ。「さてなつを君、いきなりクライアントの神経を逆なでしたようですね。何がいけなかったと思いますか?」
こんな短い時間なのに、体中にイヤな汗をたくさんかいた。汗を拭きながらなつをは答えた。「ええと、呪いという訴えを疑ってかかったこと、でしょうか。」
「サポート役の皆さんのご意見は?」
「私も同意見です。」てっちゃんが言った。「私は仕事柄、粉飾決算をしていたり、横領ギリギリの線で会社のお金を私物化していたりという社長がクライアント、みたいなこともあるのですが、いきなり問題点の指摘ばかりすると『お前は税務署の回し者か』とか言われて契約を切られてしまうこともあり得ます。実際先輩からそういうことがあったと聞かされました。だから、社長が『売上が上がらなくて苦しい』と訴えていたら、たとえ本心では『アンタの使い込みのせいでしょ』と思っても、まずは売上が上がらなくて苦しい、という話にも、真実があるという前提で話を伺うようにしています。」
「では、どう訊いたら良かったと思いますか?」ドクターはあくまで冷静に進めていく。
「そうですね。たとえば・・・」てっちゃんはそう言ってから目線を天井の方に向けて考え始めた。そして言った。「『呪いが原因とのことですから、これはあくまで対症療法ということにはなりますが、頭が痛くなったとき、頭痛薬をお飲みになったことはありますか?』みたいに訊けば、クライアントの考えを踏みつぶすことはないと思います。」
「そうですね。あくまで本質的解決策ではない、対症療法だけれど、頭痛薬はどうか、というロジックで行く、これは大事だと思います。そして、てっちゃん、『呪いが原因ですから』ではなくて『呪いが原因とのことですから』という言い方も、素晴らしいですね。」
「どう・・・違うのですか?」なつをは少し混乱してきた。
「なつを君、もうちょっと頑張りましょう。『呪いが原因ですから』という言い方は、【呪いがこの症状の原因】という意味と【その解釈に私も同意している】というニュアンスを含みます。一方『呪いが原因とのことですから』という言い方は、【呪いがこの症状の原因】という意味は同じですが【その解釈はあなたのものであって、私が同意しているとまでは言っていない】というニュアンスが込められています。『とのこと』というたったの四文字を入れるだけなのに、相手の考えは尊重しつつ、自分の軸はぶれない。健全な境界線を引くような言い方になっていますね。」
「えっ?」なつをはすぐには理解できなかった。しばらく考えているうちに、だんだんふたつの言い方の違いが分かってきた。「先生、私がよく、他人の地雷を踏むのは、こういうニュアンス・・・でしたっけ・・・の違いをうまく使いこなせていないからなのですか?」
「まあ、それも多分にあるでしょうね。カウンセラーをする場合、このあたりの表現力をしっかり身につけることは、大事だと思いますよ。」
すこしうつむいたように見えるなつを一瞥したあと、みんなの方を向いてドクターは続けた。「では、続けていきましょう。」

(つづく)

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熱い議論|呪い(12)|恋愛ドクターの遺産第9話

「でも、先ほどのクライアントの、のりこさんの場合は、もう散々『呪いだ』『呪いだ』と騒いで、オオカミ少年のように、母親にはおそらく『またか』と思われているんですよ。」
「何だか、切ないです。悲しいです。」
「そうですね。だから、私たちがカウンセリングの時に、のりこさんが『呪いだ』と主張したことを、頭ごなしに否定せず『どうしてそう思ったのですか?』と丁寧に訊いていったとき、のりこさん、嬉しそうでしたよね?」
「確かに、そうでした。何だか初めて、自分の主張にちゃんと耳を傾けてくれる人がいた、という感じに、嬉しそうでした。」
「それで、話を戻すと、お母様からは、どうせ既に『またか』と思われているんですよ。そもそも、仮病の一種ぐらいに、今までも思われてきたのでしょう。だとしたら、おばさまの家に行く前に『呪いの症状が出た』と騒ぎ始めても、それほど違和感はないでしょう。」

「それは・・・そうですけど・・・」
「お母様から見て、今までののりこさんと、大きくは変わらないけれど、ちょっとだけ変わって、お使いに行く前に『呪いの症状だ』と言うようになった。これは、違和感が少ないですね。そして、のりこさんの立場からすれば、結果的におばさまの家に行く頻度を下げることが出来る、という実益があります。ほら、一番無理なく、クライアントの心理的ストレスを減らす道になっているじゃないですか!」

湯水ちゃんは、しばらく何も言えなかった。そうなのだ。考えてみればみるほど、先生の提案が合理的に思えてきたのだ。言い方が軽かったから、適当な提案を言ったように感じていたが、先生はもっともスムーズに無理なく、クライアントの負担を減らす道を考えて、あのような提案をしたのだった。
こういう柔軟さがない自分に嫌気が差したし、先生と自分の差があまりに大きいことに愕然としてもいた。

 

・・・場面は戻って、合宿・・・

「というわけで、かつて湯水ちゃんが私の助手を務めていた頃に相談があった『呪いを解いてほしい』というテーマについて、当時のことを説明させて頂きました。」ドクターが、合宿のメンバーに、当時の相談内容を説明したあと、そう付け加えた。
ドクターと一緒に説明を終えた湯水ちゃんが、ペコリと一礼した。

「では今から、この相談事例を教材として、どんな風に進めるべきなのか、そして本当の原因は何だと思うか。みんなで考えていきたいと思います。」ドクターは司会進行役を務めている。

合宿二日目のテーマは、「呪い」という、到底合理的には信じられない原因を信じて相談に来たクライアントに対して、どう接するのが良いのか、という課題だ。この合宿に参加しているのは皆、すでに自分のお客を持っているプロのカウンセラーたちだ(一部コンサルタントなど、少し別の職業も混じっているが)。だから、取り組む課題も超S級の難題だ。

「先生、本当に呪いなのですか?」なつをが質問した。
皆がどっと笑った。それを考えていくのが課題なのに、いきなり答えを聞くような質問をしたので、ドクターも少し困っている。
「なつを君、キミにはナイスボケ賞を差し上げます。」苦笑しながらドクターが言った。そして真面目な調子に戻って「何かそれをどうしても訊きたい理由でもあるのですか?」と改めて訊いた。
「えと・・・失礼しました。でも、この問題を呪いと捉えるのか、呪いではなくてクライアントが思い込んでいるのだ、と捉えるのかで、取り組みの方針が全く変わってくると思いまして・・・今日はどちらの方針で進めることを、先生は意図されているのかな、と思いまして・・・言葉足らずですみませんでした。」なつをはぺこりと頭を下げた。どことなく、湯水ちゃんのしぐさと似ている。
「なるほど。そういうことですか。まさにその点を考えてほしいのです。私の意図に沿ってほしいのではありません。この課題に取り組む皆さんが、どういう方針を打ち出すのか、それを自分たちで決めてほしいと思っています。なお、事情を既に知っている湯水ちゃんはクライアント役として、当時ののりこさんに成り代わって、色々な質問に答えます。」

少し沈黙があったあと、ドクターが提案した。
「では、主担当を決めましょう。司会役の私、クライアント役の湯水ちゃんを除いて、全員でチームとなって、このケーススタディーに取り組むわけですが、クライアントの前に座って、セッションをリードしていく主担当、メインセラピストを誰か決めましょう。やってみようと思う人!」
そこで手を挙げたのは、なつをだった。
「ほう、なつを君、積極的ですね。では他のお二方も、協力してこの課題に取り組んで下さい。」

(つづく)

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