「お友達にはひょっとして『高望みしすぎなんじゃない?』みたいなことを言われたりしましたか?」ドクターが優しく尋ねた。
「あ、はい、言われました。でも、私がお断りしたような自己中心的な方と、平然と付き合える人っているのかな?と思いました。たぶん、私に『高望み』と言った、私の友人も、その、自己中心的な男性を見たら、断ると思います。」なつをはドクターにも「高望み」と言われることを警戒しているのだ。だからつい、自分の判断は当然だ、という主張をするような言い方になってしまう。
「なるほどね。でも、安心して下さい。私は、なつをさんが高望みだから恋人が出来ないのではなくて、そもそもその人とは、大抵の女性はやっていけない、と想定しています。詳しくはお話を伺いながら考えていきます。一緒に解決策を考えていきましょう。」ドクターは丁寧な調子で受け答えしている。
なつをはこのとき、こう思った。ああ、この人は私の立場をちゃんと分かってくれる人だ、と。人は自分の見ている世界から、他人のことを判断しがちだ。たとえば、自己中心的な男性があまり寄ってこない女性は、男性とは、色々お願いしたらそれを聞いてくれるものだ、と思っていたりする。一方で私のように、自己中心的な男性が寄ってきてしまうと、断るのも気疲れするし、かといって熱心に口説いてくれるからといってお付き合いすれば、それもまた本当に疲れることになる。そして、そういう悩みを、自己中心的な男性に悩まされていない女友達に相談すると、ほぼ、分かってもらえない。高望みなんじゃないの? みたいに言われることもある。
出会いの質や量は、本人の意識的な努力ではどうにもならない部分もあって、そもそも不公平に出来ている。私は不公平の、残念な側に属していると思う。
ただ、この先生は、そういうことを分かってくれる人だと思った。私のワガママだとか、高望みと決めつけず、話を聞いて、真実に迫ろうとしてくれている。その安心感が、本当にありがたかった。今日は来てよかった。
ここで湯水ちゃんがなぜか突然咳き込んだ。
「大丈夫ですか?」なつをが声をかけた。
「あ、(ごほんごほん)、だ、大丈夫です。お気遣いなく。なぜか(ごほんごほん)突然むせてしまって。」
「なつをさん、大丈夫ですよ。お気遣いなく。」ドクターも言った。「湯水ちゃん、外してもいいですよ。」
湯水ちゃんが一旦席を外した。壁の向こうから咳き込む声が聞こえる。
「ところでなつをさん、こういう風に、自己中心的な人が寄ってきて、恋愛の始まりが難しい、というケースの場合、さらにさかのぼると、オレサマ的、自己中心的な人と交際してしまって、本当にしんどい恋愛をした、という経験をお持ちの場合が多いのですが、どうでしたか?」
なつをは図星を指されて少し驚いた表情になって、それから言った。「はい。おっしゃるとおりです。ここ一年半ぐらいは恋人がいない状態が続いているのですが、その前は、何もかも自分の思い通りにしないと怒鳴ったり、怒鳴らないときもとても怖い目でこちらを見ながら、理路整然と私の間違いを指摘し続ける、というようなことをしてくる彼氏で、交際が続くにつれてどんどん生気が無くなっていく私を見るに見かねて、友達が何人か介入してきて、それで別れることになったんです。私も始めは、辛くて苦しいのに更に別れが来るのが怖くて、友達にも抗議したのですが、今となっては、強制的に別れさせてもらって、感謝しています。あそこで別れたことはとても辛かったけれど、続けていたらもっと傷は深かったと思います。」
ここで湯水ちゃんが戻ってきた。
「大丈夫ですか?」なつをがやはり声をかけた。
「いえいえ、失礼しました。大丈夫ですよ。本当にお気遣いなく。」と湯水ちゃん。
そもそも、なつをが恋愛ドクターのことを知ったのは、友人から教えてもらったからなのだった。
・・・
なつをが恋愛ドクターのことを知るきっかけになったのが、この一件だった。暴君のような彼氏との交際で、日々心労が溜まり、どんどん生気が失われていくなつをを心配してくれた友達に、つい実情を話してしまったのだ。
「あのね、恭子」
「うん」
「私ね、彼に会うのが怖い。」
「どうしたの?なつを。」
「・・・・・怖い。」
なつをはただ涙をぽろぽろこぼすだけで、言葉が出て来なかった。