「有紀さんは、社長さんからの愛情を、意識してもっと受け取った方がいいと思います。」
「ええっ!?」なつをは、つい声を出してしまった。
ドクターは、意に介せず、話を続けた。「社長さんから受け取る愛情を、もっと、心の深いところで、しっかりと受け取る。それが今の課題だと思います。」
まさかの、不倫肯定か。こんな方針を先生が出してきたので、セッションが終わったあと、先生と私なつをとの大議論になったのだった。結局この日は、先生がリアルライフセラピー的に行動課題を出して終わった。
大きくはこんな方針だ。まず彼と別れることを最終的な目標とするが、いますぐには別れない。そして、彼がハグしてくれたら、その愛情を感じながら、過去の寂しさを思い出す。こうして、子供時代の愛情飢餓を癒していくことをまず優先する。また、彼が作り出している安全な場、・・・たとえば職場の空気など・・・を感じながら、子供時代に、家ではそういう安心感がなかったことを思い出し、安全の欲求が十分満たされていない部分をしっかり埋めていく、などだ。
子供時代に足りなかったものを彼に求めているのだから、彼からしっかり受け取りきって、それで卒業しよう、という方針だ。
「きっと、受け取りきったら、今よりずっと、楽に離れられるようになっていると思いますよ。」ドクターは言った。
ドクターの提案は、こんな感じの、しっかり受け取って、解決のためのエネルギーにしましょう、という提案だった。この時点では、私なつをは受け入れられず、ついつい、セッションが終わったあと、あのような議論になってしまったのだった。
第三幕 指令:幸せでいてはいけない
「先生、今度のクライアントさんは、妙子さん36歳。ずっと彼氏ができない、というご相談です。お申し込みの時に頂いた手紙では、アダルトチルドレンだそうです。」
「なるほど。そうですか。アダルトチルドレンだと言うからには、何か、幼少期の家族問題があったということですか?」
「はい。ご本人さんによれば、父親が機嫌が悪いと暴言を吐き、母親は怖いからそれにただ唯々諾々と従う、という、典型的な機能不全家族だったそうです。ええと、少し大きくなってからは母親の愚痴聞き係も、ずっとやっていたそうです。」
「なるほど。それを聞くと、アダルトチルドレンだったというのは、確かなようですね。」
「そのようですね。それで先生、夫婦仲が悪いと子どもに悪影響がある、というのは、よく聞く話ですが、夫婦仲を解消すれば、悪影響も解消する、という風には行かないわけですよね?」
「そうですね。」
「彼女は、本を読んで、そんな風に勘違いした時期もあったようです。それで、母親に、夫との関係(彼女から見た父親)を何とかしてくれと何度も頼んで、結局、両親は離婚したそうです。」
「なるほどね。」
「彼女が25歳の時に両親が離婚したことで、問題は解決するかと思ったら、結局、現在36歳に至るまで、彼氏はできず、全然問題が解決できていないことに焦り、それで、相談を申し込んだ、と、そういう経緯のようです。」
「なるほど。両親の夫婦仲が悪いことは、確かにアダルトチルドレンが出来る経緯、きっかけになることは、よくあることではありますが、一度心に受けた影響は、今度は自分の心の中にある原因、となるわけですから、そこから両親の夫婦仲が回復したり、両親が離婚して家庭内の空気の悪さが解消したりしても、必ずしもメンタルな問題が解決するわけではない、ということは、知っておく必要がありますね。」
「そうですよね。夫婦仲を改善さえすれば、全て解決する、みたいに思ってしまう書き方が、本によっては、なされていますけど、それは・・・」
「そうなんです!特に、社会学系の本に多いですね。社会学というのは、社会をよくすること、社会の仕組みをどうするか、といったことを考える学問です。アダルトチルドレンが生まれる土壌が機能不全家族で、その最たる特徴が夫婦仲の悪さなら、そういう家庭を減らすことで、次の世代を救うのが、社会学です。但し、社会学では、すでにそのような家庭で育ってしまった人を救うことは出来ないんですね。石に躓いて転んで骨折した、という例で考えると、石を取り除いて、次に転ぶ人が出ないようにしよう、というのが社会学。でも、転んで怪我した人は、石を取り除いても治らないわけです。転んでしまった人の治療を考えるのが心理学です。」
「先生、分かりやすいたとえです。」
「ありがとう。それで、彼女は最初は社会学的な発想をしてしまった、ということですね。でも、自分がアダルトチルドレンだと言うことを、ちゃんと見つめて、心理学的な取り組みの方に、今はシフトしている、ということでいいのかな?」
「そうみたいです。但し、そうやって、アダルトチルドレンを抜け出すための取り組みを色々してみたけれど、それでもやはり、彼氏ができない、という問題が解決しなくて、それで先生に相談したいようです。」
「なるほど、やり甲斐がありそうですね。」
「先生、よろしくお願いします。」
「ええ、もちろんです。」
・・・
ノックの音がして、今日の相談者が入ってきた。妙子(たえこ)さん36歳。彼氏が36年間できない、ということでの相談申込だった。
「こんにちは。」
「こんにちは。」
互いに挨拶をして、ドクターも妙子も着席した。
「ええと。」話し始めたのはドクターの方だ。「恋人ができない。今まで一度もつき合ったことがない、とのことでしたが。」
「はい。そうなんです。」
「恋人が出来たらいいな、という方向性でいいんですか?」ドクターが質問した。
少し間があって、妙子は、先ほどよりも小さな声で「・・・はい。」と答えた。
「・・・なるほど。」ドクターも少し間をとって、それから話し始めた。「恋人を作るには、まずは、出会いを作らないといけないわけですが、いま、適齢期の男性と、月当たり、何人ぐらい知り合うチャンスがありますか?」
「ほとんどありません。」妙子は間髪入れず答えた。
「そうですか。それは困りましたね。」
妙子は無言で、かすかにうなずいたようだった。
(つづく)
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