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シングルを卒業(1)|恋愛ドクターの遺産第5話

第一幕 相談

「そんなの昔から、『亭主元気で留守がいい』って言うじゃない。それでいいのよ。大丈夫だって。」香澄が言った。
香澄はゆり子の友達だ。よくランチをしたり、お茶をしたりする仲である。今日は喫茶店に入り、おしゃべりをしているうちに、現在の夫婦仲の悩みを、ゆり子はつい話してしまったのだった。そして、香澄の回答が、それだ。
「そうかなぁ、私はそこまで割り切れないけど。」ゆり子が応えた。
「いつまでも愛が長続きする、って、かなり無理があると思うよ。一緒に住んだら相手に幻滅することもたくさん出てくるし、それを受け入れていかないと、結婚生活は続かないと思う。結婚って結局、がまんの連続だよ。」香澄の持論は強固で、一歩も引く様子はない。
「まあね・・・」ゆり子は、この話題、出さない方が良かったかな、とちらっと思ったが、今さらそれを悔やんでも仕方ない。覆水盆に返らず。もうこの話題を出したことを取り消すことは出来ない。そして「そうかもね・・・」と、お茶を濁した。
ここでこの話題は終わりになる、そう思ってゆり子が安心しかけたとき、「私は違うと思う。」毅然と言い放ったのは順子(よりこ)だ。「私は、相手の話をちゃんと聞くことが大事だと思う。信頼関係があれば、仲良し状態は続くよ。」
この一言が、火に油を注ぐ格好になった。香澄は一段と声のトーンが高くなって、順子に質問を投げた。「順子はさぁ、だんなさんに不満とかないわけ? 相手の話を聞く、って言うけど、順子が話を聞くの?それとも、だんなさんが順子の話を聞くの?」
「えぇと、両方かな。私も話を聞くように心がけてるし、彼も話を聞いてくれるから。不満、というか、その時その時で、相手に言いたいことはあるけど、それはちゃんとお互い伝えているし、確かにお互い欠点はあると思うけど、そんなに気にならないのよね。」
「それって、単に順子が我慢してるのと同じじゃないの?」香澄はあくまで持論に固執している。
「違うと思うけど・・・我慢って言うのは、受け入れていないのを、受け入れたフリするって言うか、不満を溜めたままフタをするっていうか、そういうことでしょ?」
「え!?何? 私が不満を溜めたままフタしているって言いたいわけ?」
「だって、『我慢』しているんでしょう?」
険悪なムードが漂い始めて、ゆり子はこの話題をこの場で出したことを心底後悔した。(あぁ、こんな話になるんだったら、言うんじゃなかった・・・)
「私、そろそろさくらのお迎えだから、行かなくちゃ。」ゆり子はこの場にいるのがあまりに辛くて、本当はあと30分ぐらいは大丈夫だったのだが、そう言って席を立った。

・・・

買い物、お迎え、夕飯、などなど、日々の雑用(ルーティーン)を終えて、ひとりになった。忙しいときは忘れていられたが、全て終わって、夜一人ぼうっとしていると、つい考えてしまう。果たして自分は、夫の幸雄を本当に「受け入れて」いたのだろうか、と。それとも単に「不満を溜めているがフタをしていた」に過ぎなかったのだろうか。もちろん、関係がこじれて、今は一緒にいるのが辛いから、別居しているわけで、今は受け入れているとは言えない。でも、結婚生活を普通に続けていたときも、いや、もっとさかのぼって、交際していたときであっても、本当に彼のことを「受け入れて」いたのだろうか。それとも単に「不満を持っていたが、別れるのが怖くて、フタをしていた」だけなのだろうか。
昼間の香澄と順子の議論は、確かに居心地が悪かったが、今振り返って考えてみると、香澄の持論にも一理あると、ゆり子は思った。香澄はいつも正直で率直だ。「言ってはいけない」というタブーが嫌いで、みんなが遠慮して言わないようなことも、堂々と言う。まあ、どちらかというと、思ったことを我慢できず言ってしまう性格とも言えるのだが。
不満を溜めてしまい、どこかでそれが、修復不可能なレベルに達して、別居や離婚に至る。そうならないために、香澄は「留守がいい」つまり、距離を取ることで壊滅しないようにコントロールしているのだろう。そのやり方を「後ろ向き」と批判する資格は自分にはない、とゆり子は思った。まだ同居している香澄のところと、すでに修復不可能になりかけている自分たち夫婦を比較して、そう考えてしまう。
順子のところは、お互い、話を聞き合うことができていて、きっと、不満をため込まずにいられるのだろう。話をすることが、いいガス抜きになっていることも大事な要因だろうし、順子が「それがうまく行く秘訣」と言うのも嘘ではないと思うけれど、そもそも、二人が一緒にいるときに、いつも楽しそうに見える。元々相性が良いのかもしれないな、と思わずにはいられない。今まであまり考えたことはなかったが、こうして改めて考えてみると、相性がいい相手と結婚することのメリットは計り知れない、と思った。
「相性ってあるのかなぁ。」ゆり子はひとりつぶやいた。「相性ってなんだろう?」

(つづく)

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