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霞の向こうの神セッション(14)|恋愛ドクターの遺産第7話

「では、彼の中の『感情を大切にして決める』という個性ですが、これをユミコさんが自分の中に根付かせるための行動課題を最後に決めましょう。」
「はい、お願いします。」
「いくつかやり方があるのですが、一番シンプルなのは、彼がどんな風に考えていたか、それを見習うという方式ですね。」
「見習う・・・と言いますと・・・?」
「ユミコさんが、彼と出会う前に使っていた思考パターンと、彼がよく使う思考パターンは、もちろん、違っているわけです。彼がよく使っている思考パターンを、必要に応じて呼び出せると、問題は一番スッキリ解決するんですが。」
「呼び出す・・・ですか・・・?」
「たとえば、彼がよく使っているひとりごとなんてありますか?」
「感情を大切にして決めるときに、ということですよね?」
「もちろんそうです。」
「あ、そう言えば彼はよく『そのまんまでいいんだよ。』って言ってました。『まん〜ま』にアクセントがあって『そのまん〜までいいんだよ。』という感じで。」
「『そのまん〜〜〜〜までいいんだよ』ですか!」ドクターはわざと「まんま」の「ん」をかなり長く伸ばして発音した。その言い方が面白くて、カウンセリングルームは笑いに包まれた。

「だから、これを利用して、何か判断に迷ったりしたときには『そのまん〜まで決めてみようかな』とか『そのまん〜まの自分だったら、どっちを選ぶかな?』とか、そんな風に使ってみて、彼が使っていた考え方を、自分の中に取り込んでみましょう。

「はい、これならできそうな気がします。」

「そして、こうして、彼に期待してきた要素を、自分の中にしっかり根付かせていく取り組みが進んで、気持ちの上で自信が付いてきたら、きっと、ああもう離れても大丈夫かな、と踏ん切りが付くと思いますよ。」
「はい、そうなりたいです。」

「では、今日はここまでとしたいと思います。ありがとうございました。」
「先生、ありがとうございました。」

 

第六幕

ゆり子はノートを閉じた。
今回のノートは、夢の中の話が展開していて、なんとも言えない不思議世界だった。ゆり子自身もいま夢から醒めたような気持ちがしていた。
「夢の中のセッションで問題が解決していくことがあるのかぁ・・・心の底には、本当はどうしたいのか、その気持ちが始めからあるのかもしれないなぁ・・・」ゆり子はつぶやいた。
そして、理想人間と感情人間の話。ゆり子夫婦は、明らかに夫が理想人間で感情を軽視する傾向、ゆり子が感情人間で、夫の堅苦しい価値観の話などが苦手なタイプだ。
「相手に期待していた要素を自分に根付かせる・・・夫の堅苦しい価値観・・・そんな風に一面的な見方をしてはいけない、とドクターに注意されそうだが・・・を自分に根付かせる・・・」なんだか、あまり乗り気のしない方針だと思えた。

「覚悟を決めるといっても、どっちに向かって覚悟を決めるのか、そこが定まらないと、決めようがないのかもしれない・・・」ゆり子は、自分自身に、何かを決めるときの軸がないことを、改めて痛感していた。

(第七話 おわり)

(つづく)

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霞の向こうの神セッション(13)|恋愛ドクターの遺産第7話

「彼は、おおらかで、小さなことにもキリキリしてしまっていたユミコさんを優しく包んでくれたんですね。」
「はい、当時、そう感じていました。」
「そのおかげで、ユミコさん自身も、少し自分をゆるめることが出来るようになった・・・のですか? あ、勝手に推測してしまいましたが。」
「え、あ、はい。その通りです。彼がいてくれるおかげで、何でもきちんとやり過ぎず、『まいっか』みたいな心を持てるようになったと思います。」
「彼のおかげで、自分をゆるめることを覚えた。これは、実は必要な成長の段階なので・・・」
「そうなんですか?」ユミコはちょっと驚いたような調子で言った。
「ええ。そうです。」相変わらずドクターは、いつも通りの調子で応えている。「子供時代から、学童期まで、とにかく、もっと、もっと、と毎日、毎週、毎月、毎年、以前よりも成長した自分を作っていきます。まあこれは、人間として必然的なことです。でもどこかで、成長のアクセルをゆるめるときが来るのです。そのタイミングが来ているのに若い頃と同じようにずっとアクセルを踏み続けると、おかしくなってしまうんですね。」
「私、おかしくなりかけてました。」
「そのときに、ゆるめてもいい、ゆっくりしてもいい、『もっともっと』と頑張らなくてもいい、と、自分をゆるめることができるというのが、逆説的ですが、この段階での成長なのです。」
「なるほど・・・成長期とは違うのですね。」
「そうなんです。そういう意味で、ユミコさんの場合、彼と出会ったことが、いい成長のきっかけになったのだな、という風に、私には見えました。」
「ああなるほど。そう考えると、私と彼の出会いも、意味があった気がします・・・でも・・・」ユミコはまだ少しばかり腑に落ちないといった表情をしている。
「でも・・・?」
「彼が、同じように成長の段階を踏んで、自分をゆるめることが出来るようになった、とは思えません。」
「ははは。なるほど。なかなか厳しいですね。」
「あ、すいません。」
「いやいや、男性を甘やかさない女性、歓迎ですよ。そうあるべきです。」
ユミコは少し照れた様子で黙っていた。

ふう、と一息ついて、ドクターが口を開いた。「そうですね。確かに彼が、今のまま、もっとゆるんでしまったら、社会生活を送る上で必要な能力が足りないまま、『まいっか』『これでいっか』となってしまいそうですね。」
「そうなんです。それって、そのままではダメですよね?」ユミコは少し不安そうな調子で訊いた。
「ここは、なかなか難しいところです。上から目線で『いい』『ダメ』と判断するような権利は誰にもないと思うんですが、実際、生活を共に送ることを考えると、ちょっと無理、という相手はいると思います。こちらに十分なゆとりがあれば、彼のゆっくりペースの成長につき合ってあげることも可能かもしれませんが、仕事もあるし、子供も欲しい、その中で自分自身の楽しみも必要だし、将来に向けての学びも必要だし、貯蓄も・・・と考えていくと、『あなたとはムリです』という結論を出すことも、立派な決断だと思いますよ。」

「そうですよね・・・」ユミコは納得しているようだったが、それでも何か、まだ少し引っかかるものがあるようだ。

「ところで、今私が考えた用語ですが『理想人間』と『感情人間』という考え方を、ちょっと持ってみませんか?」
「『理想人間』と『感情人間』ですか?」ドクターがヘンな表現をしたので、ユミコはちょっとクスッと笑った。
「ええ。何かを決めるときに、自分の感情・・・まあ簡単に言えば『快』『不快』で決めるのが感情人間。それに対して『筋が通っている』『価値観に合う』『道徳的』『そうあるべき』といった、理想を掲げて、それに沿っているかどうかで決めるのが『理想人間』です。」
「あっなるほど。彼は感情人間、私は理想人間の方だと思います。」
「そうですよね。そして、お互いに、自分の持っていない要素ですから、相手に惹かれるわけです。」
「ああなるほど。そうかもしれません。私、自分の感情をあまり感じていなかったから、感情豊かな彼に惹かれたのかもしれません。」
「そうですね。そして、お別れするときのポイントですが・・・」
「はい!ぜひお願いします。」
「相手に期待していた要素を、ある程度、自分のものとして身につけることが大事です。このように、自分が持っていない要素を相手に求めて始まった恋愛の場合、相手の持っている要素を自分のものに出来たとき、依存や執着をせずに、相手との関係を終わらせることが出来ます。」
「はーーーー・・・・」ユミコは、わかったーという顔をして、しばらく「はー」と言い続けた。そして、続けた。「そっか、それで私は、彼と離れることに、何だか抵抗があったんですね。まだ、自分ひとりで、感情を大切にしたり、理想ばかり追求せずに自分の気持ちベースで『まいっか』と判断したりする自信が、ないんだと思います。」
「だから、イライラしながらも、彼をそばに置いておこうとしてしまう、と。」
「そうです。」
「それなら、彼がいなくても、自分の中に、感情を大切にして物事を判断する基準というか、人格というかが育ってくれば、彼を手放しても大丈夫、という気持ちになれると思いますよ。」
「そうなんですね!まだ実感はないですけど、その方向でやってみたいです。」

「あの・・・横から口を挟んですみません。」私なつをはどうしても気になることがあって、つい口を挟んでしまった。「確か、夢の中のセッションでは、彼氏さんとは別れる方向で考えているけれど、何か踏ん切りが付かなくて、その理由が、完全に別居するまで居候させてもらうのが気が引けるとか、そんな感じでしたよね?」余計なことを言って先生に突っ込まれるかとドキドキしながら先生の方を見たら、先生は納得した様子でうなずいていた。

「ああ、なつを君、良いポイントですね。いつそのことを訊こうかと考えていました。そう、確か、夢の中では、彼氏とは別れるけれど、何ヶ月か住まわせてもらうことに対して、良心がとがめる的な動機だったんですよ。こうして話していてたどり着いた動機と違っているので、どっちが本当なんでしょうね、という話をしたいと思っていました。」
「ああ・・・なるほど・・・両方ある気がします。ただ、自分の中に『感情人間』の要素が少なくて、彼を失うと、それを失ってしまうことが抵抗があったんだな、という、今先生が話して下さった原因の方が大きいと思います。」

「そういうことですか。なるほど、納得です。」ドクターはそう言ってなつをの方をちらっと見た。
「あ、はい。私も納得しました。話の筋は通っているし、これで進めていいと思います。」先生に意見を言うのはいつも緊張する。
先生も今回は納得したようで、私の言葉をうなずいて聴いてくれた。

(つづく)

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霞の向こうの神セッション(12)|恋愛ドクターの遺産第7話

ドクターは、一旦ゆっくり深呼吸して、それから言葉を発した。
「こういうとき、大事なことは、心の内にどんな動機があるか、それを真っ直ぐに見つめることなんです。」
「はい、お願いします。」
「ユミコさんは、今となってはイライラさせられる彼とつき合うことを選んだわけです。ということは、彼の何かに魅力を感じていた、ということになりますよね? それは何でしょうか?」
「あっ・・・そうですよね。そう、そうなんですよ。出会った頃は、彼のおおらかなところがとても魅力的に感じて・・・私、その頃もアレしなきゃコレしなきゃとテンパっていて、その時に彼が優しく見守ってくれるような気がして、すごく気持ちが楽になったんです。」
「そうですか・・・それは素敵な出会いでしたね。」
「はい・・・でも、ずっとつき合っていくうちに、おおらかと言うより、あまり何も考えていなくて、イイカゲンだと感じるようになってしまいました。」
「なるほど・・・これはよくあるパターンなんですが、彼がイイカゲンだと、色々細かいことを考える役回りが全部こっち側に回ってくる、ということが起きるんですが・・・」
「そう!そうなんです! 二人で出かけるときとか、何かを計画するときとか、全然考えてくれないから、結局直前になって私に負担が回ってくるんです!」今日一番の通る声で、ユミコが力説した。
「なるほどね・・・もしそこで、彼に任せっきりにしてみたら、どうなるんですか?」ドクターはあまり調子を変えず、質問した。
「実は、一度やってみたことがあるんですが、結局計画がズルズルと後回しになっていったりして、あまり楽しくなかったです。」

「そうですか・・・すでにやってみたんですね。では、再度やってみる必要はない気がします。」
「はい・・・。」
「あ、いや、試しに、きちんとした役目を降りてみる、という行動課題をやってみることは、結構あるんですね。それをきっかけに相手が何か考え始めたり、行動を始めたりすれば、もう少し様子見をしながら相手の成長を見守るという方針もアリなのですが、すでに一度やってみてダメだった場合、やり方を工夫するとしても、もう一度やってみて有効である可能性は低いんですよね。」
「私もそう思います。」

「そうするとね、悲しいけれど、今の彼とはお別れする方向で準備していくことになると思うんですよね。」
「やっぱりそうですよね・・・」ユミコの目にうっすら涙が浮かんだ。
「今まで、良い思い出もたくさんくれた彼ですしね。」
「・・・はい。」そう言った瞬間、両目から涙がぽろっとこぼれた。
「今日は、彼から、どんなものを受け取ってきたか、それを話す時間にしましょう。」
「えっ!?」

(出た!先生の十八番だ)私なつをは思った。別れ話の時は、彼の良かったところはどこか、そんな話をすることが先生はとても多い。以前どうしてそういう話をするのか訊いてみたことがある。先生の回答はこうだ。「なつを君、人は何か、今自分の中に足りないものを求めて、誰かに憧れたり惹かれたりするものです。長続きしていく場合は、その、求めた要素が生涯にわたって必要なものだった場合。別れに至る場合は、求めた要素が、かなり欠けていたインナーチャイルド的な課題に関するものだったりして、満たされたら必要なくなってきた場合です。」はあ、とのみ込めずにいた私に先生はさらにこう言った。「たとえば、子供時代に構ってもらえなくて寂しかった女性が、とにかくマメに構ってくれる彼を選んだとしますね。ところが、『構って欲しい』という思いが満たされたら、大抵、女性にマメな男性は・・・まあ同じ調子で何股もかけているプレイボーイの場合もありますが、ここではそうではない、という設定でお話しすると・・・自分の軸がそんなに無いんですね。ここ一番というときに、軸を示してくれない。『君の好きなようにしていいよ』なんて言うわけです。決断する責任が自分・・・つまり女性の側に100%のしかかってくるわけですね。始めは優しいと思ったけれど、長くつき合っていくと疲れる相手だった、と、こうなるわけです。長所だと思ったところが、一番嫌なところになってしまう、というような。」
相変わらず、ぐうの音も出ない論理展開だった・・・そんなことを思い出しているうちに、セッションが進んでいた。

「彼は、おおらかで、小さなことにもキリキリしてしまっていたユミコさんを優しく包んでくれたんですね。」
「はい、当時、そう感じていました。」
「そのおかげで、ユミコさん自身も、少し自分をゆるめることが出来るようになった・・・のですか? あ、勝手に推測してしまいましたが。」
「え、あ、はい。その通りです。彼がいてくれるおかげで、何でもきちんとやり過ぎず、『まいっか』みたいな心を持てるようになったと思います。」

(つづく)

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