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婚難(6)|恋愛ドクターの遺産第3話

第四幕

次のセッションの日は、すぐにやってきた。
「こんにちは。」
「こんにちは。」
「最近どうですか。」ドクターは尋ねた。
「えーと、まぁいつも通りですが、前回ご相談させていただいたおかげか、気持は少し楽になりました。」
ドクターが何かいいかけたところ、遮るようにかおりが言った。
「そう、前回の課題ですけど、男性って、頼み事をすると結構助けてくださるんですね。なんだか少し申し訳ないような気持ちもしますが、ちょっと嬉しかったりもします。」
「いいですね。そうやって出来事を味わって過ごすことは、とても大切です。すでに、いい流れを作ってるんじゃないかな。」
「ありがとうございます。それで、先生、どうしたら解決するのでしょうか?」

ドクターは腕組みをしながら話を聞いていたが、小さく深呼吸をした。そして腕をほどいて、身振りを交えて説明をし始めた。
「かおりさんの課題について、前回『美人問題』と『出来る人問題』だとお伝えしました。」
「はい。」
「そのせいで、出会いの質が悪くなっているとも、申し上げました。」
「はい、そう理解しています。」
「まず、少し、その本質についてご説明いたします。」
「お願いします。」
「アッパークラス問題というのは・・・」ドクターが説明を始めた。

そう、アッパークラス問題というのは、前回「美人」「できる人」「セレブリティー(有名人)」をまとめて「アッパークラス問題」と呼んだのだった。なつをは思い出していた。普通に考えると、いい思いをたくさんしていそうで、他人からうらやましがられる存在なのだが、アッパークラスにはアッパークラス特有の悩みがあるし、陥りやすい課題もある、先生の話は、そんな話だった。

「つまるところ、相手がファンタジーを持ってこちらのことを見てしまう問題、と言い換えることが出来ます。」
「ファンタジー、ですか。」
「つまり、平たくいえば誤解されやすいということです。」
「あぁ、それ、よく分かります。私、ずっと、本当の私を見てもらえていない、と感じていました。相手が、自分の憧れを私に重ねていたり、何か、見る人にとって都合のいい部分だけを見ているんだな、という風に、感じることが多かったです。」

「でも先生、それって、誰でもそうなんじゃないですか?」なつをが口を挟んだ。
あ、しまった! なつをは思った。またあとで先生に叱られるパターンだ。余計な口を挟んでしまった。

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婚難(5)|恋愛ドクターの遺産第3話

「そこが、もうひとつの罠、なのです。」
「もう何を言われても驚きません。」少し苦笑しながら、かおりは言った。「先生、続けて下さい。」
「実は、美人問題というのは、あなたの印象を何倍にも増幅するという性質があります。」
「印象、ですか・・・」
「そうです。ここに、もうひとつの『できる人』問題がくっつきました。女性でここまでやっている人は、まだまだ少ないですから、当然、目立つわけです。」
「はい、確かにそう思います。」
「そこに、『美人』がつくと、印象が何倍にも増幅されるわけです。」

「ものすごくできる人、に見える、ということですか?」なつをが割って入った。
「そういうこと。なつを君、ここに、二人の女性がいたとして、一人は普通の顔立ちの司法書士、もう一人はこの、美人司法書士。もし『片方はものすごく敏腕なんですよ』と言われたら、どっちの人だと思いやすいですか?」
「確かに、ぱっと思い浮かべるのは、美人さんの方です。」
「そう、こんな風に、顔の印象がハッキリしていると、そのほかの部分の印象を、何倍にも増幅する効果があるのです。」

「言われて・・・納得です。」
「つまり、かおりさんは、美人であるがゆえに、そして、司法書士という、固くて、仕事をキッチリやりそうな感じのする肩書きを持っているがゆえに、ものすごく仕事ができて、お堅い性格の人なんじゃないか、そういう先入観で見られる立場に、常に置かれている、ということなんです。」
「言われて、少しほっとした部分と、でも、これって自分の問題というわけでもなさそうなので、一体どうしたらいいのか、という不安と、混ざった気持ちになりました。」

「そうですね。ですが、この問題の解決は、ポイントさえ分かってしまえば、意外と簡単です。」

「そうなんですね! あぁ、今日は来てよかった!」

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婚難(4)|恋愛ドクターの遺産第3話

「あともうひとつぐらい、大事な理由がありそうです。」ドクターは続けた。
「かおりさんは、自分のことを『男っぽい』と思いますか?」
「え、はい。結構『オッサン』だと思います。」
「なるほど、やっぱり。」

先生、言うことが失礼じゃないか、となつをは思った。クライアントに対して、オッサンだというのが「やっぱり」だとか、そんなこと言っていいのか、なつをが思った瞬間、かおりの反応は意外だった。

「やっぱり先生、見抜いていらしたんですね。そうですよね。私もこの『オッサン』な性格は問題じゃないかと、うすうす思っていたんです。」

ドクターは少し考えている様子で、言葉を選びながら話し始めた。
「確かに、女の中の女、女子の中の女子、みたいな女性の方が、男性から好かれ、選ばれるチャンスの数が多いのは事実です。かおりさんは、おそらく10代から、もしかすると20代前半ぐらいまでは、結構男性が寄ってきてモテたのではないかと思うんですが。」
「はい、自分で言うのもアレなんですが、結構モテました。」
「ですよね。若いときは割と男女共に、ですが、相手を見た目で選ぶ傾向があるのです。」
「わかります。でも、自分に合う人はなかなか居なかったです。」
「以前、私のところに、もう40代ぐらいでしたが、今でもお綺麗な方が相談に見えたことがあります。その人に、若い頃はモテましたよね。でも、自分に合わない人まで来て大変じゃありませんでしたか、と質問したのですが、その答えが面白くて。」
「なんとおっしゃっていたんですか?その方は。」
「『無駄モテって呼んでいました。』と。」
「なるほど、私の場合も、私に合わない人がいっぱい来ていたのは『無駄モテ』だったんですね。」かおりはそう言って笑った。
「そうですね。全然男性が寄ってこない女性から見たら、『無駄モテ』なんて、憤慨したくなる言葉でしょうけどね。」
「そうですね。」そう言いながら、かおりは何だか嬉しそうだ。
「モテる側の悩み、というのもあるんですよ。でも、大体、モテる側は少数派ですから、孤独だし、この悩みを分かってくれる人は、なかなか居ないんです。」
「そう!そうなんですよ!」かおりはひときわ大きい声を出した。

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婚難(3)|恋愛ドクターの遺産第3話

第三幕

「失礼します。」そういってドクターが入ってきた。髪は短めにさっぱりとまとめているが、それほどおしゃれではない。白衣を着て、眼鏡を掛けている。眼鏡は縁の細いおしゃれな眼鏡だ。

「遅れてしまって申し訳ない。どうしても外せない用事がありまして。先に色々質問をしてもらってたんです。」ドクターが言った。
「いえ。なつをさんと楽しくお話しさせて頂きました。」かおりが答えた。
ドクターはなつをの方を見た。
「いえ、ふつうに質問票にある質問をしていただけです。わたしのとちりキャラが面白かったみたいで・・・」少し焦りながらなつをは言った。
「そうですか。楽しんで頂けたようでなによりです。」少しニヤニヤしながら、ドクターはかおりに向かってそう言った。

そして、急に真剣な顔になって、ドクターはなつをの記録した質問票を手に取った。「なるほど。」

「美人なのはいつからですか?」
「へっ?」
「あぁ、唐突な質問、失礼しました。でもこれは、まじめな質問です。おそらく、顔立ちからして、子供の頃から整った顔をしていらっしゃったのだと思うのですが。」
「・・・はい。わりと『綺麗だ』とか『美人だ』と言われることは多かったと思います。私自身は親しみやすい『可愛らしい』顔に生まれたかったのですが。」
ドクターは、分かる分かる、といった風に、ゆっくりと何度かうなずいた。
「なるほど。やはり子供の頃からですか。」やはり美人顔がいつからなのか、それは気になるらしい。

「先生、それ、彼女の問題と何か関係あるんですか?」
「ありますよ。おそらく。まだ聞きたいことがあるので、なつを君は少し静かにしてもらえますか?」
「すいません。」

ドクターは再びかおりの方を向くと、質問を続けた。
「えぇと、肩書きというか職業が『司法書士』さんだと言うことですが・・・」
「はい、以前からお世話になっていた経営コンサルタントの方のオフィスで、会社設立の登記などの法律業務を担当させて頂いています。」
「なるほど。ちなみに資格を取られたのはいつ頃ですか?」
「ちょうど7年前ぐらいです。」そう言ってかおりはハッとした表情になった。
「7年前は、色々ありました。彼と別れたのもその頃でしたし、資格試験で大変だったのも、その頃でした。」
「色々大変だったんですね。そして、7年前というのは、何か重要な転換点にはなっていたようですね。」
「はい、そう思います。」
「なかなか彼氏ができない理由。まずひとつは見つかりました。」
「はい。それは何でしょうか?」
「かおりさんが美人だからです。」

「えっ?」
「えっ?」
なつをとかおりが同時に声を上げた。

なぜ、美人だと彼氏ができないのだろう。不細工だと出来ない、というのなら、失礼な話ではあるが、話は分かる。なつをは思った。でも、いま、先生は明確に「美人だから」と言った。それにかおりさんは実際に美人だ。それが彼氏ができない理由とは・・・先生は時々私に理解できないことを言うが、今回もそうだ。

(つづく)

婚難(2)|恋愛ドクターの遺産第3話

第二幕

「えぇと・・・かおりさん。」
「はい。」
「こんにちは。」ややぎこちない感じで、なつをが挨拶をしている。
「こんにちは。」様子見をするような感じで、かおりも挨拶をする。
「今日は、ドクターAは、少し用事で出ておりまして、ご連絡しましたとおり、一般的な質問につきましては、私なつをがさせていただきます。」
「はい、伺っております。」
そう、今日は先生が多忙のため、私が予めいくつか質問をして、事前に情報収集しておくように言われているのだった。ある意味、カウンセリングの一部を任されているわけで、とても緊張している。

「えぇと・・・かおりさん。」
「はい。」
「彼氏がなかなかできない、という問題だと伺っておりますが、いないのは何年ぐらいになりますか?」
「7年ほどです。」
私は、ドクターから受け取った質問票に書き込みながら質問をしていった。
質問をしながら思った。いつも、先生はとくにメモをするわけでもなく、どんどん質問をして、どんどん話を進めていくけれど、それでも、ポイントを外すことは、ほぼない。それがいかに難しく、すごいことなのか、自分で相談者を前にして話を聞いてみるとよく分かる。メモを取るペンが、指先のイヤな汗で少しぬるぬるしている。
私は頑張って質問を続けた。
「その後、恋人を作るための取り組みなど、何かしてみたことはありますか?」
「えぇ、何人かの友達や同僚、男性も含めてですが、意見を聞いてみて、どうやら私は女らしくしていないというイメージらしかったので、ファッション雑誌を買うようにして、服の選び方とか、お化粧の仕方とか、女性らしくするように努力しました。」
「そうなんですね。いまはお綺麗ですよ。」
「ありがとうございます。」かおりは少し照れながら言った。「でも以前はざっくりとした洗いざらしのシャツにGパンにすっぴん、て感じで、スカートをはくようにしたのも、その頃からなんです。」
「・・・そうなんですね。」なつをの受け答えがまだぎこちない。メモを取っているとどうしても間がおかしくなってしまう。

「ご自分で、この問題について、原因を考えたり、解決のための取り組みをしたことはありますか?」やや棒読みになりながら、質問票にそってなつをは質問した。
「はい。先ほども申し上げたとおり、女らしくないことが原因だと、知人から指摘されましたので、その点については、女性らしい服装や振る舞いをするように、努力をしてきました。ただ、それでも、その後、恋人ができないので、最近ではインナーチャイルドの課題が何かあるのかな、と考えることもあります。」
(えと・・・本人が分析を述べたら、「もう少し詳しく教えてください」と言って、さらに聞き出すように・・・と書いてあるな・・・)なつをは質問票にある、先生からの指示を黙読して、次の質問を心の中で準備した。
「そのことを、もう少し詳しく教えてください。」
「はい。」かおりは話し始めた。
「先生のご著書や、ほかの心理学の本を読んだりして、色々勉強させていただいているのですが、そうすると、恋愛でうまく行かない背景には、子供時代の生育環境の影響がある、と、大抵書かれています。私自身も、子供時代に、両親が商売をしていまして共働きでしたので、寂しかった思い出はかなりありますし、何か、いまの恋人ができない問題と関係あるような気がしまして・・・」
「なるほど。そういうことなんですね。」なつをはメモを取るのに必死だった。
(とても頭の良い方のようだ・・・そして、しっかりと考えていらっしゃる。私、ちゃんと記録できているのだろうか・・・)なつをは理路整然と自分の問題について話すかおりに気押されて、また体中にイヤな汗をかいていた。

ふう。先ほどの質問に関するメモを取り終えると、なつをが深呼吸をして、次の質問に移った。
「お仕事は、何をしていらっしゃいますか?」
「仕事は、企業コンサルタントの会社で、司法書士をしています。コンサルティングは主に社長を始めとしたメンバーが行っていて、私は会社の設立登記などの法務を主にやっています。」
なつをは、メモを取りながら上目遣いにかおりをちらっと見た。
(結構やり手なんだ・・・キャリア系女子かぁ)
そんなことを思いながらメモを取るペンを走らせる。
「あ・・・なるほど、そうなんですか。お仕事はお忙しいですか?」
「そうですね。ずっと忙しかったんですけど、最近少し、後輩に仕事を任せたり、適度に手を抜いたりすることを覚えまして、少し自分の時間もとるようになりました。」
「えぇと・・・先生から、仕事が忙しい人の場合質問して下さい、と言われているんですが・・・」
「先生、なかなか先読みする人ですね。」かおりはそう言ってクスッと笑った。
「いや、ほんと、そうなんですよ。先に何でも分かっているような、そんな雰囲気で、でも実際、本当によく分かっていることも多くて、どこまでが本当でどこまでがハッタリだか分からないことも・・・あ、すいません、しゃべりすぎました。」
あー、これ、先生が聞いてたら怒られるだろうな。なつをは思った。クライアントが自分の話をするのがカウンセリングの時間。カウンセラー側は関係ない自分の話をしてはいけない、といつも言われていたのに、つい余計なことを口走ってしまった。
「なつをさんって、面白いですね。」かおりは一気に表情がほころんで、楽しそうな笑顔になった。
(まあ、緊張はほぐれたし、結果オーライかもしれない)なつをは思った。
「ご質問は、なんでしたっけ?」
「あぁ、すいません。ふたつあって、ひとつ目が、『仕事が忙しくなった頃と、彼氏ができなくなった頃は、同じ頃ですか?』もうひとつが、『お姉さまに頼りたい年下男子、みたいな男性が寄ってくることは、ありますか』です。」
「えぇっ」かおりは笑いながら言った。「お姉さまに頼りたい年下男子・・・って、確かにそういう子が寄ってくること、割とありましたよ。学生時代からかな。でも私、そういうの趣味じゃないんで、いつも断っていました。」
「はい。」なつをは必死でメモをしていた。
「なんか、なつをさんって、かわいいですね。あ、失礼だったらすみません。」
かわいいと言われて、なつをはなんだか恥ずかしくてからだが熱くなった。さきほどから緊張がほぐれて、やっと乾いてきた指先も、また少しぬるぬるしてきたような気がした。
「ええと、もうひとつ、なんでしたっけ?彼氏ができなくなった時期と、仕事が忙しくなった時期・・・ですよね?」
「えぇ。お願いします。」
「社会人になってから、わりとずっと忙しかったので、時期が一緒かどうかはよく分かりません。学生時代につき合っていた人と、27歳頃に別れてからは、その後ご縁がなくて、今に至る、という感じですね。」
「はい。メモメモ・・・っと」

忙しくなった時期と、恋愛のパターンが変化した(この場合は彼氏ができなくなったという変化だ)時期が同じかどうかを聞くのは、専門用語では「共変関係」と言う。ふたつの出来事が共に起きるようになり、また、共に起きなくなるとしたら、そのふたつには関連がある、と考えるのだ。恋愛相談の場合、好きとか嫌いとか、感情の話が多く、結果、論理的にあいまいな話が多いため、明確にAとBが相関しているかどうか、ということを見つけることが難しい。そんな中で、ドクターが苦心して考えたのが、出会いと別れの時期(これは本人が明確に覚えていることが多い)を訊く、というやり方だ。
但し、こうした、明確に答えられる事実を質問するだけでは、恋愛の問題は解決しない。
ロジカルシンキングは車で言えばハンドルみたいなもの。ロジカルのないカウンセリングは迷走する。但し、アクセルではない。感情、気持ちを扱う部分がアクセル。だから、ロジカルなだけのカウンセリングは、まったく先に進まない。いつか先生が言っていた。

ひととおり、なつをがかおりに質問をし終えたところで、ノックの音が聞こえた。ドクターが帰ってきたのだ。

(つづく)

婚難(1)|恋愛ドクターの遺産第3話

【登場人物】
(現在の人物)
ゆり子 父からノートをもらった。離婚するかどうか悩んでいる
幸雄 ゆり子の夫。 仕事はできるが共感力のない人。
(ノートの中の人物)
恋愛ドクターA ゆり子の祖父(故人) ノートを書いた本人
なつを ドクターの助手
かおり 相談者。彼氏いない歴7年 個性派の女性

 

第一幕

「はぁ。幸雄さんの気持ちわからないなぁ。」ゆり子はつぶやいた。
そう、恋愛ドクターの遺産(レガシー)。そのノートを読んでいろいろ考えていたのだった。
そして今、もう、一度は離婚しかないと決めた決意がまた揺らいでいるのだった。

これまで幾度かノートを開いて、ゆり子はそこに登場する女性たちの勇気がある姿に心動かされてきた。「この人たちはなんて強いんだろう」とゆり子は自分の結婚生活への向き合い方をもう一度考えてみようと思った。
「あー、今恋愛ドクターのおじいちゃんが生きていたらなぁ。カウンセラーに相談しながらだったらもっと私も勇気を持てたのかもしれない。」ゆり子がそんなことを考えていた。

「おじいちゃん」独り言のようにゆり子は言った。おじいちゃん生きていたらなぁ。。ゆり子が急におじいちゃんに会いたいそんな気持ちになった。
「またノートを開いてみようかな。」
ゆり子はノートの束を手に取り(父から段ボール箱でノートをたくさん受け取っていたのだった)、その中から1冊のノートを手に取った。そしてまたゆり子はそのノートを開いた。

・・・

「今日のテーマは、インナーチャイルドの課題と、恋愛の問題についてです。」
ホワイトボードを前にして、ドクターが語り始めた。恋愛ドクターの異名を取るAは、恋愛や結婚生活など、男女問題専門のカウンセラーだ。男女問題は心理のデリケートな動きが大きく影響する分野で、専門家でも原因の推定が難しかったり、誤解に基づいてアドバイスしてしまったり、という間違いの多い領域だ。
その分野で、専門家として有名なドクターの恋愛講義である。多くの人が貴重な話を聞こうと聴講に訪れている。会場にはざっと150名以上の聴講生・・・ほとんどが大人、それも40代以上に見える面々だ・・・おそらくはカウンセラーだろう・・・が座って講義を聴いている。

「恋愛の問題は、表面的に捉えると、本質を見失うことがあります。たとえば、ある女性が、恋人からの暴力を受けている、というケース。法律的にいえば暴力を振るった側に責任があります。もしあなた方が警察なら、彼を逮捕しなければなりません。そこには全く異論はないのですが、では、恋人を逮捕したらこの問題は解決するのかというと、そうではありません。このような女性は、その彼と別れてもまた、別の暴力的な男性と交際するというパターンを繰り返すことがあります。そして、その大もとをたどっていくと、子供時代に、家庭環境が暴力的であったことに行き着くことも、少なくないのです。」

今日もいつも通り絶好調だな、なつをは最前列右端で先生の話を聴きながらそう思った。先生は大抵、生々しい話・・・それが本題なのだが・・・から入る。あまり、前置きなどの工夫はしない。今日も、講義開始早々、核心に触れる内容に入っている。講座の出席者たちも、真剣な顔で聴き、また、メモを取っている。

「このように、子供時代の生育環境の影響がベースになり、大人として生きていくのに支障があるとき、『インナーチャイルド課題がある』と表現します。そして、恋愛は、非常に軽いインナーチャイルド課題・・・そうですね、仕事や知人との付き合いなどの、少し距離のある人間関係では問題として表面化しない程度の、軽いインナーチャイルド課題でさえ、問題の原因となることがあります。だから、恋愛の問題を考える時には、必ず、慎重に、インナーチャイルド課題について扱う必要があるのです。」

「たとえば、先ほどの、暴力的な男性との交際を繰り返してしまう、という女性のケースでいえば、子供時代に自分をしっかり守ってくれる両親の存在、そして、この世界に正義の原則がある、ということを教えてくれた存在・・・これも両親や先生などですが・・・が希薄だった場合に、こういう問題が起こりやすいことが知られています。」

先生の話は、いつも正確だ。なつをは話を聞きながらそんなことを思っていた。「言葉は正確に使う」が先生の理想だし、公言もしている。先生は言葉を象徴的、あるいは比喩的に、拡大解釈して使うやり方を「文学的表現」と称して、やや見下している嫌いがある。先生の言葉の使い方は、むしろ、科学者のそれに近い。先生の話は続いている。

「自分を守ってくれる存在を、身近に体験できずに育った場合、自分の中に正義の基準・・・たとえば、相手の気持ちを踏みにじって自分の主張を通すのは良くないこと、というような道徳観などがそれに当たりますが・・・そういうものが十分育たないで大人になってしまう、ということが起こります。すると、そのような女性がモラハラ傾向がある相手に出会っても、『その言動、おかしい!』と、自分の正義の基準に照らして判断することが、うまくできないのです。そして、なんとなく、その場の空気を壊さないように、その場が荒れないように、相手の機嫌を取って、という行動をしてしまう。その結果、暴力的な、問題のある相手に好かれてしまったりするわけです。自分の好き、嫌い、そして自分の中にある正しい、正しくないの基準を、きちんと相手に表現できないと、自分はいやだと思っているのに、相手からは好かれている、というようなひずみが生まれてしまうのです。」

「このような、インナーチャイルド課題を解決せずに、法律的な見地のみで問題解決を図るならば・・・即ち、暴力を振るったという『事実』だけを見て、相手の『行動』だけに責任を求めるという意味ですが・・・本当の意味で、問題は解決しないのです。」

(つづく)

性癖を直す(終)|恋愛ドクターの遺産第2話

第六幕
ゆり子はノートを閉じた。
(私は、みきさんのように「この人」と思い続けられるのだろうか。)ゆり子は思った。自分はみきさんのように、浮気されても相手のことを思い続けるなんてできないような気がした。
はぁ。ため息が漏れた。ゆり子は考えていた。私は本当に、主人のことを愛しているのだろうか。それとも、私にとって利用価値があるから一緒にいたいと思っていただけなのだろうか、と。

ここでゆり子はハッと我に返った。以前なら、このまま自分は本当に愛しているだろうか、ちゃんとできているだろうか、本当に頑張っているだろうか、と自分を責めたり、自分を追い込むような考えがぐるぐるめぐって、どんどん暗くなることがあったが、このノート「恋愛ドクターの遺産」を読むようになって、とくに前回ノートを読んだ後に見た夢の中で「ゆるしのワーク」が起きたからなのか、最近はこうして自分を責めるモードから我に返るのが早くなった。
ほんと、不思議な小説だなぁ。ゆり子は思った。未だに読まれている古典的小説というと夏目漱石の「こころ」と太宰治の「人間失格」が双璧だそうだ。でも、あのような典型的な文学を読むとゆり子は苦しくなった。無理やり自分の内面の「汚いところ」と向き合わされている気がするからだ。文学は「肩の荷を背負わされる小説」、恋愛ドクターの遺産は、「荷物を下ろさせてくれる小説」そんな気がした。

自分を責めすぎても暗くなるだけで、あまりプラスにならないな、そう思い直したゆり子は、今度は、自分が今の夫を選んだ理由について考えをめぐらせていた。
(私はどうして、幸雄さんを選んだのだろう?)

そんな風に考えていて、心に浮かんできたのは、ゆり子もノートの中のみきさんと同じように、年齢は中学校の頃だったが、学校でいじめられたことだった。誰にも言えず、しばらく毎日耐えていた。それに、いじめというのは、真綿で首を絞めるように、じわじわと始まり、気づいたときにはずいぶんダメージを受けているものなのだ。当時、親に相談して、担任も動いてくれて、それで問題は解決に向かったのだが、我慢した期間と、解決まで少し時間がかかったのとで、結局半年ぐらいは、ゆり子はいじめに苦しんだ計算になる。

(私、誰かに守ってほしかったんだ)ゆり子はふと気づいた。そうだ、自分は誰かに守ってほしかった。幸雄さんとの出会いは、大学時代のサークル活動で、だったが、ゆり子が周りのメンバーから、誤解に基づく中傷を受けそうになっていたときに、「証拠もないことで彼女を責めて、お前ら、後で間違いと分かったとき、ちゃんと今言ったことの責任を取るんだろうな?オレは誰が何を言ったか、今全部記憶したぞ。」と言って守ってくれた。そして実際「後で間違いと分かった」のだった。
その一件があって、ゆり子は幸雄さんに心惹かれるようになったのだった。

そのことを思い出したら、両目に熱い涙があふれた。そうだ、私は幸雄さんの強さに惹かれたんだ。守ってくれたから、本当に感謝していたんだ。

ただ、そのことは事実だが、共感力のない夫のおかげで結婚生活が苦しかったのもまた、事実だった。戦う場面ではとても頼りになるけれど、平和な世界の中では、いい話相手になってはくれないのだ。

「やり直した方がいいのかなぁ。でも、続けていく自信、全然ないなぁ。」
ゆり子はつぶやいた。
第二話 終

第三話以降も続きます。
第三話は、結婚できない、という女性の相談です。彼氏がなかなかできない、結婚できない、という問題は、原因が多岐にわたるため、実際の相談でもその「謎解き」に難儀します。謎解き力の低いカウンセラーだと間違った解決策に導いてしまうことも・・・

そんな「難問」を、恋愛ドクターは一体どう解決するのか・・・お楽しみに。

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性癖を直す(10)下|恋愛ドクターの遺産第2話

「あの、先生。」みきさんは少しためらいながら言った。
「実は、いじめは学校の先生が公認していたというか・・・」
「公認!?」
「いえ、もちろん、本当に公認しているわけではないのですが、先生も一緒になって私のことをからかったり、私をからかう生徒を黙認したりしていたんです。」
「なんと。それはつらかったですね。」
「はい。学校に行くのが毎日苦痛でした。」
「そうですか。よく頑張りましたね。そのことはご両親には話したのですか?」
「いえ・・・両親は、別に機能不全家族とか毒親、というわけではなかったのですが、わりと、自分のことは自分で解決しなさい、的な教えの親で、今思うとそのぐらいの出来事であれば相談しても良かったと思うんですが、ひとりで抱えていました。」

「当時の学校のことを思い出すと、どんな感じがしますか?」
「全体的に暗いです。」
「空気の温度とか、何か感じませんか?」
「あ、なんか寒いです。」

得意の質問だ。なつをは思った。先生が空気の温度を聞くのは、当時の孤独感を探るためだ。寒い場合、孤独感があった、ということになる。さびしかったですか、と聞くよりも明確に分かるのだそうだ。

「空気の重さは、どうですか?」
「少しだけ、重いかな・・・?」

「ということは、学校では疎外感を感じていた、という感じでいいのかな?」
「はい!『疎外感』まさにそうです。」

「疎外感の反対ってなんでしょうね?」

来た!なつをは思った。ここで並のカウンセラーなら、疎外感を感じてつらかったですね、と共感しながら話を聞いていくところだが、先生は違う。いきなり「反対って何でしょう?」と訊くことが、かなり多い。

「えっ? 疎外感の反対・・・自分に関心を持ってもらえる、ということでしょうか。あ、笑顔でこっちを見てもらえる、ということかもしれません。」

「人生の中で、笑顔でみきさんを一番見てくれた人、みきさんに一番関心を持ってくれた人は誰ですか?」

みきさんは、はっとした表情になって、そして答えた。
「主人です。」

「なるほど。そうですよね。そうおっしゃると思いました。つまり、疎外感を感じて生きてきたみきさんを、その、寒い世界から救い出してくれたのが、今のご主人さんってことですよね?」

「はい。そうです。」みきさんの目からぽろぽろっと涙がこぼれた。

「だから、色々あっても、ご主人さんのことが大切で、何とか続けていきたい、と思ってきたんですよね?」

「あぁ・・・そうなのかもしれません。」

「素敵な話ですね。」
なつをは、ついもらい泣きをしてしまった。しかしこの結論は予想外だった。みきさんの過去の問題を探っているのかと思ったら、先生は、ご主人さんのまいくんのことを、なぜみきさんはそこまで大事に思っているのか、その理由を見つけるために過去を探っていたのだった。すでに、みきさんは柔らかく、温かい表情に変わっていた。少し涙がにじんでうるうるしている両目も、キラキラ輝いているように見える。以前先生は言っていた。「過去のマイナスを発見することも、とても大事ですが、過去のプラスを発見することは、それ以上に大事です。」と。
「いま、どんな感じですか?」ドクターは尋ねた。
「なんだか、体も心も温かいです。私、自分の言いたいことが言えないから、主人の言いなりになっていたのではなくて・・・あ、少しはそういうところ、あるかもしれないですけど、でもそれ以上に、主人が本当に大切な人だから別れられなかったんだな、ということに気づいて良かったです。」

「そうですね。素敵な話をありがとうございました。」

「いえ・・・あの先生、言いたいことが言えない問題は、どうしたらいいのでしょうか?」

「どうします?」ドクターは笑いながら言った。

「いや、あの、一番気になっていた、キッパリと別れを言えなかったことについて、理由が分かったので・・・」

「そうですよね。そもそも、そこに『言いたいことが言えない問題』があったかどうかも、分からなくなった、ってことですよね? まあ、もしまたいつか、言いたいことが言えない問題がある、って気づいて、治したくなったら、改めていらっしゃったらどうでしょう?」
でた!今日何度目の感動だろう。なつをは感心するばかりだった。先生は以前、こう言っていた「優れたカウンセリングのひとつの形ですが、色々話しているうちに『そこに問題はなかった』と気づくパターン。そういう結論になると、本当に素晴らしい。」いままさに、目の前で「そもそもそこに問題はなかった」という結論が展開したのだった。(いやー、いいもの見せてもらったー)毎度ながら、なつをはそう思った。そして、忘れないように、頭の中でセッションを何度も反芻するのだった。

(つづく)

性癖を直す(10)上|恋愛ドクターの遺産第2話

「早速ですが、みきさん、自分の言いたいことを言えない傾向は、いつからですか?」
「小学生の頃は、わりと思ったことを口にする子でした。」
「そうなんですね。」
「はい。あぁ、思い出しました。中学校の頃に、父親が失業して、色々ありまして、その頃から、言えなくなったような気がします。」
「なるほど。」

先生さすがだ、なつをは思った。「(その症状・問題は)いつからですか」と問うのは、原因を探る質問の中でも、基本中の基本だ。そして今回も、もう問題の原因にたどり着いた。話し始めてまだ5分ほどしか経っていない。それでもう原因の当たりがついているのだから、今日も先生の質問の切れ味は最高だ。

「その頃に、お父様の失業で、家の中が大変なことになった、ということなのですか?」
「はい。というよりも、それまで住んでいた広い家を引き払うことになって、引越をしたんです。」
「あぁなるほど。それで、失業をきっかけに、お父様が不安定になって荒れたとか、家の中の空気が悪くなったとか、そういうことはありましたか?」
「いえ、それは・・・両親がお金のことで心配そうに話し合いをしているところを見たことはありましたけど、何か、家の中の空気が悪くなったというようなことは、なかったと思います。あ、休みに出かける行き先は、それまではハワイとか海外もあったんですが、だいぶ近場になりましたが。でも家族は仲良かったと思います。」

「お父様の失業前後で、家族の中で、みきさんが、言いたいことを言いにくくなった、ということはありましたか?」
「それはなかったんですが、両親にはとても言いにくかったことはありました。」

「なるほど。それは、いま、ここで言えることですか?」
「はい。もう昔のことですので。あの、実は、そういうことがあって転校したんですね。引越をしましたので。その転校先の学校で、いじめが・・・といっても暴力とかものを盗られたりとかそういうことはなかったんですが、チクチク、ネチネチ、イヤミ的な何かを言われるとか、微妙に仲間の輪の外側の方に置かれるとか、そういう精神的ないじめがずっとつづいたんです。」

「そうですか。それは苦しかったですね。」
「はい・・・先生、これって私の今の性格と関係あるんでしょうか?」
「関係ある可能性はあります。でも、まだ断定は出来ないので、もうちょっと色々質問させて下さい。より明確になっていくと思いますので。」
「はい。先走ってしまって失礼しました。」

なつをは先ほど、もう原因にたどり着いた、と思ってしまったことを反省した。まだたどり着いてはいなかった。親の失業は確かに大きいことだが、それがきっかけで家庭内の雰囲気が悪くなったわけではないのだった。先生はさすがに、早とちりはしない。しっかり質問を続けて、本当の原因に迫ろうとしている。

ドクターは続けて質問をしていった。
「では当時、転校を機に、言いたいことが言えなくなった、ということはありましたか?」そこまで言うと、「いや、質問の仕方が良くないな」とひとりごとを言って、質問を言い直した。
「では当時、転校した直後は、まだ相手のことも知らないから、色々自己主張はしにくいと思いますが、普通なら次第に打ち解けて自分の言いたいことも言えるようになると思います。たとえばみきさんが新学期で新しい友達になじむのと比べて、明らかに、転校後には自己主張できなくなった、みたいなことは、ありましたか?」

しばらく当時のことを思い出しているのだろう。目線を上の方に向けて考えているようだったが、やがてみきさんは言った。
「そうですね。転校した後は、私は自分を出せなくなったと思います。」
「なるほど・・・そうですか。」

「あの、先生。」みきさんは少しためらいながら言った。
「実は、いじめは学校の先生が公認していたというか・・・」
「公認!?」

(つづく)

性癖を直す(9)下|恋愛ドクターの遺産第2話

なつをが過去の思い出に浸っている間に、みきさんは、質問に答えていた。
「そうですね。実は、私にとって主人は大切な人で、だから今は、こうして取り戻すことが出来て幸せだと感じているのですけど、でも、ここに至るまでは、とてもつらかったです。友達にも色々相談して「なんで別れられないの?」「なんで『浮気はやめて』って言わないの?」と、色々言われました。私の友達は、主人のほくろフェチのことを知らないので、十分状況が分かった上でのアドバイスではないのですが、でも、キッパリ言えない、自分の主張が出来ない、怖くて別れられない、みたいな部分は、私自身の課題だと思います。」

「なるほど。結果的に別れずに夫婦がやり直せていることは、良かったことだけれど、でも、ここに至った理由の中に『ご主人さんが大切だから頑張った』以外の、『キッパリ言えない』『自分の主張が出来ない』『怖くて別れられない』といった、ネガティブな動機、というか・・・一般的な言い方で言うと消去法的な感じ? があったことが、気になっていらっしゃる、ということなのですね?」

「さすが先生。そうなんです。」

少し沈黙があったあと、ドクターは質問した。

「結果オーライ、ではありますよね?」
「はい。」
「ということは、今回の一連の『事件』というか、夫婦問題に関して、何か後悔しているわけではなさそうですね。」
「・・・たぶん、そうだと思います。」

「では、このタイミングで、わざわざ、ご自分の心のクセに取り組もうと思われたのは、どうしてですか? あ、いや、聴き方が分かりにくかったですね。えぇと、ご自分の心のクセに取り組んで、それが良くなったとしますね、そうしたら、生活や夫婦関係、仕事など、実際の生活で、何が良くなると思いますか?」

来た!なつをは思った。多くのカウンセラーは、自分の内面に向き合うのが好きだ。だから、内面に向き合って成長したい、変わりたい、というクライアントが来ると喜んで食いついてしまう。先生は少し違う。以前も、カウンセリングの技法を教わっていたときに、先生からこう言われた。「クライアントの中には、自分の内面的な問題をしっかり分析して、これを治したい、というような相談の仕方をしてくる人がいます。でも、それを鵜呑みにしてはいけません。」「えっ?間違っているからですか?」「いえ、大抵そういう人の分析は、かなり合ってます。」「ではどうして・・・」「それは、自己分析が趣味になってしまっている危険性があるからです。」そう、心理分析が趣味の人につき合うと、ずっと、延々、あんな問題もあった、こんな問題もあった、とやりつづけて行くことになるのだ。「まあ、そうやって趣味の人につき合うことで商売を成り立たせているカウンセラーもいるので、彼らを批判するつもりはないんですけどね。」と先生は言っていた。先生はあくまで、実際の生活の中で、何かが良くなる、ということに責任を持ちたいのだ。

みきさんは、しばらく考えて、こう答えた。「そうですね。友達関係とか、あと、最近少しずつ仕事を始めているのですが、職場の人間関係などで、ハッキリものを言えなくて、言いたい放題言われて、あとで悔しくなることがあります。主人は・・・色々ありましたけど、例のこと以外は、じっくり話を聞いてくれるし、とてもありがたいので・・・」

「なるほど。夫婦関係よりは、それ以外の人間関係で、自己主張ができるようになりたい、そんな方向性ですね。」

「はい。そうです。」

「では、その方向で、一緒にとり組んでいきましょう。よろしくお願いします。」
「よろしくお願いいたします。」

「早速ですが、みきさん、自分の言いたいことを言えない傾向は、いつからですか?」
「小学生の頃は、わりと思ったことを口にする子でした。」
「そうなんですね。」
「はい。あぁ、思い出しました。中学校の頃に、父親が失業して、色々ありまして、その頃から、言えなくなったような気がします。」
「なるほど。」

先生さすがだ、なつをは思った。「(その症状・問題は)いつからですか」と問うのは、原因を探る質問の中でも、基本中の基本だ。そして今回も、もう問題の原因にたどり着いた。話し始めてまだ5分ほどしか経っていない。それでもう原因の当たりがついているのだから、今日も先生の質問の切れ味は最高だ。

(つづく)