呪い(9)|恋愛ドクターの遺産第9話

「おばさま。庭木の件ですけど、母から伝言で、多少クチナシの木が傷ついても、しっかり草取りをする方を優先したらいいのではないか、とのことでした。」こういうことを伝えるのも、もちろんある程度は気疲れするのだが、「庭の手入れ」など、具体的な課題についての伝言は、母と伯母の当てこすり合戦を仲介するよりも、よほど気が楽だ。
日によっては、このあたりで症状が出始める。例の左上の方から渦巻き状にやってくる、あの、紫色の呪いだ。伯母の家は何か新興宗教的な(伯母は「宗教ではない」と言っていたが)ものに加入していて、その祭壇らしきものがある。独特のお香の匂いがする。
元々、のりこは呪いなど信じるたちではなかったのだが、伯母は人間の好き嫌いが激しく・・・「好き嫌い」といっても自分の言いなりにならない人は大抵嫌いなのだが・・・特に気に入らない人がいると「呪いの儀式」を行うのだ。のりこも一度見たことがあるし、それが「呪いの儀式」であることは、伯母の口から直接聞いたので間違いない。
のりこは、おそらく、伯母には気に入られているので、呪いの儀式で直接呪いをかけられたりはしていない・・・と思う。ただ、貴重な使いっ走りである私に、立ち直れないほどの強力な呪いはかけないまでも、ときどき伯母の期待に100パーセント応えていないときがあるので、そんなときに腹いせに何かされているのではないかと、いつも気が気ではない。この日は、伯母の家に居るときに症状が出始めた。左上の方からぎゅーっと絞るような感じで渦を巻いた紫色の「呪い」が近づいてきた。
「おばさま。今日はこれで失礼します。」のりこは呪いの症状が強くなる前にその場を立ち去ろうとした。呪いに縛られて、心身のコントロールが利かなくなってしまえば、そのあと何をされるか分からない。きっと伯母は「休んで行きなさい」と言うだろう。しかし、伯母の家で「休ん」だ場合、無事に帰宅できる保証はない。
帰り道で、徐々にその「呪い」の症状が強くなってきた。伯母はのりこが早々に立ち去ろうとしたことが気に入らなかったのだろうか。きっと気に入らないだろう。まるで伯母を避けているかのように退散したのだから。まるで、と言ったが、実際避けたいのだから仕方ない。伯母に何かされたのだろうか。家に居たときには、何か儀式的なことをされたようには見えなかったけれど。
帰宅して、ベッドに仰向けになったら、天井の辺りから、極めて大きな紫色の渦が襲ってきた。のりこの顔の真上よりも少し左、そしてちょっと上・・・天井なので「上」というのは少し変だが、のりこの身体を基準にしたときに、頭を上、足を下と言うなら、「上」だ。そう、呪いは、不思議なことに、のりこの身体を基準にして、毎回同じ方向からやってくるのだ。
呪いの渦巻きが大きくなってきて、のりこは怖くなってしまった。ベッドからがばっと起き出して、友達に電話をかけた。ひとり目・・・出ない。ふたり目・・・出ない。三人目・・・四人目・・・ようやく五人目で電話に出てくれる友達がいた。何を話したのか全く覚えていない。とにかく呪いの恐怖に呑み込まれそうで、必死だった。必死にもがいていた。

 

・・・再びカウンセリングルームにて・・・
「先生、こんな風になるんです。呪いはあると思います。」
「なるほど・・・私自身は、呪いについてはまだ半信半疑なのですが、伯母さまから何らかの影響を受けていることは、確かなようですね。」
「解決できますか?」
「ええ、何とかしてみせます。」
(先生、大丈夫だろうか)湯水ちゃん(湯川みずほ・・・当時のドクターの助手)は思った。だって、呪いなんて解く力は、先生にはないはずで、そもそも、呪いかどうかも分からなくて、そんな、原因不明の症状を「何とかする」なんて、私なら怖くてとても言えない、そう思った。

(つづく)

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呪い(8)|恋愛ドクターの遺産第9話

「なるほど・・・おばさまが何か関係しているのは、間違いなさそうですね。」
「そう思います。先生!伯母の呪いなのでしょうか?解決できますよね!」
「ええ、もちろんまだ原因がつかみ切れていないですが、きっと糸口は見つかる。私はいつもそう信じて事に当たっています。」
「お願いします!」

 

・・・ある日のこと・・・
のりこの、お使いはこんな感じなのだった。
「ねぇ、のりこ、おばさん家に、これ届けてほしいんだけど。あ、それと、この間、実家の草取りの件で庭の隅のクチナシの木をどうするかってことがあったと思うんだけど、多少木を傷つけてもしっかり草取りしてもらう方向で、と伝えて。それからこの服は気に入ってると伝えて。デザイン古くないし。あと、この前のおばさんのチェックのスカート、ちょっとデザインが古いと思うから、もう少し今風なのにした方がいいと思う、とも伝えて。」
「あのさぁ、お母さん。そういうことは自分で直接言いなよ。これは届けるけど、あと、庭の話までは一応伝えるけどぉ。それ以外は、言いたければ自分で言ってよ。」
「だって、私が言うと角が立つじゃない?のりこが伝えた方がスムーズに行くのよねぇ。」
(はぁ・・・そうやって相手に余計なお節介をするから角が立つのに・・・それを言うとまた「角が立つ」から言わないけど・・・はぁ・・・お母さんもおばさんも面倒くさい・・・)のりこはそう思いながらも、お使いには出かけるのだった。
伯母の家までは電車で一駅で、近所と言えば近所だ。駅を降りて・・・かなり田舎なので、住宅も結構あるが、田んぼもたくさん見える、そんな場所だ。川沿いの道を歩いて、見慣れたねずみ色の殺風景な橋をわたり、どことなく場違いな消費者金融の看板がついている電柱のある角を右に曲がると、だんだんあの感覚が近づいてくるのが分かる。
あの感覚というのは、呪いに襲われる、あの感覚だ。左上の方から渦を巻いてやってくる、あの、呪いの感覚が近づいてくるのだ。
ただ、本格的に呪いに襲われるのは決まって、伯母の家に入ったあとか、用事が済んで帰るとき、あるいは用事が済んで家に着いてからだ。行きに激しい呪いに襲われたことはない。ただ、その予兆がするだけだ。伯母か、伯母の家に呪いがかかっているので、それと触れてしまうと、あとから症状が出るのだと、のりこは今までそう考えて来た。
伯母の家に向かっていくときには、呪いの感覚は、おぼろげで、なんとなくそんな感じがする、というようなレベルなのだ。でも同じ感覚であることは、本人の感覚では、明らかだ。
他人には分かってもらえないのでもどかしいのだが。
伯母の家に行くと、のりこは用事をなるべく早く済まそうとする。一方の伯母は引き留めてのりこに、そう、帰りの伝言を色々託すのだ。それもまた気疲れするのだが。この間のお使いは、こんな感じだった。
「おばさま。母から言付かってきました。」のりこは母から預かった品を伯母に渡した。
「ああ、のりちゃん、ありがとう。」今日は伯母は上機嫌だ。
上機嫌だからといって、問題がないわけではない。誰かが「悪気がない人の方が厄介だ」と言った言葉を思い出した。本当にその通りだと思った。
「この間の、お洋服の件、伝えてくれたかしら。」
(来た、面倒なのが)のりこは思った。相手へのダメ出しを仲立ちして伝言する立場なんて、本当に勘弁してほしい。母も伯母も、両方がそうやってのりこに、小言やアドバイス(それも、のりこの目から見たら言わない方がいいことばかり)をのりこに託すのだ。
「えっと、なんとなく言ったんですけど、私口べたなので、なんかあんまりうまく伝わらなかったみたいです。おばさまから直接伝えて頂いた方が、正確に伝わるかな、なんて思います・・・」のりこはこうやっていつも、必死にごまかすのだが、毎回とても疲労する。

(つづく)

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呪い(7)|恋愛ドクターの遺産第9話

「では、具体的にその『呪い』はどんな症状として表れるのか、それを教えて頂きたいのですが。」
「はい、大体こっちの方から」そういいながらのりこは自分の左手を自分の左前、水平より少し上に掲げた。「呪いはやってくるんです。」
「いつも、左前方、ちょい上の方からやってくるんですか?」
「そうです。渦を巻いています。ギューッと巻いているんです。」
「ほうほうなるほど・・・ギューッと渦を巻いていると」メモを取りながらドクターは聞いている。
「その渦には色などはあるのですか?」
「黒っぽい紫色みたいな色をしています。とても怖い色です。渦のすき間に黄色い光が見えます。」
「なるほど・・・ところでその渦巻きを絵に描いてもらっていいですかね?」ドクターが紙を差し出しながら言った。
「はい。」のりこはペンを手に取り、さっさっと短くゆるい曲線を描き始めた。その短い曲線が多数集まっていくと、次第に渦巻きの感じが出てきた。
「ああなるほど、こんな感じの質感なのですね。この線で描いたところが紫色なのですか?」
「はい。絵が下手ですみません。」
「いえいえ。これだけ描いて頂ければ十分です。そして、線と線の間に黄色い光が見えると?」
「そんな感じです。黄色い光は中心部が強いです。」
「なるほどね・・・」

ここで少し沈黙があった。ドクターも、メモを取りながら考えを整理しているようだ。しばらく沈黙があったあと、ドクターが口を開いた。「なぜそれが、呪いだと考えたのですか?」
「その渦巻きに襲われた後、頭痛がして、吐き気もすることが多いのです。とても激しい呪いです。」
「ええと・・・頭痛と吐き気がするなら普通は医者に行くと思うんですが、どうしてそれが、呪いだと考えたのでしょうか。」
「えと・・・あっ、すいません、つい。あの・・・伯母です。私の伯母がなにやら怪しげな呪術にハマっていて、そして、母とも折り合いが悪いのですが・・・それで、伯母は私たち家族に嫉妬しているし、何かと文句を言ってくるし、一度伯母の口から『呪いをかけている』と本当に聞いたことがあります。」
「そうなんですね。困ったおばさまですね。」
「そうなんです。困った、なんて可愛いものじゃありません。本当に居なくなってほしいです。」
「それで、そのおばさまが?」
「あ、そう、母と折り合いが悪いので、私が伝言役をすることがあるのですが、母に頼まれて。伯母の家に行って話をして帰ってくると、大抵呪いの症状が出ます。」
「ああなるほど、おばさまと会う時間があって、そのあとにその呪いの症状が出ることが多いと。」
「はい。ほぼそうだと思います。」
「おばさまと会ったとき以外で、その紫のぐるぐるが出てくることは、今までありましたか?」
「ええと・・・ずっと昔にあったような気がします。でも、一回あったかどうか・・・あまり覚えていないです。」
「ちなみにそれは、いつ頃でしたか?」
「小学生・・・5、6年の頃だったかもしれません。」
「なるほど。それ以来、その症状は出ていなかった。ということですね?」
「はい。」
「そして・・・おばさまとよく会うようになって、最近頻発していると。」
「そうです。」
「ちなみに、最近おばさまのところにお使いで行くようになったのは、いつ頃からですか?」
「母と伯母の折り合いは以前から悪かったのですが、それが一年前ぐらいから本当に最悪になって、その頃から頼まれて行くようになりました。」
「症状が出るようになったのは・・・」
「はい、その頃からです。」
「なるほど・・・おばさまが何か関係しているのは、間違いなさそうですね。」
「そう思います。先生!伯母の呪いなのでしょうか?解決できますよね!」
「ええ、もちろんまだ原因がつかみ切れていないですが、きっと糸口は見つかる。私はいつもそう信じて事に当たっています。」
「お願いします!」

(つづく)

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呪い(6)|恋愛ドクターの遺産第9話

第三幕 呪いを解いて下さい

翌朝。
「おはようございます。」溌剌とした笑顔で、ドクターがみんなに挨拶した。
「おはようございます。」溌剌とした顔もあり、眠そうな顔もあり、といった感じだったが、みんな揃って、二日目のカリキュラムが始まった。
「少し遅れましたが、てっちゃんが参加します。」ドクターが紹介した。てっちゃんの本名は清水哲男。カウンセラーではないが、ドクターの教えを受けて、仕事に活かしている経営コンサルタントだ。
「清水哲男です。てっちゃんと呼んで下さい。よろしくお願いします。」てっちゃんが挨拶した。てっちゃんは溌剌としているグループだ。
「さて、昨日話に出た『呪い』について少しお話ししようと思います。これからお話しする内容は、本物の呪いについての話ではありません。私は本物の呪いがあるのかどうか、判断する材料は持ち合わせていません。ただ、当事者に『呪い』と見える現象について、心理学的に説明可能なものもある、というお話をしたいと思います。言い換えると、心理学的に解決できる『呪いもどき』が存在する、というお話です。」
「『呪いもどき』面白い表現ですね。」ナタリーが楽しそうに言った。ナタリーはどちらかというと呪いを信じていそうなタイプだが(占い師だし)、意外にもドクターの科学的な姿勢は好きらしい。

「湯水ちゃんは知っていますよね。」ドクターが訊いた。
「はい。あのときはどうなることかと・・・心配になりました。」
そう、先代の助手、湯水ちゃんがまだ先生のオフィスにいた頃、「呪われたので解いてほしい」というクライアントが来たのだった。

 

・・・遡ること5年。当時のオフィスにて・・・
ノックの音がして、クライアントが入ってきた。
「こんにちは。」
「こんにちは。」
ドクターも今日のクライアントののりこも、二人とも着席した。湯水ちゃんも、先生にいつも言われているとおり、クライアントに合わせて着席した。

「さて、今日のご相談というのは、『呪い』だとか。」ドクターが不思議そうな顔をしながらそう聞いた。
「はい。先生!お願いします!私、呪いをかけられたんです。いや、こんなこと非科学的だと分かってます。でも、呪いじゃなければ何なのか、もう分からないんです。とにかく、呪いとしか思えない何かをされました。これを何とか解決して頂きたいのです!」のりこは切羽詰まった様子でドクターに訴えた。
「分かりました。私は実は呪いそのものはあまり信じていないのですが、心理学的に解決できる道があれば、何か解決の糸口ぐらいは見つけられるかもしれません。」ドクターはあくまで冷静に応えている。
のりこは不安そうだ。
そこでドクターは付け加えた。「以前、呪いとか、憑依とか、そういう霊的なことについて、まあ専門ではないのですが、周辺知識として学んだことがあります。そこで知ったことは、心理的に不安定だと入り込まれやすい、と考えられていることでした。つまり逆に言えば、心理的に安定する方向を目指せば、『呪い』の影響を受けにくくなる、ということでもあります。」
「先生、ぜひお願いします。」のりこは先生に今にもすがりつきそうな様子でそう言った。

「では、具体的にその『呪い』はどんな症状として表れるのか、それを教えて頂きたいのですが。」
「はい、大体こっちの方から」そういいながらのりこは自分の左手を自分の左前、水平より少し上に掲げた。「呪いはやってくるんです。」
「いつも、左前方、ちょい上の方からやってくるんですか?」
「そうです。渦を巻いています。ギューッと巻いているんです。」
「ほうほうなるほど・・・ギューッと渦を巻いていると」メモを取りながらドクターは聞いている。

 
(つづく)

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低糖質のタルト


グレフル載せた、タルトを作りました。

明日の、あづまやすしの心理セラピー&人間関係コンサルティング講座(セラ☆コン)のおやつ用です。

果たして味は…(まだ食べてない)

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呪い(5)|恋愛ドクターの遺産第9話

ノッて来たのか、ドクターは缶ビールを一気に飲み干した。

「支配されにくい人、それは、自分が相手の考えを取り入れるかどうか決める際に、『自分はどう考えるのか』『自分はどう感じるのか』と、きちんと自分の側の考え、そして気持ちを明確にしてから、取り入れるかどうか決める人です。」
「ええと・・・心の実況中継をする人・・・でいいんでしょうか?」湯水ちゃんが訊いた。
「そうですね、基本的には。但し、支配を狙ってくる人は、相手の動揺を誘ったり、色々な手を使ってくることがあります。だから、家でひとりでいるときなら実況中継できるけれど、誰かが目の前にいると苦手、というぐらいのレベルだと、彼の術中にハマってしまう危険性がまだあります。少しぐらい動揺しても、その動揺を自己観察できるぐらいに、心の実況中継のレベルが上がっている人は、彼の支配戦略など、受け付けないでしょう。」

「なるほど。」心の実況中継は、こんなところでも役立つのだ・・・私なつをは改めて感心した。

「それで、A子さんはどうやってこの支配から抜け出したんですか?」湯水ちゃんが、早く先を聞きたい、と言いたげな、早口で質問した。
「そうですね。この問題はA子さんの話と、彼をチーム戦でうまく排除する話と、両方の取り組みで解決したのですが、全体像をお話しするのは今日は時間が足りないかな。それに私も少しアルコールが回ってきてうまく説明できない気がします。なので、A子さんがどうやって支配を抜け出したのか、その点のみ、今日はお話しします。」
「お願いします!」湯水ちゃんは真剣だ。
「先ほどお話ししたとおり、心の実況中継のレベルを上げて、相手にその場で言われたことを、その場で吟味できるようにトレーニングしていきました。相手から何かを言われたときに鵜呑みにするのではなく、自分はどう考えるのか、自分はどう感じるのかという、自分の側の意見と照らして、それから相手の意見を取り入れるのか捨てるのか、そういったことをしっかり判断できるような自我を作ることを目的として、カウンセリングをしていきました。」ドクターは話を続けていく。
「具体的には、目の前に人がいる状態で自分の意識が何に向かっているのか、それを自覚するところから始めました。まずはカウンセリングルームの中で。そして、そのあと、家族や、職場の人といるときに意識はどこに向かっているか感じる練習をしてもらいました。」
「はじめは、どこに向いていたんですか?」湯水ちゃんが質問した。
「うん。始めは実は、相手の機嫌を取ることにエネルギーのかなりの割合を使っていました。相手の考えを察すること、相手の表情を読み取ること、相手の感情を先取りすること。そんなことに意識の9割以上を使っていましたね。」
「それは、疲れますね。」と湯水ちゃん。
「でも、湯水ちゃんも昔はそうじゃなかったっけ?」
「あ、そうだったかもしれません。でも先生、私の時はそういう指導はして下さらなかった気がするのですが。」
「そうですね。以前はあまり、意識の使い方、という捉え方をしていなかったと思います。最近は、そこにしっかり注目していくと、人間関係の問題の起こり方がうまく説明できるし、解決の糸口も見つけやすいので、こんな風に考えてセッションをすることが多くなってますね・・・それで、話を戻すと・・・彼女は意識の9割ぐらいは相手の機嫌を取り、相手の考えを察することに使っていたわけです。それを、自分の感情を感じ、自分の考えはどうなのかを意識する方に、意識を取り戻すトレーニングをしたわけです。」
「意識の使い方、というと瞑想するとか、そういう取り組みなのかと思ったんですが・・・」ナタリーが割って入った。
「ええ、実際、心の実況中継をしっかり練習してもらうのと、瞑想に取り組んでもらうのと、彼女には両方をやってもらいました。」
「その結果?」湯水ちゃんはどうなったのかとても知りたいらしい。
「その結果ですが、以前彼女は、相手に何かを言われたときに何でも『そうなのかなぁ・・・』と影響を受けていたのですが、それが『いや、(目の前の人は)自信満々にそう言っているけど、やっぱり言っていることがおかしい』とか『その考えは受け入れられない』というように、『自分はどう思うのか』『自分はどう考えるのか』も大事にしながら、相手の意見を取り入れるかどうか決められるようになっていきました。」
「頑張りましたね、彼女。」私なつをはつい彼女に感情移入してしまった。
「いや、ほんと、良く頑張ったと思いますよ。その結果、支配的な夫の精神的なコントロールから脱することができるようになったし、K子に対しても『K子、あなたと私との関係は、ずいぶん長いよね。K子が私のことより、大して付き合いも深くない、口だけうまいうちの夫の言葉を信じるなんて、とても残念だし、悲しい。』というようなことをしっかりと伝えることができるようになったんですね。それでK子さんも再びA子さんの方を信じてくれるようになり、A子の夫が作り上げようとしていた包囲網は、最後は脆く崩れ去った、という訳だったんです。」
ふと見ると湯水ちゃんは目に涙をいっぱいためて話を聞いていた。

まだ今日は合宿の初日で、交流目的でゲームをしたり、簡単な勉強会をしたり、そして夜は交流を深めるために飲みながら話をしていたのだったが、もうすでにいきなり深い話になってしまった。いつもながら先生の話は深い。
このあとは、軽い話あり、笑い話ありで和やかに会は進み、日付が変わるよりは少し前にお開きになった。

(つづく)

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呪い(4)|恋愛ドクターの遺産第9話

「えー。恐ろしい。」
「えー。怖いー。」
合宿の参加者から口々に感想が漏れた。ドクターはしかし、構わずに話を続けた。
「さらに、彼が恐ろしいのは、相手の罪悪感を刺激することで、ますますその相手の行動を縛ってしまうことでした。彼がどうやって知ったのか分かりませんが、たとえばK子は子供の頃に共感的に話を聞いてもらった経験が少なく、そのためにやや堅苦しく、こうあるべき、あああるべき、という『べき』の話が多い大人に育ったんですね。交流分析で言うとNPを受け取った経験が少ないため、CPが目立つようになっている、という感じです。そこで、A子の夫はK子に対して、『人は、弱い心に負けてしまうと、なれ合ってしまう。なれ合いは腐敗を生む。親しき仲にも礼儀あり。仲良しでも、言うべき事をきちんと言える関係が大事。私はK子さんがそういうことの出来る立派な方だと信じています。』まあこんな風に言って、『やっぱりA子が可哀想だから、言うのはやめた。』という行動の選択肢を予め封じてしまうのです。K子も、若干の違和感を感じつつも、自分の大事にしている日頃の信念に沿ったことを言われているので、ついつい彼の言葉を信用してしまうのです。」

「うわー。」
「それ苦しい・・・」
また口々に感想が漏れた。ドクターは構わずに話を続けていく。次第に語り口調に熱がこもってきた。
「つまり彼は、見ようによっては相手を洗脳して支配している、とも見える行動を平然とやってのける人間なのですが、そのやり方が非常に利口で、相手の中にある動機を上手に利用してコントロールしていく、そんなやり口なのです。」
「先生それって、防ぐ方法はないんですか?」なつをが質問した。
「それは、彼の被害を、社会的に止める方法、という意味ですか?それとも、自分が被害に遭わないためにはどうしたらよいか、という意味ですか?」ドクターは質問に質問で返した。
「あっ」なつをは思わず声が出た。相変わらず先生の指摘は鋭い。自分が彼に支配されないためにどうすれば良いのか、まずはそちらが大事なはずだ。ただ、社会的に彼のやり口を止める、封じる方法、出来ることなら知りたいとは思った。
「あの・・・まずは、自分がその被害に遭わない、自分が彼のような人にコントロールされないためにはどうしたら良いかが知りたいです。ただ・・・」そこまで言いかけたとき、ドクターがかぶせて言った。
「なるほど。まずはそうですよね。ただ、被害が広がっているときに、彼を止める有効な手立てはないのか、と考えたくなる気持ちもまあ、分かります。」しばらく沈黙があって、ドクターが口を開いた。「では、ここからは、彼とどうやって対峙していったのか、彼の支配をどうやって抜け出していったのか。その話をしたいと思います。」

「お願いします!」私なつをはつい声が大きくなっていた。

「そうですね。まず基本ですが、ここにいる皆さんは、彼の支配はあまり受けないだろうと思います。これだけ猛威を振るっていた彼ではありますが、誰に対してでも、その支配力を発揮できるわけではないのです。実際、彼が勤めていた会社では、どちらかというと『扱いづらい奴』扱いを受けていましたし、出世もしていませんでした。それは、会社の上層部には、ルールを決めて、人を動かしていくことに長けた人間が多く存在していて、ある意味、彼の能力以上の人たちだからです。彼の浅い支配戦略など簡単に見抜かれてしまっていた、ということなのだと思います。また、A子さんの親友の智子さんは、彼の戦略を早くに見抜いてA子さんに話をしていましたね。彼女も、彼の支配を受けないだろうと思われる人間です。」

「彼は智子さんにも近づいたんですか?」なつをが訊いた。
「いや、実際には智子さんには近づいてこなかったそうです。自分が支配できないだろうと思われる人間は、彼は巧みに見分けて避けているんですね。」
「見分けられるんですか?」
「ええ、それほど難しくはないと思います。ではこれから、支配されやすい人と、支配されにくい人の違いについてお話ししようと思います。」ノッて来たのか、ドクターは缶ビールを一気に飲み干した。

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呪い(3)|恋愛ドクターの遺産第9話

「では、怖い話をしてみましょうかね。」ドクターが座り直しながら言った。
みんなつられて姿勢を正した。
「あ、いや、気楽に聞いてもらっていいんですけどね。」笑いながらドクターが言った。
みんなもつられて笑った。しかし、笑っていられたのはこのときまでだった。アルコールの味も忘れてしまうほど、この日のドクターの話は衝撃的だったのだ。

「では仮に、この話の主人公をA子さんとしましょう。A子さんには20年ほど連れ添っただんなさんがいました。しかしこのだんなさん、割と高圧的で、何かとA子さんにきつく要求する人でした。そのことは、結婚前からA子さんは気づいていました。しかし、本当の恐ろしさに気づくのは結婚後のことでした。こんなことがありました・・・」

ここでナタリーが電気を消して部屋を暗くしたので、まるで怪談でも始まるような空気感に変わった。ドクターは調子を変えずに話し続けている。

「ある日、A子さんが友人のK子さんから、こんな事を言われました。『猫かぶるのは止めた方がいいと思うよ。友達なくすから。』全く心当たりがなかったA子さんは当惑しました。そして、『何かあったの?私、K子に何かした?』と聞きました。そのときはお茶を濁されて、一体何があったのか、全く分かりませんでした。」
「ところが、後日、別の友人の智子から、意外なことを聞かされます。実は智子は、K子から『A子には気をつけた方がいい』と忠告された、というのです。智子はA子と仲が良く、不審に思ったので、そのような素振りを見せずに平然と『へぇ〜?なんで?』と探りを入れてみた、というのです。そうしたら、K子は、A子の夫から相談を受けていたことが分かったそうです。その相談内容というのが、身の毛もよだつような内容だったのです。」
暗がりなのでみんなの表情はおぼろげにしか見えないが、なつをには、みんな緊張感がみなぎっているように見えた。

「智子によると、ある日、A子の夫がK子と二人きりになったときに、打ち明け話をされたそうだ。曰く『妻が感情的で、家に居場所がなくてつらい』『突然不安定になるので、いつキレるか分からなくて恐ろしい』と言ったとか。そして、A子が感情的なケンカをしたときの音声をK子に聞かせたらしい。「智子、信じて。そのときはお互い感情的になってケンカしたけど、夫も怒鳴り声を上げていたのよ。何か私だけが精神異常みたいな言われようだけど、それはすごく一方的な意見だと思う。」「A子、分かってるよ。私はあんたをずっと前から知ってるから、何かあるんじゃないかと思って、探りを入れたんだし。」
さらには、夫はK子に『A子の母親は、A子が子供の頃、ろくに面倒を見なくて、家に子供を置いて出かけてしまうネグレクトの母親だった。そういう育てられ方をしたから、こんな風に、根っこは感情的で、でも、裏表がある、外面だけはいい人間に育ってしまったのかもしれない』という主旨のことを言ったのだそうだ。
『ひどい!私のことをそんな風に!』
『A子、分かってるよ。私はあんたの味方だから。』
『でも、でも!そんな風に周りの人に言って回っているなんて・・・』」

ここでドクターは、ひとり芝居の感情を込めた話し方から、いつもの解説調、つまり冷静な話し方に戻った。
「実はこれは、後で分かったことなのですが、A子さんの夫は、極めて頭が良く、周りの人をどうやって支配するか、という手腕に長けていたのです。たとえばK子さんに対しては、こんな戦略で臨んでいました。K子さんは元々、感情的になることが嫌いな人でした。自分に対しても、他人に対しても、冷静で客観的であることを求める、といった考え方をしていました。そこでA子の夫は、K子のそういうところを『素晴らしい。人間としてそうあるべき。理想的な生き方だ。哲学者のカントも、人は理性があるからこそ、人であるという考え方をしていた。』そんな風に持ち上げてから、妻に対する不満を言い始めたのでした。
さらに、巧妙に相手の行動を支配するための要素を混ぜていったのです。
たとえば、K子に『妻とはあまり近づきすぎない方がいい。巻き込まれると大変だから。』とK子との間に溝を作るような助言をしつつ、『妻になにか友達として助言・・・いや、苦言と言っていいかもしれない・・・をしてもらえないだろうか。お恥ずかしい話なのですが、私が言うと、まったく耳を貸してもらえないんです。』と、K子がA子に苦言を言うように仕向けるひと言も忘れずに付け加えていたんです。そう、これがK子から突然覚えのないことで責められたように感じた、冒頭の出来事だったのです。」

「えー。恐ろしい。」
「えー。怖いー。」
合宿の参加者から口々に感想が漏れた。ドクターはしかし、構わずに話を続けた。

(つづく)

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呪い(2)|恋愛ドクターの遺産第9話

第二幕 呪いなんてあるんですか?

「先生!呪いなんてあるんですか?」なつをの声が一オクターブ高くなった。
「うーん、まあ、呪いそのものについては、私は懐疑的ですが、呪いを解くセッションをやったことはありますよ。」
「えぇっ!」一同が同時に反応した。
実はいま、恋愛ドクターAの発案によって、仲間うちのカウンセラーや、その見習いたちが集まって合宿形式の勉強会に来ているのだった。場所は真鶴。

そもそもこの話題は、なぜ真鶴を合宿の地に選んだのか、という話題から始まったのだった。東京から近いとか、海の幸が食べられるとか、そういった現実的な理由が出たあとに、ドクターが付け加えたのが「マナ づる」なので、何か、マナ、つまり魔力がありそうだ、という話だった。
日頃から、非科学的なことを嫌うように見えるドクターの口から魔力・マナなどという言葉が出たものだから、皆がいっせいに食いついて、先生は魔法を信じるんですか、とか魔力って何ですか、という話題になったのだった。
その流れの中で、ナタリーが「この地に宿る魔力があるとしたら、白魔術ですか、黒魔術ですか?」などと意味深なことを言い始めたのだった。ナタリーはもちろん本名ではないが、占い師兼カウンセラーをしていて、無論ドクターの仲間だけあって浅いオカルト趣味ではないが、スピリチュアルな発言が多い女性である。ドクターはナタリーの発言に対して「それほど非科学的なことを言ってはいない」と寛容であり、むしろ肯定的だ。この点もなつをには意外だった。ちなみにドクターとナタリーは旧知の仲であるが、なつをは今回が初対面だ。
そして、黒魔術がどうのこうのという話の流れの中で、呪いの話になったのだった。そして、日頃から非科学的なことを否定する発言が多いドクターが、まさかの「呪いを解くセッションをやったことがある」発言。合宿の、その日の正規のカリキュラムは終わって、夜の歓談(つまり飲み会だ)での爆弾発言。もうみんな止まらなくなったのだった。

「呪いを解くセッションって、もう、想像の範囲を超えています!」先ほど一オクターブ高くなった声が、更に高くなってなつをが言った。
「なつを君、まだそんなにアルコール入ってないのに、興奮しすぎです。」ドクターはあくまで冷静だ。
「先生、本当に呪いを解いたんですか?」なつをはいつもドクターに食いついているが、今日はいつもに増して執拗に食いついている。
「いや、呪いを解いてほしい、という依頼を受けたので、その依頼通り、『呪い』による症状を消す手助けをした、ということです。」淡々とドクターは応えた。
「えー、なんか気になるー。教えて下さいよー。」なつをは興味津々だ。
「先生の、魔術に関する見解が聞きたいなぁ」ナタリーは全く興味の方向が違うらしい。
「さて、呪いを解いた、というセッションは、明日の正規のカリキュラムの題材としてピッタリだと思うので、明日きちんと扱いましょう。」ドクターはアルコールが入っているときもいたって真面目だ。
「呪いって、なんか怖いです。」今まで静かにしていたが、ここで発言したのが湯川みずほ。通称湯水ちゃんだ。なつをの前に助手をしていた女性だ。なつをの姉弟子に当たる。今はもう独立していて、カウンセラーをやっている。久しぶりに先生の教えを、ということで今回の合宿に参加してきた。
「そうですか? ああ、本人にとっては深刻ですけど、カウンセラー側としては、他のセッションと変わりませんよ。」と、ドクター。
「先生は、怖いセッションとかないんですか?」湯水ちゃんは怖いセッションに興味津々のようだ。
「うーん。私はある意味他人事だと思ってセッションに臨んでいるので、それほど怖いとは思いませんけどね。あ、でも、クライアントから聞いた話で、これは怖い、と思った話はありますよ。」
「えっ?それ知りたいです。」今度は、湯水ちゃんが先生に迫る展開。

「そうですね。このテーマは教材にもならないし、夜の怪談にもってこいかもしれませんね。」脅かすような調子で、ドクターは言った。
「いやー、怖い話・・・なんか怖いー。」なつをが思わず声を上げた。
「怖い話、聞いてみたいです!」湯水ちゃんは怖がっているというより面白がっているように見える。

 

「では、怖い話をしてみましょうかね。」ドクターが座り直しながら言った。
みんなつられて姿勢を正した。
「あ、いや、気楽に聞いてもらっていいんですけどね。」笑いながらドクターが言った。
みんなもつられて笑った。しかし、笑っていられたのはこのときまでだった。アルコールの味も忘れてしまうほど、この日のドクターの話は衝撃的だったのだ。

(つづく)

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モテすぎるのも舵取りが難しくて大変

あづまです。

色々な方のセッションを行っていると、モテすぎて問題作ったな、と感じる方に時々出会います。

モテない人からすればうらやましい限りですが(私もどちらかと言えばモテない方でしたが)、色々考えてみると、モテる方が舵取りは難しいように思います。

以下の仮定を置いて考えてみます。

1)ベストパートナー同士は、比較的強く惹かれ合う
(ジョン・グレイが言うように、お互いにそうだと「分かる」ほど)

2)モテる人は、そもそも引力が強く、ベストパートナーではない人からも好かれる

そうすると、非モテの人は、なかなかパートナーに恵まれず悩むことにもなりますが、
ベストパートナーと出会った数÷好かれた総数 の比率は比較的高くなります。

一方で、モテる人は、色々な人から好かれてしまうので、分母が大きいんですね。
ベストパートナーと出会った数÷好かれた総数 の比率は低くなります。
工学分野ではS/N比 と言ったりします。S:信号 N:ノイズです。
必要なものと、不要なものの比率ですね。

本当に自分が「この人」と思えない相手から、たくさんたくさん言い寄られるというのも、なかなか大変だと思います。しかも、同性の友達に相談もしにくいです(アンタ、モテていいね、とか言われて、悩みを分かってもらえない可能性が高いですから)。

自分が好き、と思った人から好かれる、
恋人にしたいとは別に思わない、という人からは好かれない。
これが一番幸せな状態なのかな、と思います。

と、いいながら、一度ぐらい「モテすぎて困っている」と言ってみたい、なんて妄想したりもします・・・