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脱オレサマを目指す女子(9)|恋愛ドクターの遺産第8話

「では、淑恵さん、こんな感じで、淑恵さんの場合はどうだったか、振り返ってみて下さい。」
「ええと・・・あの・・・私の場合、どんな話をすればいいのか、どんな話をすれば先生やなつをさんのお眼鏡に適うのか、そんなことをすごく考えていました。先ほどのように表現するなら、気にしぃな部分が100%だったかもしれません。」

ドクターは黙って何度かうなずいた。
(これは、絶対、最初から予想してました、ってことだな)私なつをはそう思った。これまでも、先生は分かっていてもあえて本人に気づいてもらうために、こうやって軽くワークをやってみるようなことが何度かあった。今回もほぼ、当たりはついていたのだろう。

「淑恵さん。」椅子に深く座り直しながら、ドクターが言った。
「はい。」
「あなたの場合、目の前の人にとても意識を使っていますね。」
「そうですね。使いすぎですかね?」
「使いすぎかどうかは、時と場合によりますが、オレサマタイプの彼氏が寄ってきてしまう原因の一端は、この、相手に意識を使う、という意識の使い方にあると、私は考えています。」
「そうなんですか? 相手に気を遣うと、オレサマタイプが寄ってくる、ということですか?」
「まあ、単純化して言うとそういうことです。」

淑恵さんの顔を見ると、かなり意外だという顔をしている。それはそうだ。私なつをも、初めて先生からこの仮説を聞かされたときは、にわかには信じられなかった。ただ、その後、セッションの助手を務めるようになり、この原因推定が当てはまっているケースをたくさん見てきたので、今では、基本的なパターンの一つとして納得している。

「先生、おっしゃることは分かったんですが、まだちゃんとのみ込めていない気がするので、説明して頂けますか?」淑恵はそう言った。(やっぱりな)私なつをはそう思った。

「そうですね。説明が必要だと思います。まず、心地よい会話と、そうでない会話、ありますよね? 普通に会話しているときの話です。」
「はい。普通に話せる人もいますし、話しているとなんだか疲れる人もいます。」
「その違いって、何だか分かりますか?」
「えっ? 改めて言われると、考えたことなかったです。単に相性がいいとか悪いとか、そういうことかな、と思っていました。」
「そうですよね。普通はそんな風に解釈するものです。では、相性がいい・悪いは何で決まっていると思いますか?」
「えっ?そこまで考えたことは・・・」
「そうですよね。まあ今日は、淑恵さんをテストするわけではありませんから、これからお話ししますが、改めて考えてみると、心地よい会話が続く条件と、そうでない条件、意外と考えたことがないですよね?」
「そうですね。うまく相手に合わせて、相手が不快にならないように気をつけるぐらいで・・・」
「はい、そこです!実は今の中に、答えがあります!」ドクターは力強く言った。
「えっ?今の中に答えがある・・・相手に合わせる・・・ということですか?」
「そうです。但しそれは、相手にとって、心地よい条件です。」
淑恵はその言葉を聞いて、ぱあっと表情が明るくなった。「あ!先生!分かりました。相手も、私に合わせようとしてくれていると、心地よい会話になるのだと思います!」
「はい。かなりいい線行きました。それで90点ぐらいです。もうちょっと説明しましょうかね。」
「はい、お願いします。」

(つづく)

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脱オレサマを目指す女子(8)|恋愛ドクターの遺産第8話

「はい、では、次、なつを君!」

「えっ!? は、はい!」私は急に話を振られてあたふたしてしまった。

 

気を取り直して、私は話し始めた。「そうですね。先日イタリアンレストランに行ったとき、隣のグループが、とても汚く食べ残しているのを見て、嫌な気分になりました。まるで『お前の料理はこうしてやるのが丁度いいぐらい、ひどいものだった』と暗に言っているようで・・・私は普通に美味しく頂いたので、何でそんなことするのかな、って思いました。」

 

「なるほど、それは嫌ですね。私がシェフなら出入禁止にしたい気持ちになっているかもしれませんね。」ドクターは少し眉間にしわを寄せて・・・私にはあえてしかめっ面を作っているようにも見えたのだが・・・そう言った。

「では次、淑恵さん。どうでしょう?」

 

「・・・あの・・・あまり思いつかないんですが・・・」淑恵は居心地悪そうにそう言った。

「そうですか。淑恵さんの周りには、あまりマナーの悪い食べ方をする人は居なかったということでいいのかな?」ドクターが確認した。

「あの・・・そうではないと思うんですが・・・よく覚えていなくて・・・」そう言って淑恵はお茶を濁した。

 

「ではここで、このワークの真意を発表します。」

 

淑恵は少し不安そうな表情をして、ドクターの話を聞いている。

ドクターはそれには構わず、ワークの意味を語り始めた。「実は先ほどのワークには、ふたつの意味を込めていまして、ひとつは、『マナーの良し悪しを判定する』というテーマは、交流分析でいうとCP(しーぴー)という心の働きと関係しています。スムーズにCPが出せるかどうかを見ました。なつを君はスムーズに出ましたね。」

 

「えっ、あ、そうですね。」私なつをは少し照れた。

「そして、」ドクターは続けた。「もうひとつの意図は、こうして会話をしているときに、何に意識を向けているか、それを自己観察してほしかったんですね。」

 

淑恵は首をかしげている。そりゃあそうだ。会話をしているときに何に意識を向けているか、なんて普通は考えたこともないはずだ。私なつをも、以前先生にこの話を詳しく説明されるまでは、全く考えたことがなかった。

 

ドクターは続けて言った。「ちょっと初めてだと馴染みがない話だと思います。では、私からレポートしますね。私は、自分が話しているときには、例の居酒屋での出来事を思い浮かべていました。その時の店内の雰囲気、例の一団がどんな様子だったか、など。主にその時のシーン、映像を思い出して、それを想像しながら、話をしていました。ただ、思い出す方に意識を100パーセント使っていたかというと、そうではなくて、『この話、ちゃんと伝わってるかな?』みたいなことを気にもしていて、私の話を聞いてくれているなつを君や、淑恵さんのリアクションを気にしていました。思い出す方が80%、気にする方が20%、という感じだったと思います。」

 

先生は私の方を見た。私が次に言うわけですね、分かってますよ。「私は、先生よりちょっと気にしぃなのかな、と思います。レストランの中のことを思い出しているのが60%ぐらいでした。私の場合、映像も思い出しますが、匂いもよく思い出します。そして、先生や淑恵さんの様子を気にするのが40%ぐらい、のように思います。だから私が話しているときに先生がご自分の髪に何回か手を持っていったこととか、なんとなく気になって、覚えています。」

 

それを聞いてドクターは苦笑いした。

「では、淑恵さん、こんな感じで、淑恵さんの場合はどうだったか、振り返ってみて下さい。」

(つづく)

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脱オレサマを目指す女子(7)|恋愛ドクターの遺産第8話

「相手をよく観察するのは、意味があると思います。」ドクターはハッキリとした調子でそう言った。

「そうなんですね!」淑恵は一瞬嬉しそうな声で返答したが、すぐに元の調子に戻って言った。「でも実際解決していないので、だめですよね・・・」

「ええと。そうなんです。相手をよく見るだけでは、引き寄せの改善には不十分なんですね。でも、意味はありますから、そこは大事にしてくださいね。やめる必要はありません。」

「はい・・・」

「こうやって、解決のために試行錯誤するという姿勢は、とても素晴らしいと思います。今まで、よく頑張って来ましたね。」

「ありがとうございます。」そう言ったとき、心なしか、淑恵の、相手に向けている集中力がゆるんだような気がした。

 

「ところで淑恵さんは、」ドクターは話題を変えるらしい。

「はい。」淑恵はとにかくレスポンスが早い。相手が何かを言い出したら、すぐに反応する。しかも、相手に合わせているから、相手の話の邪魔は一切しない。

「会社では、上司や・・・あるいはもっと上の、社長さんとか、そういう人から気に入られることが多いですか?」ドクターが意外なことを聞き始めた。

「えっ!? あ、はい。そうですね。確かに、社長さんに気に入ってもらったり、目上の人から可愛がられることは割と多かったと思います。」

「なるほどね・・・」ドクターは、何か、分かったぞ、という表情をしながら何度かうなずいた。

 

ドクターはしばらく天井を見上げるようなしぐさをして考えていたが、やがて提案した。

「では、少し、あるワークをやりたいと思います。ネタバレすると意味がないので、意図は言いません。まあとにかく、ある会話をみんなでしてみましょう。」

「ある会話・・・?」淑恵が尋ねた。

「会話のテーマには特に意味がないのですが・・・たとえば、『街で見かけたマナーの悪い食べ方』なんてのはいかがでしょうか。」

「はぁ・・・」

「なつを君も、入ってくださいね。」

「えっ!? は、はい。」

「では私から行きますね。先日居酒屋に行って皆で呑んでいたとき、少し離れた席のお客さんの一団が、結構賑やかだったんですね。いや、賑やかと言うより怒鳴り声も聞こえたりしていたんですが・・・まあそれは、人間関係色々あるでしょうからまあいいんですが、そのお客さんの二人ぐらいが、立て膝をして、その膝がテーブル・・・というか座卓ですが・・・の上に見えていたんですよね。あれれー、いい大人がそんな初歩的なことを、と思ったのをよく覚えていますね。はい、では、次、なつを君!」

「えっ!? は、はい!」私は急に話を振られてあたふたしてしまった。

脱オレサマを目指す女子(6)|恋愛ドクターの遺産第8話

「過去の話は、事実なのだと思いますよ。それを否定するつもりはないんです。ただ、そこから自分で色々取り組んだり、その『オレサマ1号・2号』の呼び名を考えたお友達の助けを得たりして、ずいぶん心のエネルギーを受け取り、成長して、今があるのでしょう、と言っているのです。」
「でも、あんなに一生懸命機能不全家族の話を・・・」なつをはあの真剣な話しぶりが忘れられず、頭のどこかでは、先生の考えが正しいのかもしれない、と思いながらも、ついつい食い下がってしまった。
「なつを君、頑張りを認める言葉、以前教えましたよね? 辛かったですね、だけではなくて、辛かったですね、でも、そんな中、良く頑張って来ましたね。と受け止める話。こうやって、彼女の頑張りを認めながら、話を聴きましたか?」
ここでハッとした。そうだった。過去の話に共感しすぎて、呑み込まれていたかもしれない。少なくとも、先生の言うように、頑張りを認めながら話を聴く、ということは出来ていなかった。「あの・・・うまく・・・できませんでした。」

私なつをは自分にがっかりした。そうなのだ。ここで、クライアントの頑張りを認め、心のエネルギーをあげる言葉を言うのは、カウンセラーの大事な役割なのだ。思っていても、口に出して言わなければ十分に伝わらない。あのときは確かに、相手のペースに呑まれてしまっていた。

「まあ、なつを君のセッションを咎めようと思っているわけではありませんよ。よくやったと思います。ただ、彼女が強く主張していたのは、アダルトチルドレンが未解決だから、ではなくて、解決のための取り組みを一生懸命やってきたのだけれど、そういう、世間一般の視点で見れば後ろ向きの取り組みは、他人から評価されない、認められにくいものなんですよ。だから、なつを君だったら分かってくれるんじゃないかと思って、ここぞとばかりに主張した、ということが事の真相じゃないかと、思うんですよね。」

相変わらず、明快な仮説だ。非常に辻褄が合っている。本当の課題がどこにあるかの判断は、話の全体を見て判断することが必要なのだが、私はまだまだ苦手だ。どうしても印象の強い話に引きずられてしまって、全体を見ることを忘れてしまうのだ。先生はいつも客観的で、全体を見て、何がポイントなのかを、的確に指摘する。いつになったらこの差が埋まるのか、ときどき心配になる。

第四幕 意識の使い方

今日は、淑恵さんの2回目のセッションの日だ。私なつをはまた助手に戻って、先生がセッションを担当してくれる。なんだかとてもほっとしている。
(これでは、プロとして独り立ち出来ないよね・・・)そんなことを思っていると、ノックの音がして、今日のクライアント、淑恵さんが入ってきた。

「こんにちは。」
「こんにちは。いらっしゃい。」ドクターが応じた。
「先生、初めまして。お会いできて嬉しいです。」淑恵さんも先生がいてくれて嬉しいようだ。
「なつをさん、先日はありがとうございました。」私の方を向いて、にこっと笑って、挨拶をしてくれた。笑顔はとても可愛らしい。
「こんにちは。今日もよろしくお願いします。」なんとなく堅苦しい挨拶だなぁと思いながらも、私は習慣で普通の挨拶をしてしまった。

「淑恵さん。前回は出張で留守にしていて失礼いたしました。なつをが対応したのですが、記録を拝見して・・・必要なことは話して頂いたと感じています。」
「良かったです。」
「それで、今日はいよいよ、具体的に解決の方針を見つけていきたいと思うのですが。」
「はい、よろしくお願いします。」ハッキリとした返答だ。

打てば響くというか、淑恵さんは、先生の話に、素早く反応する。相手の話に意識をしっかり集中していて、職場では部下として気に入られるだろうな、と私は思った。しかし一方で、こんな風に相手の一挙一動に意識を集中していては疲れるのではないだろうか。そんなことも思った。しかしあまりに考えすぎで取り越し苦労だと思ったので、この点についてはこれ以上考えるのをやめた。

「前回の記録を読んだのですが、『オレサマ2号』のあたりからは、オレサマタイプの人に当たらないよう、相手をよく観察するようにしているのですね?」
「はい、そうなんですが、結局効果が上がっていないので、あまり有効ではないのかなと思って・・・でもどうしていいか分からないので、こうして相談に来たんです。」
「そうですか。頼りにしてくださってありがとうございます。」そう言いながらドクターは恭しく頭を下げた。
淑恵は小声で「いえ」と言いながら小さく頭を下げた。

(つづく)

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脱オレサマを目指す女子(5)|恋愛ドクターの遺産第8話

第三幕 ドクターとなつをの議論 機能不全家族は原因か?

結局ドクターは、予定が読めない、とは言っていたものの、淑恵の2回目のセッションの前日に帰ってきた。
「なつを君、留守を守ってくれてありがとう。お疲れさま。」
「はい。頑張りました・・・でも、なかなか先生みたいに華麗に組み立てられなくて、あたふたして、結構疲れてしまいました。」
「そう。頑張ったね。本当にお疲れさま。」

そう言ってドクターは、なつをの残したセッションの記録に目を通し始めた。ドクターは、時折うなずきながらセッションの記録に目を通していた。なつをにいくつか簡単な質問をし、なつをが答えると、目線を上にあげて、何か想像しているような様子で聞いていた。
「ありがとう。なつを君、初回のセッションとしては十分です。よくできていると思います。」

私なつをはほっと胸をなで下ろした。ひとりで担当するセッションは、いつも緊張する。ちゃんと出来ているかどうか、毎回不安なのだ。今回は、先生の目から見て、合格点のようだ。よかった。

「これは何ですか?」先生が尋ねてきた。指を指している部分を見ると、セッションの最後に、淑恵さんが語った生い立ちの部分だ。機能不全家族だったという話だ。その部分の記録を見て、質問をしてきたのだ。
「ええと。先生に言われた質問内容が終わったあと、何か気になることや言いたいことはあるかと尋ねたところ、機能不全家族で育って、という話になりまして・・・」
「なるほどそうですか。」先生はしばらく黙って記録を見返していたが、やがてこう言った。「アダルトチルドレンだから、オレサマを引き寄せている、という仮説は、違うように思いますけどね。」
「えっ? だってこの前・・・先生・・・」なつをは先日、別のクライアントだが、機能不全家族で育ち、心の土台が十分しっかりしていなくて、それで、オレサマタイプの人を引き寄せてしまっている、と(ドクター自身が)見立てたセッションを経験したばかりだ。そのことを思い出していた。
「淑恵さんは、アダルトチルドレン原因説とは違うと思いますけどね。」
「えっ? だって・・・でも・・・」混乱してしどろもどろになった。
「なつを君、君の印象はどうだったのですか?」
「えっ?」
「だから、淑恵さんと接してみて、どう感じたか、ということです。」
「お名前の通り、しとやかな女性、という印象でした。」
「FC(えふしー)、つまり自分の感情を出すことが出来ない、という感じの人でしたか?」
「ええと・・・」そう言いながらなつをは「オレサマ1号・2号」などと楽しそうに話す淑恵の姿を思い出していた。「いや、その記録にも書いたんですけど、元カレさんを『オレサマ1号・2号』などと呼んだりして、結構楽しそうに話されていました。」
「初回のセッションで、そこまで話が出来るのであれば、過去、もしかするとアダルトチルドレンであったことが影響して、オレサマを引き寄せた、という時期があったのかもしれませんが、カウンセリングルームに訪れた、現在の淑恵さんはと言えば、既にだいぶアダルトチルドレン状態を卒業していると考えるのが妥当だと思います。」

そうなのか・・・先生の見立ては全然違うようだ。
「でも、淑恵さんは、アダルトチルドレンで、機能不全家族の育ちだってことを、かなり強調されていました。」少し目に涙が浮かんできたのが自分で分かった。
「過去の話は、事実なのだと思いますよ。それを否定するつもりはないんです。ただ、そこから自分で色々取り組んだり、その『オレサマ1号・2号』の呼び名を考えたお友達の助けを得たりして、ずいぶん心のエネルギーを受け取り、成長して、今があるのでしょう、と言っているのです。」

(つづく)

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脱オレサマを目指す女子(4)|恋愛ドクターの遺産第8話

「ええと・・・」なつをは椅子に座り直し、姿勢を正して言った。「では、『オレサマ1号』『2号』『3号』で行きたいと思います。」
「はい、お願いします。」淑恵はすっかり笑顔になっている。

「では淑恵さんが『1号』と別れたあと、当然、『もうこんな経験は嫌だ』と思ったと思うんですよね。次につき合うときに、何か自分でやってみた対策や、友達に聞いて取り入れた対策などはありますか?」
「はい・・・実際のところ効果はあまりなかった気がするのですが・・・」淑恵はなつをの表情を伺うような様子でそう言った。
「ええ大丈夫です。すでにやった対策を、ドクターがまた提案しないように、うまく行かなかったことも含めて、お聞きしているのです。」
「ああなるほど、そうなんですか。」
(実は、本当は少し違うんだけど・・・)なつをは心の中でそう思っていた。どんな対策をしたかを聞くのは、クライアントがどんな対策を思いつきやすい人なのか、どんな対策に頼りがちな人なのか、その偏り・クセを知るためなのだ。
人はワンパターン化した、偏った対策を使い回す傾向がある。それでうまく行っているうちは、同じパターンで対応できるわけだからある意味効率がいいのだが、うまく行かなくなっても、同じパターンを繰り返してしまうことがあるのだ。その傾向は、自分では気づきにくい。だから第三者が客観的な視点で見てみることに、意味があるわけなのだ。でも、今の時点でそれを説明してもさらに意味が分からないだろう。だから先生からこうして「事実を聞いておいてくれ」「どんな対策をしてみたかを聞いておいてくれ」と頼まれたときには「先生が同じ提案をしてしまわないように」という方便を使うことにしている。これは間違いではないが、一番本質を突いた表現でもない。昔はこういう方便が、不正直な気がして本当に苦手だった。最近は、全てを正しく表現しようとすることだけが、誠実というわけでもない、ぼかしたり、方便をうまく使うことも、相手のためになるのだ、ということを少しずつ学んだ。私も大人になったなぁ、と、時々思う。

「さて、どんな対策をしてみたんですか?」なつをは訊いた。
「まず、よく見るようにしました。」
「なるほど。よく見るようにした、と。たとえばどんなところを見るようにしたんですか?」
「ええと。私と一緒にいないときの様子も観察するようにしました。」
「と言いますと?」
「たとえば、『オレサマ2号』とは職場で出会ったんですが、職場で高圧的な物言いをする人は避けるとか、そんな風に、自分以外の人への接し方も、よく観察するようにしました。」
「ああなるほどね。これからモノにできるかもしれない女性の前では、紳士に振る舞っていても、素の自分を出しているときには、オレサマかもしれない。それをチェックしよう、というわけですね?」
「はい。でも結局『2号』もオレサマで、彼とはすぐ別れてしまったんですが、このやり方はあまり有効とは言えないと思いました。」
「なるほどなるほど・・・」なつをはメモをしながら話を聞いている。

なつをはここで、先生の教えを思い出していた。以前、こんなことを言われたのだ。
「なつを君、相手の話のどこが『事実』で、どこが本人の『解釈』なのか、それを整理しながら聞いて下さい。解釈が多い人の話の場合、『具体的にどんなことが起きたんですか?』などと聞いて事実を聞き出すようにします。逆に、自分の解釈を述べる自信がない人の場合など、延々と事実を事細かく話す人もいます。そういう場合は『それであなたは、そのことについてどう思ったんですか?』など本人の解釈もきいてください。」

要するに、事実と解釈と、きちんと分けた上で、どちらも大切にする、ということだ。このことは何度も何度も言われて、先生から叩き込まれた、話の聴き方の基礎だ。それで、この場合は、どっちだろう。一瞬考えて、具体的なこと、つまり事実をもう少し聞いておくことにした。

「あの、淑恵さん。『2号』さんは、職場で、そして、淑恵さんに近づいてきたときに、どんな態度だったんですか?」
「はい。すごく親切にしてくれました。色々やってくれて、デートも計画してくれて、ごちそうしてくれて・・・ただ、今思うと、ですけど、初めて『あれっ?』って思ったのは、ある日、行く予定だったお店・・・それは露店だったんで定休日とか事前に分からなかったんですね。そのお店がお休みだったんです。そうしたらみるみる表情がこわばっていったことが心に引っかかりました。そのときは結局何もなかったので、そのまま交際することになったんですけど、彼は計画がちょっとでも狂うと、いきなり表情がこわばる人でした。」
「なるほど。そうだったんですね。いわゆる完璧主義、という感じですかね?」
「うーん。分かりません。デートの計画に関してはそうだったかもしれません。」

こんな調子でしばらくなつをが話を聞き、大事だと思う部分はメモを取って記録を残し、という形で淑恵への事前カウンセリングは終了した。

「淑恵さん、」なつをは言った。
「はい。」
「次回はドクターが帰ってくることになっています。ただ、時間的に微妙だと言っていたので、間に合わないかもしれません。その場合、もう一度、今回の内容を踏まえて、私がセッションを担当させて頂きます。」
「はい、分かりました。」

「今日はありがとうございました。」
「ありがとうございました。」

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脱オレサマを目指す女子(3)|恋愛ドクターの遺産第8話

さらに、次の行にはこう書いてある。
・クライアントの弱さも大切に受け止めるが、それ以上にどこに強さがあるのか、それをしっかり見ましょう。

そして最後に、こう書いてあった。
・なつを君、君はカウンセラーに必要な能力をもうすでに持っています。意識的にそれを使えるようになれば、良いカウンセラーになれます。自分を信じて進んで下さい。

先生からの力強く、なおかつ、人を甘やかさないエールだった。少し目頭が熱くなったが、一旦深呼吸して、今日のクライアント、淑恵に向き直った。

「あの、淑恵さん。今日はドクターから、過去の恋愛にどんなパターンがあるのか、そのあたりを知るための基礎データとして、過去の恋愛に関する事実関係を色々質問しておくように言われておりまして・・・」
「はい、先生からもそう伺っております。よろしくお願いします。」

「それで、話を過去の恋愛に戻しますが、今の彼の前に交際されていた方も、同じタイプだったのでしょうか?」
「はい。今の彼よりも少し物腰は穏やかだったように思いますが、やはり最後は私に対して命令調になり、辛くなって別れました。」
「詳しいお話は追い追い聞かせて頂くとして、もうひとり前の彼も、同じタイプでしたか?」
「はい。その人は一番辛かったです。始めから上から目線で、命令調で、私にあれこれ指示してくる人でした。別れるときも『こんなことで別れるなんておかしい』と説得されて、別れるのに何ヶ月もかかりました。その時の怖さが、今回の彼に対してよみがえってきてしまっているので、とても怖くて、辛いのです。」
「なるほど、それはお辛い経験でしたね。良く頑張ってきましたね。」
「・・・ありがとうございます。」淑恵は少し目を潤ませてそう答えた。

「少しメモを取らせて下さいね。」なつをは言った。
「あ、はい。」

なつをは、前の彼もオレサマタイプであったこと、さらにその前の彼は特に顕著で、その時の思い出が今回の彼との関係でよみがえってきてしまったことなどをメモした。このように過去の思い出がダブってしまう症状には先生は敏感だ。先生もきっと、このポイントは重視するだろう。そんなことを考えながら、なつをはメモを取り、ペンを置いて、再び淑恵に向き直った。

「あの、今日は、今までの恋愛がどんな傾向だったのか、それも伺うことになっているんですが、今まで、淑恵さんがこの問題を何とか解決しようとして取り組んでみたことも、聞くことになっています。」
「取り組んでみたこと・・・ですか・・・」
「はい。そうです。」
「あまりうまく行かなかったと思うんですが・・・」怪訝そうな表情と声で、淑恵が言った。
「ええ。まだうまく行っていなくても大丈夫です。そういうことも含めて、大切な情報になりますので。」
「そうなんですか・・・」淑恵はまだ半信半疑のようだ。

「始めの、その・・・今回思い出してしまった元カレさん・・・あ、そうですね。区別しやすいようにイニシャルか番号か・・・あ、番号とか変ですよね元カレさんを区別するのに・・・」なつをはそう言って苦笑した。
「えっ!? あ、でも、番号でいいと思います。オレサマ1号とか。」
「お、おれさまいちごう!」なつをは驚いた声を上げてしまった。
その言い方がよほど面白かったのか、淑恵が吹き出した。そしてふたりでわははと笑った。
「あの・・・実は、ここへ来る前に、一ヶ月ほど友達に相談していて、その友達の持論が、『別れた彼は、どーでもいい奴だった、ってことにすればいい。』というものなんです。それで、私の元カレにも、『オレサマ1号』『オレサマ2号』『オレサマ3号』っていう呼び名を付けてくれた・・・というか、付けてしまったんです。」少し苦笑しながら、淑恵は言った。
「ああなるほど。あ、でも、淑恵さん思いの、いいお友達ですね。」なつをは言った。
「はい。ありがたい友達で、彼女とはもう10年ぐらいの付き合いになります。」

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脱オレサマを目指す女子(2)|恋愛ドクターの遺産第8話

その晩、ゆり子はまた「恋愛ドクターの遺産」ノートに頼ってみることにした。

ノートは段ボールに無造作に突っ込んである。父親から受け継いだ状態のままだ。その無造作なノートの束の中から、ゆり子は無造作に一冊を抜き出し、開いてみた。このやり方も、父親から受け継いだ方法だ。(ランダムに一冊抜き出して読むと、そこになぜか必ず、いま必要なヒントが書いてある、と父親は言った。)

 

第二幕 振り回された日々

 

「こんにちは。」ノックの音がして、声があった。
「はい、どうぞ。」なつをが応えて、ドアを開けた。

入ってきたのは淑恵(としえ)。名前通りしとやかな立ち居振る舞いの女性だ。丁寧にお辞儀をして入ってきた。

 

「なつをさん・・・ですか? よろしくお願いいたします。」淑恵は丁寧な物腰で挨拶をした。

「はい。なつをです。よろしくお願いいたします。本日はドクターが留守にしておりまして、まずは基本的なカウンセリングと、色々な質問をしておくように言われております。今日と、もしかすると次回ぐらいまで私が担当させていただくかもしれません。」

「はい、なつをさんは先生の右腕でいらっしゃるのですよね? どうぞ、よろしくお願いいたします。」

「あ、いや、右腕と言いますか・・・まだまだよく叱られています。精一杯やらせていただきますので、こちらこそ、どうぞ、よろしくお願いいたします。」

 

ふたりは着席し、少し沈黙があったあと、なつをが切り出した。

「あの、ご相談内容は、恋愛において、高圧的で命令調の男性とばかり付き合ってしまう、というお話でしたね。」

「はい・・・そういう人は苦手なので、毎回高圧的で命令調の人は嫌だ、って思っているのですが、つき合ってみると結局そういう人なので・・・」

「なるほど・・・ドクターから、少し事実を聞いておくように言われておりまして、大体何人ぐらい連続して、そのようなタイプの男性と交際されましたか?」

「ええと・・・いまもう別れかけている人がひとり居るのですが・・・あ、あの、『別れない』と言い張られているので、うまい別れ方も教えて頂けると助かるのですが・・・」

「そうなんですね!いま別れたいけど別れられずにいる方がいらっしゃるのですね!大変ですね。色々気疲れしますよね。」

「・・・はい。先日も夜中に電話をしてきて、どうして別れるんだ、オレたちうまくやってきたじゃないか、って説得されました。それで、別れることは一旦保留にしたんですけど・・・いつまた電話がかかってくるか分からないので、毎日とても疲れます。」

「そうですか・・・それは大変ですね。別れ方ですね・・・ええと・・・」

 

私なつをはここで、固まってしまった。

うまく別れる方法は、先生から教わっていない。以前質問したときには、結構高度なので、まずは基本のカウンセリングスキルを身につけなさいと言われたっきりで、そういえばまだ、ちゃんと教えてもらっていなかった。

 

一瞬頭の中が真っ白になりかけたが、そのとき、先生から言われていたことを思い出した。

「なつを君、話を聴いていて、どうしていいか分からなくなったときは、この紙を見て、自分自身を立て直して、臨んで下さいね。」

 

なつをは紙を見た。

その紙には、まずこう書いてある。

・自分自身は冷静か? クライアントの話に呑み込まれていないか?

 

はっとした。完全に呑み込まれていた。一旦深呼吸して、まず落ち着こう、そう思い、実際に深呼吸をした。

 

次の行にはこう書いてある。

・会話の目的を忘れずに。今日の話の目的は何か、そこに立ち返りましょう。

そう、今日の話の目的は、淑恵さんから事実を聞き、確認すること。今日一日で解決まで行かないであろうことは、先生からすでに、申込時に淑恵さんに伝えてある。つまり、今日解決まで無理してたどり着こうとしなくてよいのだ。先生に言われたとおり、今日は事実をきちんと聞き出して、整理することが目的なのだ。

これも、忘れていた。つまりは、クライアントの話に呑み込まれていた、ということだ。いつもブレずに話を聴ける先生はスゴイ、と改めて思った。

ちなみに、事実を聞く、というのは単純なことのようで、意外と注意して聞かないとできないことでもある。なぜなら、クライアントの話ーーに限らず人の話ーーというのは、本人が事実と思って話していても、事実ではなくて「解釈」であることも、多々あるからだ。たとえば「Aさんはいつも私を小馬鹿にするんです」という発言は事実として鵜呑みにして受け取ってはいけない。なぜなら、話の調子や内容から「きっと心の中で小馬鹿にしているに違いない」という推測ーーつまり解釈だーーをすでに含んでいるからである。もちろん、クライアントの解釈は全て所詮は思い込み、などと解釈を軽く扱うわけでもない。大事なことは、何が客観的事実で、何が解釈なのか混同しないように受け取ること。解釈は解釈で、大切に扱うのだ。

このことは、私が先生からカウンセリングのイロハをたたき込まれたときに、かなり厳しく指導された。元々論理的で、事実と解釈を明確に分けて受け取ることが得意な先生と比べて、私はそのあたりが曖昧で、始めは毎回叱られていた。おかげでレベルアップして今がある。今となっては良い思い出だ。

先生は、今日は「事実を聞く」ことをきちんとやってほしい、ということをメモにして渡してくれたのだった。

しかし先生が残していったメモに、早速救われるとは・・・
なつをは心の中で苦笑した。顔に出ないように努力しながら・・・

(つづく)

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脱オレサマを目指す女子(1)|恋愛ドクターの遺産第8話

第一幕 他人事とは思えない

結菜(ゆいな)はゆり子のママ友のひとりだ。娘のさくらの同級生なので最近少し親しくなった。他のママたちより少し若いこともあって、仲間うちでは「ゆいちゃん」と呼ばれている。以前から親しかった順子・香澄と、ゆいちゃんとゆり子の4人で今日はお茶会をしている。その席上、ゆいちゃんの口からダンナがオレサマで困っているという話が出た。

「この前はね、『今日は遅くなるから』と言って仕事に出かけて、それで、急に『今から帰るから』って言って帰ってきたのね。うち、職場から帰宅するのが15分ぐらいなので、ごはんの支度も間に合わなくて・・・『なんだ、メシも用意してないのか!』って怒られたの。」

「えーっ、ひどい・・・」順子が言った。

「私なら『アンタ何様だ』って怒鳴り返すけどね。」香澄は相変わらず強気だ。

「それは・・・つらいよね。」ゆり子は、自分の家の状況とついつい重ねて考えてしまい、なんだか他人事だとは思えなくなってきた。しかも、自分も解決できていないのだ。アドバイスしようにも、何も言うことがない。

ゆいちゃんは、さらに続けている。「この前は、休日に家族で出かけることになってて、その計画をパパに任せていたら、当日まで何も準備していなくて、『えーっどうするの?』って言ったら『うるさい!お前だって何もしてないくせに』って言われて・・・」

「わーひどい」と順子。

「うちだったら、そんなこと言わせないけどね。大体やるって言っておいてやらないってのは絶対許さないね。土下座ものだね。」香澄は武闘派なのだ。

「ゆいちゃんは、だんなさんとどうしたいの?」ゆり子は訊いた。

「うーん・・・色々つらいんだけど、子供はパパになついてるし、仕事はちゃんとしてくれてるし、別れたいわけじゃない・・・のかな・・・」結菜は答えた。

「まあ、ゆいちゃんの人生だから構わないけど、別れた方がスッキリするかもよ。私なら離婚かな。」香澄が言った。香澄はこういうところ、キッパリしている。

「あの・・・香澄さんは、どうして割り切って考えられるんですか・・・?」結菜が訊いた。

「そりゃあさ、別れるとなったら、私だって色々な想いはあるよ。一緒にいい時を過ごした思い出もあるから寂しかったり悲しかったりするし、別れたら文句ももう言えなくなるか、って考えると、もうちょっと言いたいことを言い切ってから別れるか、なんてことも考えるけど・・・大抵そう思うとうちの人、帰ってこなくなるんだよね。」

「えー、香澄、怖いよそれ・・・」順子が言った。

「あはは。冗談冗談、でも、うちは、だんなも、言いたいことは言ってくるから、お互い様。わだかまりは残さないようにしよう、って二人で言ってるの。それでも腹が立つこともあるし、言うべき事を言うのと、相手を罵倒したり侮辱するのは違うから、そこはわきまえて・・・るのかな・・・一応・・・」香澄は照れ笑いした。そして、続けた。

「それで、もしも、私が我慢して相手に合わせたとするでしょ?そうしたら、まあ分かりやすく言えば、不幸になるわけ。だんなさんは、私というひとりの人間を不幸にすることに、加担していることになるじゃない?それって、だんなさんを悪人にすることでしょ?我慢するってのは、そういうことだと思うんだよね。一見、その場を取り繕うことって、相手に合わせたように見えるかもしれないけど、少しよく考えてみたら、相手に『妻を不幸にするだんな』という役割を押しつけることでもある、そう思うんだよね。だから私は、言うべきことはちゃんと言って、その時ぶつかり合ったとしても、ちゃんと解決することが大事だと思ってる。その結果、もしかしたら離婚になるかもしれないし、壊れかけたときの別れの判断も早まるかもしれないけど、それはそれで仕方ないし、長引かせる方が恨みも増えるから、さっさと決まった方がいいんじゃないかなぁ。」

一瞬、全員が沈黙した。香澄は単に強気だからだんなさんに放言しているわけではなかったのだ。香澄の「我慢することは、相手に『妻を不幸にするだんな』という役割を押しつけること」という哲学には、一同、息を呑んだのだった。

「あー、柄にもない哲学語っちゃったよー。」香澄が沈黙を破って照れ笑いした。

この日のお茶会は、このあと、話題を変えて少し続いたあと、幼稚園のお迎え時間が近づいてきてお開きになった。

「はぁ・・・私、ゆいちゃんのこと、色々言う資格はないなぁ・・・だってうちも、オレサマっぽいだんなさんなのに、どうしていいか分からなくて、一歩が踏み出せずにいるんだから・・・」みんなと別れてから、ゆり子はひとりつぶやいた。

(つづく)

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